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 思い出すのは、優しい笑顔と温かい食事。

愛情のやわらかな輪郭が心の中にしっかりと形を保っている。それはずっとずっと、消えない証。

 あなたに会えたなら、きっと………。





 俺は昔、あの人に世話になっていた。子供の俺は、ひとりで食事をすることが多かった。なかなか家に帰ってこられない父に子供の食事を用意する余裕はなく、レンジの使い方もわからない俺はしばらく冷たくなった総菜を、朝炊いて残していった冷えた飯と一緒にもそもそと飲み込む日々。

 砂をかむような食事は、何も楽しくなくてテレビの音も雑音にしか聞こえなかった。父もそのことには気づいてはいたが、俺自身も男手ひとりで子供を育てていくのは大変だろうと事情も理解しているつもりだった。


 それでも毎日生きながらえるためだけの食事はあまり気持ちのいいものでもなかったし、早く喉の奥に詰めてしまってさっさと済ませてしまいたかった。毎日ご飯だけは父が朝炊いて行ってくれるので、総菜をスーパーや近くの商店街に買いに行く。その日もいつもの通り、適当な総菜を買いに商店街に出てそこらへんの総菜屋さんで適当にものを見繕っていた。


「おや、(しゅう)くん今日もおつかいかい?」


「はい、父が今日も遅いので…」


「そうか、お父さんも大変だけど柊くんも大変だね…飯しっかり食うんだぞ。」


「はい、ありがとうございます。いつもおいしいですよ。これと…これください。」


 味がまずいとかそういうことじゃない。ここの総菜屋のおじさんはいつも気にかけてくれるし、総菜も揚げ物は衣がカリッとしてておいしい。炒め物だって、野菜はシャキシャキしてておいしいんだ。

だけど…だけど。何かがいつも満たされない。おいしいはずなのに。おいしいから買ってるのに。しばらく頭で考えを巡らせていると、横からすっと人が入ってきた。


「おや、雨音(あまね)ちゃん。アンタも今日は総菜かい?」


「おじさんこんにちは!そうなんです。今日はお惣菜の力借りちゃおうと思って!いつも作りすぎちゃって困るんですけどね」


「おや、そうなのかい…そこにいる柊くんのご飯も雨音ちゃんが作ってくれたらお互い助かるんだけどねえ…」


「「え?」」


 俺より少し背の高いお姉さんと声が重なった。目線と目線が交わる。

見上げたお姉さんは、近くの中学の制服を着ててたまに総菜屋で見かける顔だった。髪をしっかり後ろで結んで、最近流行りのギャルみたいなスカート丈でもなくひざ丈に、髪も真っ黒で非行なんてしなそうな真面目そうな感じだった。

 俺といえば…適当に自分でお金を持たされて買ってきた服に、高いから傷つけないように大事に使ってるランドセル。言葉遣いはしっかりしろと言われているから人にはキチンと使うようにしているけど、中身は結構やさぐれてると思う。


「あなた…柊くんって言うの?」


「はい…そうですけど…。お姉さんは…?」


「私、吉井雨音(よしいあまね)っていうの。」


「石田…石田柊(いしだしゅう)です。」


「小さいのに偉いね!いつもごはん、ここなの?」


「はい、父の帰りがいつも遅いので…ここでおかず買って食べてます」


「んー…そっか。そうなんだね。私もね、おじいちゃんとご飯食べてるんだけど、いつも余っちゃうんだ。だから…柊くんさえよければ、一緒にご飯食べていかない?」


「え…俺は助かりますけど…お姉さんが大変なんじゃ…」


「全然!むしろ助かっちゃう!食べてくれる人がいたら作り甲斐があるよ!」



 父子家庭のことをなんとなく察してくれたようだった。全部言わなくても察してくれる。雨音ちゃんはそういう人だった。その時のぱあっと花が咲いたような笑顔は今も覚えてる。俺の心に光をともしてくれたのは、間違いなく雨音ちゃんだった。





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