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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第3章『与えられるのは――』

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 最終話『――これからも沖谷幸生しかいない』

部屋のレンタルが終わる時間まで、私は君にハイエンドモデルのミラーレス一眼カメラで撮ったような写真を撮らせた。その間も腕を組んで長考する。


――家に飾るのは論外。実家かおばあちゃん家に置いて行くのもな……ホシトキコの真作であり新作だし。面倒ごとになるの間違いないだろうな。


3億6000万円もする絵画『Mの星葬(せいそう)』をどうするか問題。美術館に寄贈や寄託、美術品専用の倉庫に保管する等……どれもアリな選択肢が並ぶ中、私は譲れないことを整理した。


――沢山の人に見て欲しい気持ちはなくはないけれど……権利は私に無いと駄目だ。


であれば所有権を移さずに保管と展示を依頼する『寄託』という手があるが、契約期間が存在するのと高額な作品は展示されにくい傾向にあるようだ。


――いくらその辺の手続きを君にさせたとしても、厄介な人に絡まれる可能性は十分あるからな……悲しいけど美術館はやめとこう。


残るは倉庫に保管だが、ざっくりネットで調べた結果……。


――保険とか保管コストとかで月々にかかる料金がごっさ高くなりそう……てか一番近くて梅坂(うめさか)だし。佐古にあれよ。


結局、保管サービスを使う手も消失してしまった。ニャルラに貰ったお金は全て絵に使ってしまった為、これ以上の出費が出せないのも苦しい。


「それで燃やすって……いや普通に預けるか部屋に飾りましょうよ。3億っすよ?」


「でもお金ない……どうすんの月々数万かかったら。それに絵画の詳細も話さないとだから結局情報がどこかしらに漏れちゃうし。未来でもお母さんに縛られるのは嫌だ。無料で永久不滅の美しさを保ったまま私の傍にいて欲しい。したがって飾るのも却下。秒で劣化するわ」


「頭大丈夫ですか?この上なく傲慢で強欲なこと言ってますけど」


君の皮肉が刺さらないくらい、私も苦悩の渦に溺れていた。私だって燃やすのは嫌だよ!


「油絵って花みたいに繊細だからさ。土に埋めるとすぐ劣化しちゃうらしいよ」


「とにかく現状維持したいってことですか?」


「うん。且つ私がこれを持っていることは誰にも知られずに、簡単に見れる場所にしまっておきたいけど……やっぱり全部を叶えるのは無理だね」


今日の所は適切な資材を使って厳重に梱包させ、私の家に持っていくことにした。そして次の日のバイト終わり。私は君と佐古駅近くにあるカラオケ『スクワッシュ』の屋上にいた。


「本当は神社でお焚き上げしてもらいたかったんだけどさー。何か調べたら神社によって見学は出来ないとかお守りやお札のみとか色々条件があって……もう君に燃やしてもらえばいっかってなっちゃった」


「それでいいんですか……俺がいて良かったっすね。迷う必要なくて楽できて」


言葉とは裏腹に、彼はもう一つのバイト先の屋上まで私を案内し、絵の運搬まで引き受けてくれる。君は後輩の鏡だな。


「案内しといてなんですけど、こんな場所でいいんですか?普通もっと思い入れのある場所とか幸生さんの家とか……って何で俺が助言しないといけないんすか」


「私の家は火気厳禁だから。元実家はもう他人が住んでいるしお父さんと成愛が住んでいるとこはマンションだから人目につくし……私、お母さんが好きな場所とか知らないから」


梱包を解き『Mの星葬』をスマホのライトで照らす。これが最後の見納めだ。


「頑張って思い出してみたけど……お母さんは山も海も星空も神社も特別好きじゃない。強いて言うなら花畑と蛍かな……でもそんな場所で燃やすのはあまり良くないから。もうここでいい」


「要するに移動が面倒くさいってことですね?」


「はやく灰にしてよ!しょうがないじゃんお母さんのことは好きだけどそれ以上に大嫌いなんだから……」


君が投げやり気味に返事をし、私が1歩下がったその時。梱包材と一緒に持ってきた手紙がボッ!と発火してメラメラと燃え始める。跡形も無く灰と還るまで――私は亡き母を追慕し、絵画の前で静かに手を合わせた。


――縋らないで生きるって誓う。だけど……たまには見守っててよ。


ぐっと涙を堪え、灼け果てて残った灰と塵を見つめる。しかし瞬きの間に、春の夜風がお母さんを攫ってしまった。もう私達がいる場所には何も残っていない。


――あるのは……燃やす前に撮った写真だけ。


私と君は表向きで取ったカラオケルームに戻り、早速スマホに転送した『Mの星葬』(高解像度データバージョン)を見せる。


「これをポストカード化したのが3……いや5枚欲しい。内2枚は神奈浜にいるおばあちゃんと伯母さんの家のポストに入れて。あと全部ラミネート化して」


「いつまで俺を使い倒させる気ですか……あとラミネートなんてどうやって」


「スーパーの事務所に忍び込めば大抵あるよ。はがきサイズがあるかは若干不安だけど。まぁどうにかして」


君は『簡単に言ってんじゃねぇ!過酷に働かせやがってこの野郎!』という目で私を睨むが、知らんぷりを決め込む。君が生かした人間はこんな奴だったんだよ。


「君も自分のが欲しかったら余分に印」「いらねっす」


また次の日。不貞腐れながらもきっちり私の頼みを聞いてくれた君に感謝しかなかった。仕事が早いね君いい社会人になるよ。


100均で買った卓上ミニサイズのイーゼルスタンドにポストカードを飾り、満足げな笑みを浮かべる。

――うん。本物が無くたって大丈夫。これで一生綺麗なままだ。


肉眼で見た時の感動はもう一生味わうことが出来ないけれど……これはこれで良いなと納得した。


「これからも心配かけるような生き方しかしないだろうけど……私なりに頑張るから。()()()で待ってて……ください」


ポストカードの前にお母さんと私が好きな苺タルトを供え、合掌して数分後――それを口に含んだ。


「……今度はカーネーションを飾るね」


来月の母の日には文句を言われないよう祈りながら……私は悲哀の思い出に胸を馳せた。

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