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54粒目

組合の前に置かせてもらっていた馬車まで戻ると、馬車の前に、あの王子の従者の双子がいた。

あの時よりだいぶ街に馴染んだ格好で、おそろいの胡桃ぼたんの、厚手の羽織りものを着ている。

(のーぅ)

すでに逃げられないように待ち伏せされていた。

(用意周到の)

いつからかは知らぬけれど、いつ我等が来てもいいように、手配されていたのだろう。

我等の馬車の手前に鎮座している、どうやら我等を乗せるためであろう小さな馬車も、華美さは欠片も見られない。

その見た目の華美さこそないけれど、中はしっかりと人を運ぶための作りになっており、座れば布張りの座席は大変に座り心地よく、男にも、我等の荷馬車も似たような仕様してくれと視線で訴えるけれど、すっとぼけるつもりか目を合わせて来ない。

狸擬きも隣におとなしく座っている。

「城へ向かうのですか?」

とでも聞いている男に、双子がかぶりを振る。

男の通訳だと、あくまでも次男のお友達、であり、今日は王子はお友達と遊ぶ日で、城の近くの店に王子が待ってると。

それはそれは。

(逃げなくて正解だったの……)

すでに昨日、隣の村から、報告がなされていたのだろう。

しかし、王子自ら城の外へまで出てきているとは。

とんだ待ちぼうけをさせるところだった。

さすがに不敬が過ぎる。

店が近づくに連れ、街を歩く人々の視線や、人の放つ空気がほんのりと変わっていく。

その空気と視線で、明らかに警戒されているのは分かるけれど、隣の男はともかく、こんな幼子1人と狸1匹に何が出来ると思うのか。

少し高そうな、喫茶室が併設されている菓子店の前に、馬車が停まった。

喫茶室は貸し切りらしく、王子の従者に囲まれていなければ、もっと楽しいティータイムになるのに。

天井も吹き抜けで、あの雪の宿のように床も壁も、艶々に磨かれている。

小麦の菓子の並ぶ売り場を通り抜け、喫茶室へ向かうと、少しそわそわしていた王子が、パッと笑顔になった。

男に手を繋がれた我にも、狸擬きにも笑顔を見せてくれる。

そして、王子の隣には知らぬ子供がいた。

いや、子供と言えど12、3歳程度と思われる少女。

王子と同じくお人形の様な金髪を纏め上げ、王子よりも水色がかった瞳でこちらを凝視される。

可憐なドレスも、髪飾りも、瞳の色と同じ淡い水色。

妹なのだろうけれど、この従者たちの数と警戒心の高さに合点がいった。

多少のリスクを犯しても、拐う価値のあるお人形っぷり。

王子も、妹も。

なるほど、得体の知れない行商人などに懐けば、警戒もされるのは無理もない。

雪の宿ではさぞハラハラしたことだろう。

妹の興味津々な視線は、こちらの、我の着るものと履き物にある。

何か挨拶してくれているけれど、全く聞き取れない。

せめて大人しくしていると、男が抱き上げてくれ、分厚いクッションが更に重ねられた椅子に座らせてくれた。

狸擬きもぴょんっと身軽に椅子に座ると、紅茶と思われる飲み物が運ばれてきた。

周りの席に座る従者は、雪の宿で見た者たちもいる。

宿に居なかった年寄りは、城専属の従者なのだろう。

出されたのは見慣れてきたクッキーやサンドイッチだったけれど、

(ぬ……)

さすがに王族御用達だけはある。

(質の良さとは、こうこいうことを言うのかの……)

と思わせる美味しさ。

従者たちの警戒の目は絶えずあるものの、ほんの僅かに、前足の爪先でクッキーを摘まんでは、口に放り込む狸擬きに注意が向いている。

好奇心には逆らえないらしい。

その狸擬きは、鼻先の下で、紅茶を音もなく優雅に啜り、どうやら我と同じく、王子の立ち振舞いを模倣しているらしい。

そして我は、目の前に並ぶ、テーブルの上の一通り菓子を貰い、摘み終わったら、飽きた。

紅茶のおかわりが注がれ、 その丸いフォルムの、見た目が愛らしい陶器のポットが気になるけれど、馬車で山にでも登れば、粉々になって一瞬でポットの生命は終わるだろう。

荷台では、せいぜい漉し器で、頑丈なカップに湯を注ぐのが精一杯。

そう言えば、宿の書庫にあった本の挿し絵に、

(茶葉を薄布に包んで、大きめの容器に、フルーツの皮と共に放り込んでいた絵があったの……)

良い香りがしそうだ。

いつか試してみたい。

「……」

意識を今に戻し、改めて周りを見回すと、王子と姫の楽しげな笑い声に、従者たちも、顔には出さぬものの少し緊張が解れ、嬉しそうな空気が伝わる。

第二王子は、どうやらとても従者たちに慕われているらしい。

ドア付近に立っているのは、宿でメイドに扮していた女で、椅子から降りると、今日は近衛兵の様な格好でいる、凛々しい女の前に立つ。

じっと見上げると、女は少し戸惑った顔をしたあとに、けれど、屈み込んで視線を合わせてくれた。

袂からメモ帳を取り出し、椅子から降りる時に、男のパンツのポケットからちょろまかして来たペンで、

「おはなしがしたい」

と書いてから女に見せる。

女は驚いた顔をした後に、ちらとテーブルの方に目を向けると、王子か執事の許可が出たのだろう。

別のテーブルに、背後から抱えられて椅子に座らされると、

「どのようなお話を」

(のの、達筆の)

「甘いお菓子を食べたい」

と書くと、意図が伝わったらしく、

「山の向こう、花の国が特に甘いものに力を入れております」

ふぬ。

「隣の国は?」

「繊維が盛んです」

繊維とな、布か。

「お主は行ったことはあるのかの?」

「どちらにも。第二王子の外交のお供で何度か」

「甘いものは食べたのの?」

「少しばかり」

ふふっと女が微笑む。

女も絵が上手く、男とは違う、でふぉるめな描き方で、あのくりーむの乗ったクレープを描いてくれ、

「のおおお……」

これの、我の食べたいものは。

いつの間にか狸擬きも同じ席に着き、クレープの絵を眺めている。

「お嬢様はどちらかいらしたのですか?」

「石の街の更に向こうの」

「岩、ではなく?」

「それのもう少し先の」

いやだいぶ先か。

「そうですか。何分不案内で……」

「岩の街は知っておるのだの」

「はい、こちらにも卸してもらっているので」

なんと。

別の経路から来ているのだろう。

女は岩の街へは行ったことがないと言い、まぁそうか、街と言えども、ただの大きな問屋街だものなと思っていると、

「何を話してるんだ?」

不意に男が背後から我に顔を寄せて、テーブルに散らばる紙を覗き込んできた。

男の相手の王子等はどうしたと思っていると、王子と姫は、外からやってきた従者に何か伝えつつ、話し込んでいる。

ニコニコしながら、ちらちらとこちらを見ているけれど、ろくな予感がしない。

そう、こういう勘は獣故、尚更よく当たる。

何とか逃げる算段を、狸擬きを腹痛にでも仕立てるか、いや、城専属の医者に見せようと城に連れて行かれるなと、眉が寄り掛けた時。

ピチ、ピチ……ピチチッ

と、店の外から白い小鳥が、ホバリングしながら、鳴き声を上げている。

しかし城からの遣いではないらしく、外で待機している門番も戸惑っているため、

「……失礼」

男が少し早足で店の外へ向かうと、鳥は男の肩に留まり、男が手紙を取り出した。

白い小鳥は形はひよこに似ており、小さき姿がまた可憐である。

男は肩に小鳥を乗せたまま足早にこちらにやってくると、

「あの(むすめ)から、助けて欲しいと連絡がきた」

「の?」

あーむ、と飽きもせずにクッキーを口に放り込んでいた狸擬きも、男に鼻先ごと視線を向ける。

男は、

「知り合いの旅人に少し厄介ごとが起きた、助けに行くため申し訳ないがここで失礼する」

的な事を伝えたらしく、王子たちが慌てて立ち上がる。

姫も落胆してるけれど、もう十分に顔を立てることはしただろう。

落書きを纏めて鞄に落とすと、男に抱き上げられ、乗せられて来た馬車へ向かう。

帰りは、我と話をしてくれた女の従者が同席してくれ、男と話している。

男の話にうんうんと頷き、納得した表情を見せたため、王子たちにも伝わるだろう。

組合の前で下ろされると、男が組合に向かい、鳥を飛ばしている。

女の従者は、我等が出発するまで見送ってくれ、ここでもまた大量のパンと小麦粉を土産に貰えた。

もしいつか再会があれば、また話したいと思う。

馬車を出す男から話を聞くと、あの若い女の乗る馬車の車輪が壊れたと。

馬車の命綱とも言える、替えの車輪はまさかの積み忘れ。

父親に鳥を飛ばして助けを求めれば、一人前と認めて貰えず、また見習いに立場が下がってしまうと。

「まぁ城に夕食を招かれて、そのまま泊まらせられる羽目になるところから、ある意味、面倒から救ってくれた恩人だ」

「のっ?」

そんな話になり掛けていたのか。

「あぁ。王子が1人旅をしたがったのも、冒険者になる夢があるらしい」

「ふぬ」

なかなかに壮大な夢がある。

「この間の旅で、自信が付いたと」

「……の?」

「あの旅で、一人前になったと」

「……のぅ」

それは。

なんとも。

ふぬ。

隣で欠伸をしかけていた狸擬きすら、目を点にしている。

「父親、うん、王様に、自分が冒険者になることを後押しして欲しいと、頼まれていたんだ」

「の、のおぉ……」

まさに、絵に描いた様な、

「井の中の蛙、の」

「ん?」

説明すると、男は声を出して大笑いした。

「そんな言葉があるのか」

「こちらに似た言葉はないのの?」

「手の平の妖精、かな」

また皮肉の効いた。

「いや、大事に育てられた的な意味に近いよ」

ほうほう。

「こちらには悪意のある言葉が少ないの」

「そうだな。……くくっ」

井の中の蛙、が余程気に入ったのか、また笑っている。

「あの若い女は?」

「馬車が動けないだけで怪我はないそうだ。狼のために悪路を選んだせいだろう、それで人も通らないから、こちらを頼るしかなかったと」

男が飛ばした鳥は、いち早く若い女の元へ向かっている。

手紙が届けば女も安心するだろう。

多少は急いだつもりだけれど、若い女の元へ辿り着いたのは、それでももう陽が暮れた後だった。

山の近くに着いてからは、気配を辿り、狸擬きに頼み先に走り探して貰い、こちらは暗くなり始めた道を目をすがめ、危険がないか確認しつつ進んで貰う。

結局、川沿いからも外れた、思った以上に山の獣道で、若い女と狼、馬車が停まっているが見えた。

若い女はすっかり落ち込み、作業は朝にしようと、若い女の小振りな天幕にお邪魔して料理をする。

場が狭く悪く、こちらの天幕を張れる場所がないのだ。

硬めのパンに焼き色を付け、チーズと薄い燻製肉を挟んだもの、肉と野菜と牛の乳のスープ。

(この男の作る料理は何でも美味の)

若い女は食べるまでは肩を落としていたけれど、食べ終える頃には、男がしたらしい慰めや、どうやら男の過去の失敗談を聞いて声を出して笑い、

「ありがとう」

と言うように頭を下げている。

狼は夜に天幕から抜け出すことはなく、こちらは荷台で男と狸擬きに挟まれて眠る。

小麦の国からは逃げるように出てきてしまったため、諸々の補充をしていない。

隣の国までは余裕だと言う男の言葉に、

「心配はしていないの」

と目を閉じ掛けかけたけれど。

「……」

何となく、手を伸ばして男の髭に触れる。

「ん?」

くすぐったそうに男が小さく笑い、

「どうした?」

頭に唇を寄せてくる。

「お主も失敗をしておるのだの」

行商人、旅人への声かけ助け合いは、そういう経験あってのことだろう。

「失敗ばかりだし、今も失敗している」

「ぬ?」

失敗などあったか。

「君に、お目当ての甘味を食べさせられていない」

(のっ)

「我はそこまで甘味に執着しておらぬっ」

男の腕の中で暴れると、

「あははっ冗談だ」

荷台が揺れ、狸擬きの迷惑そうな鼻息。

(ぬぅ……)

「君をこんな荷台で寝かせてばかりだしな」

「……それは十二分に承知の上の」

お主がいればそれでいいと言ったろうと、胸に額を擦り付けると、狸擬きが、尻尾をポスポスと敷物の上に叩きつける。

「ぬ?そうの、お主もの」

男は我の隣に立つ者だけれど、狸擬きは我の一部に思っているし、実際そう感じている。

それが伝わったのか、狸擬きはくるりと丸くなり、我の背中に背中の毛をくっつけると、すっと眠りに落ちていくのが伝わる。

あぁ。

我の一部が寝たのだから、我も眠らなくてはならない。

目を閉じると、男のシャツを掴んでいた手を取られ、手の甲に唇を触れられ、

「……」

無言の、おやすみの挨拶をされた。

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