45粒目
宿へ辿り着くまで、道に多少迷い、更に雪にまみれた岩肌が剥き出しの道に出たけれど、狸擬き曰く、道はここで良いはずだと。
そして、辿り着いたその道は、崖崩れで大きな岩がゴロゴロと落ちていた。
「……あぁ」
男は額に手を当てて天を仰ぐけれど。
「ふぬん」
大したことではない。
「ぬん」
手前の岩から持ち上げて、崖下に落とす。
遥か下には何も、少なくとも人はいないのは、狸共々に耳を澄ませて確認済みで、そして1つでもでかい岩が落ちてくれば、下にいる獣たちは一目散に逃げていくだろう。
大きな石を持ち上げては、崖下へ落としていく。
狸擬きには先の道を見てもらいに走ってもらっているけれど、どこまで行ったのやら。
「君は空気でも運ぶように岩を運ぶな」
馬車が通れるくらいになると、小さな石を落としていた男と、狸擬きが戻るまで並んで崖に腰を降ろす。
「我は力には自信があるの」
それに、少しは役に立てて良かったと安堵の気持ちもあり、ふふんとしたり顔をして見せると、
「あぁ、いくつも魅力がありすぎて困る」
にこりと微笑まれる。
(ぬ、ぬぅ……)
「なぜお主は、言葉をそうはっきりと告げてくる」
「?……本当のことを言うのは間違っているのか?」
間違ってはいない。
むしろ正しいのだろうけれど。
「その……ぬぬ」
「……?」
「我のいた所では、わりと、曖昧さや遠回しな表現が好まれていたの」
「???」
男の複雑極まりない顔は、以前、我から聞いた荒廃した街の印象と不釣り合いで、理解が追い付かないらしい。
顎に握り拳を当て、しばらく長考していた男は、
「昔、雪が降る場所にいたんだ」
思い出すように遠くに目をすがめた。
「頼まれた仕事だったかな」
「の……」
「初めて見る雪にも驚いたけれど、雪の中で花が、早咲きの花1つがパタリと落ちて、そのあまりの潔さに驚いた」
椿のような花なのだろうか。
「雪の中でもその花は可憐で、落ちても尚、凛として見えた」
あぁ、想像に容易い。
「君を見て、その花を思い出した」
男は我に視線を向け、
「遠回しとは、こういう事ではないのか?」
聞かれたけれども。
「う、ううん?」
我にも解らぬ。
素直に礼を言うべきか、いや、わりとまだ直接的だというべきか。
それも顔に出ていたのか、
「難しいな」
男は肩を竦めて笑う。
「その花は、我のいた国では椿と言うけれど、同じ花の?」
「つばき……」
「漢字は、いや、ここにはなかったの。木、あの木々たちのきに、はると書いて椿、春の訪れを告げる木と書く。他にも幾つかの意味はあるらしいけれどの」
他は覚えていない。
「なるほど。……うん、君の唇のような艶やかさで、色もそっくりだった」
「……の」
多分、椿と似ている花なのだろうけれど。
やはり何ともさらりと言い切ってくる。
男が我に驚くように、こちらも男には何度も驚かされているのだ。
しかも、よくこれで女たちに勘違いをされてこなかったものだと思う。
煙草を取り出す男の横顔を見上げ、
(いや、存分に勘違いさせてきたのかの?)
と、口を開きかけた時。
フーンフーンッ!
と狸擬きが弾丸のように走ってきた。
「おや、おかえりの」
フンフンと鼻を鳴らすものの、息一つ切らさず、
「この先は問題はない、しばらく前に、ここまで来たけれど岩で引き返した馬車の匂いが残っている」
と。
越えようとチャレンジしようした者がいるらしい。
あえなく失敗しているが。
それを男に告げると、
「道は合ってそうだ、先に行こうか」
と立ち上がったけれど。
狸の、ガーンッと言わんばかりの硬直に、
「わかったわかった、お茶をしてからにしよう」
男が笑う。
狸擬きは、果実のジャムそのものは別に好まないけれど、紅茶に落とすと喜んで飲む。
我は別々の方が好きなため、男から匙で掬ってもらう。
先へ進むと、また雪に覆われた樹木が徐々に現れ、降りだした雪の中、また淡々と進む、異世界の旅路。




