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145粒目

易者と絵描きの2人に呼び出されたその店は、小さな雑貨屋や茶屋の並ぶ店の1つ。

パン屋に小さなテーブル席がくっついている店で、2人は先に来て待っていた。

「このお店、今店に並ぶパンが1種類ずつ全部食べられるメニューがあるんだよ」

と絵描き。

「2人だと無理だったから、試してみたくて」

のぅ。

どうやら助太刀要員として呼ばれた模様。

「あ、ちゃんと凄く美味しいパンなんですよ」

と易者。

ほうほう。

「あぁほらもう、この子の言い方だと、皆さんの胃袋目当てみたいになってますよね」

と、易者がフォローしてくるけれど。

言い方ではなく、そのままではないか。

「違うんですよぅ!」

易者が1人アワアワしている所に、多分、一点ものと思われる大きな大きな皿に、

「ののーぅ」

「おぉ」

「フゥンッ?」

色々なパンが山盛りで積み上げられて運ばれてきた。

「壮観の」

小さなナイフも手渡され、小分けにして食べろと言うことだろう。

「どれから食べようか」

「ふぬん」

とりあえず食事になりそうなパンから皆で摘まみ、切り分けては。

「の、これは美味の」

「燻製肉が入ってるな」

「フン♪」

ニンニクがじゅわりと染み込んだ固いパンや、贅沢にも小さな海老がたんまり挟ったふわりとしたパン。

「これはキノコとホワイトソースだな」

「フンフン」

これは主様にも作って欲しいです、と狸擬きからのリクエスト。

4人と1匹で分けるため、初めは怯んでいたけれど、案外あっさりと嵩が減っていく。

それでも初めに、

「もう無理」

と絵描きが椅子に凭れ、次に易者が胸の前でバッテン印を作り。

残ったパンは甘いパンが多いため、2人で持ち帰ればいいと男が店に袋を頼んでいる。

絵描きが、

「小さいのに良く食べるね」

呆れ半分、感心半分の顔で我を見て笑う。

確かに。

(隣にいる男と同量を食べるのだから、多少は食べる方かの)

それを言えば狸擬きもだけれど。

その狸擬きも、満足そうに前足で腹を擦っている。

易者が、

「付き合わせたお礼になるか分からないけど、あなたたちを占わせてもらえないか」

と我と男と狸擬きを順繰りに見て呟いた。

(……ふぬん)

男が我を見つめる。

そうの。

「では、狸擬きを占って欲しいの」

隣で、尻尾をくるくるさせて期待している狸擬きを指差し、男に伝えて貰うと。

易者はこくりと頷き、狸擬きを見て、真剣な顔でカードを1枚ずつ並べる。

絵描きは背もたれに凭れたまま腕組をして、リラックスした様子を見せているけれど、なぜか微かな緊張が伝わる。

易者がカードを裏返すと、

「……月の?」

指がクリーム色の丸いものを持って、食べようとしている大きな口の描かれた絵。

しかし、この世界には、月は存在しないはず。

眉が寄ると、

「あ、これはパンです。私の大好物で。……美味しいものに恵まれますね」

ふぬん。

2枚目は、帽子を被った男の後ろ姿で、長い道を進んでいく。

隣に小さな狼の姿。

「ぬぬ、絵が更に上手の」

「あ、これは、この絵描きが描いたものです。遠く遠くへ、旅に行きます」

新作のカードらしい。

「先が明るくなっているので、幸先はとてもいいですよ」

ほうほう。

「良かったの」

「フーン♪」

そして3枚目のカードに、皆が注目した瞬間。

店の方から、運んできた店員も前が見えないほどに高く、大皿に積まれたパンが運ばれて来ると、カードの上に大皿が置かれた。

「のぅ」

カードもだけれど、更に嵩が増したパンの山に。

男は勿論、我もだけれど、狸擬きさえも、

「フーン……」

さすがにもう無理ですと、天を仰いだ。


その第2弾のパンたちは、素朴なパンや混ぜ物のないパンがほとんどで、大抵の客は持ち帰るらしい。

我等も例に漏れず、2人に旅先で食べやすいパンを優先的に選んで貰い、残りを貰い受ける。

その2人の、

「明日の早朝から出発する」

と言う言葉に、顔見知りらしい店員が驚いて別れの挨拶をし、皿を片付けるタイミングで、大皿の下敷きになっていた3枚目のカードがハラリと舞い、それを絵描きが拾い。

結局。

最後のカードは何だったのか。

「……」

何となく聞きそびれたまま。

「またいつか会えたら」

「また今度ねー」

と、何ともあっさりと、易者と絵描きとは、パン屋の前で別れた。

とても旅人らしい。

「2人の行く国にも、いつか行ってみたいの」

「あぁ、そうだな」

男が目を細めて頷く。

「フーン」

主様も占いをしてくださいと狸擬き。

「ぬ?お主はせぬのか」

「フーン?」

自分にも易者の才能はあるでしょうか?

と尻尾を振る狸擬き。

「多少は、あるのではないかの」

ただ、我、男を通じての相手への回答になるのと、

「狸占い」

はどこまで人の信用信頼を得られるか。

易者曰く、これから我等の向かうつもりの向こうの国では、そもそも占い自体に懐疑的だと言うし。


腹ごなしに街をふらふら歩いていると、あの食器屋のおじじの店の前に出た。

挨拶しておこうかと扉を開くと、娘が、あらと出迎えてくれた。

男に何か挨拶をしており、多分同行を許可してくれた礼であろうか。

狸擬きが、

「台風が終われば、海から流れて来るのは柔らかな秋風だと、港のお天気屋さんから聞きました」

と話していると教えてくれる。

お茶に誘われるも、男が丁寧に断り店を出る。

狸擬きすらそれに反対しない程、お腹は膨らんだまま。

路地をうろちょろ歩き、狸擬きが売られている花に鼻先を寄せ、盛大にくしゃみをし、雑貨屋を冷やかし、今日は閉じられている本屋の扉にガッカリし。

辿り着いたのは街の中の小さな広場。

「ぬぬ?」

「フーン?」

その広場の真ん中で、なにやらお店を広げている人間がいる。

正確にはお店ではなく、小さな馬車の前に、箱やら木枠やらが並べられ。

広場のベンチは、3人掛けが横に3列、後ろに5台程並び、全て一方向を向いている。

ベンチは勿論、ベンチの前の舞台となるそのひらけた空間も、空いていれば誰でも好きに使えるらしいよ、と男に教えて貰う。

ほう。

そして、今、その舞台となるであろう場所に陣取っているのは。

(黒い服の……)

黒い服を纏った人間。

まるで、黒子、の印象。

細身の身体にボタンやカフスまで黒で統一し、目深に帽子を被っても尚、目立つのは夏の午後の日差しにきらめく、短めの銀髪。

そして一見、

(のの……)

男にしては大層細身で小柄、に見えるけれど。

「……」

あれは人の女。

しかも、

(それなりに若い女の……)

置いてあるベンチだけでは足りないらしく、荷台に積んである、折り畳める木のベンチを、よっと下ろすその女を見て。

「ちょっと待っててくれ」

男が我の手を放し駆け出すと、取り出すのを手伝っている。

(おや、相変わらず紳士の)

と思ったけれど、男は、黒子が女だとは気づいていない。

その黒子は、手伝うと駆けてきた男に、ありがとうと言うように小さく頷くと、遠慮なく、あそこにここにと指示している。

「フーン?」

狸擬きが首を傾げて、あれは何ですか、と訊ねてくる。

黒い大きな薄い箱が、立派な画架、イーゼルに似たものに立て掛けられている。

「あれは多分、紙芝居の」

「フン?」

「絵に描かれたお芝居であるの」

元の世界では、定かではないけれど、紙芝居は我のいた国が発祥と聞いたことがある。

こちらではいつ頃からあるのだろう。

お芝居としては珍しくもなく定番なのか、どこからか子供たちがちらほらと集まって来ると、親子連れも、黒子が置いた木箱にコインや紙幣を落とすとベンチに座る。

(ふぬん……)

暗黙の了解で大体の金額は決まっているらしく、多く出したものは前に、まだ親に抱っこされる程度の小さな子供は金額は若干少なく後ろで立ち見。

黒子に頼まれて紙芝居の後ろの馬車の荷台に、黒い大きな布を引っ掻けて留めている男に、

「の、一番前の席の相場を訊ねてくれるかの?」

頼むと、男は荷台の奥にいる黒子に訊ねてくれる。

コイン5枚だと返事が来た。

(ふぬ)

肩から掛けていた鞄からコインを取り出すと、箱にコインを落とし。

「狸擬き、これでお主は一番前の席に座れるの」

まだ空いている真ん中の特等席。

「フーン?」

主様は、と狸擬き。

「我の席は男の腕の」

「フーン」

狸擬きはテコテコと黒子の用意したベンチの一番前に向かい飛び乗り、座る。

周りの子供たちは、狸擬きに興味津々。

お披露目前に退屈せずに過ごしてくれそうだ。

荷台から身軽に飛び降りた黒子は、男に多分、

「手伝いありがとう」

的な声を掛け。

しかし、男の隣に立つ我を見て、ぴたりと動きを止めた。

(……まぁ)

この見た目の珍しさ故に、視線を感じるのは慣れっこではある。

しかし、それでも、こちらが軽く眉を潜めて見せる程には、その茶色い瞳がじっと我を見てくるため。

「……ぬ、抱っこの」

男に両手を伸ばすと、

「あぁ」

男が我を抱き上げ、黒子に、

「どうかしました?」

らしき言葉を、低い声で問いかける。

黒子は、やっと目でも覚めた様に瞬きをし、

「おっと失礼」

とでも言いたげに我にウインクして、男にも、ベンチの方へとうぞどうぞと手の平を向ける。

狸擬きは、何が始まるのか、もう楽しみで仕方ないといった様に、尻尾をフリフリ揺らし、目をキラキラさせている。

そして意外なのは、

(ほう、大人も結構いるの……)

大人は皆立ち見にもか関わらず、落とすコインはベンチの一等席の5枚。

男もベンチの後ろの端に立つと、薄い箱の隣に立った黒子が手を叩きながら、大袈裟な仕草で両手を開き、片足で身体をくるりと回転させ、

(のの、思ったよりアクティブの)

声を張り上げる。

声は意外にハスキーで、その割りによく響く。

そして、物々しく大きな箱の観音扉を開くと、

(……ぬぬ、お船の)

立派な船が描かれている。

黒子は、全身で笑い、泣き、怒り、焦り、悲しみ、おちゃらけ、はしゃぎ、幸福感に胸を押さえる。

合間に紙を引き抜き、大きな身振りと手振りで、観客を笑わせる。

言葉は解らずとも、絵と黒子の動きで、物語が伝わる。

「ぬん……」

これは、紙芝居と言うより、

(演劇に近いのの……)

一人芝居。

子供たちの集中力に合わせて、そう長くはない演目でも、

(非常に見応えがあるの)

お船が新しい土地に辿り着いたところで、物語は幕を閉じ、黒子の大きな一礼。

大きな拍手が沸く。

狸擬きも前足を合わせてポンポン叩いている。

大人たちが追加のおひねり的なコインや紙幣を木箱に落とし、それにまた大きく手を振り、頭を下げる黒子。

そんな黒子は、チラとこちらを見ると、我と目が合うなり、

「……の」

大袈裟な仕草で、投げキッスをしてきた。

なんと。

(ハイカラなことをするの)

男の我を抱く手に力が籠る。

(のぅ)

それでも、我の男は大人。

少なくとも表面上は心の狭さは見せず、追加のおひねりを投げるためにベンチの隙間を抜けていくと、黒子が唇をニッと弛ませ、男から直接コインを受け取っている。

「今夜は美味しい酒が飲めそうだ、と喜んでいるよ」

ほほぅ、酒飲みか。

ハスキーな声だと思っていたけれど、もしやあれは、酒焼けの声か。

狸擬きがベンチから降りてトトトとやって来た。

「フーン♪」

「どうだったの?」

「フフンフン」

夢を見ていた気分で、今、やっと目が覚めました、と。

男伝にそれを伝えると、黒子は照れたように身体を揺らす。

そして、

「ね?君はどうだった?」

的に訊ねられているのは解り。

(ふぬ)

敬意を込めて、黒子に片手を伸ばすと、黒子は目を見開いた後、笑顔でこちらに片手を伸ばし、我の手を包んだ。

とても柔らかな握手のあとに、包まれた手に顔を寄せられ、

(ぬ?)

音を立てて手の平にキスされた。

(ののぅ)

即座に動いたのは男で、黒子から我を引き剥がすように身を引き、

「んのっ!?」

「……!……!」

男はとても渋い顔で黒子に苦言を呈している。

黒子は笑いながらも、舌をぺろりと出して謝っているらしい。

まぁ男は、我に関してだけは、器など存在しないほどに心が狭くなる。

「フーン……」

狸擬きの呆れた溜め息は、男と黒子、どちらに対してか。

しかし黒子は両手を合わせて調子よく、

「片付けも手伝ってよ」

的に男に拝み、お人好しの男は、我をベンチに座らせると、溜め息を吐きつつ片付けを手伝い始めた。

狸擬きも隣にぽんっと座ると、

「フーン♪」

血湧き肉踊る冒険でしたと、後ろ足をパタパタさせている。

「たった1人でも、あれだけのことをやれるのの」

紙芝居の物語は、船に乗り、見知らぬ島を目指す冒険者の話だった。

黒子の馬車の馬は1頭。

荷台も小さい。

その馬がちらりとこちらを気にしているため、狸擬きがベンチから降りると、馬の方へ駆けて行き、フンフンと鼻を鳴らして挨拶している。

狸擬きは、相手が獣ならば、どんな相手でも物怖じをしない。

「お待たせ」

黒子の私物のベンチを片付けると、男が戻ってきた。

男に両手を伸ばすと、男が我を抱き上げ、

「じゃあ行こうか」

さっさとその場から離れようとし、黒子が慌てたように駆けてきて、何か訴えている。

「……」

ふぬ。

男の、ここまであからさまな嫌な顔は珍しい。

男は我をちらと見て、黒子が、ほら早く伝えてくれと促していることくらいは解り。

「なんの?」

「……手伝ってくれたお礼に、夕食に招待したいと誘われている」

ほほぅ。

その誘いを受けるかは別として。

「ぽんぽんは当分減りそうにないの」

「だな」

男は断りかけたけれど。

「フーン?」

狸擬きが、

「どうしました?」

とテコテコやってくると、黒子は狸擬きの前に駆け寄り屈み、何やら、身振り手振りで話し始めた。

すると、狸擬きは途端に、

「……フーン?フーンッ!!」

この人間が、この物語のことや、何なら物語の続きも教えてくれるそうです!

と大興奮で、尻尾をくるくる高速で回転させながら我を見上げてくる。

そう、黒子は卑怯にも狸擬きを凋落し、そしてまんまとそれに釣られる狸擬き。

「フーン♪」

キラキラの期待に満ちた小さなお目目で見上げられれば。

我はともかく、男は。

「あー……」

大きく溜め息を吐き、

「じゃあ、明日」

とでも言ったのか、黒子はうんうんと大きく頷くと、明日ここでと地面を指差し、荷馬車に飛び乗ると、手を振って広場から消えていく。

「……」

広場に取り残されるのは、我と男とご機嫌で尻尾を振る1匹。

もう、今さっきまでここで紙芝居が開かれていた、名残の欠片も見えない。

「……」

「お主は」

「ん?」

「あの女は苦手の?」

「んん、少しな、……女!?」

我を抱いたまま少し飛び上がった。

なんと、まだ気づいていなかったのか。

「あれは人の女の」

多分、胴回りなどには何か巻き付けて腰周りとの差をなくしている。

男は、そうなのか……と、ううんと複雑そうな顔をしたけれと。

「それでも、困った人には変わらないな」

と我の手を取り、キスされた手の甲に、目を伏せて唇を触れさせてくる。

(ぬ……)

「……お主にされると、どうしてか胸の辺りがじわりと熱くなるの」

むず痒い。

男は、我の感想に声を出さずに笑うと、

「俺たちも帰ろうか」

広場から踵を返した。

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