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あれから数日。
世間はまもなく来る流星群のニュースが流れていた。重大ニュースや世間をにぎわせてる芸能ニュースなどのあと、天文ショーの話題になった。今年は寒さもあり、空気がきれいでよく見えるらしい。
グラタンを一緒に作ったときに雨音ちゃんが流星群見たいね!なんて声をあげていた。毎年来る流星群で、物珍しいものではないのだけど、星とか月とか神秘的なものが好きな雨音ちゃんはとても興味があるようだった。
去年もたしか流星群見ようといって見たはず。もっと季節は違っていて、えーっと何流星群だったか………。とりあえず、雨音ちゃんがやりたいということには付き合いたい。当然夜遅くなるので、父さんにもちゃんと断りを入れた。おじいさんの方は、もう雨音ちゃんも成人したからそういうのは気にしないそうだ。
流星群を見るのには、街灯がなくて空を見渡せる場所がいい。
半端な田舎のこの辺には、そんな場所はいくつも残されていた。ちょっと小さな山の上まで行ってもいいし、もっと手軽に見るなら雨音ちゃんの家の前の公園から見たっていい。
一緒に見ますか~とその場でぬるい約束はしたものの、あとでしっかりメッセージを送って日にちを決めて、目の前の公園とは別の、もう少し広いところで観測しようということになった。
ほかの人も観測目当てで芝生広場を利用するらしく、ちょっとは人目があった方が怖くないよねという防犯的な理由もあった。
当日。
だいぶ温かい恰好をしてきたはずが、芝生にシートを広げて座ってみると、底冷えしそうだった。雨音ちゃんがジャーンという声とともに、折りたためる座布団といくつかの水筒を大きなトートバックから出してきた。
「ええ~、やっぱり雨音ちゃん気が利くんだね。俺でっかいホッカイロとひざ掛けしか持ってきてないのに」
「いいのいいの充分だよ。付き合ってもらってるんだから、ちょっとは楽しく快適にしたいもんね」
そういうと座布団を敷き、俺をそこに座らせ自分のとこにも丁寧に敷くとちょこんと座る。周りを見渡すとぽつぽつと同じ目的の人の姿が見える。カップルが多いな………という印象。自分たちも事情を知らなければカップルに見えるだろうなと思うとちょっとどきどきする。ちらっと雨音ちゃんを見ると同じことを思ったのか、目線をさっと俺からそらしてスープポットのふたを力強く回し始めた。
ささっと渡されたスープはあっさりコンソメ味で、具はみんな細かくなっていた。暗闇でスプーンですくうのはなかなかむずかしいから、口の中に入りやすい大きさにしてみたよと、やっぱり雨音ちゃんは気が利く女の子だった。
ひざかけは二人で一枚のものに入るのはちょっと気まずいから、ちゃんと二枚持ってきていた。
でっかいホッカイロをたくさん中に仕込んで、足元の温かさは万全になった。雨音ちゃんのスープで、おなかもほかほかして、天体観測の準備はばっちりだ。
お互い何を話すでもなく、しばらくは空をじっと見上げていた。
だんだん目が慣れてきて、星がらんらんと輝くのが見えた。冬の張りつめた空気と、音が遠くに聞こえる五感が研ぎ澄まされるような感覚がして一瞬自分がどこにいるのかわからなくなるような感じがする。
空に吸い込まれているような、そんな感覚。
ふと、首を上げてるのがつらくて横に視線をうつすと雨音ちゃんの真剣な横顔が見える。
「なんか………このままどこか知らない場所に行けたらいいのにな………」
「………え?」
急に雨音ちゃんがおかしなことを言いだす。聞き違いじゃない、こんな近距離で聞き間違えないけど雨音ちゃんからそんな言葉が出るのが意外だった。普段愚痴とかマイナスなことはあまり言わないのに。少し茫然としていると雨音ちゃんがこちらを見ずにふっと笑って返事をする。
「いや………なんかね。いっちょまえに悩むこともあったりしてさ。意外?」
「………そんなことないよ。雨音ちゃんだって、悩むことくらいあるでしょ」
「そうだよね………みんなそれぞれ悩むことはあるよね。あ、ほら流れ星!」
指を差した先に、光り輝く尾を伸ばしながら消えていく星が見えた。そのあとの会話は、ふわふわした会話で雨音ちゃんの悩みが何か聞き出せずに解散になってしまった。悩んでいても俺じゃ子供すぎて聞かせられないのかなとか、心の中で思ったりもしたけれど口には出さなかった。
そしてその日、ちゃんと家に帰ったはずの雨音ちゃんは姿を消した。