第18話『移り変わらぬ気持ち』
幸生が一体何を言ったんだこの男はという目をして近寄ると、威弦は雰囲気を和らげて口元を綻ばせた。それは彼女にしか見せない一面だったが、当の本人はいたって普通のテンションだと認識する。
「覗きか」
「ごめん偶然……」
幸生はさり気なく下山の魅力をアピールするが、当然彼はにべもなく突っぱねる。そして何事もなかったかのように話題を変えた。
――明日バレンタインだしな。どーせ何でもいいだろうけど一応聞いとくか。
「なんか食いたいモンある?」
「あ、いや今日は帰ってチョコ作らなきゃ」
「は……。あーー」
――手作りかよ!やっぱそうか……!
「お疲れ、えぇ!?」
威弦がそそくさと帰ろうとする幸生を引っ掴むのはお決まりの流れだった。
「……誰に作るんだ?」
苛立ちを隠しもしない声が幸生の耳に刺さる。元から寒い入り口の気温が更に下がった。
「バイト先の社員と社長(覇弦含む)と篠木に。あとは友チョコ……」
しかし彼女の防寒は完璧である。素直さが生んだ言葉は威弦を容易くご機嫌にさせた。
「……ふーん。なら帰るぞ」
――コイツお菓子も作れんのか……甘いの好きだもんな。
威弦自身、甘い菓子はそこまで得意ではなかったが、無論彼女が作ったものならば喜んで口にする気でいた。
「SIGには?」
「直近でサークル活動日はないし、宅飲みで集まる予定もないから。あったら用意するつもりだったけど」
「個別で誰かから誘われてねーだろうな」
「えぇ?無いと思うけど……」
幸生がスマホの通知を確認すると、威弦が低い声で貸せと命令する。彼女はいつも通り疑問が残る表情で渡した。
――そんな真剣な眼差しで訴えられても……。まぁ強引に奪われないだけマシ?優しいのか?
威弦と別れた後、幸生はチョコを溶かしながら思考の海に沈む。今日だけそこはドロドロとした焦げ茶色だった。
――甘ったるくて心が重たくなって、このビターチョコみたいに粘ついてる……視線に気づかないフリをするのって大変だな。
プリンを冷やしている間、幸生は別の料理に取り掛かる。
――篠木と話す時、大体二言目には『誰と?』とか『男?』とか聞いてくるよな……まぁ別にいいけど。いいんだけど。
「そんなに忌々しいモノなのかな……」
幸生はグツグツと煮える鍋の中を見つめ、彼の頭の中が変態に染まっていないことを切に願った。
(=^・^=)
そして2月14日。幸生は少し早く起きてバレンタインのラッピングを始める。
――よし。社長と川田さんと覇弦さんと篠木と……その他誰かからもらった時用にドライフルーツのチョコレートバーも……。
『ピンポーン』
「うぇっ!?」
時刻は午前9時過ぎ。出勤時間まであと1時間もある中、幸生は頭の中で来訪者を推理する。
――えっ誰!?宅急便じゃない……苦情?そんな夜遅くまで料理してなかったハズ……。
「はよ」
「……篠木……お、おはよう」
幸生は隣人が苦情を言いに来たという推理が外れ、ふっと緊張が解ける。テンパりすぎてインターホン受話器を使わずドアを開けたことに後から気づいた。
「今日バイクあるから。会社まで乗せてってやる」
「え……え?」
「あ?」
「あーーい、いや。ありがとう?ちょ、ちょっとそこで待って!」
――悪いよ。とか1人で行けるよとかの遠慮は時間の無駄か……マジで今日早く起きてよかった!
威弦を家の外で待たせたまま、幸生は大慌てで歯磨きと出かける準備を済ませる。一方彼は、玄関にも入れてくれないことに多少の不満を抱いていた。
――一瞬、中からカレーの匂いが……昨日作ってたのか?別に気にしねーのに。てか食いてーー。幸生の家でこたつ入って幸生の手作りカレーか……アイツのことだから甘口っぽい。あと安いからっつって鶏肉。別に俺は何でも食うけど。あーでもせめて辛口……。
「ごめんお待たせしました!」
「いや俺が勝手に来ただけ……リュックでか」
「バイクなら手ぶらじゃないと駄目だから……バレンタインで渡す用のヤツ全部詰め込んだらこうなった」
連絡なしで押し掛けたにも拘らず、幸生は威弦に対して責める素振りを見せない。そんな寛容さにときめく人がいるとは気づかず――彼女は遠慮が残る表情でヘルメットを被った。
――かわいい。
幸生に抱く好感度は未だ天井知らずであり、その分ぶつける感情も激重だった。
「……おい」
「え?」
「声裏返ってんぞ。俺が何で怒ってるか言ってみ?」
――怒ってんだ……。
幸生は分かっていた。義理とはいえ、素直に手作りのバレンタインチョコを渡せば確実に威弦の好感度を上げてしまうことを。かといって既製品を用意するのも不自然である。こちらが意識していない旨をアピール且つ『キモこいつ』と嫌悪感を抱かせるには――
「何でバレンタインにカレー作ってんだテメェ……!」
――此度の選択以外、幸生の目には輝いて見えなかったのである。彼女はすぐ泳いでいた目を戻し、淡々と己の正当性を主張する。
「だって篠木デザート全然食べないじゃん。居酒屋で。だから甘いの無理な人かと思って」
「それはお前が好きだから……デザートがな!?よく美味そうに食ってるからあげてるだけだ!」
「日頃のお礼も兼ねているし、折角なら確実に食べられるモノ作りたいと思って……そう考えるとカレーって良くない?」
「テメェ頭沸いてんのか!」
「ちゃ、ちゃんと隠し味にチョコ入れてるし。篠木が好きな辛口にしたし。人参もちゃんとハート形にした」
「んな手間かけるくらいだったら最初から……!他の奴にあげる分は?」
「え。普通にチョコムースプリン作った」
「全部よこせやゴラ」
「ひぃカツアゲ……!」
獰猛な眼差しが幸生の肌を焼く。彼女の予想通り、威弦に嫌悪感を抱かせるには成功したが……事態は良くない方向へと進み始めていた。当然の結果である。
――割と念入りに包んだのに……!篠木鼻良すぎか!とにかくこの不機嫌の塊をどうにかしないと。
「プリンはまだ家に余ったのがあるから。それでよければ今度持ってくよ。カレーは嫌だったらお友達にでもあげて」
「……さっき幸生がドア開けた時カレーの匂いしたけど。まだ鍋に残ってんの」
「それでバレたのか……うん残ってる痛たたた」
「バレンタインは、チョコだろ」
「ハイ」
「もう二度とすんなよ」
幸生は感情的になることなく軌道修正に成功……したかどうかは不明だが、威弦は文句を言いながらも本命からバレンタインの贈り物を手に入れたのだった。
そして次の日の夜。幸生は自宅で威弦からの電話を取る。
「幸生あのカレー食えんの」
「余らしてた蜂蜜ぶっこんで冷凍保存した」
「はあ!?もらったヤツじゃ全然足りなかったんだけど」
「えっマジか……それはごめん。まだルウ半量あるしまた作るよ」
「それ来年の話か?」
「いやいやそんな。また今度の話だよ」
言質を取った威弦は電話を切った後、心の中で諸手を上げて喜ぶ。例え友人や兄を爆笑させたとしても幸生のカレーは純粋に美味しかった。
「ったく……」
大学の春休み期間中、幸生は斜め上の行動を取って恋愛フラグを折り、自分の好感度を下げようと試みるが――
「覇弦さん大変です。篠木が私に冷めるどころか熱を上げてきます」
「こっちだってアイツが酔うまで飲んだ途端、口を開けば幸生幸生って……めんどくせぇし記憶失くすから迷惑だ。いい加減諦めてくっつけ」
「こっちでも私が諦めなきゃいけないんですか……向こうのが年上なのに」
――結局そこから更に1年経っても、2人の関係はほぼ変わらないのだった。
威弦「お返しなにがいい」
幸生「いや別に何も……(ハッ!ここで印象が下がるようなモノをねだれば!)」
威弦「なんか企んでね?(幸生の耳をつまむ)」
幸生「そ、そんなそんな……!じゃあプロテイン!」
威弦「ブッ……!何でだよ!」
幸生「さ、最近流行ってるから気になってて……(どうだ!およそホワイトデーに要求するお返しではない!ムードをぶち壊してやったぞ!篠木をドン引かせるし筋肉もつくし一石二鳥だ!)」
威弦「最近もクソもねーよ。何味?家にシェーカーあんの」
幸生「あ、味……?シェイカー??」
威弦「……冗談で済ますなら今の内だぞ」
幸生「……普通に漫画でお願いします」
威弦「ん。(可愛い)」




