第11話『首に絡むもの』
威弦が幸生の誕生日を知った時、その日が既に過ぎていたことを後悔していた。当然何で言わないんだとキレたが、幸生は表情の読めない顔で『私にとってそんな大事な日じゃないからすぐ忘れちゃうんだよね』と闇を多分に含んだ発言を零した。最も威弦がそう捉えただけなのだが。
――あんま祝ってもらえなかった感じか?コイツ全然家族とか過去の話したがらねぇからな……俺もだけど。
ラーメンどんぶりでは飽き足らず、威弦は誕生日兼クリスマスプレゼントという体で幸生に何か贈りたいと考えていた。その筈だったのだが――。
「元カ……なんでまだそんなのつけてんだよ」
「物に罪はない派だから。それにもらったばかりのヤツだし」
「…」
2人は静かに緑道公園沿いを歩く。特に話すことが無い幸生に対して、威弦は今にも冷静さを失うところだった。
――普通元カレの誕プレなんて捨てるだろ。まさかまだソイツに気があるんじゃ……。あんな奴より俺の方が顔良いし優しくするし金だってあるだろ!こんな安物より俺があげる方が……!
「……やっぱ殺しときゃよかった」
「えっ?ごめんもう1回言って」
「うるせえ」
威弦の小声は車の音と重なり、運よく幸生の耳には届かなかった。彼が狂気に満ちた瞳で彼女を見下ろした刹那――
「……え?」
「そんなもん律義につけてんじゃねーよ。とっとと捨てろ」
――右手に絡んだそれを宙に投げ捨てた。
「え?あれっ……え!?」
幸生は首元に触れ、付けていたネックレスが忽然と消えたことに気づく。そして彼が手を振った先に視線を移すと、木製フェンスの先で闇が揺らいだ。
――緑道公園にある用水路……に落とした?え?私のネックレスを?
唖然とする幸生と攻撃的な態度を取る威弦。夜寒の風が吹き、ただの自然のさざめきから『恐怖』が誘起される直前――幸生は咄嗟に彼の右手を掴んだ。
「い、行こう。お腹減ったし……奢りじゃなくてもいいから」
――何でかは分からないけれど……一刻も早くここから離れなきゃいけない気がする。それも篠木と一緒に。
「それでいいのか」
「うん……」
「いいんだな?」
威弦は幸生の顎をすくい、強引に目を合わせる。彼女の瞳が戸惑いと葛藤で揺れるが、それは一刹那に過ぎなかった。
「だってもう無いし……とにかくもういいよ」
「…」
――これで怒らねーとか……元からソイツに興味なかっただろ。それか強がってるか……。
「大丈夫だから……ご飯食べよ?」
――『思い入れも今となっては不要だから』って言うと彼に全く未練が無くて完全に吹っ切れてるって感じになるな。塩梅ムズっ。
幸生は驚きのあまり怒りや非痛感などの感情を忘れてしまった。彼女はその後も平静を保ち続け、無意識のうちに威弦の機嫌を損なわないよう調節していく。
彼が虎視眈々と幸生を見つめているとは露とも知らずに。
「――次、は当分いいかな……恋愛って大変だね」
「んな難しく考えんなよ。恋は上書き保存って言うし……俺とお試しで付き合ってみる?」
――それで付き合ったから無理だったんだよなぁ……。
「篠木は優しいね。さっきのネックレスも、捨てられなかったらずっと使ってたかも」
「…!」
――や、やっぱ怒ってんのか?クソどっちだよ!
他に客がいない居酒屋の2階席にて。幸生はシームレスな告白を斜めに打ち返す。
「篠木も誰かと付き合ったことあるの?」
「はぁ?あるに決まってんだろナメてんのか?」
――この顔でモテないとかねーだろ!常に1人勝ちだ馬鹿!
「へー。いやこの前のお姉さん達は凄い怖がっていたから。やっぱ(ヤニカスのチンピラには)近寄りがたいのかなって……」
「おい今失礼なこと考えてただろ」
「そんなそんな。失礼な修飾語なんて付けてないよ」
――ガンと飛ばし方が様になっている。やはりDQNか。
「確かに物言いは乱暴だけど、怒ってるワケじゃないのは分かるから。私は別に平気」
幸生は昏い瞳を真っ直ぐ威弦に向け、ふっと相好を崩す。最も、彼女限定で節穴になっている彼からすればとてつもない輝度だったが。
「ちゃんと篠木なりに優しくしてくれてるなって伝わってるから。いつもありがとう。たまにこうして誘ってくれるだけで十分だよ」
――無愛想なのは私も同じだしね。
「っ。へ、へぇ。そりゃよかったなぁ……幸生がそこまで言うならこれからも可愛がってやるよ」
――は?かわい……全部かわいい。このまま持って帰りてー。
頬が緩みかけ、威弦は慌てて平常心を連れ戻す。己の美貌と色気を存分に使い、幸生を虜にする作戦は見事潰えた。
――優しいか……あー無理。このままコイツといると頭変になる。
多幸感によるくすぐったさを感じる一方、彼はアパートの前までしか送れないことに不満を覚えてしまう。
――焦らずじっくりっつっても、そろそろ部屋行きてぇな……。
並行して進行中の『幸生を酔わせて体から堕とす』という最低な企みも、彼女が全く隙を見せないため芳しくなかった。
幸生と出会って2ヶ月が過ぎたが、未だ威弦を意識しているような仕草は見られない。逆に彼の方が彼女の一挙一動に振り回され、気を抜くとすぐ期待して――神経が大幅に削られてしまう。
――勘違いするクソも増えてくるか。ダリィ……。
「……幸生にまとわりつく野郎は全部潰す」
威弦がそんな物騒を吐く一方で、幸生は熱いシャワーを浴びていた。
――まさかネックレスを川に捨てられるとは思わなかった……私が迂闊だったのかな。
今日ネックレスを付けたのは本当にただの気まぐれ。それを身に着けても感傷的な思いが全く湧き出ることはない。幸生は何故あの時、威弦があからさまに不機嫌になったのかを理解できないままでいた。
――聞きにくいけど、篠木も過去の恋愛で苦労してきたのかな……何かのトラウマと重ねちゃったとか?
見当違いの推理を構築し、幸生は漠然とした不安を抱えながら明日を待った。
(=^・^=)
「……おい何だそのネックレスは」
2日後。幸生の首元には真新しいネックレスが付けられていた。威弦は方眉を上げて彼女を追いつめ、退路を塞いだ状態で問い詰める。
「あぁコレ?駅地下のアクセショップで半額だったから買っちゃった。閉店セールで1000円!いやーいい買い物だったな」
――貧乏性なとこも可愛い……。てか結局自分で買ってやがるし。俺も誘えよ!
ホワイトゴールドのひし形ネックレスに触れ、幸生はやや弾んだ声で自慢する。威弦は彼女のドヤ顔にぐっと言葉を詰まらせてそっぽを向いた。しかし次の瞬間、彼は別の意味で幸生から逃げたいと思ってしまう。
「だからコレは捨てないで……約束できそう?」
「……あ、あぁ」
幸生の無表情から『次は無い』という静かな気迫を感じ、威弦は背筋を震わせた。
(=^・^=)
威弦にとってクリスマスは稼ぎ時であり、恋人の機嫌を取る為のものであり、友人と馬鹿騒ぎするに相応しいイベントでもあった。
一昨年は恋人と過ごし、去年はまた別の恋人と――そして今年は。
「幸生は24日なにすんの」
「バイトしてSIG……イベントサークルの同期とクリパする……朝まで」
「んな嫌そうな顔すんなら断れ」
――そんな奴らより俺の方が……。
ネックレスポイ捨て事件から1週間後。駅近くの居酒屋にて威弦はクリスマスの予定を聞き出していた。あわよくば幸生と過ごす為に。
「まぁオールはキツイけど。大学生のクリスマスパーティって初めてだし……」
――クリパなんて5年ぶりくらい?どんなことするんだっけ。
幸生にとってクリスマスはただの平日であり、待っているものは学校と部活と塾だけだった。
一昨年は学校と部活と家で勉強。去年は塾と家で勉強。幸生の家にはサンタもプレゼントも来ない。至らない彼女にそれを求める資格は無いからだ。
――いや流石に何かは買ってもらっていたっけ?全然覚えてないや……。
「それ男も……」
「うん。確定で来るのは沖谷君と安井君」
――気に食わねーけど……あの話を信じるなら大丈夫か。
幸生が所属しているイベントサークル『SIG』の1年生は現在8名。だが4月当初は11名で活動していたようで……。
『――最初は私とななちゃんの他にもう1人女の子がいたんだよね。でも2人の男子と三角関係みたいになって、なんやかんやドロドロして結局全員サークルから抜けちゃった……。こういう男女のコミュニティではあるあるみたいだけど、私が当事者になるのは本っ当に御免だな。周りにも迷惑かかるし気ぃ遣うし気まずいし。サークル内恋愛は絶対しない方がいいってのがよく分かった。成功例があるのは知っているけど私(みたいに真っ先にリスクを考える人間)は無理』
幸生は計画性が高く、自分の意見より円満な人間関係を大事にする人間ある。ほぼタイプが真逆である威弦にとって全く共感できない見解だったが、彼女が確固たる真情を吐露していることは理解した。
幸生「(あ、SIGのクリパは25日の夜だった。24日の夜は別になんもないけど……わざわざ言わなくてもいっか)」




