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沖谷幸生にしあわせを  作者: 椋木美都
第1章『沖谷幸生と篠木威弦の出会い』

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 第12話『体のいい恩返し』

――ま、1回くらいは許してやるか。


「……なんかあったらすぐ言えよ。また聞くからな」


「ふーい」


幸生は気の抜けた返事をしつつ、今まで威弦に奢られた食事を振り返っていた。


――長居できるからってほぼ毎回居酒屋だし……。飲み放題コースじゃないだけマシだけど、ちょっと頻度ヤバすぎて申し訳ないんだよな……。


義理難い幸生は回を重ねるごとに増える恩の重さに耐えきれなくなってしまう。しかし兄の覇弦に対しても、彼女の中で同様の想いが溜まりまくっていた。


「――さ、好きなのを選んでください」


「…」


覇弦によって強制的に連れて来られた百貨店の婦人雑貨コーナーにて。幸生は青ざめた顔で『底意地が悪い』と心の中で呟いた。


「あの、私いつもご飯ご馳走になっているお礼がしたくて覇弦さんに何か欲しいのあるか聞いたんですけど」


「はい」


「それで『じゃあ百貨店寄っていいですか?』って話が早い感じで……あぁ覇弦さん一緒に選んでくれるんだ楽ちんーって思ってたんですけど」


「主観ですね。それで?」


「なんで今2階の女物マフラー売り場の前にいるんですか……紳士雑貨コーナーは5階ですよ!?」


「さっき幸生さん言ってたでしょう。『今のマフラーは高1から使っているやつだから飽きた』って。誕生日には遅くクリスマスには少し早いですが……お好きなものを贈りますよ?」


――それで百貨店っておかしくない!?大人の世界ではそうなの!?


高校を卒業したばかりの幸生にとって、百貨店は地下1階食料品売り場か10階催事場の印象しかなかった。最下階と最上階以外のフロアに足を踏み入れたことが無い幸生の目には未知の世界が広がり、反射的に店員と目が合わないよう俯く。覇弦はそんな彼女の怯えを見て必死に笑いを堪えていた。


「ほら、このチェック柄はどうですか?」


「えぇ。あぁ……かわいい、ですけ、ど……」


覇弦が差し出したマフラーに触れ、幸生は真っ先に値札を探す。そして最初の数字が4で始まる5桁を目にした瞬間――幸生は素で小さな悲鳴を上げた。


「ふははははは!どうした?」


「ままっ、まふらーでっ……マフラーが……」


――たかがマフラーで4万!!??冬しか使わないのに嘘でしょ!?


幸生は即座に『あ、たかがとか思っちゃってすみませんでした』と心の中で謝罪してから極力触れずに品物を元の場所に戻す。覇弦は期待通りの反応に大変満足していた。


「あぁこれも似合うんじゃないか?首にかけてみろよ」


「ノーノーちょみゃっ、待ってください……帰る帰る帰る」


幸生が涙声で訴えた結果、覇弦は冗談だと笑って居酒屋に場所を移す。彼女は慣れた空間にほっと息を吐いて脱力した。


「なんかもうマフラーは今使っているのでいい気がしてきました……」


「飯は俺が好きで奢ってるだけだから気にしなくていい。というか20歳もいってないガキが遠慮するな。そもそもお前いっつも値段気にして安いのしか言ってこないだろうが」


「い、いや。サラダは1番安い豆腐サラダじゃなくて大根サラダだし……焼き鳥だってちゃんと食べてるじゃないですか」


「そうか。じゃあ今日はせせりとズリ以外を食うってことだな?」


「い、いや気が引けるといいますか。私ちゃんと好きで食べてますからね!?一番安いからそれ選んでるワケじゃないですよ」


幸生は280円の牛ホホから目を逸らして1本160円のせせりを注文する。彼女はその後、勇気を出して1本190円のアスパラをねだるが――覇弦に笑われたのは言うまでもない。


――お礼の品、お礼の品……せめて何かしら送って今年分はそれでチャラみたいな感じにしたい。


異性へのプレゼントを買った経験がほぼ無い幸生は悩みに悩んだ末、覇弦にはクリスマスイブの夜に苺を練乳添えで贈った。


――酒や珈琲が一番無難だけど……こっちのがクリスマスっぽいし栄養あるし!


幸生が自信満々で選んだ経緯と共に差し出すと――案の定覇弦は噴き出した。


「はははははっ……何だその理由!」


「新鮮でいいかなって……ダブルミーニングで」


「上手いな。はぁ……これ全部俺の?」


「はい。食べきれなかったら弟さんと食べてください」


「いや……嬉しいよ。わざわざありがとう」


――タッパーに移してヘタ取って楊枝差して……変なとこで気遣い発揮してんなぁ。


覇弦は練乳で更に甘くなった苺を頬張り、意気揚々と仕事を再開した。


――これで覇弦さんは大丈夫。あとは……。


幸生が小さな紙袋をリュックに入れる一方、威弦は『明日直接会って話したいことがあるから何時にどこにいるか教えて』というメッセージに浮かれていた。


――こっちが色々と我慢してやってんのに……幸生から会いたいとか。クリスマスに!!よりにもよってクリスマス!!こんなのもう告白しかねぇよな!?


幸生よりも遥かにプライベートが充実している威弦は年末年始にかけて多忙を極めていた。勿論、気乗りしない会食や個人的な誘いはすげなく断ってきたが――それでも予定が詰まっている彼は今、こうして佐古駅北口広場で待機している。


――俺だって忙しーのによぉ……てか早く来過ぎたな。アイツがさっさと来ねーと囲まれそうだな……さっきからこっちガン見してる女共に。


丁度その時幸生がタイミングよく威弦を見つけ、小走りで駆け寄って来た。


「あ、篠木。ごめんね忙しいのに」


「別に……で?なんだよ」


「えっとね……」


――何何々言う気だ!?コイツ全く俺に惚れてる感じじゃねーけど、もし本当に告白だったら……。それか、まさか……俺との関りを断つ気か?


懸念が勝手に膨れ上がる。残酷な未来が頭によぎり、威弦の理性は今にも破裂してしまいそうだった。


「いつもご飯ご馳走してくれるお礼したくて……コレよかったら」


「は?」


「本当にお気持ち的なアレなんだけど……クリスマスプレゼント兼お礼みたいな感じで。使ってくれると嬉しいです……」


「…」


威弦は脳死で紙袋を破って中の物を取り出す。そこに入っていた物は――


「…??」


――小型のモバイルバッテリーだった。


スマートフォンが人々の生活に深く根付いているこの世界で、幸生の合理的な思考は『コレならあっても困らんやろ!』と太鼓判を押した。加えて高性能且つ高品質な最新モデルをチョイス。幸生は『とりあえず高いの買っときゃ大丈夫でしょ』というウェブレン効果に強く背中を押された。


「篠木よくスマホいじってるから。もう持ってると思うけど……確実に自信もってあげれるようなモノがこれくらいしか思い浮かばなくて」


「……昨日友達と宅飲みしてたんだろ?」


「うん。皆始発で帰ったよ」


「眠たそーなのバレてんぞ。何でわざわざ……」


「だってさあぁ……」


幸生は欠伸をかみ殺して続ける。


「本当は昨日か一昨日に会えるかなーって思ってたけど会えなかったから。一応クリスマスプレゼントの体で用意したモノだし」


「ハァ!?俺を誰だと思ってんだお前如きが簡単に会えると思うなよ。あと普段ケチってる癖になんだこれ結構いいやつじゃねーか。しょーがねーなマジで」


「うん。合格みたいでよかった。じゃあ良いお年を」


「は……おい逃げんな!」


「うべっ」


威弦は強引に引き寄せて幸生を腕の中に閉じ込める。腕の中の生物は少しもがいた後、抵抗は無理だと判断して体の力を抜いた。


「テメェさっきのどういう意味だ」


――今年終わるまであと6日もあんだろが!


「えっだって簡単に会えないんでしょ?私も昨日で仕事納めしたし」


「あ゙?聞いてねぇぞ」


「あれ」


威弦は自分より小さく弱弱しい手をガッチリ掴んで歩きだす。幸生は方向から行き先を察し、余計な質問を控えた。


――私のアパートに向かっている……よね?


「俺も予定詰まってんだぞ。年始も地元の方で顔見せなきゃなんねーし……」


「大変……疲労回復グッズとかの方がよかったかな」


「いーよ別に」


幸生が隣にいるだけで十分癒されているとは口が裂けても言えず、威弦は乱暴に手を放して彼女の頭を掴んだ。


「幸生は寂しいとかねーの」


「ない。今だって篠木が隣にいるし」


威弦は理解していた。その言葉は単に事実を述べているだけで、何の心もこもっていないことを。


睨まれても怯まない。圧をかけても動じない。上から強制しても反発しない。彼が最初に見た涙が幻であるかのように――幸生の壁は厚く丈夫だった。


――今年中にオトせなかったけど、まあ別にこのままでも悪くねぇな。コイツが俺を避けない限り。


「ネックレス」


「え?」


「勝手に捨てて悪かった」


幸生が『今更?』と言いたげな目を向けると、威弦は冥色のポニーフックをヘアゴムの結び目に差し込んだ。


「来年も構ってやるから毎日それつけとけ」


「え?あれっ。なんか髪によく分かんないのついてる?」


幸生は手を後ろに回してハーフアップの結び目をいじる。だがポニーフックというヘアアクセサリーを知らない彼女は外し方が分からなかった。まごついている隙に威弦は大股で来た道を戻る。


「顔熱っつ……」「寒っ……」


2人の感情は逆位置のまま――新たな年と展開が幕を開けた。

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