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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第2章『沖谷幸生は母親を辿る』

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 第24話『沖谷幸生の優先順位』

篠木の話に至っては0からだったのでまぁ長かった。なんせ彼と会ってから1年半くらい経つ。第一章の回想をざっくりと、前作をざざっと……。取りこぼしがあるのは許してください。


彼の態度や反応が元カレと一致したことで気持ちに気づいたこと。半年くらいそれを隠したまま泳がせて、淳先輩伝いで明かしたこと。ナイトプールに行った後くらいに好きと言われたけど、何の好きかも分からない、返事を望まないような言い方だったこと。踏み込むのが怖くて深堀りしなかったこと――。


「私の家族関係の話は……楽村君ほどじゃないけど、時々ざっくり話したから知ってる。そっちと向き合うことを優先してることも、元カレと別れたことが地味にトラウマになっていることも――ふわっと伝えてるからあまりグイグイ来ることはなかった」


「でも絶対なんかあったじゃろ。どっか行ったりとか貢がれたりとか」


「えー。家凸、長電話、宅飲み、夜ご飯一緒に外で食べる、バイクで大学送ってもらったりちょっと遠いご飯屋さん連れてってもらったり……」


「…」


「……いつもつけてるポニーフックやピアスも2個もらった。でも基本ケーキとかコンビニスイーツとか食べ物系……」


「だから?まさかピアス開けたのってそいつ?」


「あい」


「めっちゃ仲えーなー。全っ然知らんかった」


わざわざ察そうとしなくても悪い意味が含まれていることが分かる。怖すぎて横転しそう。


「……どこまでされた?」


急に顔が近づいてきたので咄嗟に両手でガードすると、彼は横に逸れて私の耳元に唇を寄せた。これは馬鹿正直に答えたら絶対によろしくない展開に繋がるので一旦避ける。


――ええい!これもぶちまけちゃえ!


「耳!にホースシューのピアスつけてたの覚えてる?それ篠木からもらったGPS付き」「は!?」「の特注ピアスだった」


流石にうるさかったのでススッと距離を取る。さり気ない感じで私が心配だったらしいとかのフォローを入れたが――


「ほんまキメェ。どう考えても先に距離置くのそいつじゃろ」


――楽村君は嫌悪感をあらわにしてドン引いた。まぁ当然だよね。好きの加速にも限度がある。


「元カレのネックレス投げ捨てられたりとか、そのピアスか指輪選ばされたりとか、家で何回も押し倒されたりしたけど……どうにかこうにか今の感じを保ってます」


「…」


「私の主観だけど、バッサリ拒絶したら身の危険信号が凄いビービー鳴る感じがして……具体的に何されるかは分からないけど、篠木は国のルールを躊躇いもなく破れるような人間だから。慎重に行ってた……あんま周りにも迷惑かけたくないし、関わらせたくなかったから」


「……俺も。近くに似た感じの女子がおったら、確かに沖谷には内緒にして近づけんようにするけど……」


彼の横顔から不満とやるせなさと共感が滲んでいた。私は畳みかけるようにしてキスやハグなどの話題から更に遠ざけようとする。


「私の誕生日、楽村君のお見舞いに行った帰り――篠木に私達の関係がバレちゃったんだけど、なんやかんやで篠木が頭を怪我しちゃってその衝撃で記憶喪失になって私のことだけ全部忘れちゃった」


「は?なんやかんやで頭を怪我って……」


「色々誤魔化して、楽村君を敵認定しないように誘導して、誕プレに普通の青いピアスもらって……一応丸く収まったと思ったら階段から落ちちゃって……」


想宮(おもみや)』で起きたことは私もよく分かっていないので、端折りつつ辛うじて彼が受け入れられる部分を話した。


「そいつが乱暴しようとして沖谷が抵抗したからとかじゃねーよな」


「それはないよ。大丈夫」


受けた暴力の記憶はおくびにも出さず、現在の状況報告を続ける。


「篠木は去年の11月から私に関する記憶が欠落していて……まだ治ってないんだ。最初の方はこのまま他人として関わらなければ全て丸く収まるって思ってたけど……私にも責任があることと、実兄から記憶を取り戻せるならそうした方がいいって言われたから……縁は切らないでいくことを決めた」


「そいつは沖谷に惚れてキモイことしまくっとったけど、記憶失くしてから沖谷の興味も失せたんよな?」


「うん。判明した直後は凄い冷たい態度取られた」


「あの電話の感じじゃと戻ってね?何したん」


「えーー?たまに一緒にご飯食べて雑談したり私の家で漫画読んだり……?最初は篠木も『私に関する記憶があろうがなかろうが生活に支障はないからどうでもいい』って感じで消極的だったな。私も11月~12月は色々忙しかったし。そんな本気で距離詰めようとか思ってなかった」


「……それ、もし俺がなっとったら?」


楽村君は『それはそれで薄情。いや興味ないのは良いけど』という顔を浮かべながらも、私の執着度を図ろうとしてくる。


――楽村君は記憶喪失だったら。かぁ……。


「ひたむきに恋してる倉嶋さんに丸投げしそう」


「おい」


「そりゃ頑張るけどさ……楽村君に『記憶ないままでも別に大丈夫だからもう関わるな』って言われたら私でも傷つくよ。実際、篠木に似たようなこと言われて泣いちゃったし」


「…!」


「あの2月にさ、私が敬語しか喋れなくなっちゃった時あったじゃん。それ利用して篠木に『もう記憶戻らなくてもいいってお兄さんから許可もらったんで関わるの止めます』って言ったら拒否られた」


――同窓会前に誘拐された時も泣いて心配してたしな……。


「今年に入ってから、記憶を失くす前の自分に気持ちが追いつきつつあるのかな……決定的なことは聞いてないし言われてないから分からない」


緊迫を鬱々とした空気で塗り替える。もう隣にいる彼は怒っていない。常識を超えた暴露の連発でそれすらも忘れてくれた。


「家族と楽村君と篠木と私自身の付き合い方……逃げずに向き合わなきゃいけないんだけど、もうしんどい……。全部全部リセットして、1人になりたい……」


意図的に出した雰囲気に呑まれ、自然と嗚咽が漏れる。痛ましく映るように、孤独感を演出してこれ以上責められないようにしたかったけれど――


「そいつの前でも泣いたん?」


「……3回くらい?家族の話で泣いたのと、突き放された時にうっかり」


「俺の方が……俺のが沖谷のこと知っとるし仲良いよな?年上なら絶対俺と一緒におる時より気ぃ遣っとるじゃろ。そんなやべー奴なら余計に……。ずっとそいつのこと呼び捨てで呼んどるけど俺といる方が楽しいし楽よな?」


「え?う、うんそりゃそうだよ。楽村君だけに……」


「絶対言うと思った」


楽村君は口元を緩め、私を強く抱きしめる。服越しでも分かるくらい胸の鼓動が早かった。このまま破裂しそう。


「もしどっちかと付き合うってなったら俺よな?」


「……そ、れは……まぁ……」


「は?」


「もしもね?仮定の話だったらまぁ……そうだね」


「なら距離置く必要ないな」


「いやいやいやいや」


「何で」


慌てて後ずさると、刺すような視線と謎の威圧感に気圧される。まるで断ることを一切許さないと言わんばかりに。


――分からない……本格的に。


「と、とにかく、篠木の件は黙っててごめんなさい。groovy先輩も知ってるから、そっちでも色々聞いたらいいんじゃないかな」


「……許さんけど、俺の方が上ならまぁ……」


「あの、私は……ちょ、ちょっともう抱え込む余裕がなくて……考えられないからもう……」


これでも勇気を出して断ろうとしたのにと俯く。眠気と疲労とストレスで満身創痍の中、楽村君はお返しと言わんばかりの一撃を放つ。


「余裕がないって……俺や篠木って人以上の悩みがあるん?婆ちゃんの話で泣いとった時も思ったけど、最近の沖谷ちょっと変じゃね。特に大学で鬼ごっこした後くらいから」


クラッと、一瞬で意識が持っていかれるような――本当に危ない眩暈がした。


「べつに。なにもないよ」


――踏み込まれたくない踏み込まれたくない踏み込むな……話せることなんてなにもない。


「いや絶対なんかあるじゃろ。何?誰?俺やそいつじゃねーなら親か友達か……」


「だから何もないって……詮索しても無駄だよなにもないんだから」


「あるって言っとるようにしか思えんけど」


「はぁ……?」


拒絶を載せた言葉が空気にほどけて消える。これ以上、私の領分を侵さないでほしかった。非情だって思われてもいいから。


憂慮に満ちた表情から目を逸らして逡巡する。話せば多少なりとも楽になれるのは分かってる。それでも……誰かを連れて行くには下の地盤が柔らかすぎた。


「……私1人で抱えることが、責務みたいなところあるから」


こういう時に瞳は潤まない。むしろ凍りついたように固まってしまう。


「ごめんね……だから、こんな最低で薄情ではっきりさせないままズルズル2人と関係を続けるような私なんて、もう切った方がいいよ……おまけに悩みがあることだけ明かして、内容は絶対喋らないとか相手にとってクソみたいな態度しか取れないし……」


本当に、何で楽村君は私のことが好きなんだろう。

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