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141粒目

2人は来たばかりではなく、この街に少し馴染んだ空気。

まさかの再会。

はしゃぐ2人に誘われ、1階がレストラン、2階が茶屋になっている店に入ると、

「のの」

ホテルの個室ほどではないけれど、窓から街中が見下ろせる。

長方形のテーブルに4人でそれぞれ並んで腰を掛け、狸擬きは誕生日席。

2人のおすすめの甘味を頼んで貰うと、

「この国に、絵描きの知り合いが住んでいて、しばらく滞在している。

市場で一区画を借りて絵を売ったり、知り合いが店をやってるため、そこの端で仕事をさせてもらったりしていると。

「珍しい格好をした男の人が、黒い髪の女の子を抱っこして、更に連れているのは狸でしょ、すぐに気付いた」

と笑っている。

運ばれてきたのは、以前食べたアップルパイに似た生地と思われる

パイ生地だけれど、四角い。

フォークで割ると、ふわりほこりとした香り。

「あーむぬ」

(ぬぬ?)

中身は栗を潰したものをパイ生地に包み焼いたもの。

それに添えられたアイスクリームもスプーンで掬えば。

「ぬー♪」

(これは大変に美味♪)

狸擬きも、

「フーン♪」

ご機嫌で口に放り込んでいる。

「ね、美味しいでしょ?」

的に易者に微笑まれ、

「の、美味の」

男は、珈琲と、珈琲におまけで付いていた栗を薄くして揚げたものを摘まんでいる。

が、我の視線に気付くと、笑いながら口に運んでくれる。

(ぬぬ)

パリパリで栗の風味が広がり、狸擬きが、

「フーン、フーン」

自分も自分もせがむと、絵描きが狸擬きの口にチップスを運び。

「……♪」

カリカリと小気味良い音を立てて咀嚼する。

易者と絵描きは、もう少ししたら、大きな川を超えて北の方へ行くと言う。

海を越えた向こうは、絵描きは歓迎されるけれど、易者はあまり歓迎されないと言うか、その国の民の性格か、占いは非現実的で需要もないと。

(ほうほう?)

気になるけれど、先に男にパイのおかわりをせがむ。

「フーン♪」

自分は栗のチップスがもっと食べたいと狸擬き。

歯応えが楽しいらしい。

「んん?夕食が入らなくなるぞ?」

「パイはお主と半分この」

男は、仕方ないとやってきた店員に手を上げ、追加をしてくれた後、2人に何か訊ねている。

2人はうんうんと頷き、絵描きが何か答え、

「船はね、出発した時に海は穏やかでも、乗っている時に荒れると地獄だから、急ぎでもない限り、秋の始まりまではお勧めしない」

と。

絵描きの酷くげんなりした顔から、荒れた海は相当らしい。

運ばれてきたパイを男の口に運んでいると、またそれを見ていた狸擬きが。

「……」

前足でチップスの入った皿を押し出し、

「皆様もお1つどうぞ」

をしている。

なんとも、この街に来てから、本当に大人になったものだ。

易者と絵描きが一枚ずつ摘み、我と男は大丈夫だとかぶりを振ると、狸擬きは安心したように手許に皿を戻し、ご機嫌でチップスを口に放り込み始める。

「……ぬん」

我は男に口を指先で軽く払われる。

易者に、よかったらまた出発の前にでも、食事しませんかと誘われているらしい。

男が快諾し、店選びは任せてもいいかと伝え、絵描きに煙草を勧めて、火を点ける。

2人が向かう先は、大きな川があり、船で渡るのだと言う。

狸擬きが栗のチップスを美味しそうに食べているせいか、

「この街には、実の付く時期がとても早く、栗拾いが出来る場所があるよ」

と教えてもらえた。

夏栗と言うらしい。

「明日にでも行こうか」

「の♪」

と楽しみにしていたけれど。

「フーン……」

雨降りの1日。

「雨がやんだら行けばいいの」

「フーン……」

ロッジの窓から雨降りの放牧場を眺める狸擬き。

馬たちも皆、馬舎でおとなしくしている。

テーブルで長い日記をつけている男に、パンを焼きたいと伝え、荷台から色々な持ち出してくると、パンを捏ねる。

男が地図を広げてくれ、

「2人が向かうのはこっちだな」

教えてくれる。

「ほぅほぅ」

ふと、

「お主は」

「うん?」

「『付き合い』で占っては貰わぬのの」

昨日広場いた、下手くそな演者には、小遣い程度とは言え小銭を落とすし、普段からチップ的なものも惜しまないのに。

諺で言えば、仕事柄か、

『情けは人の為ならず、巡り巡って己が為』

を無自覚に生き様に組み込んでいる、この男が。

両手で頬杖をつけば、パン生地の入ったボールに掛けた濡れた布をちらと捲っては、 徐々に丸くなる生地を不思議そうに眺める狸擬きの背中が視界に入る。

「いや……」

男は、ペンを軽く手帳にとんとんと当てると、

「少し、怖いのかもしれない」

と自嘲気味に笑う。

「怖いのの?」

「占いは、いい結果だけとは限らない」

ふぬ?

「フーンフン」

自分はまた占って貰いたいですと、狸擬き。

そうの。

「占いなんて、当たるも八卦当たらぬも八卦、ではないのの?」

「……んん?」

男が首を傾げる。

狸擬きからも、

「……?」

言葉の意図が読みきれないと言った空気。

(おやの?)

我のいた所では、占いは当たる時あれは外れる時もある、だからそんなに気にするなと言う意味だと伝えると、

「それは、占いではないな」

男は可笑しそうに笑う。

「フーン」

狸擬きも、それは適当なことをでっち上げるだけの嘘ではないのですか?

とこちらへやってきた。

こちらでは、易者は、本当の易者しか存在しないと。

「のの?」

そうなのか。

それなのに占ってもらった狸擬きは。

「お主は案外度胸があるの?」

「フン♪」

したり顔狸。

易者は、王様や大きな商人に専属で雇われていることが多く、あの絵描きと一緒に旅をする易者は、修行中の身としても、だいぶ異色なのだそうだ。

(ほほぅの)

人によって見え方が違うのは向こうと同じ。

占い方も人それぞれだと。

水晶占いは今のところ存在しないらしく、真似をしてみたら、なぜか大笑いされた。


宿にオーブンはないため、パンはフライパンで焼いてみる。

ものの見事にくっつき、意図せず「ちぎりパン」なるものになってしまったけれど、味は。

「フンフーン♪」

間違いないらしい。

雨は強く、宿は他にも、客が籠っている気配。

受付兼自宅の建物に、母娘がいるのも感じる。

(ふぬん……)

「……狸擬きの」

「フン?」

「パンを母娘に届けてくれるかの」

持ち手のある籠にパンを詰め、布を掛ける。

狸擬きなら軒下を通り、そう濡れずに済むだろう。

「フーン」

狸擬きは、自分で首に籠を掛けると、

「フンフーン」

いってきます、と開いた扉からトトトと身軽に駆けて行く。

「君は優しいな」

「お主の真似の」

残りのパン生地を焼きつつ、部屋に漂うパンのいい香りに、狸擬きの様に鼻を鳴らしてしまう。

少しばかり久々に会ったあの2人は、全く、欠片の成長の影も見られない我を見て、何を思っただろう。

少なくとも、表には、顔には出さなかった。

「いつまでも若いままの人なのだなと、思うくらいだよ」

ぬぬ、そうなのか。

「この世界は広い、けれど、多くの人は一生を、その日に家に帰れる所までしか行かないことも多い」

「ふぬ……」

「だから、あぁ、こういう人もいるんだな、と思うし、それだけだ」

達観している。

「他人を気にしても、比べても、仕方ないだろう?」

まぁ、そうなのだけれど。

そこまで簡単に、他人は他人だと、割り切れるものだろうか。

(割りきれてないからこそお主は)

「……」

パンが焼けてきた。

「の、お主も味見の」

「ん」

男の口に運んでいると、

「フーン」

あの母娘はとても喜んでおりました、と戻ってきた狸擬きが、

「フーンッ」

自分も自分も、とスタタタと駆け寄ってくる。

「さっき味見したばかりであろうの」

「フーン」

あーんで食べたいのです、と狸擬き。

なんと。

「甘えん坊さんの」

「フンフン」

主様に似たのです、と言われ、

「ぬ、ぬぅ……」

何も言い返せない。


夏の陽射しが戻った次の日。

夏栗を拾いへ行くために、宿で貸し出してくれている小さな荷車と馬を借りた。

今日はどこへと母親に聞かれ、栗拾いだと男が答えると、隣にいた娘が、

「いいなぁ」

と言わんばかりの小さな溜め息。

(ぬぅ……)

夏の休暇でも、宿の手伝い、失踪した父親は行方知れず、今までは父親の役目だったであろう宿の修繕も、今は客に頼む有り様。

仕方ない。

(我は、お姉さんであるからの)

「の」

「うん?」

「……一緒に行くか、と聞いて欲しいの」

我の、しかし我ながら苦々しい声色に、男は、我の頭を撫でながら娘に訊ねている。

「え?え?いいのっ!?」

と跳び跳ねる娘に、母親の(たしな)める仕草と表情。

狸擬きが、

「主様は大人ですね」

と寄り添ってくれる。

「仕方ないであろうの」

荷台に乗せられ、狸擬き、我、男、ニコニコ笑顔の三つ編み娘の順に並ぶ。

恐縮しつつ手を振る母親に見送られ、栗拾いへ出発する。

我は話が出来ないため、男と娘の会話を聞くことになる。

「お父さんは、とてもお人好しだった」

「背は低くて細くて、いつでも優しかったけど、誰にでも優しかった」

「いなくなったのは、まだ少し寒い春先」

「いきなり消えちゃったけど、荷物も消えてたから、お父さんの意思で消えたんだなって分かった」

このお人好しばかりの世界で、

「お人好し」

と称されるくらいだ、父親は相当なお人好しなのだろう。

「周りの人たちも、みんな助けてくれる。……ただ」

ただ?

「お母さんは、まだお父さんが戻ってくるって思ってるから、壊れた場所も、お父さんに直してもらうからって、修理屋さんを呼ばなくて」

のの。

「そこだけは、少し困っている」

と。

なるほど。

だからこの年端もいかない娘が、修理に格闘していのか。

母親の気持ちも、解らなくはない。

歩道を歩く子供たちが、娘に気付き手を振り、娘も笑顔で手を振り返している。

「今のはね、学校の友達なの。1人は海の向こうから来た子」

「向こうは少しだけ寒くて乾燥してるから、こっちの少し暖かい気候が好きな人が来るんだって」

ほう。

「歩いていくには遠いから、数人の子で馬車の荷台に乗って行くの」

スクールバス的なものか。

建物が減り、また葡萄畑やオリーブ畑が現れ、ほんのりと登り坂になる。

更にしばらく先に見えるのは、大きな栗の木畑。

馬車が入りやすい手前からぐるりと、栗畑の所有者の管理下として小さな柵が立っているけれど、奥や周りに広がる栗の木ならば、お裾分けで自由に採っていいと。

大盤振る舞いだ。

小さな馬車が遠くや奥に点々と見え、同じ栗拾い仲間らしい。

馬車が通れる隙間を抜けて奥へ向かうと、途中で馬車を停め降りる。

狸擬きにも背中に火挟みを背負わせ、栗林の中へ。

フンフンと張り切って先を歩く狸擬きの頭に栗がストンッと落ち、

「フンッ!?」

飛び上がる狸擬きに、男と娘が笑う。

「この辺りはまだまだ残ってるな」

足で踏んで開いてもいいと言われたけれど、

(ぬぬ、草履だと若干やりにくいの)

厚手の皮の手袋も、我の手には大きすぎる。

「我等はあっちで取ってくるの」

狸擬きと共に更に奥へ向かうと、

「ふん」

人の目がなくなったのを確認して、ツンツン殻のごと掴み、むりりっと開く。

狸擬きも、割れ目に前足を置き、体重を掛け器用に開いている。

どれもこれも身の詰まった大きな、

「よい栗の」

「フーン♪」

耳を澄ませば、娘の、楽しそうな空気も届く。

「ずっと旅をしているのか」

と娘が男に訊ねているらしい。

「大人になってからだから、そう長くはない」

と男。

こちらで言うところの、男のいた国の「大人」が、幾つなのかは分からないけれど、思っているよりは、遥かに若くして大人なのだろう。

栗を袋に仕舞い、また剥き上げる。

男の他愛ない話に、娘が笑っている。

「栗で、何を作ろうかの」

「フーン」

また栗を混ぜ込んだ「くりおにぎり」が食べたいです、と狸擬き。

「ふぬ」

それ以外に思い浮かぶのは。

「栗を混ぜたパン、栗のポタージュ、栗ジャム、栗を酒に漬けるなんてのもあったかの」

「……フゥゥゥン♪」

手の止まった狸擬きが、うっとりとした顔で栗を眺めている。

「まずは、拾わねばの」

「フーンッ」

ガッテン!と前足を上げた狸擬きが、更に精力的に剥いてはポンポンと袋に放り込んでいく。

そんな狸擬きに、こっちにもたくさんありますと誘導され、袋がパンパンになった頃、だいぶ離れていた場所から、男に呼ばれた。

「フーン」

乗ってくださいと狸擬きのお言葉に甘え、背中に乗せてもらうと、

テテテと小気味良く駆け出す。

娘が、わぁとはしゃいだ顔をしたけれど、狸擬きの背中は我の専売特許である。

「昼にしようか」

「の」

サンドイッチもたんまり作ってきた。

(何かこう、どうにも何かしらの予感がして、赤飯おにぎりを、お弁当ではなく朝ご飯に回したのは正解だったの)

栗の木の下で敷物を広げ、湯を沸かす。

しかしカップは3つしかないため、我は男と一緒のカップで紅茶を飲む。


向かい合って座る娘に何か言われた。

「?」

「そのドレスがとても可愛い、と褒めてくれているよ」

巫女装束か。

言葉に嘘はなさそうで、今も好奇心いっぱいの瞳で、長い袖までをじっと見つめられる。

そして、

「狸さんとはずっと一緒にいるのかって」

ぬぬ。

「短いの、やっと季節が一巡りしたくらいの」

狸擬きはサンドイッチに夢中でこちらを見もしない。

「お主は、馬の世話はいつからしている?」

と訊ねてもらうと、

「6歳くらいから、その前は馬に遊んでもらっていたと」

ほほぅ。

なぜか、馬とはなぜ頑なに話せない。

やっと我等を運んでくれる2頭が、少し怯えなくなってきたくらいで、狸擬きの言葉曰く、基本はどうやら怯えられている。

「……」

そういえば、いつかの黒い城でも、馬はとみに縮こまっていたけれど、あれと少し似ている。

(我は悪霊ではないはずなのだけれど……)

まぁ、馬たちから見たら、似たようなものなのだろう。

娘が男に何か嬉しそうな顔で男に話し掛け、男は胸の前で手を振り、我を指差すと、娘が小さく飛び上がる。

「?」

「サンドイッチがすごく美味しいと褒められている、君が作ったものだと話したら、とても驚いているよ」

(あぁ)

男には馬車の運転もさせるし、食事の用意くらいはと請け負っただけなのだけれど。

「美味しいよ」

男の賛辞には、

「ふぬん♪」

胸の奥がこそばゆくなる。

午後は更に奥へ向かい、3人と1匹で栗を拾う。

それでもまだまだ森の様に大きな栗林は、拾いきれない程に栗が実っている。

一番拾ったのは狸擬きだった。

「お主、凄いの」

「フーン♪」

「食い意地の張りっぷりが」

「フーンッ!?」

失礼な!

とフンフン怒る狸擬きの頭に、また栗がポコンッと落ちた。

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