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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第2章『沖谷幸生は母親を辿る』

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 第21話『それは目が覚めるような話』

――だったら、私がする話は決まってる。


「私の母の話でもいいですか」


「えぇ。今後のインスタレーションにも役立てたいです」


「あの……『ホシトキコ』は露出が苦手で、プライベートな情報は謎に包まれているってのは疎い私でも知っているんですけど」


「その通りです。私に承認欲求は備わっておりません。私が存在することで、誰かの未来を照らす――可能性の芽生えをお手伝いしたいだけです」


なるほど分からん。


「私の母は――」


トナさんには簡潔に、淡々と、でも自嘲の笑みさえも封じて話した。最初は優しくて大好きだったこと。次第に拒絶し合う仲になっていったこと。物理的に距離を置き、年齢的に成長したことで母親の気持ちを汲み取れるようになったこと。それでも空回りして、一方的に迷惑をかけてしまったこと――。泣きたくなかったが、結局話の後半になるにつれ声が湿り気を帯びていった。


「大学を卒業して、立派な企業に就職して社会人になれば漸く一人前の長女として私のことを認めてくれるかなって、思っていたんですけど……。最近、事故で亡くなりました。最後までまともに本音で話せず仕舞いで……私はお母さんのこと何も知らないまま、っ聞けないまま、もう二度と会えなく、なってしまって……」


「もう一度会えるとしたらどうしますか」


「……」


――会えるなら……でも……。


トナさんの質問を咀嚼し、眼鏡を外した。


「多分、会ってもあの人の前では何も言えないので……変わらないです。私が事故に遭えばよかったとか。お母さんが生きていた方がずっといいとか……また会っても怒らせることしか言えない。これが本心なのに。だからきっと……会わない方がいいんです」


「リアリストですね。会っても結果は変わらないから、感情より筋を通すことを優先する……」


「まあそんな感じです」


トナさんはブツブツと呟きながら紙にペンを走らせ、休みなくメモを取っている。時間は残り10分を切った。傷を抉るのはそろそろ終わりにした方がいいだろう。


「去年、『ホシトキコ』の絵を見る機会が何度かあったんですけど……大体の作品が売約済みでした」


「ええ。ありがたいことに。多くの方から高い評価を頂いています」


「これから私の話で絵を描くんですか?」


「そうです」


「なら……」


私は言葉を切り、裸眼のまま彼女の輪郭を見つめる。


「それに3億3600万円の価値を付けて私に売ってください」


「……え?」


涙の痕で汚れた眼鏡をかけると、トナさんはポカンと口を開けたまま静止していた。


「期限は設けません。ただ私も、貴女の可能性を信じたくなってしまったので……」


「あはっ、あははははははあははははっ!」


突然の高笑いに今度はこっちが静止する番だった。とんでもないことを要求しているのは百も承知だ。冗談言ってんじゃねぇ餓鬼がと怒られてしまうんだろうか。


「閃きました!えぇ!えぇいいでしょう!その取引お受けします!貴女の深い悲しみと喪失から強い可能性を感じました!ですが、この作品は恐らく提示した価格を大きく超えてしまうでしょう。経験則ですが、これから生み出される絵の推定価格はその十倍の値がつけられると思います」


「じゅっ!?」


どうやら絵画作品の世界において3億という数字は比較的低めのラインらしい。嘘だろ。


――世界って広いな……。


「それだけ至高の作品になると確信しています。貴女がその値段に拘る理由も気になりますが、それだけご了承ください」


「えっ待ってください。私、宝くじで当てたお金……それ以上は出せないんですけど」


「構いません。これはもう貴女のための作品です。あぁそうだ。まだアナタは私が本物かどうか疑ってますね?」


沈黙は肯定。まぁそれは当然だと思う。トナさんは笑ってキャンバスにかかってある布を取った。


「この絵を完成させてから貴女の絵に取り掛かります。近々この国のオークションに出品する予定ですので、また落札価格を覗いてみてください。タイトルは『LXXXの(やつ)れ』です」


私はトナさんから連絡先が書かれた名刺と落札結果の見方を教えてもらう。別れ際、彼女は輝度の高い笑顔で『絵画を通じて一等星の輝きを見守っていきます』と言い残した。


「…」


――名乗らず終わった……まぁいいけど。


バスの中で考えに耽る。去年の秋に美術館で見た記憶と抱いた思いが、ここで昇華されるとは思わなかった。


――それが全部事実であればだけど。


名刺に書かれてある連絡先と住所も、オークション会社の詳細と日時も――詐欺師にかかれば全てでっち上げることができる。この思考に至ってしまうのは某詐欺師ドラマの見過ぎだろうか。


――せめて『ホシトキコ』の顔さえ分かれば……。とにかく、こっちでもお金を払えるレベルの信用を集めてみないとな。


私としても、お母さんの命であるお金を何かしらの形に残したい。落札価格や市場価値がどうであれ、世界に一つしかない超有名な美術家の絵(真作)を買い取れるのだから……相応しい使い方と言えるだろう。


――どこに飾るのとか、額縁の値段抜いてなかったとかは置いといて……。


私は画像フォルダを開き『LXXXの(やつ)れ』を見る。SNSで晒さないことを約束した上で撮ったそれは、朽ちゆく花の中に残る夢と命の名残を表現しているように感じた。


「…」


何故か一目見ただけで目元が熱くなり、喉がキュッと閉まる。私は他の乗車客にバレないようこっそり泣いた。


(=^・^=)

駅のトイレにて。私は人がいない隙に顔を洗って肌の調子を整えた。


――泣き晴らしてる目って感じだけど、ガン見されなきゃ分かんない……よね。


3月のコンコースにはマスクをしている人が目立つ。私は花粉症を装い、真っすぐ新幹線が停車する駅へ向かうことにした。


エスカレーターで駅のホームに出たその時。喧騒の隙間を縫ってパサッという音が耳に届く。反射的に下を見ると、スミックマオフィシャルショップのレジ袋が落ちていた。すぐに拾って『あの女の人が落としたよな』と思うと同時に床を蹴り、落とし物に気づかず移動している女性の肩を叩いた。


「あ、すみません。これ貴女のですか?」


「え……?あっ!すみませ……」


女性は驚きながらも自分が落とし物をしたことに気づき、すぐ私に礼を言おうとして……信じられない物を見たような目を向けた。


「……幸生ちゃん!?」


「――」


一瞬、周りの音がなくなる。言葉も思考も私自身も凍りついたように動けなくなってしまった。それでもどうにか声帯を閉じる。


「倉嶋さん……」


自分の声で我に返り、落とし物を彼女に押し付けて逃げる。後ろから纏わりつく怖れを振り払って――目の前の電車に飛び乗った。


駆け込み乗車を気にする間もなくドアが閉まる。胸がドクドクと早鐘を打ち、マスクの中に熱がこもった。


「――っさ、幸生ちゃん……!」


「!?」


振り返ると、私と同じくらい荒い息を吐いた倉嶋さんと目が合う。まさか行き先不明の電車に乗るまで追いかけて来るとは思わなかった。


「びっくりした……なんで神奈浜にいるの?」


「……倉嶋さん、こそ」


「え?私はKGL2年メンバーと旅行……って秀悟君から聞いてない?」


聞いていた。楽村君は冠頭大学イベントサークル『KGL』の同期メンバーと昨日から二泊三日で神奈浜旅行に行くと。だが今回の旅行は思い立った次の日がオフで、運命の輪が『もう明日新幹線の自由席取って行っちゃえYO!』と語りかけていたから……!


「私も……急用で。いることは知ってたけど、まさか会えるとは……」


――てか知らない土地で追いかけてくんなよ!進んで迷子になってんじゃない!相変わらず少女漫画の主人公みたいなことするなぁ!


神奈浜の人口密度を舐めていた。13倍も差があるんだからいくらおばあちゃん家の最寄りが乗り換えによく利用されている駅だからって甘く見ていた。


「急用って……(秀悟君に)会いに来たの?」


「(おばあちゃんに会いに行ったのがバレてる!?)……何でそれを」


「それしかないかなって……」


「…」


衝撃によるダメージから回復しきれていない脳は、倉嶋さんの台詞を簡単に誤認した。


「……一目見るだけで、よかったんだけど……やっぱり、来なきゃよかった。のかな……」


「え……だ、大丈夫?」


私は涙声で謝り、バケットハットを目深に被って考えを巡らせる。


「私はもう佐古に帰るけど。倉嶋さんこそ単独行動取って大丈夫?合流できそう?」


「……あ」


「え?」


なんと倉嶋さん。楽村君に自分の荷物を預けたままの状態で私と同じ電車に乗ってしまったらしい。要するに今の彼女は手ぶら。スマホも財布も持っていないガチの手ぶらである。

幸生「……スミックマショップ行ったんだ。何買ったの?」

芙由香「あ、それ幸生ちゃんのお土産のつもりで……」

幸生「え。あ、ありがとう……(気まず)」

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