第28話『沖谷幸生を守るもの』
「――で、何でここに来るの?」
成愛はアッシュブラウンの眉を吊り上げて私を睨む。彼女に慄くより、眉マスカラやカラコンなど……はるまとお出かけ時の私より遥かに工程と技術を重ねた顔面に呆然とした。アンタついこの間高校卒業したばっかだろ。
――フルメイク&髪もセットしてるとこ始めて見た……この姿でも私に似てるって言われるのかな。
「聞いてんの?」
「あ、ごめん。メイクのクオリティ高すぎてビックリしてた……服も凄い可愛いね。これから彼氏さんとデート?」
「……!」
「えっなにっ痛っ!」
返答に困ったらすぐ暴力を振るう所は変わっていなかった。多分後ろに淳先輩がいるから暴言と奇声は控えたんだろうなぁ……。
遡ること20分前。私は淳先輩と一夜を共にすることに決めた……って表現はキモすぎるので変えたい。『どうせ寝る時間になったら空気読んで帰ってくれるでしょ』と甘い考えで頼るより、いっそ最初から割り切ってしまった方が安全だと考えた。
――私の家と淳先輩の家は論外。カラオケオールも辛いしネカフェもやだな……。
私の家に楽村君を呼ぶのが一番楽だけど、もし私が淳先輩だったら……今は誰にも会いたくないと思った。篠木や片井先輩に押し付ける方法もあるけど、淳先輩がそちらに行かないということはそういうことなんだろう。
――泊まりやすくてお金がかからなくて襲われる心配のない場所……賭けだけどここしかないか。
私にとって前代未聞の案を話すと、案の定彼は難色を示した。まるで1月のシーバーみたいである。
「おかしいじゃろ。家の人になんて説明するん。なんもせんけぇ普通に幸生ん家行こうや」
「絶っ対に無理です。相変わらず淳先輩の信用度は地の底に落ちたままですから。一瞬でも隙を見せたら何をされるか……」
「……っ」
――それに、私の家に泊まっていい男性は(とりあえず)楽村君だけにしとかないと。
「それか他にも人がいたらいいですけど……楽村君呼びます?」
やはり第三者を入れるのは嫌だったのか……私と淳先輩は簡単なお泊りセットを持って沖谷家に到着した。想像では成愛が買った漫画を読んで時間を潰し、成愛が作った夕食(多分水炊き)を食べて成愛が録画した番組を観て成愛が掃除したお風呂に入ってお土産のケーキを成愛が入れてくれた紅茶と共に食べている間にお父さんが仕事から帰ってきて……成愛が敷いてくれた布団で寝る。といった感じになるだろうなと思った。え?折角マシな関係になったのに成愛をこき使いすぎだって?オカン気質の妹を持つとこうなるって絶対。
しかし現実は想像とは程遠い。ケーキ屋を出た後、お父さんに連絡を入れると――
「ワシは明日まで神京に出張じゃ」
「え!」
「成愛も友達の家がどうとか言ってたから、ひょっとしたら今家に誰もいないかもな」
――まさかの実家行く意味ない説が浮上した。それでも私の家よりはマシだろうと乗り気でない淳先輩を強引に連れて来たワケだが……。
そして現在。ギリ家にいた成愛に出迎えられ、私は見た目を褒めるところから始めた。
――おだてたつもりだったけど、本当に妹じゃないみたい……努力の結晶すぎる。
「……姉より可愛いな」
「ぅあ、りがとう……ございます」
淳先輩も空気を読んでリップサービスをする。成愛は今『こっちから言わないと帰ってこない姉が急に彼氏でもない男の先輩連れて1泊したいなんてほざいた』とかなり謎でキモい印象を抱いている。そのため、ケーキとゴマ擦りで歓迎モードに持っていく必要があった。
――淳先輩がクズイケメンなお陰で簡単に話が進みそうだな。
「私達さっきまで鐘秀山にいたんだけど。成愛は遊園地の地下にはデスゲーム会場が造られているって都市伝説知ってる?」
「は?う、うん」
テーブルの下で足を踏まれたがスルーする。淳先輩の対角に座ればよかった。変か。
「淳先輩はそれに強制参加したばかりで、しかも負けて前後の記憶を消されたから……1人でいたくないんだって」
「え?負け……ってことは死んだの?あとお姉ちゃんは」
「私は選ばれなかった。淳先輩は負けて殺されたと思ったら生きてて、この経験を誰かに共有したいけど肝心の記憶が曖昧で……残ってるのは裏切り合った記憶と致命傷の痛みだけ。先輩にもこの話を信じて慰めてくれる友達はいるけど、その人も今就活中だからあまり迷惑かけたくないんだって」
「え。就活って4年になってからじゃないの」
「おっそ。解禁日は3月からだよ」
話がズレかけたので元に戻す。淳先輩も一旦殺気を抑えて話を聞くフェーズに入っていた。
「成愛はその都市伝説も既知の事実みたいだったし。私と趣味の系統が割と被っているから……正直に話しても受け入れてくれると思ったんだよね」
「でも何でここ……私今日彼氏の家に泊まるんだけど」
「急に来たのはごめん。好きでもない。じゃなくて、ただの先輩を私の家に泊めるのは嫌……じゃなくて虫唾が走るから。でもあまりに淳先輩が可哀想で……今日は1人で眠れないみたい」
「なんでそんな嫌ってる人と遊園地行ってんの……?あと淳先輩。ウチの姉が本当にすみません」
「全然えーよ。遊園地に行ったのはコイツがバレンタインの日に俺の家に来たから。そのお礼」
「へ、へぇ……?」
淳先輩は思いっきり私の足を踏むだけでは飽き足らず、わざと言葉を省いて意味深な説明をした。誰のために家に上げて妹を説得してると思ってんだ!
「デスゲーム直後で参ってる人を放っておけなくてさ。実家なら間違いも起きないと思って……空き部屋使わせてもらってもいい?ご飯も適当に買うから」
成愛は間を置き、思案する素振りを見せる。お泊りの許可はほぼ確実に下りるハズなのに……一体何を悩んでいるんだろ。
「……次からはもっと早く言って」
「ごめんなさい」
「色々準備するから、2人は水炊きの材料買ってきて」
「分かった」
「……!」
そんなこんなで、私と淳先輩は近所のスーパーで鍋の具材を調達することになった。
「何あのクソ言い訳」
「単純に体調崩したって言うより、成愛にウケるようなストーリーを用意する方がいいかなーと。私に似てミステリーやサスペンス系が好きな子なんで。今頃私達の関係性を含めて勝手に妄想を膨らませてるんじゃないですか」
私が野菜や魚をカゴに入れている間、彼は黙ってその様子を見ているだけで……勝手にデスゲームの経験者したのに否定してこなかった。
――まぁもう別に詳しく聞かなくてもいいか。
「片井先輩に気づかれる前に、気持ちを切り替えられるといいですね」
「幸生は……デスゲーム後でも普通にステーキ食えそう」
「……いけますねぇ。この時期だったらすき焼きがいいです」
――1回目と3回目はグロかったけど、終わった後何食べたっけ……。
買い物を終え、車も人も通らない街並みをテクテク歩く。時間が空いて心がほぐれたのか、淳先輩は重々しく口を開いた。
「俺は幸生と離れるまで、偽物と一緒におった。入れ替わった事にも気づけないくらいそっくりな……」
「え」
脳裏に『行って!』と叫んだ『私』がよぎる。お母さんが死んだ日、ニャルラが用意してくれたとされる影武者が――淳先輩に?
「現実離れしとるけぇバレんって思うな。お前がおもちゃのナイフで怪我したように見えた幻覚、威弦さんがお前の部屋で見つけた500万、証拠をお前に見せようとした瞬間それが削除されとったこと……特に『レディーキラーの悪魔』になってから酷ぇ」
「……まさか、不良高校生のたまり場に『レディーキラーの悪魔』が大金と拳銃持って乗り込んだ噂のこと言ってます?」
「他にも『レディーキラーの悪魔は出自不明の金をプールしとる』とか『その名の通り悪魔のような特性を持っとる』とかな。その噂を鵜呑みにした連中は今どうしとると思う?」
「篠木が裏で睨みを聞かせているんだと思ってたんですけど……」
「それは記憶喪失になる前までの話な。てか噂も地味に具体的じゃし……あのさ。いつまで無関係面しとるん。絶対心当たりあるじゃろ」
「…」
先月末。私はニャルラによって惨い真実を思い出した。お母さんの死という感情的な願いが『悪魔』という存在に届き、叶える流れで沖谷家を食い潰そうと企む。その一方、佐古神社の境内社『想宮』という幻の場所で私は『君』と呼んでいた黒猫?に出会った。私を噛んで血を舐めるのが癖になっている変な猫。その正体は猫と犬の霊が混ざった獣の妖怪だった。この世ならざるモノは衰勢していたところを私の血を吸って回復し、その恩を感じてか私に懐き始める。
そんな『君』は私を救うため、両親と妹を死の呪いにかけた。そのことを知らぬまま、生きることに絶望しきった私は自ら命を絶ち――『君』はそれを是としなかった。『悪魔』を頼ってでも『君』は私に生きてて欲しいと願ってくれた。
――今なら分かる。淳先輩が出会った偽物は……。




