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41粒目

馬車の乗り手の、少し年老いた眉毛の太いおじじがこちらに手を振っている。

特に良くないものは感じられず、むしろ眉毛のおじじもあの街から逃げてきた様子で、

「自分はここから先にある村の一番奥の村の人間で、この辺りを仕事でぐるりと回っている。

孫にあの街での土産を頼まれていたが、どうにも空気が悪く、寄りきれずに、街にも入らずに出てきてしまった

そちらは同い年程の幼子が一緒であるから、何か土産になりそうなものがあれば、交換してもらえないか」

と、そんな申し出だった。

小さな村で、専門は鍛冶屋。

華やかなものはそうそうないと言う。

男にその場で訳してもらった。

交換するのは良いけれど。

「華やか」

とは、と男と狸擬きと顔を見合わせる。

(ぬぬん……)

我とは違って、その孫娘はまだ、好きなところへ行ける環境でも年頃でもないのは解る。

「ふぬ」

(仕方なしの)

荷台へ向かうと、男が抱き上げて乗せてくれたため、我の荷物入れとして用意してくれた薄く浅めの木箱から、

「これかの」

岩の街で買った、愛らしく、そして珍しく色の付いた花の模様のメモ帳。

(我はまた、いくらでも探せるし手にも入れられる)

それでも、名残惜しくないと言ったら嘘になるけれど。

1冊を取り出し、おじじに見せると、目を見開き、目尻を下げ、嬉しそうに、これなら喜ぶと言ってる位は解る。

おじじは、残っているから余り物と思われるが、それは値が張りすぎてのもので、切れ味も手にも馴染みやすいと、大降りのナイフ、それを覆う革の鞘も付けてくれた。

金額だけで見たら、決してそぐわないけれど、男は確かにと頷いて受け取っている。

自分は先を行くけれど、是非寄り道をしてくれ的な事を言い残し、おじじは先を急ぎ、馬車はすぐに見えなくなった。

男に抱き上げられ、馬車に乗せるためかと思ったら、

「凄いな、君は」

そのままよしよしと赤子の様に軽く揺すられる。

「何の」

「あれはとても気に入っていたはずだ」

それはそうなのだけれど。

「お主なら、もっと素敵なものがあるところへ、連れて行ってくれるはずの」

この男なら、それも可能なはず。

「あぁ、約束する」

お互い額を当て、目を閉じれば。

狸擬きが足許でフンフンと鼻を鳴らし食事の催促をしてくる。

その場で赤飯だけ炊き、馬車を進めながら、握ったおにぎりを食べると、狸擬きは満足そうに背凭れに身体を預ける。

荷台には、甘味が尽き掛けているだけで、食材はまだまだ問題ない量が積まれている。

途中、道から外れ、先は高い崖になって行き止まりだけれど、崖が抉れた道の端に馬車を停める。

天幕くらいなら張れる空間があり、そこで一晩過ごすことにした。

ここまで来るのに開けた道が続いていたのだけれど、その割に岩やゴロゴロした石が広がり、休める場所がなかった。

狸擬きもさすがに飯、飯とは言わず黙っていたし、男も、

「前来た時と違うな……」

首を傾げている。

大きめの崖崩れでもあったのかもしれない。

時間は早いけれど、天幕を設置して、敷物の下に更に古い厚手の敷物を敷き、地面からの冷えを遮っている。

(荷台の端にずっとある、ボロ布が巻いてあるだけの粗大ゴミだと思ってたらこのために使うのの……)

地面も硬いから和らいで良い。

今日はゴロゴロとした根菜と鹿肉を煮込み、そこに牛の乳を足した汁物。

これは知っておる。

(しちゅー、シチューの、冷えてきたから尚更よいの)

パンの方が合いそうだけれど、狸擬きが炊飯器を前足でテシテシして催促してくるため、炊いておく。

(まぁ男も嬉しそうだしの……)

「今よりもっと冷え込む冬は、他の行商人たちはどうしてるのの?」

「そうだな、秋の終わりには仕事を引き上げていたり、暖かい国の方へ行ったり、冬に耐えられる様にして仕事を続ける、かな」

「お主はどうしてる?」

「暖かい所へ行っていたな」

やはりか。

この馬車は到底冬仕様ではない。

言わずとも我がいるためだいぶ予定は遅れている様だ。

「良いのの?」

と聞いたけれど、寄りによってこのタイミングで、

「?」

言葉が伝わらなくなる。

ここのところは当たり前に通じていたのに。

「むむぬ」

言葉が伝わらず、

(こんなにもどかしいのは初めての……)

崖の手前に上手く下の方へ降りられる、歪な段差になっている場があり、その下は川が流れている。

薄暗くなり始めた中で少しだけ小豆をしゃきしゃき洗い、ついでに皿なども洗い、水を汲んで運び、天幕に戻る。

狸擬きが、また折り紙を教えろとせがんできた。

大木の下、天幕で蛙や紙鉄砲を折ってやったのが楽しかったらしい。

確かに寝るまでにもまだ時間もある。

(難解折り紙の図解も記憶にあるの……)

男に画板用の紙を数枚分けて貰い、さすがに少し時間は掛かったものの、頭部が3頭ある立体のなるべく鱗も模した竜を作って見せてやると、

「……フンフーンッ!?」

狸擬きは大興奮で、鼻息で竜が倒れるくらいだ。

「凄いな」

男も、おぉ……とまじまじと見て驚いてくれたけれど。

それより、

(言葉が……)

また聞こえる。

「の」

「ん?」

「我のせいで、冬を越せなくなってないのかの?」

金銭的な意味でなく、物理的に。

男は、ちらと眉を上げてから、

「おいで」

胡座の上に今日は横抱きにされる。

「話してなかったな。村を越えて、大きな山をいくつか越えた中に、宿屋があるんだ。

元旅人兼、冒険者だったかな、が始めた小さい宿は、段々大きくなって、今は、あの城とまでは到底いかないけれど、立派な宿屋がある。

大爪鳥もいてな、軽い吹雪程度ならびくともしないで飛ぶんだ。

だから物資も何も問題なく運ばれる。

夏は普通に旅行の客もいるけれど、冬は特に空いている」

男はそっと我の髪を指先で掬う。

「その時はちょうど夏で天気が酷く荒れて、3日程は動けなかったんだけれど、宿がとても良くて、いつかここで少しのんびり過ごしたいと思っていたんだ」

「の……」

そうだったのか。

男の言葉に嘘や誤魔化しは感じない。

しかし。

「その元冒険者、とやらは凄いの」

「相棒の鳥が怪我をして、しばらく動けなくなり、鳥のために財産を注ぎ込んで、取り急ぎの物資を大爪鳥で頼み、鳥が休める小屋を立て、怪我の治療と世話をしたと」

随分と真摯で健気なものだ。

「鳥の怪我が治ってきた頃に、旅人がやってきて、一泊、他の行商人がやってきてまた一泊。

その男は、自分が冒険者になったのは、色々な人間と会ってみたい、助けを求める声があればそれに答えたい、そんな理由だったこと気づいた。

ならばここを宿にし、色々な人間に会い、ここを皆の止まり木にしようと、建物を少しずつ大きくしていったとか」

それはまぁ。

「なんとも立派な志よの」

若干、鼻白らんでしまうのは、我が、

「人との出会い」

「人助け」

などからは、真逆の位置にいるからだろう。

(まぁ、我はそもそも人ではないけれど)

「それが」

男がおかしそうに笑い、男の身体が揺れ、我も揺れる。

「表向きの理由はそれ、実際は女性がとても好きらしくて、様々な『女性との』出会いを求めて、の冒険者だったらしい」

「ほほぅの」

大層人間的で俗物な理由に、俄然その男への好感度が上がった。

人間、自分の気持ちに、欲に正直なのが一番だ。

「それで、その元冒険者は女性から見ても、とても魅力的らしくて、女たちはそこで働くのもやぶさかでないとかで、人手にも困らず……」

男が途中でふと口を噤む。

「の……?」

狸擬きは折り紙の竜が気に入り過ぎたらしく、今度は3頭の竜を真ん中にして、 周りをフンフン走り回っている。

そう広くない天幕の中で1人運動会、騒がしくて仕方ない。

「……いや、女性に魅力的なのは、その、少しばかり」

男が頭に唇をそっと押し付けてくる。

どうやら、我がその男の毒牙に掛からないか心配と見える。

「……あのの、我はいくつに見える」

呆れて言葉が出ない体験は初めてだ。

「いや、君の方が相手に惹かれない、とも限らない」

「……」

呆れての絶句も初めての体験だ。

(長い月日を生きていると、色んな体験をするの……)

狸擬きもさすがに動きを止めて、呆れた顔で男を眺めている。

「人の、特に男の肉は美味しくないだろうからの、全く興味はないの」

そう答えたけれど、狸擬きの呆れた顔が、こちらにも向いたのは納得がいかない。

(お前の食い意地も相当なものだろうがの)

しかし。

「宿となると、しばらくはお主の食事にありつけないと言うことかの?」

「いや、皆が皆、余裕のある旅をしているわけではない。中には宿の仕事を手伝い、賄いを貰っているなんて場合もあるらしいから、食事も選べるし、小さな炊事場の付いた棟もある」

詳しいの。

「お主も働いた口かの?」

「いや、その時は純粋に人手が足りずに、家畜の世話を多少手伝ったくらいだ」

お人好しめ。

狸擬きは今はぺたりとその場に座り、3頭の竜を前足で持ち、しげしげと眺めている。

なんとも、時間を掛けた甲斐があった。

「宿までは少し道程が長そうの」

「少しな。村で山に耐えるものを買い足して行こう」

山の手前だけあり色々やはり充実していると。

「お主はやはり旅慣れておるの」

無用な心配をしなくとも男は先々まで考えていた。

「ぬん……」

男の胸に頭を凭せかけると、

「眠いのか?」

「のの、心地好いだけの」

「……」

男は痒くもなさそうな頭を掻いている。

天幕の中を暗くするまで、狸擬きは敷物の上にひっくり返っても、前足で3頭の竜を持ち、いつまでも眺めていた。




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