第31話『献身の縄は何重にもかかる』
ブレた視界が一点に集中する。それはチョコアイスをベースに、ホワイトチョコソースやクッキーで作られている――
「パフェ……?」
――黒猫をモチーフにしたチョコレートパフェだった。
こんなモノを注文した覚えはないし、デザートメニューにも載ってないのでは?あったら絶対聞くもん。思わず顔を上げてアシカさんに答えを求める。すると彼は明らかに照れて裏声に戻った。
「コノ前ホワイトデーダッタカラ……サービス」
「えっ……!倍返しすぎませんか?こんな凄い作品に見合うモノあげてないですよ!いくらですか!?」
「イイカラ食ベテ食ベテ」
アシカさんに急かされるが、流石にスプーンを入れる前にカメラを向ける。普段食べ物の写真を撮らない派だけど……これは撮るべき代物だった。
「凄い……私がチョコ好きだから黒猫にしたんですか?」
「ンン……マァ、ッポイカラ……」
どうやらアシカさんの中で私を動物に例えると黒猫らしい。本当に人が良いな。
――思い返してみると、ここに来る時は必ずニャルラも居たっけ……。
ある時はテーブルの上の料理に興味を示し、またある時は私の膝の上で微睡んで――私以外には見えないのをいいことに店内を徘徊している時もあった。
「いただきます」
躊躇いもなく猫の顔にスプーンを入れて口に含む。この猫がニャルラだと思うと食べるのが勿体ないとも罪悪感が湧くこともなかった。
「美味しい……!マカロンもアイスも……下にあるのはプリンですか?絶対私より手間かかってる……アシカさん凄すぎ」
「……ッ!」
パフェの下層はコーンフレークではなくカスタードプリンである点もポイントが高い。その上低層にはフランボワーズのピューレが……これに値段をつけると確実に1000円は超えるであろう完成度に寒気がした。
――味も見た目も、細部にまでこだわったんだろうな……。
素直に感動したことを伝えると、アシカさんは脱兎の如くその場を逃げ出した。アシカなのに。
甘すぎず、食べ進めるにつれてちょっぴりほろ苦くてほのかに甘酸っぱい。アイスや耳の形をしたクッキーが口の中で溶けて――
「…」
――じわりと、目の端に涙が滲んだ。このパーフェクトなスイーツは決してニャルラをイメージして作られたモノではないのに。
完璧で愛くるしい見た目のニャルラに助けられてばかりだった。トラブルに巻き込まれた記憶が強烈すぎて、あの時は言えなかったけれど……。
――ありがとう。って言いたかったよ……。私を救ったのはあくまで世界の危機が絡んでいたとしても。ニャルラのお陰で私は……。
あの時、粋なことが言えなかった後悔が今になって押し寄せる。この心残りは別れた直後に散々反省したのに。
溢れた熱が止まらず、1人ぼっちの店内でこっそりと流した。
(=^・^=)
普段泣きなれているお陰か、なんとか誰にもバレずに済んだ。改めてパフェを絶賛してお金を払う。お釣りで出た小銭を落さないよう注意して財布に入れていると、アシカさんがありがとうと呟いた。
「いえこちらこそ……!もし好転したら、また報告しますね」
「……あ」
会釈をしてドアに手をかけると、背後から何か言いたげな声が聞こえた。思わず振り向くと、彼はギクリと身体を強張らせる。
「…?」
「お、沖谷さん」
「はい」
「俺……」
――なんだなんだ。
「……俺は何があっても沖谷さんの味方だから」
びっくりして固まる。いつも裏声で喋る人が急に地声に戻したからか、月並みでも妙に心に残る――そんな言葉だった。
「ありがとうございます。そんな優しいこと言ってくれるのアシカさんくらいですよ」
もうすっかり慣れたが、バーテンダーの制服を着てアシカマスクを被った年上の男性に慰められるなんてシュールすぎる。裏声じゃなきゃ笑ってたかもしれない。
『何があっても』なんて絶対的な言葉を信じることは出来ないが、マスクの内から滲み出る喜色を見て――こう答えてよかったと思った。
――誰かを好きになれたらよかったのに。たった1人の特別が既に埋まっていたら……ここまでややこしいことにはならなかったのに。
今日も苦悩を抱えて眠りにつく。けれど夜になった途端、怒涛の勢いでラッキーが押し寄せて来た。
アシカさんの好感度が着実に上がっていること。
なんかタダでパーフェクトでゴージャスなパフェ食べれたこと。
ニャルラの概念を写真に残せたこと。
そして――お母さんの命のお金が世界的に有名な画家が描いた絵に変わること。3億3600万円の絵は一体どんな絵に仕上がるんだろう。その楽しみだけが暫く間、私の支えになっていった。
(=^・^=)
私が楽しく過ごす一方で、忙殺されている人がいることも忘れてはならない。
「浦本淳と遊園地に行ったんですか?」
「はい」
「店に行ってアシカのパフェ食べたらしいですね……俺抜きで」
「あい」
「安井君と島永君から聞いたんですが、明日SIGでグランピングに行くそうですね。女子2人男子8人で」
「ひゃい……」
男女のバランスがおかしいのは許してほしかった。1年女子が来たがらない気持ちも分かるし……。
バイト終わり。私は覇弦さんに連れられ、いつもの居酒屋……ではなく個室のイタリアンレストランに入った。ひぇーこんなお洒落なお店で今から尋問されるの?
「怒られるのは1人でBarに行ったことだけかと思ってました」
「別に怒ってないですよ」
怒ってはいないけど不満だと。把握です。
「去年とは大違いですね。こんなに幸生さんの交友関係が広がるとは思いませんでした」
「いやぁ……私もビックリです。はは……」
「威弦は遠ざけておいて、次はアシカと浦本か……」
「違います」
「威弦も気にしてましたよ。特にグランピングの話なると分かりやすく手が止まって……」
煮え切らない言葉しか返せずにいると、店員さんが注文したパスタを持ってきてくれた。ナイスタイミング。
「先々週の幸生さんは、どうにも調子が悪そうでしたが……ようやく病み上がりから回復しました?」
「んぐふっ」
バッと手で口を抑える。怖くて彼の目が見れないが――動揺するにはまだ早い。
「インフルだったので。篠木が看病してくれたのは驚きでしたけど、まさか本当に感染ってないとは……」
「それだけが取り柄なので。本音を言うと、接触は控えて欲しかったんですが……」
覇弦さんの頭の上に『納期』やら『試算表』やら『申告書』という単語が浮かぶ。会計事務所はこの時期が一番忙しいんだそう。それでも私の紹介(ココ重要)で安井君と島永君を補助スタッフとして紹介したお陰で去年より大分楽なんだとか。
「覇弦さんこそ。仕事に殺されていなくて良かったです……」
ここで私のスマホが短い間隔で震える。着信ではなくメッセージの通知のようだが……。
「え……あの、これ……」
「……おやおや」
流石に気になってスマホを見ると、篠木から信じられないRICHが届いていた。思わず覇弦さんに見せると、彼もパスタを食べる手を止めて文章を読み始める。
「威弦を人質にして『レディーキラーの悪魔』を呼ぶ、ね……。実行犯にはよほどの覚悟があったんでしょう。もっとも、その代償は高くつくでしょうけど」
冷たい余裕にこちらの身が竦む。覇弦さんは呆れ半分に笑って食事を再開した。その速さは食べ始めと変わっていない。
――悪戯だと思っているのかな。
「こういう……例えば篠木目当てで覇弦さんが狙われる的な状況は今まであったんですか?」
心配する素振りすら見せていいのか迷った末、切り口を変えて質問することにした。すると彼はいつもの冷笑を浮かべて一言。
「幸生さんが心配するようなことは何も起こってませんよ」
「……そうですか」
分かりやすく一線を引かれてしまう。まぁこの人最強だし……言葉通りの意味だと捉えた。
食事が終わるまで無言というワケではなく、覇弦さんが振った話題を私が広げるような形で場をもたせた。その所為で……通知が途切れたこともあり、篠木からのRICHをすっかり忘れてしまう。
「では行きましょうか」
「2軒目?」
「貴女どれだけ薄情なんですか……威弦がいる場所にですよ。ここからだと距離がありますし、私の車で行きましょう」
「え……」
慌てて誘拐文を読み直し、指定された場所を地図アプリで表示する。この人の記憶力どうなってんだ。
――行くとしても自転車で行ける距離だから1人で……いや危険すぎるか。ここは素直に頼ろう。
「分かりました……ありがとうございます?」
「兄として当たり前のことをしているだけですよ。それに……」
覇弦さんは言葉を切り、さながら大魔王のように笑う。
「……危ない橋を渡った馬鹿な連中を、是非この目で拝みたい気分だったので。今日は良い夜になりそうです」
「そ、そうですか」
彼の眼鏡の奥に確かな侮蔑と昂りを感じ、そっと心の中で馬鹿な連中さん今すぐ逃げて!と叫んだ。




