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ここにきて数日、数週間と立つ間に、何度も雨音ちゃんとは話し合った。どうにかして元の世界に帰りたくはないのか、ここで生きるつもりなのかと。そのたびに雨音ちゃんは少しうつむいて、黙ってしまった。
雨音ちゃんを責めているつもりはなかった。むしろ、原因となった俺が飛び込んできてしまったから、余計に悩ませているかもしれないと思った。もちろん、自分たちが忘れ去られてしまった世界にもし帰ったとしても、今よりもつらいことの方が多いかもしれない。
ここに慣れるのに精いっぱいで、毎日体をバキバキになるまで動かしていて伝えるどころじゃなかったけれど、雨音ちゃんにまだ好意は伝えていないし、クジラから聞こえた雨音ちゃんの心の声も聞いたということは内緒にしている。
というより、いざ目の前にしてしまうと勢いだけでは伝えられない気がしてきてしまった。毎日手伝っているとはいえ世話を焼かせてしまっているし、子供のころと何も変わらない状態で過ごしてしまっている。心の声が聞こえたとはいえ、多分雨音ちゃんは俺が異性として好きというより、親目線での好きみたいなのが混ざっている気がする。時折お母さんみたいなしぐさをすることがあって、まだまだ雨音ちゃんの中では小さい俺がちらちらと頭をよぎっているのかもしれない。
どうしたら、もっと男として見てもらえるだろうか。
柊くんがこちらに来て、数週間がたってしまった。
最初は本当にどうしようかと思った。自分を追いかけてくるなんて夢にも思わなかった。どうにかして帰してあげなきゃと思って、こっそりクジラのぬいぐるみに話しかけたり振ったりしてみたけど何も起こることはなかった。どうにかして、元の世界に帰してあげたかった。
柊くんのことは好き。でも、こんな若い男の子に自分の人生がひっくり返ってしまうようなことはさせたくなかった。嬉しいけど、きっとここで好きだと言ってしまったら、なにかが起きて元の世界に帰れることになったときに足かせになってしまう。何も考えずに言えたらいいのにという気持ちと、そんなことをしてはいけないという、心を押しつぶすような感じになってしまってとても苦しい。
ここにきて、もしかしたら楽になるかもしれないなんて思っていたし、慣れないどこだか知らない国で、生きるのに必死だったけどちっとも解放感はなかった。むしろ、いないはずの柊くんの姿を探してしまってとても苦しかった。そんな気の迷いがもし元の世界に届いてしまって、柊くんを呼び寄せてしまったんだとしたら、自分はこの罪悪感とどう向き合えばいいのかわからない。
畑仕事してもらってるとき、台所で横に並んだ時、ふとした時に大きくなった柊くんに驚く。
あんなに小さかった柊くんは、もう立派な男の子になっていて。どうしても胸が騒いでしまう。なにもしがらみがなければよかった。年齢だって同じくらいに産まれて、同級生とかになってみたかった。
どうにかして、柊くんだけでも元の世界に戻してあげたいけれど、もう元の世界は私たちのことをなかったことにしてしまっているかもしれない。そんなところにひとりぼっちで戻してあげることはできない………。
答えのない問いがずっとぐるぐると頭をめぐって、連日なかなか寝付けないでいた。




