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42粒目

翌朝、重そうな雲が空に掛かり、村で食事をしようかと片付けをして出発する。

狸擬きは飽きもせず、荷台で3頭の竜の折り紙を持ち眺めている。

狸擬きの理想の姿であったりするのだろうか。

あまりに夢中で朝の赤飯おにぎりの催促すらしてこない。

少しばかり道の悪い岩の道だけれど、馬たちはなんでもなさそうに登っていく。

「丈夫な物しか乗せていないから大丈夫だ。壊れ物や繊細なものは鳥達が運ぶことが多いな」

しかし、鳥の数が圧倒的に少ないため、行商人として仕事が出来ていると。

男はそう言うが、距離、言葉の有無も大きいのは確かだろう。

見晴らしのいい、と言っても雲が低く覆い、景色はこれっぽっちも見えない場所で、お茶だけ淹れて、荷台の後ろで立ったまま飲むと、ようやく狸擬きが、腹が減ったと訴えてきた。

「降りたら村があるからもう少し我慢してくれ」

「……」

男の言葉に、無言で尻尾を床に叩き付け、不満を訴えてくる。

「では夜にもう1つ新作を作ってやるから我慢するの」

「……♪」

今度は太い尻尾をフリフリ。

「珍しく先を急ぐの」

「しばらく行ってないからな、色々変わっていたら、その後の動きを考えなくてはならない」

城の事があったからだろうか。

「それも少しあるかな」

なら急ごう。

馬はやはり踏ん張りも利く。

緩やかな下りもそうでない下り坂も何のそのと進み、下るに連れて雑草や木々が増え、遠くに茶色い建物がポツポツ纏まって建っているのが見えてきた。

が。

(のの、浅瀬の川があるの……)

ここからは少し外れているけれど、村の方に続いている。

そわそわしてしまうと、男が、

「村は見えているし、少し休憩して行こうか」

道を外れ、狸擬きが、

「男は幼子には甘い」

と不満そうな空気を出している。


「あーずき洗おか、しーろから逃げよーか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

「あーずき洗おか、マーフィン食べよか♪」

しゃきしゃきしゃき

しゃきしゃきしゃき

ふふん、ふふん♪

ふふん、ふふん♪


曇り空でも、良いしゃきしゃき日和には変わらぬ。

男は煙草を吹かし、狸擬きは、笹のような葉を見付け、笹舟を作っては流している。

村の方へ笹舟が着くのが先か、我等が着くのが先か。

(ふぬ、確かにお腹が減ったの)

そこそこで切り上げて、村へ向かう。

川を挟んで反対側に畑や牛がいるのが見えた。

道に近い場所に家にしては大きな二階建ての建物があり、

「空いていればあそこに泊まれる」

宿屋らしい、

人は少ないから泊まれそうだ。

そもそも、旅人の馬車は一台も停まっていない。

村人は皆、畑や牧場の小屋、隣の村などへ行っていると男に教えてもらう。

馬車の音に、少し屋根に角度がある、開きっぱなしの宿のドアから、そこの女将と思われる、小柄でふくよかな中年程度と思われる女が出てきた。

変わった客には慣れているのか、男、我、狸擬きと見ても怯まずににこりと微笑む。

馬車から降りた男が我を抱き上げ、部屋は空いているか的なことを訊ねている。

女将は頷き何か言いながら宿へ向かい、それに続くと、

「お……?」

「……ぬ」

「……」

食べ物ではなく、花のような匂いがする。

匂いの元を辿ると、細い数本の足のある金属の受け皿の下にまた皿があり、そこでは小さな石が燃えており、その上に、水ではなく油が浮き熱しられている。

(お香の類いの……?)

狸擬きもスンスンと宙を嗅いでいるけれど、苦手ではなさそうだ。

女将が何か花の香りだと言ってるようだけれど、何も聞き取れない。

逆に何か聞かれるのも答えられぬし面倒で、男の首にしがみついて顔を埋めると、くすぐったいのか男の身体が揺れる。

女将の問いかけに男が何か答えている。

部屋は一階。

左手にいくつか部屋が並んでおり、右手は食堂。

男が何か問い、女将がはいはいと頷き、部屋の鍵を渡された。

部屋はほどほどに広めで、2人掛けのソファと丸い机が小さな羽目殺しの窓の前に設置されている。

この宿も、ドアの内側で靴を脱ぐ様式。

ベッドは3台。

どうやら部屋が空いてるからと広い部屋へ通してくれたらしい。

狸擬きはぺたりと段差に座り、水の入った小さな桶に掛けられていた布を濡らし、自分で自分の足を拭き始めている。

「早めに食事を用意してくれると言うから、食べてから荷物を運ぼう」

狸擬きが嬉しそうに拭いた足で跳ねる。

男がポンチョを脱がせてくれ、

「やっと君をベッドに寝かせられる」

少しほっとした顔でベッドに視線を向ける。

そんなことを気にしていたのか。

「好きだろう?」

嫌いではないけれど。

女将に呼ばれ食堂へ向かうと、伽藍(がらん)とした食堂の端の椅子に男に座らされ、運ばれて来たのは、具の微かなスープに、少し茶色が濃い固めのパンに、薄いチーズを挟んだもの、小さな川魚の塩焼きが1人一匹。

それでも女将は、どうだと得意気な顔をしており、普段食べさせて貰っている男の作る料理が、どれだけ恵まれているかを、改めて思い知らされた。

土地にもよって違うことも、十分に分かってはいたつもりだけれど。

(石の街などの宿は、だいぶ恵まれていたのだの……)

あの組合の小さな村を思い出した。

あそこはあえて客には質素な食事をと思える節もあったけれど、ここは、そうではない。

ここの女将は、女将なりに目一杯のもてなしをしてくれたのだ。

とは言え、狸擬きは耳までぺたりと下げ、もそもそと固いパンを齧っている。

男は全く気にならないように食べているし、

(我も有り難く頂くとしよう)

女将がやってきて、多分、夕食はどうする的なことと男に訊ねてちるのは解り、男は手を振って、夜は大丈夫だと返事をしている様子。


男は食事のあとに荷物を運ぶと言っていたけれど。

「このまま買い出しに行こうか」

肩を竦めて提案してきた。

子供が数人、村の中庭と言える広場ではしゃいでいる姿が見え。

「抱っこの」

男に抱っこをねだり、絡まれるのを防ぐ。

宿の向かいにある雑貨屋は薄暗く、灯りを節約しているのだろうか、商品の劣化を防ぐためか。

両方だろう。

棚に、たまに見る小瓶の様なものがここにもずらりと並んでいるけれど、何だろう。

我は狭い店の中で暴れる様な幼子ではなく、更に子供たちからの視線から逃れられたためか、男は我を店の入り口で下ろしてくれた。

細々とした雑貨が所狭しと並び、男は手に取っては眺めている。

我は店主が椅子に腰かけて、薄暗い部屋でランプを頼りに読んでいる本が気になる。

どこの文字かだけでも知りたく、近づいてみると、男の店主が顔を上げ、日焼けはしているものの、女将と同じくらいの中年の男は、我の本への視線に少し驚いた顔で、広げたページを見せてくれた。

(のの、今教わっている文字と同じの……)

それでも作品が違えば、当然知らぬ言葉もあるだろう。

と言うか、この男は文字が読めるのか。

じっと眺めていると不意に身体がふわりと浮き、背後から男に抱えられた。

「ぬ?」

店主の読書の邪魔をするなとでも言いたいのかもしれない。

(子供なのだから、少しばかり大目に見てくれても良かろうの)

男に抱かれ、男が何か店主に伝えると、店主はやはり顔の前で手を振り気にするなと言わんばかりにこちらを見て、口許を弛ませる。

文字が読めるのは珍しい。

特にこんな、失礼ながら辺境の村で。

男と店主がなにやら話しているけれど、我を抱いたまま降ろしてくれない。

仕方なく男の肩越しに見える棚や棚の下にも積まれる商品を眺めていると、狸擬きは煙草の棚に近付き、スンスン匂いを嗅いでいる。

(あぁ……)

どうやら、煙草ではないものも混じっている。

この世界に来て、初めて会った青年に貰ったものは、洞窟で葉を詰め直したものの、火がないため吸えず、今は小さな布袋に詰めて小箱にしまってある。

振り返った狸擬きと目が合うと、煙草でない方のこれが欲しいと視線で訴えてきたけれど、それは駄目のとかぶりを振る。

人の男ならともかく、獣の喫煙、それに類する姿は我はあまり好まない。

煙管なら、まぁ、一考しないこともないけれど。

男が髪を撫でてくる。

何か我の話でもしているのだろう。

(男の髪が少しだけ伸びておるの……)

男の少し癖のある髪が、会った頃は首筋に掛かるか跳ねるか程度だったけれど。

髪は自分で切るのだろうか。

床屋的なものは見たことがあるけれど。

男が荷台で爪を切る姿は見た。

我よりも、少し太く硬い髪。

髪が伸びるのは、

(人よの……)

当たり前なのだけれど。

品物を見たいから降ろせと男の腕の中で小さくもがき、男に渋々降ろしてもらうと、

「ふぬん」

目に留まった、茶色が濃い小さな小さな小瓶の棚に近付く。

狸擬きも隣にやってきて小首を傾げてくる。

「これの」

宿で香っていた芳香油。

狸擬きが小瓶の1つに鼻を寄せ、フンッと身体を引く。

「薄荷に似たものかの?」

「欲しいのか?」

男が隣に立つ。

「の『仕入れ』の」

頷くと、男は少し驚いた様に目を見開くと、

「匂いが広がらないようにしないとな」

「木箱だけでは駄目かの?」

我等の身振り手振りを交えながらのやりとりを見て、何となく通じたのか、店主が、羊毛らしい束を持ってくると、小瓶を指差し、包む仕草をする。

「匂いを防ぎやすいのの?」

「らしい」

確かに、これなら瓶が割れるのも防げる。

買い物を済ませ店から出ると、数人の子供達が店のすぐ外にやって来て、じっと見つめてくる。

どうやら同い年くらいの我の事が気になるらしい。

話は出来ないし、かといって無視すれば我を連れている男自身の、旅人や行商人の印象が良くなくなるだろう。

せめてお愛想で手くらい振っておくかと思ったら、

「の……?」

狸擬きが子供と我等の前にのそりと立ち、子供の興味を引いてくれている。

(のの、これは助かったの)

初めて狸擬きがいてくれて良かったと思う。

かと言って、あの煙草に似た葉っぱは買ってやらないし、夜は風呂で身体も洗うけれども。

赤飯おにぎりくらいは、気持ち大きくしてやろうではないか。

「子供は苦手か」

男に聞かれた。

「子供も苦手の。しかし、こちらは皆こぞって人が良いからの、最近はそうでもないの」

狸擬きが、子供達と駆けっこを始め、その隙に少し離れた小さな店で、チーズやバターを売っている小屋に入ると、こちらは若い女が端で繕い物をしていた。

珍しく笑みは少なく、微かに首を傾げて、また繕い物に戻る。

気になったのはそれより、

「お、大きいのぉ……」

チーズが、我の両手では抱えきれない大きさ。

「保存用だな。切り分けて食べるんだ。こっちが、この村の名産らしい、1つは宿に土産として買っていこうか」

「ふぬ?」

馬車だと何日も掛かるらしいけれど、鳥なら割りと山を1つ2つ越えるだけ、鳥が運んでいそうだけれども。

「宿には大爪鳥が来ると聞いたの、その鳥はこっちには来ないのの?」

「あぁ、先にある山の辺りの空は、風があまり良くないらしくてな、飛びにくくて鳥が来たがらないらしい」

「ほほぅの」

鳥が嫌がる風か。

男が我等の分と宿への分を買い込むと、女の顔に少し笑みが浮かぶ。

男もそれに気付き、ポケットから駄賃を女に渡している。

女はパッと笑顔になり、紙幣を胸に手を当て、男に礼らしいものを述べる。

男が何か訊ね、女が外を指差したり、かぶりを振って何か、少し長く話している。

「……冬になり旅人も減り、ここに春まで閉じ籠る前に、馬1匹と出ていくはずだった。けれど、村から出ていく条件の、自分で貯めた金額にはもう少し届かず、客もますます減り、また春までは無理かと諦めかけていた」

と。

「でも貰えたお金で、なんとか目標に届きそうだ」

とも。

男と同量のチーズを掲げて運びながら、そんな姿に驚く若い女を尻目に、馬車の荷台へ向かうと、男が、若い女の話を聞かせてくれた。

村単位としては食い扶持を減らしたいけれど、親は当然心配するし気持ちとしては出て行って欲しくない、だから積極的に応援も出来ないし、しない。

そして、その彼女から見れば、大層自由気儘に見える旅人や行商人が客として来れば、それはそれはとても面白くもない。

荷台にチーズを乗せると、男に、石を売った時に手に入れた紙幣と

コイン、あれらの我の取り分から、数枚を取り出して欲しいと頼むと、チーズを布に包み、奥に積んでいた男は、しばし動きを止めてから。

「君はお人好しだ」

眉を寄せて笑う。

「持っている者は、然るべき者に、多少なりとも与えるべきの」

生きてる人間になら、親切にしてもそうバチも当たらないだろう。

中庭から子供達の笑い声。

狸擬きが頑張って、いや、案外狸擬きも素で楽しそうにはしゃいでいる空気が、冷たい風に乗ってやってくる。

「我はここで待っているの」

男に、若い女に紙幣を渡してくれるよう頼み、男が足早に駆けていく姿を見送ると、荷台に足を垂らして座る。

「……」

あぁ。

(……1人の)

あまりに、どこでも男と狸擬きと一緒にいたため、こんな小さな村の中でも、1人を強く感じる。

寂しさもなく、かといって解放感があるわけでもない。

何もない。

もしあればこんなに、何百年と1人で生きてはいない。

こちらの世界に来ても、それは変わらない。

すぐに走って戻ってきた男が、どうしてか少し手前で足を止めた。

「……」

「?」

男を見ると、男はなんとも言えぬ顔をし、

「なんの」

荷台から飛び降りて男の前へ立つと、

「今、君がとても成熟した大人の顔をしていた」

と。

(それは)

「きっと、人助けをしたからの」

子供たちに絡まれる前に、抱っこのと両手を伸ばすと、

「あの子は喜んでいたよ。それと金の出所の口止めはしっかりしておいた」

「それは助かるの」

この世界は善人が多い。

あの若い女も、人を助け、人に助けられながら、旅をして生きて行くだろう。

夜は、宿の部屋で赤飯を炊き、おにぎりにして、茶を淹れて夕食。

食べながらもう一度炊く。


二度目に炊き上げた赤飯は、狸擬きと男にだけ与え、茶を啜り。

満足気にひっくり返った狸擬きが、一体どこから出したのか、また3頭の竜の折り紙を眺めているため、

(あぁ、そうの……)

折ってやると約束をしていた。

テーブルを借りて、休憩を挟み茶を飲んで取りかかる程には、結構な時間がかかり。

それでも、九つの尾を立てた立体の狐を折ってやると、狸擬きはぷるぷる震えながら前足で掲げて喜んでいるし、男はいつの間にか、折り紙を折る我と狐を、スケッチしていた。

スケッチを終えた男が、部屋に持ってきていた苺を煮詰めたものを詰めた瓶から匙で掬い、それを我の口に運んでくれる。

「ぬぬん……♪」

(美味の)

勝手に口許がにんまりと弛み、やはり両手で頬を押さえてしまう。

宿へは、ベッドを借りに来たと思えば不満もなく有難いくらいだ。

しかし風呂はなく、男が唐突に、九尾の狐を眺める狸擬きを覆うように布を被せている。

狸はビクッと跳ねたけれど、我の着替えだと解ったのか、布を取ることもなく、おとなしくしている。

背中を向けて身体を拭き、キャミソールとかぼちゃパンツに着替えると、背中を向けてあぐらをかく男ににじり寄り、ゴシゴシとその背中を拭き上げる。

拭き上げた後は、男に髪を丁寧に梳かされる。

ベッドは3台あるけれど、ドアに近い1台は余り、部屋は暗くなる。

「朝はもう出発するだけだ」

「隣の村は開いているの?」

「村人は旅人の朝が早いことを知っているからな」

繊維物や木箱、編み籠などを主に作り売っている村で、そこで幌に更に上から被せる、丈夫で大きな布を買いくくりつけると。

「荷台に敷く厚手の敷物も買っておこう」

また荷台が狭くなりそうだ。

「……の」

「ん?」

「やはり我はベッドよりも、こうやってお主の胸の中に居られる方が大事の」

気持ちを伝えると、

「……」

「なぜ固まる」

「いや、君は存外、ものの言い方が真っ直ぐだなと思ってな」

他者との対話など、殆んど取って来なかったからだろうか。

それでも。

「お主も相当だけれどの」

「……俺は君程ではないと思っている」

ふぬ。

お互い様か。


夜更け、外がしんと静まり返ったと思ったら、音を包み込む雪が、ハラハラと舞い出していた。

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