第29話『不都合な真実』
私を気に入った『悪魔』が『君』に関する記憶と死んだ記憶を消去した上で蘇生してくれたこと。
『悪魔』の目論見に気づいた『君』がニャルラと利害を一致させて私を再び救おうとしてくれたこと。
ニャルラはこの世界を救う為に『悪魔』の打倒と私にかけられた呪いの対処にあたった。ニャルラの目的は10カ月くらいかけて達成されたけど『君』はそうじゃない。
――お母さんのことばかりで、私の知らないとこで関わってた存在にまで目を向けていられる余裕が無かった……。先月末まで忘れていたワケだし。
『君』はずっと私の近くにいて、恐らくまだ――私の幸せを願っている。
「おい。いつまで黙っとん」
「ちょっと待ってください。私だってまだ完全に呑み込めたワケじゃ」
話を伸ばしても面倒なだけなので、私は部分的な真実を話すことにした。
「実は高校の頃――」
簡単な回想シーンに入ろうとした次の瞬間。隣で人が倒れたような音がした。
「え」
「――ごめんな。思い出してもらお思て記憶残しといたけど……もうええわ。気ぃ変わった」
地面に転がった荷物と淳先輩を交互に見ると、後ろから意味深な台詞が聞こえる。恐る恐る振り向くと――梅坂弁で喋る男性が夕焼けに照らされていた。
「えーと、貴女は、確か……」
「久しぶりー!成金ゲームぶりよな?俺あんたの前で梶ってオッサンに殺されたけど、あの後普通に自分の部屋におってん。他のプレイヤーも多分そうなんちゃう?」
彼は快活に笑い、まるで私しか見えていないように話す。混乱の最中にいると、幻影のニャルラが不審人物の名前を囁いてくれた。
「木宮さん……」
――木宮……『君』……?そうだ。私はゲーム中、この人に血を吸われて……!
「……よっ。これどこ運ぶん?案内してや」
淳先輩を背負い、買い物袋を持った木宮さんは普段通りの様子で私に案内役を頼む。方言と人柄の所為か、どう考えてもおかしい状況なのに胡散臭さと親しみやすさが混合していた。
「……もしかしてコレ、私が指摘したら淳先輩と荷物と私をこの場に放置する感じですかね……」
「やったら分かるで」
逡巡の末、大人しく彼の助けを借りることにした。現在地から実家まで徒歩4分程度といったところ。往復しても成愛を呼び出しても気絶した淳先輩を2階の部屋まで運ぶのはしんどい。ここは問い詰めないのが吉だ。
「……記憶残したからの気が変わったってことは、淳先輩も記憶喪失になっちゃうんですか?」
「うん。あんたに抱いてた不信感と俺が鐘秀山で話した内容全部……かな。浦本淳はあんたとニャルラが起こした数々の奇怪現象と、俺があんた守るために暴れたことを知りたがっとってん。いつもやったら話聞き出すついでに軽く喋って、最後に記憶いじるんやけど……」
木宮さんの意味深な視線とかち合う。私は彼の話を聞くだけでいっぱいいっぱいだった。
「このままにしといたら俺の話してくれるかなって思ってん。案の定すぐ喋ってくれたけど……なんか嫌なった」
「嫌……まぁ私も、なんて話せばいいか迷ってたので。正直助かりました」
「でも忘れてたやろ?」
「後回し……も言い方悪いな。ごめんなさい。見えてる問題と向き合うだけで精一杯で」
分かりやすいリアクションを取ると、彼は淳先輩を抱え直してマンションの階段を上る。全く疲れた素振り見せないの凄い。人間離れしてる。
「そんな大げさに肩落とさんでもええ。ちゃんと分かってる。ずっと見てるから……あんたの幸せは俺が――」
私が家のドアを開けると、彼はすぐ中に入って――私が後に続いた時にはいなくなっていた。
驚く暇もなくリビングから成愛が現れ、昏睡状態の先輩を見て騒ぐ。私は食材を彼女に託して静かに眠る彼を空き部屋まで引きずった。
「体調悪いって本当だったんだ……どうしよ。鍋じゃなくておかゆの方がいいかな」
「雑炊でいいんじゃない……って彼氏さん家は?」
「お姉ちゃんの悩み相談乗るから来れないって言った」
――こ、この妹は……絶対こっちの方が面白そうなのと淳先輩の顔見て決めたな!?
と言えるワケもなく……成愛が夕飯の準備をしている間、私は淳先輩の上着を脱がしていないことに気づいた。あまり触れたくはないが、寝やすい格好にした方がいいだろう。
長い間2人っきりでいるのも変なので、成愛の部屋から漫画を失敬してリビングで読む。だが頭の中は他の考えで埋め尽くされていた。
――デスゲームで一緒だった木宮さんは『君』で、『魔界都市ホロボシテル』で脱落した人達は今もこの世界で生きている可能性が高くて……。えーとそれで淳先輩は100万円の秘密に手を伸ばしかけてたけど、ニャルラがやってくれたような感じで『君』が色々隠してくれた……ってコト?
私なりに気をつけていたとはいえ、ニャルラと100万円の秘密は完璧に隠し通せたとは思っていない。篠木の他に見抜いた者がいてもおかしくないと覚悟する裏で、どうせニャルラが上手いことやってくれてるだろと油断していた面もある。
どうやらニャルラと『君』が結託し、私のあずかり知らぬところで食い止めていたらしい。
――実は篠木や淳先輩以外からもバレてて、それをニャルラか『君』が幻見せたり記憶消したりしてくれてたのかな……だろうな……うわ怖。
淳先輩の言う通り、去年の秋頃からかなりニャルラとお金で遊んだ記憶がある。本来ならたった1回の詐欺と誘拐では済まなかっただろう。
『君』とも話したいことが沢山ある。また会いに来てくれるのを待つか……。
――私から見つけにいかないと。
ニャルラが私の傍を離れた今、いつ危険が訪れるか分からない。これも何回目だと思うけれど、常に何が起こってもいいよう気を引き締めなければ。
「……何読んどん」
「わーっ!」
いつの間に復活していた淳先輩が、背後から私の持つ漫画をのぞき込んでいた。丁度テーブルの上にあった1巻を彼に渡す。読み返し用に持ってきといてよかった。
「体調どうですか」
「あぁ……俺どれぐらい寝とった?」
「え。そんなには。我が家の夕飯は18時半頃なのでもう少し待っててください」
「つかお前何こたつで漫画読んどん。妹の手伝いせーや」
成愛は当然余所行きの声で全然大丈夫です~と言ったので私は有難く鵜呑みにする。
「だって……沖谷家には『左利きはキッチンで料理するな』という格言があるんです」
「マジ?」
「…」
成愛は下手な口笛を吹いて顔を逸らす。ここはお姉ちゃんだけですよ。とか返せばよかったのに。
「幸生が料理下手なだけ……でもなかったわ。なら俺も手伝えんが」
「あっじゅ、淳先輩も左利きだったんですね……」
そして今更、成愛が最初の勢いで私と同じ淳先輩呼びしたことを恥ずかしがる。苗字を教えてあげてもいいが、このタイミングで変えるのも変だ。
――ここは連れて来た責任と姉の立場として。妹の悩みの種を摘もう。
「淳先輩。成愛が先輩をどう呼ぶか迷ってるんで、どう呼べばいいのか答えてあげてください」
「ばっ!?」
「別に今のままでえーけど?」
「ハイ。すい、すみません……」
「逆に俺は何て呼んだらええ?成愛?ナル?」
「ええっ!おっお姉ちゃんと同じで大丈夫です……」
彼氏がいる分際で耳まで赤くする成愛をこれ以上見ていられなかった。クズの淳先輩は初心な反応を面白がって彼女の傍に移動し、これまたクズの私は2人のやや色気を帯びた会話を無視して漫画を読んだ。
「――淳先輩、遊園地では大丈夫だったんですか?」
3人で水炊きを食べている途中、成愛が淳先輩の体調を気遣う素振りを見せる。デスゲームという直接的な単語を出さないところに妹の気遣いが伺えるが……『君』は淳先輩の記憶をどう操作したんだろう。
「おー。しお……友達の妹と、高校の制服着た幸生?と脱出ゲーム的なやつに挑戦する夢見た……ような気ぃする」
「えぇ……ごめんなさいちょっと面白そうですね」
――分かる。何その夢。
夕食での会話は主に私の話で大盛り上がりだった。成愛が持っているネタと淳先輩が持っているネタのぶつかり合い。ムキになって止めても空気が悪くなるので、もう諦めて漫画に逃げるしかなかった。
――まぁ成愛と淳先輩が仲良くなってもいいか。会話は2人で成立してるし。
淳先輩の記憶は私と遊園地に行く→デスゲーム会場に飛ばされる(夢として処理)→気分が悪くなって1人になりたくないとごねる→沖谷家にお邪魔して夕飯の材料を買いに行く→帰り際、また気分が悪くなったけどギリギリ家に帰る(正直ここら辺の記憶も曖昧)らしい。この中で一番不自然なのは『1人になりたくなくてごねる』という点だが――
「よう分からん。けど……やっぱ幸生は生きとる方がえーわ。俺が殺しても死ぬなよ」
「分かりました。私が淳先輩を殺さざるを得ない状況になったら絶対に生き返らないでくださいね」
「窓から投げ捨てるぞ」
「すいません」
――お互いまだまだ複雑な心情を抱えたまま、不思議な距離感を保ち続けるのであった。
幸生入浴中。成愛の自室のドア付近にて。
淳「なあ」
成愛「へ……うぇ!?な、なん……」
淳「姉ちゃんのどこが嫌い?」
成愛「はぁ?なんでですか?」
淳「ええけぇ早よ」
成愛「……全部ですけど。漫画だって勝手に読まれたし……」
淳「へぇ(意外)……じゃあ一番は?」
成愛「……私のこと嫌いにならないとこ。私は嫌なのに」
淳「…」
成愛「……あの(今スッピンだから見られたくない。出てってほしい)」
淳「いや。気ー合うなって」
成愛「?」




