第23話『それは予兆もなく剥がれ落ちる』
前半楽村視点。後半幸生視点です。
沖谷と別れた後。冷えた頭で考えると、婆ちゃんが自分を忘れていたことで悲しんどんのは……。
――なんか違うよな。沖谷なら『もう年だし仕方ないよね』って言いそう……泣くまでいくか?
思考が立ち入り禁止の道を進む。沖谷にお婆ちゃん子のイメージは無い。けど沖谷の話は夏に聞いた時より靄がかかってる気ぃする。
作り話……じゃない。沖谷は俺に心を開くって誓ったけぇ。嘘つくくらいじゃったら最初から話さんと思う。
――婆ちゃん家に行って辛い思いしたのは本当じゃけど、泣いたのは別の理由じゃねぇと納得いかん……。
沖谷が何かを隠してる疑惑が頭から離れん。そりゃ俺にだって沖谷に言えんことくらいあるし、俺だけ一方的に全部を知ろうとまでは……。けど悩んどるんじゃったら無理やりにでも吐き出させる。
――沖谷相手にはそれくらいせんと、全部一人で抱え込んでストレスを泣いてやり過ごそうとするけーな。
沖谷が俺を慮って助けを求めず頑なに縋ってこんとこも好きじゃけど不満はある。1秒でも長く、沖谷の視界に俺だけを入れてほしい。沖谷と一緒におるだけで心が幸せで満たされる。沖谷が幸せでいることが俺の幸せで……もう離れとった時には戻れんし戻りたくねぇ。
離れたそうにしとるのが分かっとっても、俺は負い目を利用して強引に居座った。沖谷の綻びにいち早く気づけるように。
とうとう限界が来たのか、他に別の理由が隠れてるのか――沖谷は旅行帰りの俺を家に入れて重々しい口を開く。
「距離を取りたいと思ってて……」
「……は?」
いつもの無表情とは違う。人形と変わらない表情に心が軋み、目の前が明滅した。
(=^・^=)
明らかに機嫌が悪くなった彼から目が離せない。それでも私は腹を括った。
「私は……楽村君の『好き』に応えられない。少しでも虫がいい恋を期待しているのなら……私は楽村君から離れたい」
「…」
楽村君が何かを言いかけたと同時に、こたつの上にあった私のスマホが音を立てて震える。
――マナーモードにするの忘れてた……!しかも篠木から!
「早朝?」
しかも不幸なことに、篠木の名前として登録した画面を楽村君にも見られてしまった。総長って打とうとしたらそっちが先に出たからまぁいっかってなったヤツ!
彼がこの名前を篠木と結びつける前に切る。そう思ってスマホに手を伸ばすと――
「あ!?」
――楽村君が先に取って私の隣に座った。そして後ろから腕を回して私の体を拘束する。座ったまま両腕が思うように動かせない状況で、彼は右手の親指をスッと動かした。
「――幸生?俺もホワイトデーにカレー作ってやるから食いに来い」
「えっ……」
男性特有の低音に背後の拘束が強まる。私はついに色々バレてしまうという恐怖と、何でスピーカーモードなんだよあとなんだその誘い!という動揺でパニックパニックだった。それでも、どうにか拾った単語を復唱する。
「ホ、ホワイトデーって……」
何曜だ?と目を白黒させていると、耳元で『土曜』と囁かれた。ちょっと急にそういうの止めて!
「っ!」
「おい黙んな。兄貴もいるなら文句ねぇだろ。まさかトンカツやコロッケも付けろって言うんじゃねーだろうな」
そっちこそ黙ってくれ。あと単品でOKです。
「いや、えっと、14日……」
後ろが怖すぎて失神しそう。てかしたい。このまま楽村君から逃げて楽になりたい。
ついさっき距離を置きたいと言った手前、篠木の誘いに乗るのは下衆の極みが過ぎる。ここはまた腹を括って断るしかなかった。
「……会えない。私の方から歩み寄ってなんだけど、篠木から距離を取りたい」
「あ゙?」
「ごめん……1人になりたい」
「おい切るなよ!?じゃあ俺の記憶はどうなる!お前が匙投げたらもう」「私のこと好きな人と会いたくないから……っ!」
記憶喪失のワードに反応し、一刻も早く電話を切らなければと躍起になる。篠木が家に来そうなことを言い残して藻掻いた。隙を突けきれず、片手すら自由に出来なかったけれど……楽村君は何も喋らないでいてくれた。空気読んで電話切ってくれてありがとう。
だが、物事はそう簡単にはいかない。
「……篠木ってあいつよな。浦本先輩と片井先輩の知り合いで関わったらやべー人……確か去年のカラオケにもおったよな?で、覇弦って人の弟……」
――あ、私名前!やらかしたぁ……。
「いつから?カラオケの時もそいつが逃げた沖谷を抱えて戻って来たよな。『俺もホワイトデーにカレー』って何?沖谷そいつにカレーあげたん?」
「え、えっと」
「そいつがおるけぇ俺を捨てるん……って思ったけど、さっき俺に言ったことそのまま言っとったな」
――あ、ヤバイ。これヤバイ。折角カラオケの件は酒で全員の記憶曖昧にして有耶無耶にしたのに……。
「あいつも沖谷のこと好きなんじゃ……へーー。あの『魔王』って呼ばれとる奴が?」
「……」
約半年の間隠していた秘密がとうとう暴かれてしまう。その一方で、また篠木から折り返し電話がかかってくるんじゃないかとヒヤヒヤした。しかしスマホはうんともすんとも言わない。アレ?これ電源ごと切られてね?
――なら余計こっち来そうだ……!思いたくないけど、確率は全然0じゃない!
ホワイトデーに手ずからカレーを作りたくなるような相手が電話で『距離を取りたい』と話す→もっと詳しく話したいのに電源を切られてる→なら夜も遅いし外寒いしこの件は明日以降に持ち越しだー。とならないのが篠木だ。
――2番目の矢印から『あぁ゙?どういうことだふざけんな。深夜とか関係ねぇちょっと面貸せやコラ』に繋がる可能性が普通に有り得てしまう……。
篠木ならやりかねない。去年も似たようなことあったし。
「……は?元旦にそいつと会ったん?」
「は……は!?い、いつの間に……」
事態を整理している間、楽村君は私のスマホで篠木とのRICHを見ていた。何故彼が素っ頓狂な誤解をしているかというと――
「トークの始まりが今年の元旦からなんじゃけど。羽柴と栃馬行っとったんじゃないん」
「あ、それはただデータ重くなるからトーク履歴消しただけ」
「おい……俺の履歴も消えとるし」
――整理整頓好きが仇となっただけである。
「あ?」
そして再び着信。私は未だに拘束され、緊張とこたつと人肌で汗ばむ始末。せめて靴下と上着だけでも脱ぎたい……と思っていると、少し上の位置から『もしもし幸生さん?』と覇弦さんの声が聞こえた。
「……『ハルさん』ってそいつのことかよ」
耳の穴に直接不満を吹き込まれる。2回目はビビらないぞ。別の意味でビビったけど。
「威弦が派手な音を立てて倒れた後、顔を青くさせたり赤くさせたりして……今も何やらブツブツと呟きながらシャワー浴びてます。一体何があったんですか」
「分かりません。というか何で私に原因があると思ったんですか?」
「熱心にスパイスがどうとか無水とか……カレーの作り方を調べているようだったので。ホワイトデーも近いですし、どうせ幸生さん絡みだろうなと」
篠木……と心の中で天を仰ぐ。記憶喪失の篠木は私が想像している彼と少々違うらしい。
「もう一度問いますね……何を言った?」
「えと、私のこと好きな人と会いたくないって――」
ここで楽村君の親指が通話終了のボタンを押す。突然のことで面食らっている私から体を離して襟元をパタパタと仰いだ。君も暑かったんかい。
「話長くなりそうじゃけぇ切った」
「あーー。あの、続きはまた後日的な文を送ってもよろしいでしょうか」
「この人とは距離取らんの?」
「いや覇弦さんはそういうのじゃないから。ただの趣味友……っ」
分かっていた。この状況で。かなり嫉妬深い楽村君の前で。覇弦さんの名前を呼ぶ危険性を。
「……それも疑わしくなってくるよな。嘘じゃなくても」
ラグの上に押し倒され、複数の感情がギラつく視線とかち合う。まるで隙を見せれば喰らうと言っているような――そんな瞳だった。
「篠木……弟と兄か。先にどっちと知り合った?」
「は……お兄さん」
「どこで」
「だからバイト先の下にいる――」
覇弦さんとの出会い話は去年はるまの大学祭に遊びに行った時に全部話した。まぁ楽村君が気になっているのは恋愛が云々の部分だろうが。
「内緒にしてた部分と嘘ついてた部分?覇弦さんに限ってはそんなない……あ。家には昼夜含めて数回?来たことがある。プロジェクター借りてゲームしてたり宅飲みしたり……でも酔うまで飲まないし日付が変わるまでには帰ってくれる」
「…」
「ぅ、あ、大学祭で隠さず会わせたのは、後に篠木が楽村君に危害を与えようとしても対処できるように……groovy先輩じゃ止められないから。強くて頼りになる味方を当てて安心したかったの」
「ほんまに告白されてないん?」
「ない。覇弦さん的には篠木を応援したいけど、仮に私の兄目線で見るなら断然楽村君だって。どっちに転んでも私の意思を尊重するとかなんとか」
「うざ」
――もう嫌いじゃん。
彼の覇気が削れたことで無事起き上がることができた。次は長くて重たくて面倒くさい篠木の話をする番だ。




