95粒目
姉も仕事があるため、我は狸擬きと共に宿へ戻り、荷台から風呂敷に包んだ炊飯器を取り出してから部屋に戻り、また椅子を窓際に運び、椅子によじ登り、外を眺める。
狸擬きは、同じく荷台から持ってきた折り紙をベッドに置いて眺めている。
外には興味がないらしい。
折り紙はやはり草臥れる様子はなく、折ったままの姿で、凛と佇んでいる。
ふぬ。
「何か折ろうかの」
「フーン♪」
狸擬きが嬉しそうに、小さな丸い目を半月型にする。
立体の兎を折ると、
「?」
長い耳を、不思議そうに爪先でつついている。
「我の知っている兎の、耳が長いの」
ほう、と言わんばかりに瞬きし、
「フンフン♪」
気に入りました、と前足に持ち、まじまじと眺めている。
「あぁ、戻ってたか」
安堵した顔で部屋に入ってきた。
狸擬きの持つ兎を見て、とても上手だと褒めてくれてから抱き上げられる。
しかし耳の長さで、狸擬きと同じやりとりをしてから。
「岩運びを手伝って欲しいと頼まれた」
ふぬ。
「返事は?」
「君に相談してからと、まだ保留している」
「よいの。山はしばらく具合が悪そうだしの」
村長には、体よく我らが暇なのがバレたのだろう。
集会所へ向かう前に、大爪鳥の寝床へ向かってもらう。
「こう、なんの、草原に木を打ち付けて目印などはしないのの?」
「それも案に出たけれど、余計な木の予備などが、今は全くないそうだ」
確かに、呆れる程の数が必要にもなる。
草原に立つ、ごく稀にある高い木なども、男がまめに地図に場所を書き込んでいるため、あれだけでも、だいぶ参考になると。
鳥たちも多少忙しくなっていそうだけれど、昨日話を聞きそびれた2羽が、ちょうど鳥舎から出ていた。
1匹はこれから、1匹は帰ったところらしい。
「少し良いかの」
柵の外から声を掛けると、
『あぁ、人の子の姿を模したお方』
『お?摩訶不思議なお方だ』
2頭がこちらを振り向き、敵意悪意共になく応えてくれる。
「この男伝に、人間に何か伝えることがあればの」
『そうだな、休日のおやつの量を増やして欲しいですね』
『こいつのイビキが響く、防音を頼みたい』
『こっちだって、お前の屁で起きてしまう』
声は少年に近い青年、もう1羽も声の低さはあれど若い張りがある。
「ぬぬ。防音はこう、難しそうの……」
今のこの世界の技術では、壁を厚くするくらいだろうか。
『あぁほら、お前のせいで摩訶不思議なお方が困っている』
『冗談だよ、私もおやつの量を増やして欲しいかな』
冗談か。
「しばらく仕事が増えるかも知れぬの、仕事の方で何かあればの」
『今の倍は荷物は持てるから大丈夫だと伝えて欲しい』
『私は別の場所に行ってみたいよ』
『うん、それはいいな』
別の場所に。
花の国の話をし、荷馬車で5~6日は余裕でかかると話すと、やはり。
『うーん』
『厳しいな』
人間たちが中継地点を考えているらしいとも話したけれど、やはり先は長そうだ。
それより。
「お主等は人を運ぶことをどう思うの?」
ずっと気になっていたのだ。
『人を?死体ならなんとか』
『責任重くて嫌だよ』
「繊細な卵も運ぶのであろうの?」
『卵は代わりがあるけど、人はないですから』
「ふぬぬ」
なるほど。
どうやら、もうしばらくは滞在することになりそうだから、何かあればと言い置いて、大爪鳥の建物と比べると小さな鳥舎から出てきた人間に、おやつの増量の旨などを、男伝に伝えてもらう。
鳥達の要望も。
(なんとも平和そのものの)
そして。
我等の仕事は。
「『草原に石を運んで置いて帰る』の。子供のお使いの」
「一度通ってる道だから、一員として任せやすいんだそうだ」
実績がある、と言うやつであるの。
「褒美で牛一頭分くらい貰えぬかの」
「半分かな」
「なら、残りは甘味で負けてやろうの」
「ふふ、そうだな」
のの、我は本気なのだけれど。
「たぬぞう、お主はどうする?」
「……」
狸擬きは首を左右に傾げ、迷いながらテコテコ付いてくる。
「岩は重いけれど、馬は岩の重さを牽けるのの?」
「重い荷物が他にないからな、今も結構な重量を運ばせているけれど、ケロリとしているだろう」
確かに。
では。
「我等だけで」
「ん?」
「我等だけで岩を馬車の荷台に運び、草原まで置いてきたいと条件を付けるのは、不自然の?」
男が足を止める。
「……君なら、あれくらいは余裕で持てるか」
「割れたものならの」
本当は割れてなくともあの程度は持てる。
けれど、それを、この男にも隠すのは。
(のの、これは恥じらいという乙女心の?)
無意識に握った手を胸に当てると。
「そうだな」
男は立ち止まったまま、
「気楽でいい」
と我を抱き上げてくる。
「荷台へ乗せる方法を聞かれたらどうするのの?」
「それは……」
男は、再び歩き出しながら、
「そうだな、行商人のトップシークレット、で貫き通すのはどうだ?」
目を細めるその悪戯っ子な笑みに、
「くふふっ、それで通じるのかの?」
我も男にしがみついて笑う。
「あぁ、きっと通じる」
そうだ、ここは魔法の世界。
秘密の1つや2つも、きっと珍しくない。
集会所へ戻る途中に、遊ぼう遊ぼうと誘いにきた狼2頭に、尻尾を振りながら、ポーンッと跳ねるように狼たちと走っていく狸擬き。
仲良くやっているようだ。
あの様子だと。
(狸擬きは留守番かの)
集会所にいる村長に、条件付きの了承を貰い、岩を乗せる牽引用の荷台を借りて宿に運び、数日分の移動のため、布団や調理道具を乗せ変える。
ふと気になり。
「の、お主は牛を操縦したことはあるのかの?」
訊ねてみる。
牛歩という言葉があるくらいだ、のんびりな分時間がかかりそうだけれど、
「んん、駱駝はあるけれど、牛はないな」
「駱駝の?」
「ん?気になるのはそっちか」
荷台に乗り、男から荷物を受け取り積んでいく。
宿から出てきた青年が、
「?」
と荷物を詰め替える姿に、男が岩を運ぶことを話している様子。
すると、青年が何やら身振り手振りでこちらを見て、男が手を止める。
(のの?)
顔を覗かせると。
「数日程度なら、君を置いて行けばいい、宿で、なんなら自分の家で預かると、彼が申し出てくれている」
と教えてくれる。
申し出は有り難いけれど。
「我がいなければ岩が運べぬの」
企業秘密ならぬ、行商人秘密。
この青年が、純粋に我を妹的な立場で好いてくれ、心配してくれているのは解る。
しかし。
男が肩を竦めながら何か伝えると、青年は苦笑いで折れた気配。
「……何の、自分がいないと我は眠れないとでも言ったのの?」
「いや」
「お漏らしするとでも?」
「言ってない」
男は笑いながら、でも教えてくれず。
夕食の後、夜のうちに、狸擬きにおにぎりを多めに握っておき、風呂敷に包む。
「もし他の狼が欲しがった時は、ちゃんと皆に分けてやるのの?」
「フーン♪」
返事だけはいい。
「……さてはお主、我がいなくても、おにぎりだけあればよいの?」
「……フ、フーン?」
気まずそうに目を逸らされた。
「ぬ」
男が窓際で煙草を吸いながら笑っている。
あの姉にも、狸擬きを数日、狼舎の方で預かって欲しいと伝えてある。
姉は快諾してくれ、謝礼とは別に、何か渡したい。
「あの姉が何が好きか、りさーち、を頼むの」
「フーンッ」
任せろと言わんばかりに前足を上げるけれど、不安しかない。
翌朝はまだ夜が明ける直前の薄暗い中。
男が馬を引き連れてくると、宿の青年が、布の掛けられた籠を持ってきて、手渡してくれる。
「のの……?」
「朝食だそうだよ」
仕込みの時間の前とは言え、随分な手間だろうに。
「ありがとうの」
伝わらないけれど礼を伝えると、青年の笑顔。
青年の見送りで、まだ家畜や獣たちの小さな寝息や寝言が聞こえる村を出ようとすると、
「のの……」
いつの間にか青年の隣に、狸擬きがちんまりした4本足で立っていた。
我等が部屋から出る時は、引っくり返って鼻提灯まで拵えて眠っていたくせに。
けれど付いてくる気はなさそうで、小首を傾げて見送ってくれる。
「行ってくるの」
万が一、我等2人に何かあっても、ここなら、狸擬き1匹くらいなら、面倒を見てくれるだろう。
手を振り、村を出る。
と言っても、しばらくは村の広い広い放牧場の敷地を抜けていくだけだけれど。
「朝食の手間が省けたの」
膝の上の籠の布を捲ると、サンドイッチが詰まっている。
「君のあのおにぎりを食べる機会が減った」
大人げない男の溜め息。
「村に戻るまでに何度でも食べる時間はあるの」
山の方にあるのは、大爪鳥の鳥舎や小さな用具入れの建物など。
それらを脇目に通り過ぎ、草原を越えていくと、少しの石が混じる地面になり、低い木々たちが山を覆い始めるのが見えるも、山の1部が見事に削れ剥き出しになりつつある。
馬車に岩を牽かせるための、低い屋根もない牽引荷台が、頑丈な金具で荷台の後ろに留められている。
崩れた岩の先に更に進んで貰い、崖崩れの先で馬車を止めると、
「どうした?」
男も付いてきた。
「この泥たちと共に流れてきたこの木、あの甘い白桃の木の」
葉に特徴があり覚えている。
実はまだ付かず、男に川へ運んでもらい、水で泥を流す。
川もまだ泥にまみれてはいるけれど、流さないよりかはましで、ほどほどに泥の落ちた木を牽引荷台の端に置く。
「岩はどれが良いの?」
川の浅瀬に転がった岩の前に馬車を停め、草履足袋を脱ぎ、男を振り返る。
「その手前の扇形になってるのがいいかな」
「の」
ゴツゴツと歪に割れ転がった岩を、
「ふぬん」
持ち上げると、風船は言い過ぎだけれど、そこまで重くはない。
我が重くないと言っても、雑に置くと牽引台が壊れるため、せいぜい静かに、でこぼこの鉄板の上に敷かれた大きな布の上に岩を乗せると、
「凄いな」
頭を撫でてくれる。
「ぬふー」
ベンチに座らされ、足袋と草履を履かせて貰い、ちょっとしたお姫様気分になる。
馬たちが一気に重くなった荷に一瞬怯むも、ブルルッと鼻を鳴らして歩き出す。
「足の太い馬たちは、わりと自分の身体を鍛えるのが好きなんだ」
「ののぅ?」
ほうほう、だから山道も張り切って進むのか。
(広い世の中、色々の……)
村の脇を抜け、村の敷地からも抜けると、草原に陽が少しずつ昇ってくる。
馬車を進めながら、サンドイッチを摘み、もうしばらくは見ることのない景色だと思ったのに、こんなに早く見ることになるとは。
景色にも飽きてくると、男の膝を枕にして寝転がり、頬を擦り付ければ。
「……くすぐったい」
男の変に硬い声に首を傾げつつ、また頬を男の太股に押し付けて、揺れる馬の尻尾を眺めていると。
「……」
そのまましばらく眠っていた。
草原をひたすら進み、地図を見て、男がごくたまに地図に印を描き込む。
我は画板で、摘んだ花を見て絵の練習をしたり、画板を板にして、
「ぬんっ」
集中して折り紙を折り。
腹に息を吹き込み膨らませ、
「の、お魚の」
男に見せると、
「あぁ、とても上手だな」
男の笑み。
「んふー♪」
見えてきた小川で休憩をしようかと男が馬車を停め、ふと、好奇心で、魚の折り紙を川に浮かせるように水面に置いてみれば。
パシャン!
と音を立て。
「のっ?」
「んっ!?」
紙の魚が水面を跳ねて水に潜ると、川の流れに逆らい、すいすいと泳いで消えてしまった。
「……のぅ」
「……」
男と顔を見合わせ、
「あまり集中して折り紙を折るのは、その、やめるの」
「そうだな……」
あれは、どこまで向かうのか。
そもそもあやつは紙。
そのうち流れる水に溶けて、姿もあやふやになる。
しかと短い命。
馬に水を飲ませ、先へ先へ。
腹が小さく音を立て、
「そういえば朝が早かったな」
「の」
食事にする。
炊飯器に小豆をセットし、男は2人分だから手伝いは大丈夫と言うため、近くを流れるせせらぎで、小豆を洗う。
「あーずき洗おか、アイスクリーム食べよか♪」
しゃきしゃきしゃき
しゃきしゃきしゃき
「あーずき洗おか、なーに味にしよーか♪」
しゃきしゃきしゃき
しゃきしゃきしゃき
ふふん、ふふん♪
ふふん、ふふん♪
満足して、しばらく小豆を乾かし、男の元へ向かうと。
「……何か、やけに御馳走の」
一口大の角切りステーキの準備に、野菜たんまりスープ、芋を濾した、あのマッシュポテトに、添え物の茹でられた人参などの根菜もある。
「気のせいだ」
男の笑顔が不自然極まりない。
「……」
(姉、いや、青年に対抗したの……)
大人気ないと思うべきか、可愛いと思うべきか。
「狸擬きにバレたらまたうるさいの」
こんな御馳走を食べていると知ったら。
いや、あやつならここまでも駆けてくるのではと振り返ったけれど、どこまでも広がる草原には、蝶々と空に小鳥の姿。
「アイスクリームじゃないからな」
「くふふ、そうの」
炊飯器がピーッと音を立てると、男が肉を焼き始める。
ぎゅむぎゅむとおにぎりを握りながらテーブルを眺め、
「あれの、これは『盆と正月が一緒に来た』と言うやつの」
「?」
「祝い事が重なるって意味の」
「祝い事か……」
2人でいただきますをし、
「たまたま何かのお祝いでのお祭りに出くわしたことはあるけれど、村や街に寄って色々と違うな」
「ほほぅの」
娯楽が少ないため、何かとかこつけての祭りはあるらしい。
(その辺はどこも同じの)
愉快な気分になると、
「……君の方は?」
男が聞いてくるのは珍しい。
「そうの。少数民族を除いて、新年の、新しい年になったお祝いは、同じ日に世界中で行われていたの、まぁ、それも、つい近年の話だけれどの」
「そうか」
男は凄いなと答え、それ以上は聞いてこない。
「の、お主にも、誕生日があるのの?」
生まれた日は当然あるだろうけれど、男は我の言葉を汲み取り、
「あぁ、弟と一緒に祝われていたよ」
そう教えてくれた。
「それは素敵の」
男があまり、我のことを聞いてこないのは、我のいた国、世界のことを訊ねることによって、より、男と我との隔たりを感じるからだろうか。
「……」
再び馬車で移動を始め、男の腕に頭を擦りつけながら、
(身体はこんなに近いのにの……)
それでは駄目なのかと、ついぞ不思議に思うのだ。




