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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第1章『沖谷幸生と篠木威弦の出会い』

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 第16話『お家デート』

4階の真ん中に位置する幸生の家は8畳の1Kである。威弦が初めて部屋入った時――


「……幸生らしいな」


「それ褒めてる?」


――緊張が亜光速で駆け抜けてはUターンして戻ってくる状態のため、思考がまともに働いていなかった。


幸生は暖房を入れない代わりにコタツの温度を上げ、温かいほうじ茶を提供する。


「寒かったら暖房つけるから言ってね」


「や……コタツとか久しぶりに入った」


「篠木の家にはないの?」


「エアコンとストーブがあるからな。あと俺が寒いのに強いから」


「へえーいいね。私はもう12月からこんな感じだよ」


本日の幸生はセーターの上にもこもこの上着を全ボタン留め、下は裏起毛パンツとルームソックスで完全防備だった。これでルームシューズを履き、上着のフードを被ればよりパワーアップする。威弦はそんな究極形態の彼女にツッコまざるを得なかった。


「どんだけ暖房つけたくねーんだテメェ!寒がりの癖に我慢すんな風邪ひく前にケチんの止めろ!実質この空間って露天風呂じゃね?」


「体は温かいけど室内温度は一桁だから鼻と耳が寒くなるヤツね。汗ばむまでコタツの中に入れば大丈夫」


「どこが?聞いただけだと自炊とか掃除ちゃんとやってんなーって思ったけどやっぱ心配だわ」


――コイツ家でも変わんねーな!やっぱ目の届く場所にいないと駄目じゃ……。


「今日掃除した感じだと、多分誰かが家に入った形跡は無いと思う。家中のコンセントもちゃんとチェックしたし。掛け時計の裏も見たんだよ」


「へぇ……エアコンの裏とか、幸生が抱きしめてるぬいぐるみの中も定番だけど?」


「…」


――やべ。これこの後エアコン確認させられるな。コタツ出たくねー。


幸生は渋い顔でスミックマのぬいぐるみを回す。それを4回繰り返し、彼女はホッと胸をなでおろした。


「不自然な縫い目は無いから大丈夫かな。ぬいぐるみは無事かも。じゃあ次は……」


「なーその積んである本どれが一番面白かった?」


「え?えーーこれ、かなぁ」


――でも倒叙(とうじょ)ミステリーの中でも過激描写多めだから好み別れるかも……私は結構好きだったんだけど。


幸生は驚きながらも黒い表紙の四六判小説を手渡す。威弦は黙って本を開き、黙々と読み始めた。


――篠木が小説読んでる……やっぱり覇弦さんの弟だから活字慣れしてるのかな。


幸生の周りでミステリー小説を読む人間は覇弦しかいない。これを機に新たな趣味友を増やそうと目論む……ことはなかった。これも彼女が人に過剰な期待をしない性格だからである。


――押し付けは迷惑だしね。どーせ途中で疲れるか飽きて寝るでしょ。まぁ今日1日は小説と漫画で時間潰してもらおう。


幸生はノートPCを開き、サークルで使うプレゼンテーションの作成を始めた。

そして1時間半後。


「この家ってゴキブリ出んの?」


幸生が『唐突になに?』と思った1秒後、彼が読んでいた小説を見て納得する。


――あぁそういえば話の途中でゴキブリが死体に群がっているシーンが出てくるっけ。


「出て欲しくないから家賃上がっても4階がよかったんだよ……引っ越してからまだ半年も経ってないけど、ヤツはまだ出てない」


「やっぱ周りに木とか生えてないからか、この部屋が寒すぎて死んでるか……対策してんの」


「大丈夫全然やってない。来てから揃える」


「……」


「だ、だって最上階だし!ちゃんと部屋綺麗にしてるし!夏場は出なかったし!」


幸生はそんな目で見ないでと俯く。周りに目立った自然がないからか単に運が良いのか……お陰で燻煙剤を焚いていないのにも拘わらず、未だあの虫は出ていない。


――まぁ普段から(隣人含め)きちんと掃除して餌となるゴミや段ボールをこまめに捨てていればまず現れないからね。


幸生がそう力説すると、威弦は顔を上げて白い壁を睨む。


「……隣は?」


「左と下はいないけど、右隣はいる」


「男?」


――カーテンの色と洗濯物を見るに男の人……。


と浮かんだ言葉を呑み込み、見たことないから分からない。壁が厚いのか家を空けてる時間が長いのか気配も声もないと答える。幸生は容易く爆ぜる爆弾を丁重に扱った。


「なんかあったらいつでも呼べ。引っ越しの挨拶も対応するなよ」


「いやそれはちょっと」


「あ゙?」


「は、はい。ちゃんとスマホも携帯します……」


「よし」


威弦は蕩けた笑みを浮かべて幸生の頭を撫でる。彼女は甘い雰囲気に一瞬身構えるが、彼はすぐ手を放して読書を再開した。


――危ねー。このままキスしそうだった。コイツも警戒的な意味ですげー意識してんな。無防備よりはマシだけど。もっと気の置けない仲になりてぇ……!我慢キツ!


彼も彼で無傷を装いつつ、内心では男としての欲を滾らせていた。密室に男女が2人きり。空き部屋が多いこの空間で何も起こらない筈もなく……そんな絶好の機会だとしても威弦は必死に耐え抜いた。それも全て、意外と我が強く警戒心が高い幸生の信用を勝ち取る為に。


――他の男を家に呼ぶ……は距離の取り方見るに無いと思うけどな。コイツ外より隙なくね?


「……友達来た時とかどーしてんだよ。そんな気ぃ張ってるわけ」


「そりゃ緊張するよ。この家で異性と2人っきりになったの今日が初めてだから」


「は?元カレは?」


「一人暮らし始めたって言う前に別れちゃった。家具整えて生活が落ち着いてからって思っていたから……」


威弦の理性の糸が数本切れた。彼は生唾を呑みこみ、静かに息を吸って続ける。


「じゃあ何で俺を……」


「だってホテルも篠木の家も嫌だったし」


「やめろその言い方」


「あの時はこれ以外思い浮かばなかったから。ねぇ篠木は過去にストーカーされたことある?」


「……まぁ」


「どうやって対処した?」


「…」


暴力と恫喝とは言えず、彼は本音を沈黙で包み隠した。


「……この話やめよっか。またエスカレートしたら相談するね」


「……そうだな」


昼は威弦が買ってきたコンビニの冷凍炒飯を食べ、午後は昼寝や読書など……それぞれ思い思いに幸生の家でのんびり過ごした。


――いいな。こういうの……今度はゲーム機持ってくるか。それかタブレットで映画観るのもアリだな。


「つかテレビ買えよ」


「配線と空きスペース考えると、テレビ置いたら私の寝る場所なくなっちゃうんだよね……だから厳しい」


午後18時。威弦はあっさり帰っていった。夕食時にお暇したのも、幸生を安心させる為の作戦である。幸生はそっと鍵を閉めてドアチェーンをつける。洗面台の鏡には消耗した顔が映っていた。


――本当は助けなんて要らない。ゴキブリぐらい1人で倒せるし、電球の交換用に踏み台も買ってあるから。ストーカーだって……いなくなれって呪ったからちゃんといなくなるよね。


冷蔵庫から豆腐1丁を取り出して水切りし、しょうがと醤油と白胡麻をかける。これが本日の夕食だった。デザートにはみかんとコンビニのプリンが控えている。


「いただきます」


温奴を食べながらゲーム実況の動画を見る。シャワーは昨日浴びたからとスキップしかけるが……。


――そうだ。また明日も篠木が来るかもしれないのか。『来て欲しい?』って聞き返されたくないからあえて聞かなかったけど……一応浴びるかぁ。


幸生は肩を落として浴室の電気をつける。威弦の存在に振り回されている自分に少しだけ嫌気が差した。


――篠木もいなくなってくれないかな。いや、塵も積もれば山となると言うし……私がいかに性根が腐ってる最低女なのか分かればきっと幻滅して萎えるハズ。


期待されないように。接触も避けるように。思わせぶりな態度を取らないように。


――私なら無理に頑張ろうとしなくたってやれる。篠木が覇弦さんみたいに私を恋愛対象として見なくなれば無害だしね。


幸生は肌に張り付いた髪の毛をお湯で流すように、これから待ち受けている障害が払われることを願った。


(=^・^=)

「……は?」


深夜、威弦は電話を受けて驚倒する。ストーカー役として派遣した男が消息不明となり、伝手を使って特定した結果――威弦が幸生の家に遊びに行った前日の夜、車に撥ねられて未だ意識不明の重体という報告が上がった。


――ソイツ自体は犯罪者で俺との繋がりも浮かばないよう細工済だからそこは問題ねぇけど……。


『――きっと大丈夫だよ。きっと私が何もしなくても、私の幸せは守られるから』


帰り際。威弦が形ばかりの心配をかけると、幸生は逆光の笑みを浮かべてそう言った。


――まさかな。


威弦はかぶりを振って新たな作戦を練るのだった――来たるバレンタインに向けて。

篠木が読んでる小説『慕情』

篠木「……どういう意味?これ何てタイトル?」

幸生「そこから?」

篠木「チッ。年上を慕うって意味?異性の」

幸生「(おっ)……何で異性?」

篠木「同性だったら『尊敬』使うだろ」

幸生「微妙にかすってるかな。恋い慕うって意味。年齢は関係ないけどね」

篠木「……俺告られた?」

幸生「違います」

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