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あれからかかわりがありそうなところは思いつく限り全部探した。
でも、どこにも雨音ちゃんの形跡も痕跡もなかった。世界から雨音ちゃんという記憶がすっかり無くなってしまっていた。どう考えてもおかしいし、俺だけが覚えているのもおかしい。
どこにも雨音ちゃんという人はいない。あるのはただ、誕生日に送ったクジラのぬいぐるみだけ。このぬいぐるみはいつも大事にしていたって聞いていたし、いろんな悩みを相談したとも言っていた。
ふたたび流星群が来ると流し見したテレビのキャスターが言ってるのを苦々しく見た夜。疲れ切ってベッドに倒れこみ、クジラのぬいぐるみに話しかける。もうこいつしか雨音ちゃんを覚えてる仲間はいないかもしれない。
「………なぁ、オマエ。雨音ちゃんはどこ消えちゃったんだよ………」
そうなんとなく問いかけただけだった。もちろんクジラのぬいぐるみが返事をくれるとも思っていなかったけれど言わずにはいられなかった。
すると、クジラが薄い光をまといながら空中にふわふわと浮かんでいく。目の前の光景が信じられなくて、ガバっと起き上がった。
「な、なんだこれ………どういうことだよ………」
天井には届かないくらいで、クジラは静止しふるふると小刻みに震え始めた。かすかに音が聞こえる。
よく耳をそばだてて聞き取ろうとすると、それは雨音ちゃんの声だった。
(あのね、今日は本当にすんごく嬉しかったんだよ………柊くんと流星群見に行けてさ………)
(でも………私がこんな邪な気持ちじゃだめだよね………)
(ああほんとに………どうしたらいいんだろう)
雨音ちゃんが悩み事をクジラのぬいぐるみに聞かせていたことだろうか?声だけが部屋の中に響いてきて、姿は何も見えない。
(悩みから解放された世界に行きたいな………)
(でもね、柊くんから離れたいわけじゃないの………一緒にいたいけど邪魔になりたくないよ………)
(私だけこの世界からいなくなればいいのかな………)
「そんな事思わなくていい!」
思わず声が出てしまう。俺は邪魔になるなんて一度も思ってない。それどころか、ずっと一緒にいてほしかった。この先もずっとずっと。でもそんな叫びもむなしく、別の聞いたことがない幼い子供のような声が響く。
(ソノオネガイ、カナエテアゲル)
(ホシニネガッタ ソノネガイ カナエテアゲルネ)
(え………?)
雨音ちゃんの戸惑いの声と一緒に、クジラのぬいぐるみがさらに輝きを増して、何かを映し出す。
そこには、見慣れない部屋にいる見慣れない服を着た雨音ちゃんの姿だった。
「雨音ちゃん!」
大きな声に雨音ちゃんが反応して、こちらをパッと見たかと思った瞬間にクジラは力を失ったように空中から落下して、ベッドの上に転がり落ちた。
今のは………今のは何だったんだ。訳が分からないことが起きて、頭が混乱してるけどそれでも。
雨音ちゃんはどこかで生きている。




