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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第1章『沖谷幸生と篠木威弦の出会い』

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 第3話『篠木覇弦の電球が光る』

覇弦と幸生が出会ったのは、彼女が現在のアルバイト先に勤め始めてすぐのことだった。天気予報が外れ、夜から大雨が降った日。覇弦はビルの外で走るか否か考えあぐねていた。


「――傘あります?」


丁度その時、残業を終えた幸生がコンビニ等でよく見られるビニール傘を覇弦に差し出す。彼は当然のように遠慮したが――


「大丈夫です。折り畳み傘あるんで。あ、これ5階にある共用の置き傘なんで使い終わったら入り口前にある傘立てに差しておいてください」


「……ではお言葉に甘えて。どうもありがとうございます」


――折り畳み傘があるのに何故2本目を?


覇弦は自分の顔が簡単に異性を惹きつけることを自覚している。さては自分が困っている様を目撃し、恩と媚を売る絶好のチャンスだと目論んでいたのか――彼は10近く年が離れているであろう少女に対してそんなことを思った。


「いえ。お疲れ様です」


しかし幸生は覇弦と一度も目を合わせないまま傘を渡し、自転車置き場がある方向へ歩く。そのまま振り返りもせず――折り畳み傘を差したまま自転車で爆走していった。


「あぁ……」


――成程。デカくて透明な傘の方がより雨に濡れずに帰れるから……バイト先の傘をパクったのか。


覇弦はふっと微笑を漏らして堂々と法律を犯した幸生を記憶する。それから傘のお礼と交通違反をダシにして誘い、定期的なご飯友達として関係を続けていった。


それも――幸生に彼氏が出来てからは頻度が激減してしまったが。


――何で私……もっと他にいなかったのか。篠木さん佐古に友達いないのかな。


居酒屋にて。幸生は自転車がある為ソフトドリンクで覇弦の悩みを聞いていた。


「まぁ冗談はさておき。幸生は何が原因だと思う?」


「うーーん。弟さんとは今日会ったばかりなので何とも」


「は?」


「威弦って……このRICHに表示されている漢字で合ってますよね?」


幸生は会話の途中で零した覇弦弟の名前と、昼間に交換した『威弦』という男性のアカウントを結び付けていた。これまで何回か話題に出て来た、覇弦の悩みの種である弟は――自分が昼休憩中に出会った男性のことであると。


「……何で?」


幸生は当然の質問だと受け止め、淡々と経緯を説明した。すると覇弦はテーブルに肘をついて黙り込み、水を打ったような静けさが個室席を支配する。幸生はその間、特に気にせずチョレギサラダを頬張っていた。


「……他には?」


「え?」


「先週あたりから威弦は髪を黒に染めてピアスの数も減らした。あいつが金髪だった頃に出会ったとかは?」


「……あ」


ここで漸く駐車場にいたチンピラに弁当を施した件が結び付く。覇弦は幸生の反応を読み――


「あははははははははは!まっ、マジかあいつ……あははははははははは!」


――今年一爆笑した。


幸生は「よく分かんないけど謎が解けたみたいでよかった」と他人事でメニューを眺め、覇弦が落ち着くのを待つ。彼は非常にスッキリした顔で口の端を上げた。


「へぇーーー成程なぁ。よりによって……フフッ」


「解決しました?」


「あぁ。気にならないのか?」


「特には。猫が無事譲渡されるまで恩も何も感じませんし」


「相変わらず冷たいな。威弦も中々顔がいい方だと思うが?年も俺より近いぞ」


「私、一応彼氏いるんですけど」


「半年付き合ってる割にはその彼氏に全く気持ちが向いてないように見えるが?」


「……」


齢18の幸生は『恋人同士になってから好きになる』という恋愛経験を信じていた。果たして自分がそれに当て嵌まるのかを、告白してきた現彼氏で証明しようと考えたのだ。


――彼の方は、前より私のことを好きになってくれていると思う。失敗しちゃったけどホテルには行ったし。順調ではある……幻滅しそうな部分はちゃんと自覚して隠しているから。


「……そこを篠木さんの主観でつつくのは野暮じゃないですか?あと弟さんとは別に……仲介する為に連絡先を交換しましたけど、もうほぼ用済みですよ」


とっくに幸生の答えは出ていた。自分には人に恋する資格も素質もないと。


そんな幸生の冷たさを流し、覇弦はトークアプリから自分のアカウントを消すように言った。これには流石の幸生も面食らう。


「いいですけど……何で?」


「万が一があるんだよ。これから連絡はメールでする。電話帳の名前も女っぽい名前に変えてくれ」


「うーん。はい」


――よく分かんないけど……名前をもじって『ハルさん』に変えとくか。


幸生は小首をかしげるも素直に消去してメールアドレスを追加する。この先手が後の威弦対策に大きく役立つとは露知らず――覇弦は満足気に笑った。


――まさか威弦が幸生に惚れてて、幸生は威弦のこと全く何とも思ってないなんてな……笑える。


「分かった上であいつの反応も見てぇなー。よし。俺と別れてから10分後くらいに威弦にメッセージ送れ」


「えっ10分後?」


「あいつが喜びそうな文で頼む」


「はぁ」


――まぁ、簡単なお礼くらいは。まだ送れてなかったし。


「あと威弦には俺のこと話すな。兄弟ってのも知らない体でいけ」


「はい」


幸生は奢ってもらった手前これくらいの面倒は聞き入れようと頷く。そして覇弦と店前で別れた後、言われた通りの時間にメッセージを送信した。


幸生からの通知に即既読を付けた威弦は――


「……!!」


――バッと上体を起こして姿勢を正した。


威弦は仕事が終わってすぐ猫を飼いたがっている友人に連絡を取り、実家でも飼いたいから3匹(全員)引き取るという言質を取った。胸焼けが治らないまま直帰し、リビングソファーに寝転がって幸生のRICHトークをどう動かそうか考える。


――猫の譲渡する時アイツも誘ったら来るか……?でもそうなるとボルトに感謝するよな。俺の前で……。


自分より他の男性を見る幸生を想像するだけで殺意が溢れる。幸生から感謝のRICHが来たのはそんな時だった。


『今日はありがとうございました。可能性がある友達やバイト先の人に声かけてみたんですけど、中々良いお返事を得られなくて……なので篠木さんがお友達を紹介してくれて本当に助かりました。譲渡が成立するかはまだ分かりませんが、気にかけてくださりありがとうございました』


――可愛い。なんで……文面まで可愛いとかイカれてんだろ。


何度もお礼文を読み返し、また幸生の笑顔を思い出す。ドクドクと鼓動が速まってスマホ画面から目が離せなかった。堪らずスクリーンショットを撮ったその時。


「ただいま」


「っ!?」


音もなく背後にいた覇弦が感情の読めない瞳で威弦を見下ろしていた。


「体調はどうだ?キツいようだったら来るな」


「いや……行く」


「無理しなくていいんだぞ?()()()で振られた仕事もあるんだろ?」


威弦は所属している半グレ集団の存在に眉をひそめる。幸生のRICHには無難なスタンプを1つ返し、兄から逃げるように風呂へと入った。


――あいつは……普通の学生?だよな。俺なんかと……。


はっと我に返り、お湯を頭からかぶる。威弦が佐古に移り住んですぐに結成した6人組半グレ集団。今まで正規の手順で裁けないような悪人を、あらゆる手段で無慈悲に叩き潰し金品を巻き上げていたが――今年は少々派手に動きすぎたためヤクザから目を付けられているところだった。


――ある程度片付いたら暫くは大人しくした方が……柳下組の組員になる話も条件は悪くなかったけどな。


鏡越しに肌色の背中を見る。幸生と出会う前まで堂々と動かしていた足が、彼女の姿を思い浮かべるだけで止まってしまう。


――クソが……何でだよ。別に体動かして金が手に入るなら何でもよかった筈だろ。デスクワークとかマジで無理だって……。


これ以上進めば後ろ暗い足枷が二度と外せなくなってしまうと覇弦に似た理性が訴える。威弦の人生は早くも幸生によって左右されかけていた。


――全部アイツの所為だろ。沖谷幸生……さちなって名前可愛すぎかよ!濁点無いからか?幸生……漢字もいいな。


威弦はいつもより上気した顔で体を拭き、すぐ幸生からメッセージが来ていないか確認する。彼の気持ちが一般的に何と呼ばれているのか――


「……ガチで惚れてやがる。やっと牙が抜かれたか……いつ気づくかな」


――それを指摘する者は当分現れなかった。


(=^・^=)

週明け。威弦は3日間幸生に会えず連絡も無かったことに苛立っていた。言語化が難しく、ただ怒気を撒き散らすことしかできない。幸生のバイト先の勤務時間は9時から18時。だがそれ以降も明かりがついているので社員は残業しているのだろう。威弦は5階の階段入り口から幸生が現れるのを待つ。


――つっても1、2時間で出て来るだろ。


威弦の予想通り1時間後、残業を終えた幸生が虚ろな瞳でエレベーターのボタンを押す。彼はすぐさま4階に下り、そわそわして扉が開くのを待った。

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