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 異変に気付いたのは、昨日の流星群の帰り道に明日ご飯食べにおいでよと雨音ちゃんに誘われていたからいつもの通りに雨音ちゃんの家に行った時だった。


 普段通りにインターフォンを押して、雨音ちゃんが顔を出すのを待つ。とんとんと足音が聞こえてくると引き戸がガラガラと開いたが、今日はおじいさんが顔を出してくれた。


 「おじいさん、こんにちは。今日も雨音ちゃんに呼ばれてきました」


 そうするとおじいさんは、俺の発した言葉がよくわからないようで首をかしげる。


 「あまね……?妻もそんな名前じゃないし、息子らのどっかにそんな名前の孫いたかな………?」


 「え?」


 もしかして、急におじいさんはボケたりでもしたのだろうか。一緒に住んでた雨音ちゃんを急に忘れることもあるんだろうか。


 「え………俺のことは覚えてますか?」


 「もちろんだよ、柊くんだろ?いつもうちで夕飯一緒に食べてた近所の子じゃないか」


 あれ、そこの記憶はあってるんだ。でもどうして急にそんな………雨音ちゃんは今どこにいるんだろう。


 「えーと、若い女の子が家にいませんでしたか?」


 「女の子ねぇ………しばらくここに顔出してるのは柊くんだけだよ」


 ますますおかしい話になる。おじいさんは口調もいつもの通りだし、雨音ちゃんを認識できないこと以外はなにもおかしくない。いや、本当はすごく変なんだけど。


 「おじいさん、上がらせてもらってもいいですか?」


 「ああ、もちろんだよ。あがっていきな」


 そう言ってあがらせてもらって、二階の雨音ちゃんの部屋を確認しに行く。

おじいさんはその部屋はもうずっと使ってないからほこりかぶってるよ!と注意してくれたけどそんなはずがない。昨日確かに雨音ちゃんと会ったのだから。


 嫌な心臓の音とトントントンと駆け上がるように走り抜けて、小さい廊下の先のドアを乱暴にバンと開ける。


 目の前に見えたのは、電灯もついてないほこりが舞う物置だった。

 おかしい、おかしい、おかしい………


 雨音ちゃんの部屋は、もっと大人しめの落ち着いた部屋で、ところどころかわいく飾っていて、それで………


 あとから何事かと追いかけてきたおじいさんが、様子を見に来る。


 「ほら、言っただろう?ここは何年も物置にしていて………」


 中まで入ってぐるりと見渡しても、本当に何年も誰も手をつけてないものばかりが大なり小なり転がっている。



 「おや、誰かの忘れ物かな………昔は小さい孫とかもきてたしなあ」


 そういっていたおじいさんの手元をみると、それは確かに俺が昔雨音ちゃんの誕生日プレゼントにあげたクジラのぬいぐみだった。


 「それ………もらってもいいですか?」


 「もちろんだよ、こんなにほこりのところにあったから、洗ったりしてくれ」


 「ありがとうございます………今日はちょっと、調子が悪くなったので帰りますね………」



 そう言って、俺はクジラのぬいぐるみを自分の持っていたカバンに押し込んで急いで雨音ちゃんを知ってる人がいるところを頭の中で巡らせていた。


 そうだ、総菜屋さんのおじさんならわかるかもしれない。


 足早に総菜屋さんの前まで来るとちょうど人の波が消えたところで話しかけられそうだった。


 「おじさん!ちょっと聞いてもいいかな」


 「おーどうした柊くん、久しぶり。」


 「ここによく来てた、吉井雨音ちゃんって分かりますよね?」


 おじさんは俺に雨音ちゃんを紹介してくれた人だ、わかってない方がおかしい。


 「よしい……柊くんに紹介した吉井さん?雨音ちゃんってお孫さんいたかな………」


 その答えに愕然として、俺はその場にへたりこんだ。

 俺はちゃんと雨音ちゃんの顔も名前も、声もしぐさも覚えてる。


 それなのに、世界から雨音ちゃんの痕跡だけがすっぽりと消えてしまっていた。




 家に帰って父に聞いても、答えは同じだった。雨音ちゃんという子はいなかったらしい。

 父には一生懸命説明をしたがどうにもわかってもらうことはできず、お前は疲れてるかもしれないからと早々部屋のベッドに押し込められた。


 携帯の履歴を見返してみても、あったはずの雨音ちゃんのメッセージは全部が文字化けを起こしていて何もわからなかった。



 持ってきたクジラのぬいぐるみは、あんなに埃がひどい部屋にいたのに新品のようにきれいだった。

それだけが雨音ちゃんがこの世界にいた証拠になってしまった。


 ベッドサイドにクジラのぬいぐるみを置いて、じっと見つめる。

 どうしてこんなことになってるんだろう。昨日悩みがあるようなことを言っていたけど、家出するようには思えない。それならもっと痕跡だって残ってるはずだし、いなかったことになんてなるはずがないんだ。


 みんなが嘘をついてるようにも思えない。

何度説明しても、本当に何のことだかわからないようだった。


 俺もだんだん自信がなくなっていくけれど、それでもたしかに俺の恩人で、大好きな雨音ちゃんは確かに存在したはずだ。


 そうだ、美味しいごはんを作ってくれたのも、料理を教えてくれたのも雨音ちゃん。

おかげでこれだけ背が伸びて、今度は俺が雨音ちゃんの役に立とうって思っていたのに。



 なにかがあったはずだ、雨音ちゃんに。どうしたって、助けなきゃ。

本当は怖がりだけど、無理して笑ってくれる優しい雨音ちゃんを、俺が助けなきゃいけないんだ。


 どうか、どうか………無事でいてほしい








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