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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第2章『沖谷幸生は母親を辿る』

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 第27話『浦本淳の精神状態』

時間を置いてかけた電話が4回目でようやく繋がり、私は無事迷子の淳先輩と合流することができた。


「――あ、淳先輩。すみません1人で楽しんじゃって」


「いつからはぐれた?」


「私がお手洗いから戻った時にはもういなくなってました。電話か逆ナンにでもあって……」


先輩が急にいなくなってしまい、1人になった私は――周辺を探して見つからないと分かるや否や、これから乗るであろう絶叫系アトラクションを先回りすることにした。


――ここのフリーフォールと空中サイクリングは段違いの怖さだからな……プチ高所恐怖症の私には辛い。せめて回数重ねて慣れとかないと……。


『高いとこに行けば見つかると思って』を建前に、私は1つの場所に留まることをしなかった。淳先輩と本気で合流する気が無いとも言える。


しかし彼の顔色を見て、自分の軽はずみな行動を少々後悔した。


「えっどうしたんですか?どっか具合悪いとか……」


「るせ……」


血の気が引いた顔で睨まれても全く怖くない。暴言ばかり出る唇の薄さを見るに、どうやら軽い貧血状態のようだ。


「向こうにベンチあったので少し休みましょう。寝てないんですか?」


――あ、この自販機……。


先輩を寝かした近くにピッタリの飲み物があるのを見つけ、私は迷わずプルーン豆乳を3パック購入した。


「これ飲んでください。冷たーいのは我慢で」


「……!?なんこれ」


「貧血がマシになる飲み物です」


淳先輩も甘味は割とイケる口なので、このヨーグルト風味の飲み物は全然アリのようだった。一口飲んで驚いたのは最初だけで、後は無言で一気飲みする。2本目にストローを差すと無言で奪われた。それで満足したのか、彼は白い息を吐いて私の肩にもたれかかる。ちょ、ちょっと重いんですけど。


「マズかったらパンジージャンプさせようかと思った。お前の金で」


「お口に合ったようで何よりです」


余ったプルーン豆乳を飲んでいる間、何故か淳先輩を膝枕するハメになった。折角なら海かアトラクションが動いている様を眺めたかったけれど、目の前には森しか見えない。それでも木々のざわめきに混じってジェットコースターが動く音や恐怖と興奮が入り混じった悲鳴が聞こえた。


――耳に届く音だけでも、遊園地来たって感じが十分味わえるな。遊園地なんて5月ぶり……あ?


遊園地というキーワードを照らした刹那、1月の記憶が蘇る。突然消えた淳先輩。別れた時間は体感40分くらい。合流した彼は貧血で今にも倒れそうだった。今も私に体を預けており、意識が混濁しているように見受けられる。これらの視覚的手がかりと経験に基づく知識を重ねると――シーバーの言葉が鍵となった。


『私さ、都市伝説好きなんだけど。デスゲームの会場は基本遊園地の地下にこっそり造られてるらしいぞ。デスゲームでの記憶を、パーク内のアトラクションで遊んだ。に書き換えるんだって』


――先輩、まさかさっきまでデスゲームに巻き込まれていた……!?貧血なのは負けて殺されたとか!?


デスゲーム作品の中には『仮想現実』で行われるモノもある。プレイヤー達はそこを現実だと認識しているけど実際は完全没入型で、意識だけが仮想空間にいるってヤツ。私が体験したゲームの仕組みがどうなのかは不明だが、淳先輩はきっと正月の私とシーバーみたいな状況に陥ったのだと推測した。


――共感してあげたい……!でも言ったら私が3回も経験したことと、どうやって勝ったのかも説明しなきゃいけないしな……。


特に1回目と3回目は最低で悲惨な終わり方だった為あまり思い出したくない。話せば長くなって面倒なので、ふわっとしたニュアンスで辛い経験をした先輩を励ますことにした。


「都市伝説好きの友達によると、デスゲームの会場は遊園地の地下に造られていることが多いらしいです」


「は?」


「私はデスゲームに参加してもすぐ負けそう……。淳先輩は傲慢なろくでなしですけど、実はサポートが上手くて優しい心遣いが出来る人ですから。きっと他プレイヤーを誑し込んで一人勝ちに持っていけそうですよね」


「この山に埋めるぞ」


「生き埋めでお願いします……淳先輩が帰ったら自力で抜け出すんで」


彼はゆっくりと起き上がり、じっと私を見つめる。


「あのさ」


「はい」


「もし俺がお前を殺したらどうする」


――デスゲームでってことか。


少し考える素振りをして、私は穏やかな真顔で頷いた。


「さっさと転生して、デスゲームで裏切る先輩がいない世界を満喫しますよ。怨霊として現世に留まったり淳先輩を祟ったりしないので安心してください」


私はなるべく早く気持ちを切り替えて、先のことを考えて生きる。だから淳先輩も、そんなに重く受け止めないで欲しい。そんな思いを込めて答えたつもりだったけど……。


「…」


――あれ無言?てっきり『お前が一番殺しても罪悪感湧かんしな。もし俺を呪ったらお前が出来るだけ苦しむ方法で祓っちゃるわ』とか言い返しそうなのに。


何か言いたげな淳先輩にきょとんとするが、彼は溜息を吐いて目を逸らした。


「……ちょっと敬語取ってみてくれん」


「えっやだよ。どうせこの俺様に対する礼儀がなってないとかほざいて暴力リーチャーになっ痛ぁたたたたた」


淳先輩の体調を慮って、私達は遊園地を後にする。チョコのお礼に私の希望を聞いてほしいと主張した結果、今日は電車とバスで来た。私の家で襲う気満々だった人と車内で2人っきりになれるほど私は愚かじゃないからね!


――そりゃ車の方が万倍ラクだけど。警戒心を優先してよかった。流石昨日の私。


そんなことを思いながらバスを降りて駅の階段を上ろうとすると、急に腕を掴まれた。


「?」


「……エレベーター使おーや」


「え?はぁ……」


そのままナチュラルに手を握られ、ホームに行く時もエレベーターで降りた。貧血だと階段は辛いんだろうか。


「あの、念のため病院に行った方がいいんじゃ」「無理」「あ、はい……」


人が殆どいない車内で、私と先輩は会話という会話が無いまま佐古に帰った。ホームから改札に出るのにもエレベーターを使い、果たしてこのまま彼と別れていいのか悩む。


――大丈夫かな……病院は行かなそうだし。家まで付き添った方がいいのかな。


だがバレンタインのトラウマが蘇り、先輩の家で看病するのも嫌だった。私はお節介を封じて帰路に就くことにする。


「それじゃ。今日はありがとうございました。貧血には水分摂取と睡眠がいいらしいです、よ……」


グッと腕を引かれ、深刻そうな顔をした彼と目が合う。このまま別れたくなさそうなことは察せたが、具体的にどうしたいのかまでは絞り切れなかった。


「あの、淳先輩……」


「このまま、幸生を1人に……」


「ん?」


「……弱いのに1人になるとか危ないじゃろ」


――デスゲーム直後で1人になりたくない。じゃなくて私を1人にさせたくないの?それか自分が離れたくないのを私で隠そうとしている……?


まだ13時を過ぎたばかり。きっと彼は空腹で正常な判断が出来ていないんだと解釈した。


「……じゃあ、どこかで何か食べませんか。淳先輩に合わせます」


「……ん」


ここまで覇気のない先輩は初めて見た。一体はぐれている間の彼の身に何が起こったのだろうか。


――本当にデスゲームかな。記憶残ってる?まぁ話してくれるのを待つか……。


佐古駅の地上レストラン街にあるお蕎麦屋さんにて。トンカツ屋やラーメン屋を素通りして入った時点で『あ、この人は今ガチで調子悪いんだ』と震えた。


「先輩は明日も忙しいんですか?」


「何で」


「いや、あまり無理しない方がいいんじゃないかなって……あ、でも就活ならキツくても行かなきゃ……」


「俺より自分の心配せーや」


「…」


お互い無言できつね蕎麦を啜りながら自分の言葉を反芻する。


――無理……してないし。先輩は私のことそんなに興味ないから寧ろ気楽だし。


口の中を火傷しないよう注意して汁を吸ったお揚げを齧る。その様子を毒気が抜けた顔で見られているとは露知らず、夢中で大晦日ぶりの蕎麦を食した。


――佐古はうどんとラーメンが多いけど、やっぱり蕎麦もいいな。


腹が満たされ、心も体もポカポカになったところで解散――とはいかなかった。


「すぐ1人なろうとすんな」


「そんなこと言われても、春休み中の私は基本1人ですよ」


「…」


――えぇ……。


黙っているだけでも彼の心情がなんとなく分かってしまう。1人になりたくないし私を1人にもさせたくない。何故そう思っているのかは不明だが、間違いなくデスゲームの内容が尾を引いているんだろう。知り合いの幻が出てくる系のゲームだったとか?


「……言っておきますけど、私は1人でも平気ですから。その所為で後々どんな目に遭おうとも――文句言わないで限界まで生きるって決めたんです」


だからと言葉を続け、淳先輩の冷えた手を取る。


「淳先輩が1人になりたくないなら、今日だけ一緒にいてあげます……どうしますか?」

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