第33『好きになった方が負けだが、先に好きだと気づいた方が自分を正当化できる(気がする)』
指が猫を愛でるみたいに顎や頬を撫でる。私は口角が変に上がらないよう気を引き締め、静かに息を吸った。
「いつから気づいてたんだよ……」
「か、確信したのは私が誘拐されて死んだフリした時」
「あれはっ……ちげーよ!その話すんなっつっただろ!それ以外!」
篠木の中で後追いしようとした件は地雷らしい。気持ちは分からんでもないけど。
「大人しく負けてやるから……幸生も責任取れ」
「な……なんの」
「もう会うたび積もる何かに襲われるっつーか……てか何でノコノコ来てんだよ!会いたくないって言った癖に」
「それは……私が死にかけても篠木の記憶が戻らないのなら、逆に篠木の死に際に私が居れば記憶を取り戻すんじゃないかなーって」
「テメェ……」
「すいません」
跳ねる鼓動を抑える。味わったことのない切迫感に動揺してよく分からないことを口走ってしまった。
「前に自分を嫌いなうちは誰にも恋しない……みてーなこと言ったんだろ?」
「な、なんで前の記憶の話を」
「俺が好きになったのは幸生のそういうとこ……ではねぇな。寧ろ腹立つ」
「ぅ」
――スルーされた……お友達から聞いたのかな。
「治してぇんだろ?なら俺の記憶と一緒に治そーぜ。一先ずそこまで付き合えよ」
「…」
――寄り添ってくれているというのか。篠木なりに……。
「おい返事」
「ぁ、ぇっ……」
「は?」
喃語しか出ない口を一旦閉じる。視線を逸らさないまま両手で顎の固定を外すと篠木の顔が険しくなった。眉間に刻まれた深い皺は、彼の機嫌が急降下したことを如実に表している。
――ひぇ……いや違う?緊張の方がしっくりくる……私なんかに緊張してるんだ。
「分かった……」
様子を見てからそれに同調する。諦めたというワケではなく、他に何を言うべきか定まらなかった。
「――っっ!!」「ッチ!」
その隙に顔を寄せて来た篠木から全力で逃れる。まったく油断も隙もないな。
「キスしたい……なぁ」
色気を孕んだ声に鳥肌が立つ。やっぱ生娘よろしくキスされた後わーわー騒ぐべきだったか!
「寒いから早く帰りたい。また風邪引いちゃうよ」
体調をちらつかせると篠木はあっさり引いてくれた。内心驚いたと同時に……。
――どうして私は……侮辱された時と同じくらい傷ついている?
私を気遣う声色や表情。暗くて危ないからと繋がれた左手。彼なりの誠意を感じれば感じる程、私の弱い部分が削れていった。
人間の本能である『愛』を否定することは出来ない。底が抜けたまま思だった器は、お母さんを消したことで再び作り直された。逆に二度と修復できないくらい粉々になってしまったと思っていたけれど……。
――大丈夫。私は親への愛で泣ける。その気が無いのは今だけで、きっといつか恋愛したいって思う時が来る……そう信じよう。
篠木がドアを開けた先は、私が最初にいた部屋だった。彼の後に続いて入ると――
「「…」」
「し、死んでる……!」
――覇弦さんに立ち向かった5人の勇者は、皆仲良く床に転がっていた。
「なにやってんだお前等。そのまま死ぬか?あ?」
「無理……覇弦さっ、強……」
「5人もいてこのザマですか……あっけないですね。ここまで張り合いがないとは」
篠木兄弟が追い打ちで彼等に言葉の暴力を振るう。やめて!フレンズのライフは0よ!
「覇弦さん。拉致被害者は無事保護されました。もう帰りましょう」
「誰が拉致被害者だコラ。てか何で兄貴もいんだよ」
「幸生さんにメッセージが届いたとき俺も隣で飯食ってたんだよ。それより、ちゃんと話つけたんだろうな」
「……あぁ」
覇弦さんは涼しい顔で私達を見やり、息を吐いてネクタイを緩めた。
「それは重畳。あまり俺の手を煩わせるな」
「あ、覇弦さんどうもすみませんでした」
「謝んな。このクソ兄貴……アイツ等をボコボコにして仕事のストレス発散したかっただけだろ」
「可愛がっている弟が危険に晒されていると分かれば助けに行くのが兄の務めだろ?」
――いやにノリノリだと思ったんだよなぁ……スニーカーに履き替えた時点で確信したけど。助けられた手前何も言えない。
私は逃げるように5人の無事を確認する。顔面を執拗に狙ってないことが分かり、覇弦さんなりに加減したことが見て取れた。
「あの、あっさり約束破っちゃってすみませんでした。こんなことしたのって篠木の為……ですよね」
「ほんまよ……1人で来いって言ったのに」
「覇弦さんは無いわ」
5人は痛みに耐えながら体を起こす。全員、肩で呼吸するので精一杯みたいだ。今なら私でもどうにか……それは舐めすぎか。
「おや。口ほどでもないと思っていましたが……随分とお元気なことで。それとも、まだまだ抗ってみますか?」
皮肉と余裕と冷静が混ざった言葉が5人に深々と刺さる。覇弦さんもうやめたげてよ。
「覇弦怖イ……何デイルノ」
アシカさんも裏声で嘆いていた。亜錬さんも冷や汗かいて震えてるし。どうやら全員、覇弦さんに逆らうことの恐ろしさを徹底的に刻まれたようだ。
「懐かしかったですよ。いつだったか……仕事を手伝って欲しさに威弦を彼等から引き剥がしたことがあるんです。その時は廃工場ではなく溜まり場で」
「事務所な」
――私が乗り込んだあそこか。
覇弦さん狭い室内であるにも関わらず歯向かってきた亜錬さんと荒野さん電さんと來雫さんを返り討ちにし、弟を拉致ったんだとか。アシカさんはまた別の場所で倒されたらしい。
「そんな初対面嫌だ……あと篠木重い」
5人に構っているのが不満だったのか、篠木は私の腰を掴んで顎を頭の上に乗せる。それを見た亜錬さんが「とうとう付き合った?」みたいなこと言ってきたので即座に否定した。
「無いけど……いつか変わると思ってる。だから気長でも怒らないでね」
「……!」
恋愛には価値がある。本質的な価値は理解し難いが、付随する価値の重要性は十分に把握しているつもりだ。心から好きになれないまま時が過ぎるようなら、私は――いくらでも自分に嘘を吐こう。
「可愛すぎて壊してぇ……持って帰っていいか?」
「わ、私は壊れない関係がいいんだが」
こうして、何とか私と篠木の関係は落ち着いた所に収まった。SIGと泊まりで遊ぶ件について全然不満そうにしていたが……彼の相手は旅行終わりの私に任せるとしよう。
(=^・^=)
――あああああーー。
唐突に心の声で叫ぶ。そのくらい私の中はとっ散らかっていた。
「ねー聞いて。あたし春に向けて実家の庭に花植えた」
「菜々緒ぜってー枯らすじゃろ」
「なんか去年も似たよーなこと言ってねかった?」
「あー言っとった!鉢植えドライフラワー?」
「あたし生きたままドライフラワー作れるから」
「出る前ちゃんと水やった?」
「あ」
「ガーデニングやめろもう!」
運転席と助手席とその後ろに座るななちゃんと沖谷君と上延君が盛り上がっているのもある。私が口を挟めない程に。飛び火を怖れてるワケじゃないよ!
「青原はまだ寝とんか」
「コイツやっとるわ」
私達はコンパクトSUVのレンタカーに揺られ、グランピング施設に向かっていた。今回のメンバーは私とななちゃんと沖谷君と安井君と吉室君と青原君と上延君と島永君と林君と野田君の計10名。この春休みグランピングが定例化するのは初回にかかっている。
――人生初グランピング……でも言ってしまえばでっかいログハウスみたいなことに泊まるだけなんだよな。
倉嶋さんに話すと滅茶苦茶羨ましがられ、楽村君は嫌そうにしていた。え?KGLとSIG合同でやろうって?すまんね。今回はSIGオンリーでのびのび楽しませてもらおう。
「あー天ぷら食べたい」
「急。でも分かる。うめーよなー」
「やっぱ海老よな」
――分かる。
上延君の意見に腕を組んで頷く。しかし私が賛同する前にななちゃんが口を開いた。
「は?大葉じゃない?」
「分かる」
――なにっ!?し、渋い!しかも沖谷君も同調するだと!?
ここでひと争い起きるのかと危惧したが、大人びている上延君は大葉の天ぷらの美味さも知っているようだった。私そんなの食べたことない。だってセルフ式のうどん屋に無いじゃん。
「この前バイト先の店長と行ったときミントの天ぷらとかあった」
「ヤバ」
「それどこの店?」
そんなこんなで車を運転すること2時間。私達は無事目的地に到着した。
「ムロ君車どこ停めたって言っとったっけ」
「焼き鳥食べたい?」
「言ってねーわ」
安定の聞き間違いボケを挟み、私は出発から到着まで爆睡した青原君を揺すり起こした。
「ななちゃん運転ありがとう」
「全然!うぉー来たー!」
ななちゃんは疲れを見せず、今回泊まるグランピングコテージの写真を撮りまくっていた――歩きながら。
「ぼっけぇ撮るが」
「立ち止まっていいのに」
皆のカメラロールがグランピングの写真で埋まる中、私はぼんやりと自然を眺めた。
野生の柚子の木を見て。
沖谷「さっちゃん取るなよ」
幸生「流石に皆の前ではしないよ」
上延「いやそれ1人だったらするやつ!」




