97粒目
まだ陽は高く、少し早いけれど、今日はここで一晩空かそうかと、布団を干してから、男に抱かれて少し散歩をしたり、幅のとても狭い川で裸足になって、懲りずに魚を掬ってみたり。
そして。
「んのっ!?」
「あっ!?」
狸擬きのことを言えず、バランスを崩してひっくり返ってびしょ濡れになったり。
夕暮れには。
初めてにしては、まぁだいぶ歪だけれども、良くできた方に思える。
「これは、我の知っている『卵焼き』擬きの」
和出汁もなく、砂糖と塩と水だけのものだけれど。
ほんのり焦げと匂いが食欲をそそる。
それに男がまたあれを食べたいと言うため、肉巻きおにぎり。
細くした野菜を同じく薄切りの肉で巻いて蒸したものに、玉ねぎのスープ。
「この、たまごやき、が美味しい」
「ちょっと甘かったかの?」
「君の味がする」
どういう意味の。
今夜も楽しい夕食を済ませ、小豆をしゃきしゃき洗っていたけれど。
(……の)
「……」
「どうした?」
真っ暗闇の中、風の吹いてくる方にじっと視線を向けていると、風下にいる男が、煙草を口から外し訊ねてくる。
「……少し困ったの」
風に乗ってくるのは、春嵐の匂い。
そう。
何も遮るものがない、ここは草原。
「嵐か……」
「遅くとも、1日後には来るの」
急いでも逃げ切れるわけもなく、それでも早朝から村へ戻るためにひたすら先へ急いだけれど。
「ううん、……思ったより早く来たの」
追い風が髪を翻していく。
何かの時にと積んでおいた冬用の幌が本当に役に立つとは。
重ねるように幌に被せ、張り縄で幌を覆い釘、いやペグとやらを刺し、荷馬車が転倒しないようにする。
馬の天幕は荷馬車が盾になるようにすぐ側面に広げ、こちらもペグで地面に強く押し込むと、
「のっ」
風が巫女装束どころか、身体を持ち上げようとしてくる。
男に抱き上げられ荷台に乗せられると、男も飛び乗り、幌の結び目をきつく結んでいく。
「ふー……」
「ののぅ」
何とか一息。
ほの暗い荷台の中、おにぎりと昨夜の残りの食事で、とうに昼を過ぎていたけれど、今日初めてになる食事をし。
その後はお絵描きの練習、文字の練習もする。
男は、我の持ってきた絵本を広げていたけれど。
「おいで」
「の」
膝に抱かれて、顎を指先でくすぐられる。
しかし、強くなる雨風に、徐々に声も聞こえにくくなってくる。
どうにも。
「……」
これはとても。
(よくないの……)
思った以上に、大きな春嵐が来る。
男もそれに気付いたらしく、
「こんなに大きいのは始めてだ……」
男のその呟きに、重い懸念が混じり。
(ふぬ……)
「……降りるの」
腕の中でもごもご動けば、
「どうした?」
「折り紙を折るの」
男の膝から降りると、なぜ、と男が眉を寄せる。
「風の神様が、少々ご乱心の様だからの」
そう、男が懸念したように、あと数刻で一番強い雨嵐が来る。
どうにもご機嫌が斜めなのは、なぜだろう。
雨避け風避けの木を折りたいけれど、何が雨風に強いのかまでは、覚えてはおらず。
例え覚えていても、その木の折り方までは覚えていない。
(まぁ、もみの木でも、ないよりはましの)
画板で使っている大きめの紙で立体のもみの木を10本。
集中し、ひたすら紙に触れる指先に、流れる血を感じるように、折っていく。
そして。
自らが身に纏う巫女装束に意識を向けてから、紙を縦に裂き、人差し指の腹を犬歯で噛み、血を滲ませた。
「……っ!?」
向かいにあぐらをかく男が何か声を上げて来たけれど、もう外の雨風の音で何も聞こえない。
もう、聞き返す時間も惜しくなっている。
長細くした紙に、血の滲んだ指で、文字を書き込んでいく。
所謂、
「守り札」
に相当するもの。
血は留まることなく、かといって溢れもせず、文字を書き切るまで適度に流れ、ふと顔を上げると、男は札ではなく、我の人差し指を見ていた。
(……くふふ)
わかりやすいの。
「……の」
まだ血は滲んでいる。
四つん這いのまま男に指を突き出すと、
「……、あぁ、いや……」
男はふと意識を戻したかのように、ハッと目を見開いてから、
「こんな時に、今は大丈夫だ」
と目を逸らせないままに嘯いて来たが。
「我の血が混じっている方が今は安心の」
「なぜ」
互いに声を張り上げるほど、もう近くに来ている。
「嵐に混ざり、悪いものも一緒にやって来る。狼たちが言っていたものより、遥かに強く危険な気配がするの」
我の言葉に、男はごくりと喉を鳴らすと、伏し目がちに我の手を包み、血の滲む人差し指を口に含んだ。
ぬるりと舌で傷口を強めにねぶられ、
「……んっ」
身体が跳ねても、男は目を伏せ夢中で指を、傷口を吸い。
「……」
ふと、動きが止まったと思ったら。
「……の?」
手を包む力が消え、男の手はあぐらの膝の上に落ち、
「……っ」
頭が落ちるようにぐらりと揺れる。
「ののっ……」
慌てて立ち上がり札を避けながら男を支え、
「んしょの」
横にする。
飲んだ血の量が若干多いせいか、男はすぐに昏倒した。
「ふぬ……」
正直。
(起きてたらこの嵐の中、我が外に出るのも渋るからの……)
ちょうど良かったかもしれない。
まぁ、いつ起きるかは不明だけれど。
幌の結び目を弛め隙間から外に出ると、いっそ清々しい豪雨。
するどい雨と風が吹きつけてくる荷台を覆うように、もみの木の折り紙を等間隔で短い草の上に立て掛ける。
「……なかなかに、良いの」
うすっぺらに折った折り紙なのに飛びもせず、倒れもしない。
何かしらの力が、働いてくれるはず。
そして、札は。
(糊がないの……)
いや、あっても濡れた幌に付けても糊程度だと取れてしまうか。
これは。
これは、あっちの。
獣たちは、とみに悪いものの影響を受けやすい。
あの「黒き城」で学んだ。
下手に力のある我よりも、悪い何かは、馬たちを狙うかもしれない。
裏に周り、大人しくしている馬たちの天幕の隙間から守り札を差し込むも、馬たちはさほど驚く気配もなく、ただ静かに身を寄せている様子。
「よいしょの」
荷台によじ登り、端で巫女装束を脱ぎ、水が垂れてもいいように下に布を敷いてから荷台の中の木箱にのり、紐に左右に張り、そこに巫女装束を吊るす。
(こういう時は、純粋に魔法が欲しくなるの)
布で髪を身体を拭き、寝巻き代わりのキャミソールとカボチャパンツに姿になると、畳んで積んである布団を男の隣に広げ、男を転がして布団の上に乗せていると。
「……の?」
不意に幌に叩きつける雨の勢いが減り、ざわざわと、荷台の外の、もみの木の葉が擦れ合う音。
「のの……?」
荷台の灯りを消してみると、我等の荷台を覆うようにもみの木が揺れて、雨風に吹かれている。
「ほうほう」
(これはなかなかに、立派な守り木の……)
一人なら灯りも節約しようかと、暗くして男の隣に横たわる。
男の身体は温い。
(仮死ではなく、本当に寝てるだけの……?)
その男の腕に額を押し付け、目を閉じる。
うとうとしていると、やがて何か良くないものが、雨風に混じりやってきた。
森にいる白い霧や黒き城の靄ではなく、また別のもの。
風に乗り、荷台よりやはり天幕の方に近付いた大きな大きなその「何か」は、しかし御札に気付くと、嫌々と去っていく。
(お主はなんの……何者の?)
『……』
問いかけは通じず、けれどそれは風に流されずに北へ北へ向かう。
ずっと先に先にあるのは、深い崖。
(あぁ、あぁ……)
その「何か」は、崖に落ちて濁流に呑まれ、終わる。
(春嵐に紛れて、道連れ探しかの……)
そんなものを土産として引き付れてやってきた激しい春嵐は、そう長くは続かず。
翌朝には雲も連れ去り、やがて晴れ間が広まった。
「ふぬ……」
けれど、男は起きず。
外に出ると、もみの木の折り紙は、もう形も分からないほどに土と草に紛れ、馬の天幕の御札も、漏れてグズグズのはずが。
「おや」
(強いの)
全く何ともない。
天幕から馬を解放し、御札は、今は男の寝ている布団の下に忍ばせておく。
(今回は狸擬きもおらぬから、本当に1人の)
お茶とおにぎりで食事を済ませる。
寝ている男の絵を描き、晴れ渡った草原を眺めてみたり。
(濁った川で小豆は洗えぬの……)
男の寝る荷台に戻り、男の隣に寄り添い、
(我も、寝るの)
ただ。
眠る、眠る。
「フーン……」
悲しそうな狸擬きの鳴き声に、
「……?」
目を覚ますと、
(の……?)
夜中。
荷台を見回しても、当然狸擬きはいない。
夢でも見ていたらしい。
男は起きず、幌から顔だけ覗かせたけれど、馬は2頭とも、天幕に戻り、今は眠っている気配。
男の元に戻り、
「起きるの……」
頬を手の平で触れると、
「……ん」
男が目を覚ました。
(のの……)
偶然なのだけろうけれど、
「あぁ……」
頬に触れた手に手を重ねられる。
「また1人にさせてしまったな」
「平気の」
「何日経った?」
「我も起きたばかりの、多分経っても2日で済んでるの」
「そうか」
男の少し安堵した頷きと共に身体を起こし、
「の……?」
我の額に額を当ててくる。
「おはよう」
「おはようの」
小さく笑い合い、男が伸びをして立ち上がり、幌から外を覗き、
「嵐はもうとっくに去ったのか……」
ブーツを履いて飛び降りる。
こちらに両腕を伸ばし、
「の」
男に抱き上げられると、
「おやの」
もう朝に近い時間だったらしく、草原の遠く遠くから、徐々に明るくなり陽が登り始めた。
お互いに口を開かず、じっと遠い太陽を眺め。
「お腹が減ったの」
「そうだな」
馬もそろそろ起きるだろうから、多少うるさくしても問題もない。
「君の『たまごやき』が食べたい」
「の」
男の保存魔法の様子からして、時間はそこまでは経っていないと教えられる。
血に慣れてきたのか、男が起きるのが一度目より格段に早い。
「今日は卵焼きにチーズを入れてみたの」
「器用だな」
そこか。
「あぁ、味も勿論美味しい」
互いにとにかく空腹を感じているため、すぐに食べられる卵焼きとおにぎりとお茶。
「出汁とやらが欲しいの」
「だし?」
「お主が使っているその容器に入った、荒い柔土の様なそれの、魚とか海藻を使ったものの」
「魚のブイヨンか、もしあっても海の方かな」
海。
しばらく先になりそうだ。
男は、おにぎりも卵焼きも美味しかったと、とてもご機嫌だ。
どうやら1日程度遅れているらしく、また、村へ村へと進む。
足を揃えて小さく揺らすと、
「ん?ご機嫌だな」
男にも言われた。
「お主が起きているからの」
伸びてきた片手で頭を撫でられる。
「血を舐めて、何か変化はあるの?」
聞いてみるけれど。
「これといってないな」
嘘か誠か。
「手の平から、あの『あずき』もでない」
「それは我の専売特許の」
顔を見合わせて笑う。
「……村には、あと、どのくらいで着くかの」
山はもう見えている。
「馬の走る速度が早いから、思ったより早いかもしれない」
確かに、岩も積んでいなければ荷物もない。
「あの狸が寂しがるから、このまま急ごう」
「の?あやつは平気の、と言いたいところだけれどの」
あの、明け方の、
「フーン……」
と確かに聞こえた、寂しげな鳴き声を思い出すと。
仕方ない。
「馬が休憩を申し出るまでは先へ急ぐよ」
「頼むの」
こちらの馬はとにかく歩くのが好きなようで、たまの休憩は、食事や水よりも、排泄を訴えるもの。
それに合わせて馬車から降り、男も荷台から煙草を取り出してきたけれど。
「おいで」
「の?」
残りのアイスクリームを食べさせてくれる。
「んふー♪」
戻ったら、新しい味に変わっていたりするのだろうか。
草原をひたすらに抜けて、岩を見掛けてまた走り。
「もう少しだけど、今日はここまでだな」
「の」
夕陽が落ちかけている。
「……」
「どうした?」
思ったより、長く夕陽を眺めてしまっていたらしい。
夕陽を遮るように男が前に立つと、我を抱き上げて、顔を胸に埋めるように頭を抱えてくる。
「太陽はどこも変わらぬのと思ったのの」
溶けるような橙色。
「夕陽はあまり見るなと言われたな」
「のの?」
「あのオレンジ色は、あまり人にいいものを与えない、しかもあれだけの大きさの、途方もなく力のあるもの、あまり凝視はするなと」
人の体内時計が狂うなどと本で読んだことはあるけれど。
(なるほどの……)
「誰に聞いたの?」
「父だ」
「ふぬ……」
一度くらい、会ってみたかったとも少し思う。
しかし。
「お主と似てるの?」
「若い頃の父とそっくりだと言われる」
ほほぅの。
「父親からして色男だったか」
「……」
照れ隠しか、男は何も言わずに踵を返すと。
我を荷台の脇の敷物の上に、下駄を脱がせて座らせると、1人でテーブルなどを荷台から取り出し始める。
けれど、炊飯器だけは丁寧に両手で手渡され、
「ふふ、ありがとうの」
自然と笑みが浮かぶ。
更に手渡された、小さな木箱に詰められたのは藁の中に埋められた卵。
男の、
「何か作って欲しい」
の意図は察したけれど。
男が肉の入った箱を取り出し、ひんやり魔法の仕組みはとても気になる。
(魔法の勉強をしたいの……)
鍋で卵を茹で、男にまた慎重に薄く切ってもらった肉を、川で冷やして殻を剥いた卵に巻き付ける。
これが今夜のおかずになるため、男にはスープを作ってもらっている。
野菜と燻製肉、今日は缶ではなく生トマトの入ったスープ。
肉に巻かれた卵をフライパンで転がしながら、
(箸が欲しいの)
正確には菜箸。
使ったことはないけれど、練習すれば使えるようにもなるだろう。
(箸を作るには、何の木が向いていたかの……)
箸に向いた強い木を探すところから始めなければ。
赤飯を大きめに握り、男へ。
「うん、うん。どれも美味しい」
肉巻き卵も好評で何より。
「スープも、トマトの酸味が美味の」
さわさわと夜風の吹く草原。
「……朝方に、少し雨が来そうの」
「長く続きそうか?」
「ぬぬ、すぐに抜けると思うの」
「じゃあ、雨が止んでから出発しようか」
「の」
食後は、そのまま敷物の上で、男に絵本を読んで欲しいとせがみ、男のあぐらの中に潜り、男が絵本を広げた時。
「……!!……!!」
村の方の先から、何か聞こえてきた。
「……?」
「ん?」
我の視線に、男も顔を上げ、しばらく暗闇を眺めていると、
「……フーン!!フーン!!」
テーンッテーンッと飛ぶような勢いで黒っぽい塊が近付いてくるのが見え、
「狸擬き!?」
「おぉ?」
「フッフーンッ!!」
ザザザザッ!
と草むらで急ブレーキでもするように敷物の前に止まった狸擬きは、それでも息も切らさずに、尻尾を立てて、ブンブン回転させている。
「どうしたのの?」
何かあったかと慌てたけれど。
「フーン……ッ!」
夕刻辺りから2人の気配は風に紛れ、うっすら感じていた。
なのでそわそわとしばらく待ってはいたけれど、我慢できず待てずにやってきたと。
なんと。
「明日には着いていたというのに」
「フーン」
「案外寂しがりの」
「フーン……」
主不在で新鮮なのは3日ばかり、と告げてくる。
(何とも正直の)
「全く……」
仕方ない、わけでもないけれど、男の膝から降りて、先刻握っておいた朝用のおにぎりを見せると、敷物の上ではなく、草むらにぺたりと足を伸ばして座り、
「フーン♪」
腹の毛で前足の草や泥を拭い、ご機嫌で赤飯おにぎりに噛み付く。
「案外、忠誠心が強いんだな」
煙草に火を点けた男の膝の上に収まり直すと、
「こやつのは、おにぎりに対しての執着心と忠誠心の」
我の答えに、男が小さく吹き出す。
「皆にはちゃんと出てくると伝えてきたのの?」
「ムーン」
口一杯のおにぎりのせいで、返事がむーんになっている。
「ムーン?」
「の、ちゃんと岩は置いてきたの」
「ムーン」
「の?さすが我が主?……明日は季節外れの雪でも降るのかの」
「ムーン」
「春嵐?そうの、足留めはくらったの」
そちらは大丈夫だったかと訊ねると、
「フンフン」
大きな被害はなく、ただ皆が、我と男を心配していたと。
紅い米粒の付いた肉球を舐める狸擬きが、置かれた絵本をちらと見て、
「フーン」
前に投げ出した後ろ足をパタパタさせる。
「……?なんて言ってる?」
男の問いかけに、
「絵本に挟んでいる、栞代わりのあの守り札が気になるらしいの」
めざとい。
「……あぁ」
赤黒い文字色のはずが、元の紙との化学反応か、どうしてか、桃のような色の文字の札。
男が本を取り、札を引き抜き狸擬きに見せると、狸擬きは両前足で受け取り、ジーッと眺めている。
そして、なぜ桃色だと我を見つめてくるけれど。
「我も知らぬ。元の紙の素材と色素が反応したのだろうの」
狸擬きは、折り紙の様に大事そうに持って、小首を傾げて眺めていたけれど、
「……」
黙ってこちらに返してくる。
「思ったより汚れておらぬの」
「フーン」
「なるほど、山に行ってないと」
前足をぬっとこちらに向けてきたため、男の膝から降りて四つ足だけ拭いてやると、敷物の上に上がり、
「の?」
珍しくぴとりとくっついてきた。
「おや、甘えん坊の」
「フゥン」
男がお茶でも淹れようかと荷台へ向かい、夜のお茶とおやつ時間。
狸擬きは、狼たちとではなく、姉の家で、姉と食事と、寝床も、敷物を敷いてもらい、姉の寝室で寝ていたと伝えてきた。
「なんと、……本当に礼を弾まんとの」
「そうだな」
男が焼き菓子の入った箱を開く。
狸擬きに、姉の好きなものを「りさーち」したかと訊ねてみるも。
「フーン」
姉は可愛いものが好きだ、と。
「……姉の部屋の小物見れば、我にでも解るの」
何の参考にもならない。
そして、
「のの?お祭りの?」
春先に豊作か何かを願う祭りがあり、そして、草原に岩が置かれ、新しい道標が出来たであろう祝いも込めて、近々祭りが開かれると。
「ののぅ」
(軽く依頼されたけれど、結構重要な仕事だったのの……)
山の方も、別の道で向こうから行商人が増えていると言う。
狸擬きは、
「狼たちと一緒に羊を追い回したけれど、羊たちはあまり言うことを聞いてくれないどころか、なぜか羊たちに仲間として認識される」
と不思議そうに首を傾げ、男に伝えると男が身体を揺らして笑う。
若干でも似ている自覚はないらしい。
山の方は数日は行っていないけれど、主様が戻ったらまた行きたいと。
正確には、更に奥の山にも行ってみたいけれど、狼たちは、縄張りではないため、それと飛び越せない崖もあり、なかなかに難しいと言う。
「橋を掛ける程でもないのかの」
「村は食べ物にも困ってないし、リスクを負う必要がないんだろうな」
ふぬ。
温い紅茶と、甘い焼き菓子で、お腹は更に満たされ温かくなり。
「あふぬ」
欠伸が出てきた。
荷台で男の腕に包まれる我の背中にも、狸擬きの毛がもふりと当たる。
いつもは閉じた幌の前で、門番気取りで寝ているというのに。
男もさすがに唾液は欲しがらず、
(そう言えば、男も狸擬きも静かに寝るの……)
「……」
静かな騎士たちに囲まれて眠るもの、そう悪くはない。




