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「はぁはぁ………もう特売だからっていろいろ買いこんで遅くなっちゃった!ごめんね、お待たせ柊くん」
俺はもう特大の笑顔でありがとうございますとお礼をして、重そうな荷物を俺も一つ分けてもらって手に持った。小さい自分の体では予想以上に重たくて両手で何度も持ち替えて運んだが、持ち帰るたびに雨音ちゃんがやっぱり持とうか?と声をかけてくれた。
俺だって小学生とはいえ一人前の男だと小さなプライドがあって、大丈夫だよとやせ我慢しながら手がビニールのあとでしわしわになりながら頑張って運んだ。雨音ちゃんの家のルートも目印をいろいろ自分で目星をつけて覚えた。
この前来た時に印象に残っていた小さな公園が見えてくると、雨音ちゃんはヒョイと俺の持っていた荷物をさらって玄関の鍵をがちゃりとあけた。
いつか絶対、荷物くらい何にも感じないくらい大きくなりたい。
「おじいちゃんただいまー!柊くんきたよー!」
この前の玄関で聞いた時と同じ、大きな声でおじいさんを呼んだ。奥からおじいさんが出てきて、荷物を半分持つ。やっぱりおじいさんでも、男はこれくらい持てるものなんだ………。
「やあやあいらっしゃい。お父さんから話は聞いてるよ。これからよろしく頼むぞ、柊」
「こちらこそ、これからお世話になります。そしてこれ………父から預かってきました」
そういって茶封筒をおじいさんに渡すと、本当にいいのに丁寧な人だね。ありがたく受け取っておくよと茶封筒をポケットにおさめてくれた。
父さんに言われていたことを果たせて、ちょっとほっとした。もし突っ返されたらどうしようと思っていたから。
「さて今日は、サンマ買えたからサンマと炊き込みご飯にしようかな!柊くんも手伝ってくれる?」
季節は秋。まだまだ肉が大好きだけど、季節のものを食べるなんてどれくらいぶりだろう。揚げ物ばっかり食べてたから、濃い味はちょっと疲れていた。
雨音ちゃんに促されてサンマの頭の落とし方を練習したり、炊き込みご飯にいれるおあげをキッチンバサミで切ったりした。その間に雨音ちゃんはあれこれ切ったりセットしたりサンマに塩を振りかけたり…素早い動きでいろんな食材の支度が仕上がっていく。本当に料理するっていうのは大変なことだ。
とりあえずひと段落してお茶をもらった。あったかいお茶がじわじわと体に染み入ってくる。子供にしてはじじくさいのかもしれないけれど、飲みなれた炭酸ジュースの甘い味も結構飽き飽きしていたのかもしれない。雨音ちゃんの家にきてみて食に関することは、本当に心を炊き立てのご飯みたいにほかほかにしてくれる。もちろん雨音ちゃんとおじいさんがとても良い人で、温かく迎えてくれたこともそうだけどこうしてお茶の時間があってのんびり机を家族で囲むこともほっと一息できる要因だと思う。
学校のことや家のこと、今クラスで何が流行ってるか。そんなことをおやつと一緒に食べながらおじいさんと雨音ちゃんに話して聞かせた。このころあんまり人見知りしなかったのは、きっと子供特有の世間知らずと微笑みながらそれはどういう感じなの?とか興味深げに聞いてくれる二人のおかげだったと思う。
お茶の時間が終わって、お菓子をつまむだけだと物足りないな…というお腹になってきた。炊飯器もよい感じに水蒸気をあげていたころから収まって、ご飯を蒸らし始めたようだ。いいお醤油の香りが部屋の中に広がる。炊き込みご飯の時って匂いでわかるものなんだななんて、また新しい発見をしてしまった。
さてそろそろと声をあげて、雨音ちゃんが席をたとうとするのでつられて俺も席をたつとバッドの中で塩を振られて少し汗のかいたサンマをきれいにキッチンペーパーでふき取っていく。網とかで焼くのかなと思ったら、大きいフライパンを取り出した。
「本当は網でじゅうじゅう焼いた方がおいしいんだけどね、結構私もめんどくさがりで」
そういいながらクッキングシートをフライパンの中に広げて、サンマをお行儀よく並べていく。火が通ってくると油が染み出してきて、皮がぱりぱりになっていった。タイミングを見計らってひっくり返す役目を仰せつかった。といってもそのタイミングは雨音ちゃんがいまだよと教えてくれたんだけども。
魚みたいな細長いものを切れないようにひっくり返すのはとても初心者にはむずかしいことで、しっぽの方がぐねぐねしたりしてフライ返しと箸を駆使しながらようやくひっくり返す。身が切れても大丈夫だよ、と優しく雨音ちゃんは言ってくれたけどできればこんなにきれいなサンマを切らずに完璧に仕上げたい。
俺と雨音ちゃんの共同作業でできたサンマは皮からチリチリと音をたてながら、無事にきれいに皿の上に鎮座した。炊飯器の炊き込みご飯も、ふっくら炊きあがってお茶碗によそってもらった。その他副菜多数。名前のない料理らしい。飢えた俺にはどれも立派な料理で、色とりどりで昔見た絵本のきれいな色遣いのような輝きが眩しいくらい目と腹を刺激してきていた。
「おまたせ、じゃあ食べようか!いただきます」
「いただきます」
迷い箸は行儀が悪いと父さんからしつけられていたけど、どれもおいしそうで小さい子供みたいにきゃーとかうわー!ってやりたくなる衝動を抑えながらゆっくりお味噌汁からいただいていく。
よく考えてみたら小学三年生が無理して大人しいふりをしていても、結構バレバレだったんじゃないかなと思う。その証拠によく雨音ちゃんは俺の方を見てふふふと笑っていた気がする。
一生懸命ひっくり返したサンマも身がふわふわして美味しかったし、炊き込みご飯なんてお代わりまでして、名前のない料理もこれがメジャーじゃないなんておかしいと思いながらバクバク食べてしまった。
子供のわりに渋いと思うかもしれないけど、意外に子供は子供メニューが好きってわけじゃない。そりゃもちろん、からあげやオムライスが好きな時はあるけど炊き込みご飯だって煮物だっておいしいと思う。たっぷり食べさせてもらって、膨れたお腹をさすりながら出るため息は幸せの色をしている。
まだ二食目なのに俺はすっかり雨音ちゃんの料理のとりこだった。胃袋をつかまれるとはこういうことなのかもしれない。でもそういうのがわかるのってもっと大人になってからだと後から知ったけど、とにかくもう前の冷めた総菜をひとりで流し込む日常が嫌すぎて仕方なくなってしまった。
美味しいごはんが食べたいという気持ちは、本能的なものなのかもしれない。子供だからこそ、制御も聞かず地べたに寝転んで泣き叫ぶように。雨音ちゃんの笑顔と、おじいさんのやさしいまなざしに囲まれて、明日も美味しいごはんが食べたい。