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  柊くんに抱きしめられてしまった。

何回か夢想したことはあったけれど、突然に、しかも唐突にそんなことが起きるんだとびっくりしてしまって固まる事しかできなかった。あとは温めるだけのはずのスープがものすごい勢いでボコボコと音をたてて沸騰している。自分自身もそんな風に沸騰している気がする。


 正直な気持ちを言えば、ものすごく嬉しかった。そのまま手をまわしてぎゅっと自分も感触を確かめたいくらいだったのに、いざとなればぽかんと口を開けて石化しているだけだったのだからどうしようもない。早いところ沸騰している気持ちを静めて、柊くんが居心地悪い思いをしないようにしなければ。



 お互いの気持ちがそろったのかどうかはわからなかったが、何事もなかったかのように柊くんと夕飯をともにし、昼間の作業はどうだったとか何をしていたとかそういう話でお茶を濁した。


 


 昼間の仕事はどうだったか聞かれたが、昼食の間に言われたおじさんの言葉がどうしようもなく頭をぐるぐるしている。もし、もしだけど雨音ちゃんがここで生活するためにだれかと結婚して幸せに過ごしたいと言われたら、引き下がるしかない。俺はその時どうしたらいいんだろう。


 元の世界に戻る方法を探すか、この場所で雨音ちゃんが幸せに暮らしてるのを見届けるのか、また別の土地を探してさまようのか。

元の世界に雨音ちゃんと一緒に戻りたいかといわれるとそうでもない。単純に俺がどこにいても一緒にいたかっただけだ。クジラのぬいぐるみから、きっと雨音ちゃんは俺を探してるんじゃないかってそんな風に読み取ったけど、ここにきて雨音ちゃんの気持ちにも変化があったかもしれない。何事も、聞かないとわからないというわけか…。



 「ねえ、雨音ちゃん。ちょっと………聞きたいことがあるんだけどさ」


 「何?」


 雨音ちゃんは包むように持っていたカップから、口を離してゆっくりと机に置いた。俺は椅子にしっかり座りなおして姿勢を正して雨音ちゃんの目をみるようにしっかりとしゃべろうとするけれど、やっぱり言い出しにくいこともあって、弱めな声が出る。


 「昼間………さ。おじさんに、雨音ちゃんは見合いでもさせようかっていう話があったって聞いたんだけどさ」


 「え?! あ、ああ………なんかそんなことあったね………」


 雨音ちゃんの目が横にすーっと泳ぐ。やっぱり聞かれたくないことだよなと思いつつも、ここにきてどたばたしていて聞けなかったことを聞くことにした。


 「俺は、あんまり雨音ちゃんをもとの世界に戻そうとか、考えずにこっちに来たんだけど。雨音ちゃんはどうなのかなと思って」


 「うーん………元の世界に帰ろうとは思ってないかな。ここで暮らしていければもういいや、って感じでもあるよ。ただ………」


 「ただ?」


 「柊くんは………帰してあげられる方法はないかなって考えてる」


 出会ったときにちゃんと伝えた気でいたけど、やっぱり雨音ちゃんは俺だけをもとの世界に帰したがってることを聞くと胸がぎゅっとなってしまう。


 「俺は………嫌だよ。雨音ちゃんがいないところに行きたくない」


 「え………?もともと私が変なふうに呼んじゃったからここに来たんじゃないの?」

 

  雨音ちゃんは大きな誤解をしている気がする。まぁそれもそうだ、一緒にいただけで気持ちが通じるわけもないしそもそもちゃんと告白なんかしてないし………。今が言うべき流れが来ているのをひしひしと感じる。でもここで言って本当にいいんだろうか。


 「あの………雨音ちゃん。よく聞いてほしいんだけどさ」


 雨音ちゃんが姿勢を正して、こちらを見てくる。くりくりとした瞳が、俺の目線と重なる。やっぱり雨音ちゃんはかわいい。


 「俺は………小さい時からずっと、雨音ちゃんが好きなんだ。だからここまで追いかけてきた」


 雨音ちゃんが息をのんだ音が聞こえた。そのあとぼっと顔が真っ赤になって、下を見てしまった。さらさらと肩に落ちる髪をぼんやり眺めてしまった。いまどうすればいいのか言い切った達成感で頭が働かない。


 「え………あの………柊くん………ほんとに………?」


 絞りだしたような雨音ちゃんの声。視線はいまだ下を向いてはいるもののはらはらと落ちる涙が見えた。


 「雨音ちゃん?!え!な、泣かせちゃった………?」


 落ちる涙をみて、俺はとっさに立ち上がり雨音ちゃんのそばに駆け寄った。

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