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ATANAL  作者: 海ガエル
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第7話 〜甘い香り、魔力の香り〜

今日はサッカー部の練習があったので、朝から学園に来ていた。


6月には大会が待ち構えている。その大会を乗り越えることさえ出来れば、全国大会への切符を得ることが出来るのだ。でなければ即引退。なぜなら、エリックは今年で4年生。もう、部活をやっている時間なんて無くなってしまうのだ。


そう考えていると、俄然やる気が湧いてきた。6月、そんなところで今まで頑張ってきた部活を辞める訳にはいかない。絶対に全国大会まで出場してみせる。小さくガッツポーズをキメて、意気揚々と学園の門をくぐる。




鳥笛の甲高い鳴き声がグラウンドに響きわたる。昼休憩の合図だ。

みんなに休むよう合図をして、エリックは無人販売所のところまで向かう。


「……ん?あれは...」


学園に入ってすぐのところ、そこに、無人販売所が設置されている。今日はサッカー部の奴らしか来ていないと思っていたが、そこには見覚えのある、灰色の髪を一括りに結んだ少年。後ろ姿だけでも、気難しげで堅物な様が伝わってくることに少し苦笑して、後ろから声をかけてみることにした。



なんと!セス君にはアル君も付き添っていた。2人とも、この長期休みを機に、教養を深めるため本を借りに来たらしい。何とも素晴らしい心がけ。俺も負けていられないな、と思い、目当てのチャクラ・クロスを手に取る。部活の空き時間に、今度図書室でも寄ってみようか。


熱く語り合っていると、もうすぐで休憩時間が終わることに気づいてしまった。残念だが、ここで退散だ。もう少し話していたかったが、パックンビービーにお金を渡し、チャクラ・クロスを肩にかけ、その場を後にする。大会、無事開催することが出来たら、是非とも行きたいとアル君に言って貰えた。これは、先輩としてかっこいい姿を見せるしかないな。ああ、やる気が出てきたぞ!


チャクラ・クロスはその時々の持ち主の気分によって色が変わる。今は赤色。情熱とやる気に満ちた色だ。まさに、今の俺の心情と何ら変わりない。


心が躍るのを感じた。




2人が談話室で話しているのを見たのは、たまたまだった。


部活が終わり、疲れきった体をどこか満足気に癒しながら、談話室まで向かう。俺はあそこの静かで暖かい雰囲気が好きだから、よく空き時間に入り浸ることがある。今日も、その予定だった。


談話室は講堂近くにある。扉や壁はなく、決して特別広い訳では無いが、開放感のある場所だ。通常なら、よく上級生が入り浸っている姿を見る。しかし今は、ふたり用の席に座る少年達だけ。セス君と、アル君達だった。


2人はどこか集中して話しあっている、という訳ではなく、主にセス君が集中して何かを書いている様子だった。アル君は、あれはイタズラ万年筆だろうか。それと奮闘している。


───あ、今、セス君が睨んだな。


イタズラ万年筆に惑わされ、つい声を荒らげてしまったアル君に向かって、セス君が睨む様子が、後ろからでもありありと伝わる。それを見て、無意識に気配を消した。今、2人を邪魔する訳にはいかない。


ならば、2人にならい、俺も久々に読書でもしてみようか。と思いついて、図書室に向かった。



男子トイレを後にし、外廊下に出る。結局、あまり良い本は見つからなかった。不完全燃焼な気持ちを無視し、一気に暗がり始めた校舎を見つめる。明日も朝から練習だ。さっさと帰ってしまおう。


そこで、ある違和感に気がつく。


微かな魔力。一定の速度で一定の空間に滞在している。さっきまでは何も感じなかった。ということは、今さっき、俺がちょうど図書室に居た時に、誰かが残した跡だろうか。


魔力跡を辿っていくと、そこには小さな中庭らしきもの。中央に石造りの小さなベンチがあり、最低でも2人までしか座れなさそうだった。湿った空気がその空間だけ蔓延しているようで、さっきの通り雨の影響か、地面がぬかるんでいる。


その石造りのベンチの前に、直径1m程の魔法陣の様なものが、一瞬見える。しかし、それも直ぐに視界から消えてしまった。見間違いだろうか。


───否、そんなことは無い。


杖を取りだし、ベンチ一帯に仕掛けられている錯乱魔法を取り払う。随分と高度でよくできた魔法だ。普通なら気づかれない。とでも、思ったのかな。


案の定、足元に魔法陣が広がる。今の時代に魔法陣なんて、随分と手間のかかることをしたものだ。しかも、どの教科書にも載っていなさそうな、旧式の魔法陣。4年生の教科書には載っているのだろうか。それとも、どこかで見つけた特別なものだろうか。


一瞬、先生が仕掛けたのではないかと疑うが、それは有り得ない。なら、俺がこんな簡単に見つけられる訳がないから。


なら、同級生か下級生が仕掛けたのだろう。そして、この春休みにわざわざ学園に来るものを、今日既に、2人ほど見かけていた。


もしや、と思った。あんなに可愛らしくまだ尻が青い子達を疑いたくはなかったが、まぁ、念の為かな。と、自分を納得させる。そしてまた、図書室へと戻った。



☆☆☆☆☆☆



「エリック先輩、どうしてここに...」


頬が引つるのを感じる。今ここで、あからさまな行動をとる訳にはいかない。きっと、ただ図書室に寄りに来た抱けだろう。こんな遅い時間でも、生徒が来ることだってあるはずだ。だから、いつも通り、ただ普通に、していればいいだけ。


なんて、無理だった。魔法陣が解かれた?その事実だけで、手が震えそうになる。なぜ、解かれた。稀がやった?エリック先輩か?こちらの意図を読まれたのか?まさか、そんなわけ。だって、あれはいくら上級生でも、解くのが難しいはず。なんてったって旧式の魔法陣だ。見たことあるやつなんていないはずし、見たことない魔法陣を解くなんて、相当苦労するだろう。


そこで、あることに気がつく。


「…………え、えっと、なんで、ブルーベリードーナツを、食べているんですか?」


聞いた直後、また1口、エリック先輩がドーナツを口に含む。今の状況に、あまりにも似つかわしくない行動だ。


ドーナツを飲み込む音がする。そして、エリック先輩が口を開く。


「ああ、これはね。あそこの返却ボックスに入っていたんだよ」


そして指さされた先には、図書室が閉館している際に使用される返却ボックス。大きな箱型で、蓋にはこの学園の紋章が彫られている。


「な、なぜそんなところに、ドーナツが?」


そう聞くと、エリック先輩はさあ?とでも言うように、あからさまに肩を上げ下げする。


「なんだかとても甘い香りがしたからね。変に思って開けてみたらあったんだ。害は無さそうだったし、お腹も空いていたもんで、ついに食べてしまってね」


そう言ってまたドーナツを口に含む。害はない?そんなの、嘘だ。だってあからさまに、違和感があるじゃないか。わざわざ返却ボックスに入れられている物を、誰が口に含むんだ。


冗談を言っているのかと思ったが、そういうわけでも無さそうだ。小さく息を吸って、吐く。台車の手すりを、強く握りしめた。


「そうなんですね。すみません。俺はこれから、助手の仕事があるので、ここで失礼します」


そう言ってドアの方に振り返ろうとして、止められる。肩を掴まれた。掴んだドアノブがやけに冷たく感じる。そのドアノブを起点に、全身さえも凍りついてしまいそうだった。これは、もう、無理かもしれない。


嫌な汗が額を濡らす。


「...なんですか?」


「ん?いや、1つ褒めたいことがあってね」


エリック先輩はゆっくりと微笑む。


「あの魔法陣、非常によく仕掛けられていたよ。さすがセス君。学年1位と言うだけある実力だ。何処かで良い資料を見つけたのかな?でもその魔法陣を書いたのは、きっと、君では無いはず」


月が雲に隠れ、僅かに照らされていた廊下が暗くなる。月光石のランタンは青白く光るが、図書室前だけ壊れている。それも、今この時のために用意された演出のように感じた。


───早く、ここから逃げなければいけない。


数多くの言い訳を瞬時に頭の中で考えるが、どれも実用的ではない。なぜなら、今ここで逃げても、逃げなくても、俺たちの誤ちは変わらない。


しかし、素直に今更認めることなんて、できなかった。ここまで来たんだ。どうにかして作戦を成功させたい。という欲が、胸から喉まで突き出て、声となる。


「魔法陣?すみません。なんのことか...」


「ああ、そう」


エリック先輩の目付きが変わり、鋭くなる。まるでこちらの行動を見定めているかのようだった。長身の男に睨まれると怖い。というのは、今ここで学んだ。


エリック先輩が台車のダンボールを指差す。そう、アルが入っているダンボールだ。


「ま、もういいかな」


そして、エリック先輩は一息にドーナツを口に含み、飲み込む。ご馳走様。と誰に言っているのか分からない挨拶を済ませ、俺に向き直る。


「ドーナツ、美味しかったよ。アル君。ありがとう」


か細い息が重なった。俺と、アルのものだ。


───どういうことだ?


なんで、今アルにお礼を言った?ダンボールの存在がバレた?まぁ、指さされたわけだし、それはもう誤魔化しようがないだろう。でもなんで、ドーナツのお礼を?


頭が様々な情報と可能性でパンクしそうになる。どうにか見た目だけでも取り繕うと、なにか言おうとするが、喉にコルクが詰まってしまったのかのように、息がしずらい。声も出ない。


「おや、動揺が隠せていないようだね。まあそれも仕方がない。答え合わせと行こうじゃないか」


パチン、と、エリック先輩が指を鳴らす。それと同時に、目の前が眩む。頭が揺れる感覚を覚えながら、目を擦りもう一度目の前を見ると、そこには、茶髪の少年。マッシュの髪に、大きく丸い瞳。この学園の制服を着ている。1年生の物だ。どうして急に。


「さぁ、この姿に?見覚えがあるだろう?」


そう言って少年、の姿に変装したエリック先輩が両手を広げると同時に、ダンボールが勢いよく開く。


「え、嘘、あの、時の...」


「そう、あの時のだ」


エリック先輩が笑う。それとは対照的に、飛び出してきたアルは蒼白とした表情で口元を手で覆う。点と点が線で繋がったかのように、やってしまったという表情をしていた。


───というかコイツ、何勝手に...。


勢いよく飛び出してきたアルを咄嗟に睨む。


しかしアルはこちらが睨んでいることなんて目もくれていない。それどころでは、まぁ、ないだろうな。


「これで、わかっただろう?」


エリック先輩が問いかける。そう言われ、アルはローブのポケットから、1枚の紙を取り出した。


「じゃあ、これは」


「その通りだ」


どうやら、何も状況を掴めていないのは俺だけらしい。


ただ、もうお手上げだということだけは、わかっていた。



☆☆☆☆☆☆



あの時の少年が、今、目の前にいる。


図書室で僕にレシートを渡してくれた、1年生の少年。彼が、今、目の前に。


今まで、エリック先輩とセスのやり取りを、気配を殺してダンボールの穴から伺っていたアルは、その少年の姿が見えた瞬間に、咄嗟にダンボールを突き破ってしまう。


ブルーベリードーナツも、魔法陣も、レシートも、今ここで全てが繋がった。


そう思い、ポケットの中からレシートを引っ張り出す。それを見て、絶望する。


───僕はあの瞬間に、全てを台無しにしたのだ。


吸う空気が浅くなる。息をする感覚が短くなっていく。心臓の鼓動はやけに耳うるさく、フクロウの鳴き声が夜風に消えていく。


少年は、エリック先輩は、その顔に似つかわしくない、不敵な笑みを浮かべていた。


「俺の魔力に気がつけないくらいじゃ、禁止図書区域に侵入だなんて、そんなの、夢のまた夢だよ」


ああ、その通りだ。納得と後悔が同時に迫ってくる。セスは、未だ状況が掴めていないらしい。それもそのはず。僕だって今、レシートの仕掛けに気がついたのだから。


「え、なんの、事なんだ?アル」


動揺を顕にしはじめたセスが問いかけてくる。生きた心地がしない。しかし、ことの全てを話す他なかった。


「ブルーベリードーナツは、僕が用意した」


「は?」


セスが僕を睨む。怖い。しかし、エリック先輩は美味しかったよ。とまたお礼を言ってきた。その方が怖い。


「お前がエリック先輩を呼んだのか?」


セスが声を震わせながら問いかける。


「そう、じゃないけど。間接的に、そうしたことになる」


そう言って、セスにレシートを手渡した。


「よく見てね、これを。で、見終わったらエリック先輩を見て」


セスは手渡されたレシートを訝しげに見つめ、そして目を見開き、言われた通り、エリック先輩に顔を向ける。


「……え、なんで...」


「これは……」


ことの成り行きを話そうとすると、エリック先輩が手を出し、止められた。


「俺が話そうか」


きっと僕たちに分かりやすくするために、エリック先輩が自身の体の周りを漂う魔力の濃度を上げる。そのおかげで、エリック先輩の持つ魔力の流れ方が分かりやすくなった。


そう、レシートに付着している魔力と、全く同じ魔力。


「このレシートは、アル君が1人で図書室の机に寝そべっている時に、渡した物なんだよ」


先輩がレシートを指差す。


僕が図書室の机に寝そべっている時に。という状況だけで、ついさっき、セスが僕を叩き起す前のことだと、セスは理解したのだろう。小さくあの時の…。とボヤいていた。


「その時まだセス君は地下にいたのかな?アルくんは暇そうに寝そべっていてね。だから俺は適当に紙を見繕って、アル君に手渡した」


ある仕掛けをしてね。と、エリック先輩は楽しそうに笑っている。


「紙には2つの細工をした。1つは、幻覚魔法。アル君が1度見た事あるものだと認識できるように、誤認するよう魔法をかけた。本当はただの、図書室に置いてあったリクエスト用紙だよ」


レシートの魔法が解けていく。それは本当にただの、リクエスト用紙だった。コロロのレシートなんかじゃない。


「そしてもう1つ、盗聴魔法だ。プライベートを害するようで罪悪感はあったけど、どうか許しておくれよ」


盗聴魔法。つまり、僕達はあの時からずっと、全ての行動を聞かれていたのだ。


エリック先輩は手を合わせ、ごめんね。と小さく謝る。その下級生の見た目でやられると、どうしても責め立てる気が起きなくなってしまった。


「君達とお昼会った後、俺は部活に戻った。で、部活が終わった後、俺は談話室まで向かったんだ。そこで少しのんびりしようと思ってね。そしたら先約がいた」


僕達の事だ。


「なんだか邪魔するのも気が引けて、その後図書室に向かう。で、1時間くらい本を探した後、図書室を後にして、トイレに向かった」


そこでだ。エリック先輩が急に声を大きくする。声帯までは変えられていないので、いつもの声量と何ら変わりはない。


「トイレから出た後に、俺は違和感に気がついた。その違和感を辿った結果、あの魔法陣を見つけたんだよ」


ああ、そうなのか。僕が納得し、もう誤魔化すことも何も出来ないな、と諦める。セスの様子を伺うと、彼だけは、まだ何か言いたげな表情をしていた。


「魔法陣...?見つけられたんですか?なんで?だってあれには、高度な錯乱魔法が...」


言いかけたところで、エリック先輩も僕も頷く。その通りだ。あの魔法陣周辺には、簡単にはバレないよう手の込んだ錯乱魔法で誤魔化しをした。普通じゃ分からない。


「そう、仕掛けられていたよ。錯乱魔法。魔法陣も錯乱魔法も、どれもとてもよくできてきた。感心したよ」


じゃあなんでバレるんだ。バレるはずないのに。セスの想いが表情だけでひしひしと伝わる。僕もそう思った。セス程の実力者なら、簡単にバレるわけないのに、と。


でもエリック先輩の表情は変わらない。いや、何処か、呆れているように見えた。


「なんで、バレないと思った?」


その一言が、鋭い刃物のように胸を貫く。なんで?なんで。呆気にとられる。体が拘束魔法にかかった時のように上手く動かない。僕達の周りだけ時が停められたように感じる。月は雲から抜け出し、また外廊下を照らし始めた。


そのせいで、先輩の表情がやけによく見える。


「君達はまだ2年生。未熟だよ。まぁ、それはもちろん俺もなんだけどね」


エリック先輩がこれから言いたいであろうことは、易々と想像できた。それはセスもだろう。でも、言わないで欲しい。言われたら、僕たちは、もう...。


「たかが2年生。いくら、君達がその中でも優秀な方だったとしても、その事を棚に上げ、油断するとは、少し見損なってしまったよ」


聞きたくない。


「なぜバレない確信があった?なぜ作戦通りに事が進むと思った?禁止図書区域の封印魔法を、いくら魔法式を暗記したからって、それを5分で解けるだなんて、そんな確信は、何処から来るんだい?」


聞きたくない。


「君達がどのくらい作戦を練って、考え込んで、話し合って、今に至ったかは知らないが、俺の魔法にも気づけず、疑わず、危険だとわかっていることを進めていく。盲目的にも程がある」


聞きたくない。


「アル君がレシートを受け取った後、すぐに図書室を退散させて貰ったよ。そして、談話室で君たちの会話を聞かせて貰った。呑気に、ドーナツがあれば、万が一図書室監視役のゴーレムが来た時にも、匂いに引かれてドーナツに食いつき、僕たちの存在に気が付かないんじゃないかな♩なんて言う独り言も聞かせてもらったよ」


聞きたくない。そして見たくない。セスの表情を。見たら呪われそうな気がする。


あのドーナツは、ダリアに用意して貰ったものだ。例の、お礼として用意してもらった。万が一図書室の閉館時間になってしまって、監視ゴーレムが扉の前に立ちはだかったとしても、甘い物好きのゴーレム達なら、ドーナツに食いついて、その隙に逃げる手段を作れるように、したつもりだった。のに、結局意味がなくなってしまった。


「セス君と合流したら、さすがにレシートの事がバレるんじゃないかと思ったけど、そんなことも無かったよ」


そう言われて、セスは拳を握りしめる。眉をひそめ、顔を顰めているが、自分の詰めの甘さにも、落胆し、何も言い返せないのだろう。ただやるせない思いと悔しさが渦巻き、きっと、今の彼は、プライドなんてズタズタだ。


僕も、悔しかった。


「もう、これでわかっただろう。セス君、君は自分の実力を過信しすぎている。それはとても危険な事だ。いくら外からの評価が高く、それ自身が自然と自分のことを持ち上げてくれたとしても、自分自身を贔屓目なしで見ることができるのは、結局自分だけなんだ。その事を、肝に銘じておくように」


もっともな言いように、僕もセスも言い返せない。ただ俯くだけだ。


「そしてアル君。君も、セス君に頼りすぎ。何も言わなすぎ。セス君の実力を過信しているのは君もだ。友達であり、仲間であるのなら、一緒に考え、意見をもっとたくさん言うこと。ドーナツの件も、事前にセス君にすぐ話しておくべきだ。彼なら大丈夫だろう。と、無闇に思ってばかりじゃ、どちらも、何も成長しない」


「...はい」と、小さく答える。顔を上げることが出来ない。僕達の穴を、全て今突かれたのだ。今までの努力が雪崩のように崩れ落ちる。やる気も期待も緊張感も、全て綯い交ぜになり、ただひとつ、無謀という言葉が、頭の中を埋め尽くした。


そこでひとつ、息を吸う音がする。僕のでも、エリック先輩のでもない。今まで黙りを決め込んでいた、セスのものだ。


「先輩」


低く思い声が、廊下に反響する。


「ありがたい、助言、ありがとうございます。先輩の言う通り、俺は今まで、自分のことを変に信用しすぎていました。俺なら大丈夫と、根拠の無い自信があったのは、事実です」


セスの言葉に、背中を押されたように僕も言葉を紡ぐ。


「僕も、先輩の言った通り、セスに任せっきりで、僕は流れに任せるだけで。2人で協力するということを、忘れてしまっていました。僕の中では、協力していたつもりだったのですが、思い返してみれば、本当にずっと頼りきってしまってたと思います」


自分の不甲斐なさを口にすると、何処か体が軽くなるのを感じた。1度認めてしまえば、もう自分に対する後ろめたさはない。


「あと...」


セスが顔を上げる。


「今回のことを、先生方に、報告するつもりですか?」


セスの声が少し震える。エリック先輩は、気づいたら元の姿に戻っていて、腕を組み考え込んでいた。


「君たちの作戦を、どういう流れで、どうやって禁止図書区域に入るのか、聞かせてもらったから、一部始終全て事細かに報告することは、できる」


ああ、まあ、そうだろう。これはもう仕方がない、背に腹はかえられない。腹を括る時がきたんだ。


2人一緒に退学か、謹慎かな。退学は嫌だな。せめて、セスには残って欲しい。


「だが……」


先輩が手を腰に当てる。答えが見つかったようだ。


「今回のことは、誰にも、言わない。3人だけの秘密だ」


「……え?」


セスと声が重なる。と同時に、壊れていた手前のランタンが、チカチカと光った。



☆☆☆☆☆☆



今、この人は、なんと言った?


「秘密って、...いいんですか?」


動揺する俺を差し置いて、先に声を上げたのはアルの方だった。


「今回、僕たちは絶対にやっては行けないことをやろうとしたんですよ。確かに未遂で済みましたけど、でもこれは大きな問題になる。本当に言わなくていいんですか?」


その大きな問題の原因は俺らだし、仮に報告されて痛い目を見るのも俺らなのに、何故か報告を催促するような言い方をするアルに呆れて、ため息を着く。でも、そのおかげで少し緊張が解けた。


「言わなくていいのかって、まるで、言って欲しいように聞こえるけど?」


そう優しくエリック先輩に問いかけられ、アルは荒ぶる。「あ、いや、全然そんなことなくて、そういうつもりで言ったわけでもなくて...」


両手を大きく顔の前で振り、全身で慌てふためくアルを見て、なんだかそれがおかしくて、全く笑える状況では無いのに、自然と笑みがこぼれ落ちる。その事に気づいてすかさず口元に手をやると、対照的にエリック先輩は、大きく口を広げ笑っていた。


「ふっ、あっはっは!まさか、そんな動揺しなくても」


まだ面白いのか、お腹を押えて震えている。アルは何が面白くてこの人は笑っているのだろう。とでも言うように真顔でエリック先輩のことを見つめていた。その様子が、またおかしい。


「ふふ、あははは。ハー、面白い。アル君。やっぱり君は最高だよ」


涙が出てきた。と言いながら、先輩はメガネを外して涙を拭う。さっきまであんなに緊迫していたと言うのに、打って変わって、今はとても和やかな空気が流れていた。


ようやく先輩が落ち着いてきた隙に、俺は質問を口にする。


「あの、さっきもアルが言っていましたけど、なんで、このことを黙ったいてくれるんですか?」


もちろん、このことを報告して欲しい。という訳じゃありませんが。そう言うと、エリック先輩は

「あぁ」と何かに納得したような声を上げる。


「うーーん、いや、これは言うべきでは……ないんだけど、うーーん」


先輩が深く考え込む。その時に、ある重要な事を思い出した。


「まずい!アル、ポケット!」


そう言うとアルもすぐに思い出し、「あ!」と大声を上げる。


ポケットに勢いよく手を突っ込み、中から小型化された古文書を取り出す。


外に出た瞬間に、待っていましたと言わんばかりに古文書達が元の大きさに戻る。


「あっっぶなかった...」


危うく、ポケットの中で元の大きさに戻るところだった。制服をダメにするのはごめんだよ。


ホッも息を着いていると、安心できるのも束の間。外に出た古文書達が、ここぞとばかりに空へ飛び立とうとする。


「まずい、逃げる!」


そう言って杖を取り出そうとした時、10冊の本が空を漂い、操られるかのように1箇所に集まる。そのまま台車に乗せてあったダンボールの中に入り、そっとダンボールの蓋が閉められた。


「いやぁ、危なかったねぇ」


悩みこんでいたエリック先輩が、杖をしまう。杖が塵のように個体から魔力の粒子へと戻り、その場から姿を消した。


「なんと、スマートに...」


アルが感嘆の声を上げ、拍手をする。俺も、このとっさの行動には関心だ。改めて、ひとつ上としての格の違いを思い知らされる。


圧倒される俺たちをよそに、エリック先輩はひとつ咳払いをし、腕を組んだ。


「それで、結果を出したんだが、やっぱり話すことにするよ」


エリック先輩の、その真剣な表情と声色に、先程までの緩んだ空気がまた固まる。一体、何を言うのだろうか。


「2年前に、ある事件がきっかけで、図書室の『記録の目』の監視が厳しくなってしまった。という話は知っているかい?」


「知っています」


「僕も」


もちろん知っている。なぜならそれはちょうど今日、アルから聞いた話だ。


エリック先輩はそうか、と頷き、人差し指を立てる。


「で、その問題を起こしたのは、俺だ」





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