21粒目
馬の近くで座り込んでいた狸擬きが、
『……』
おやつ、と訴えてきた。
「のの?」
まぁその案には賛成であり、男に伝えてみるも。
「?」
もう、言葉は伝わらない。
代わりに男が、頭の上で大きく三角を描き。
天幕を張る、と。
こんな場所でいいのかと思えど。
確かに、依然馬の調子はあまり良さそうに思えず。
男曰く、先にも待避場所はあるから大丈夫だと。
先に馬たちの天幕を張り、続いて男を手伝って人用の天幕を張れば。
男は、
「とても助かる」
君は優秀だと褒めてくれた。
無駄に力だけはあるしの。
男は、荷台に上がりガタガタ音を立てていたけれど。
そのうち、ランタンを何倍も大きくしたようなものを出してきた。
ストーブと思われる。
万能石も、少し大きなものが中に置かれている。
平らなストーブの上には、鍋なども乗せられるらしい。
中の万能石に男が火を灯し、天幕の中が暖まってくると。
狸擬きはストーブの側でひっくり返り、腹を出して寛ぎ始めた。
けれど男がコンロで湯を沸かし、我が、村のあの女から貰った焼き菓子を鞄から取り出すと。
すぐにもさりと起き上がり、のこのことこちらへやって来た。
「美味の♪」
『♪』
どうやら。
我も狸擬きも、甘党らしい。
男は、“ほどほど”との返事。
男が煙草を咥えながら、天幕に持ってきていた葡萄の入ったカゴを引き寄せると。
実を房から外し、皮を剥き。
湯を沸かしていた今は空の鍋に放り込む。
「のの」
我と狸擬きも、葡萄の入ったカゴを囲み、葡萄の皮を剥くのを手伝う。
鍋に8割程になれば。
男が鍋をストーブの上に置き。
徐々に、甘い香りが天幕の中に広がり始める。
(ぬぬ)
これはあれの、果物煮。
男は、たまに搔き混ぜつつ、地図を眺めている。
「よき香りの」
狸擬きも、うつらうつらしながらも、鼻先を蠢かし。
煮詰まり始めると、鍋を覗いた男が、スプーンで掬い。
ふーっと息を吹き掛けて少し冷ましたものを、我の口に運んできた。
「あむぬ」
スプーンごと咥えれば。
これはこれは。
温く、甘く、とろりとして。
「ぬふん♪」
大変に美味の。
思わず両手で頬を包んでしまう。
それを見ていた狸擬きが、我の隣に立つと、
『……』
男に向かって口を開いている。
男が狸擬きの口の中にも冷ましたジャムを落とせば。
『……♪』
尻尾を大きくフリフリ。
煮詰められた葡萄は、男が荷台から持ってきたいつくかの空き瓶に移し。
荷台の木箱に詰まっていた大小の空き瓶たちを、何に使うのかと不思議に思っていたけれど。
なるほど。
(こんな風に使うのの)
夕刻前。
風が天幕を揺らして来た。
「……」
じっと耳を澄ませても。
しかし、天狗の気配はなし。
(ただの風であるの)
こちらの世界。
この辺りのお山は、どこも獣たちが縄張りを張っている様子。
ただ、どのお山にも、主が存在するわけでもなく。
青のミルラーマの主は、我が飛ばされた時には、すでに存在はしておらず。
その後も、山の主が現れた気配は、少なくとも我は感知出来なかった。
そしてお山と、そのお山の麓の森で管轄が違う事も珍しくない様子。
青のミルラーマの麓の森は、この狸擬きが主であれど、青のミルラーマと呼ばれるお山の主との兼任はしていない。
(ぬぬん)
我は。
どこかの“お山の主”とならば、狸擬きの様に、会話は可能なのであろうか。
ストーブの火を眺め、ぼんやりとそんなことを考えていると。
ストーブを挟んで斜め前にいた男が。
いつの間にか、画板を手にして何か描いている。
「……?」
見ているのは、我の方。
楽しげな顔のため、にじりよって画板を覗き込むと、
「のの」
(……本当に絵が上手いの)
我の顔が描かれていた。
少しきょとんとした、我は、自分で思っているよりも遥かに幼い顔付きで、こちらを見つめている。
今にも、何か問いかけて来そうな表情。
男が紙を捲ると、ストーブの向こう側でひっくり返った狸擬きが描かれており。
その妙に笑いを誘う描写具合に、
「くふっ……っ!」
堪らず吹き出すと。
『……?』
狸擬きは、どうやら自分のことが話題にされていると解ったらしい。
起き上がると、もさもさと近寄って来たものの。
男の描いた絵を見て、
「……フンッ!!」
なにやら憤慨している。
「なんの?」
『……』
狸擬きは、自分はこんなに足が短くないと訴えているため。
(のの)
それを書いて男に伝えると。
男は、
「……っ!!」
顔を背けたと思ったらブフッと吹き出し。
狸擬きは、そんな男の姿に、村で置いて行かれた時の様に短い四つ足をジタバタさせて更に憤慨している。
それを見て、また更に身体を震わせて笑う男に描かれた狸擬きは。
これ以上ないくらい、そっくりに描かれているのに。
(ぬぬん)
ならば。
男から見た我は。
どこまでも。
小さく、幼く、大変に無垢な眼差しであり。
「の」
『?』
我は狸擬きに。
「ここに描かれている、我も似ているのの?」
男の描いた我を見せれば。
『……』
そっくりだと。
「……ぬぬん」
狸擬きではないけれど。
我は、自分のことを。
もう少し、ほんの少し。
大人だと思っていたのだけれど。
「ぬぅ」
我も狸擬きも、“客観性”とやらを培わなければならない。
無駄に長生きをしていると、自身を無駄に買い被る様になるのは、人も獣も妖怪も変わらないのであろうか。
一通り憤慨すれば。
疲れたのか大人しくなった狸擬きが。
炊飯器を肉球でつんつん押して催促してくる。
なんの。
「お菓子を食べたばかりの」
と呆れれば、男の腹も鳴り。
(の、おやつでは足らぬであるかの)
狸擬きはともかく、人間の大の大人なら無理もない。
早めの夕食にしようかと、男が兎の肉をフライパンで蒸し焼きにし。
スープは、葡萄と共に山で採ってきた山菜を煮込んでいる。
(……山菜)
野性味溢れる味の印象しかないけれど。
蒸された兎肉は間違いなく美味であり。
山菜のスープも。
「のの?苦味もなくて美味の」
赤飯おにぎりともよく合う。
お腹いっぱいになる頃、道を馬車が通り過ぎて行く。
通り過ぎて行く馬車からすれば、天幕の中に人の気配はあれど、わざわざ停めて声を掛ける程でもない様子。
寝るのは、天幕ではなく荷台らしく。
軽く片付けた後は。
男が、その間に食事の時には消していたストーブを荷台に上げている。
中の万能石を、荷台の広さに適した小さいものに替えて使うと。
(ほうほう)
天幕から出て、男に荷台に乗せられると。
下が岩だと床冷えがきついためと、特に今日みたいな風が強い日は、寝床は荷台になると書いて教えてくれる。
相変わらずキャミソールにカボチャパンツ姿の我を見て、
「寒くないか?」
的な事を聞かれ、平気のと答えると。
着古したシャツを寝間着代わりに羽織る男の、
「俺は寒いのは少し苦手だ」
の言葉がはっきり聞こえた。
(のの?)
「お主は、暖かい国から来たからの?」
と問えば。
「そうかもしれない」
布団に横たわるなり、君は温かいなと胸に抱かれる。
なるほど。
最近とみに胸に抱かれるのは、なんの湯たんぽ代わりかと納得して男に寄り添えば。
男から抱えてきたくせに。
「……臭わないか?」
寝間着の事かと思えば、今日は身体を拭いていないと男。
そういえばそうであったの。
けれど。
「良き匂いの」
男の匂い。
「……いや、いい匂いではないだろう」
あからさまに上体を逸らしたため。
「我にとっては良い匂いの」
べたりとくっついてみせれば。
「……」
男は黙ってしまった。
「?」
顔を上げると、とかく気まずそうな顔。
「くふふ」
含み笑いすれば、気まずそうな顔のまま男に頭を抱えられ。
「ぬん?」
「……君も、いい匂いだ」
頭のてっぺん辺りに鼻を押し付けられた。
深く息を吸い込まれ。
(ぬぬ)
「……我は良い匂いではないの」
髪も洗えていない。
なるほど。
されて解る。
これは少しばかり、恥ずかしい。
男は我を抱いたまま、しばし動かず。
我も、男の鎖骨に額を当てていると。
「……どこまで」
「……?」
「君は、どこまで行くんだ」
頭をしっかり抱えられたまま。
髪に唇を押し付けるように聞かれた。
どこまで。
(どこまで……)
我は。
そうの。
「……我は」
「あぁ」
「我は、……魔法を」
求めていると口にしたけれど。
「……?」
我の言葉は、聞き取れなくなっているらしい。
(んの……)
今日はもう時間切れであり。
これこそ。
(魔法よの……)
それでも男は、我の言葉を訊ねるために、紙を手に取ることなく。
ただ、伸ばした手でストーブの火を弛め。
「……」
また我を、今度は柔く胸に抱き寄せてきた。




