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134粒目

胡桃を小鳥に譲った狸擬きのリクエストは、

「まだ食べたことがない甘いもの」

と。

根に持っているのか、遠慮なくハードルを上げて来た。

まぁ、お気に入りのおやつを譲らせられたのだから当然か。

「ぬぬん……」

荷台にあるもので、何が出来るだろう。

鳥は瓶の中でグーグー眠っている。

(ふぬぬ……)

街まで、そう遠くないだろうから、好きなものを使っていいと男にも言われたけれど。

煙草を吸う男ににじりより、あぐらの中に収まると、じっとまた記憶の本棚に入る。

スコーンを作った時に、記憶の中で捲った前後のページに何かあった気がする。

「……」

ぺらりぺらりとページが捲られる。

(……あぁ)

食感の想像付かないあれ。

「狸擬きの」

「フン?」

「明日の朝食でも良いかの?」

「フーン♪」

ものわかりが良くて助かる。

けれども。

そう、下準備が必要だ。

途中で買っていたパンを半分に、薄めに切り、

(卵とミルクと……あとは、砂糖もか)

カラメルは明日でいい。

真ん中の街の雑貨屋で見掛けた、多分、作りからして、琺瑯と言われるもの。

浅く平たい四角型の容器。

見付けた時、これは何としても買う、必要なもののと、胸に抱えて離さずに、男を見上げた代物。

縁だけが青く塗られ、大きさ違いで買ったら、驚く値段になった。

(後悔はしていないがの)

パンを広げて、混ぜた液体を注ぐ。

「フーン?」

「そうの、こうやってパンを浸しておくの」

冷蔵箱に仕舞うと、臭いが付いてしまうなと煙草を消していた男に、

「抱っこの」

今度は正面からしがみつくと、

「朝が楽しみだ」

髪を撫でられる。

「ぬふん♪」

それにしても。

「あの旅人からの手紙とは、意外だったの」

飄々として、いつでも読めぬ笑みを浮かべていた男。

「手紙をくれたのは、謝罪の意味もあるんだろうな」

ぬん。

「そうの。……」

箱の上に広げてある手紙を手に取ると、

「の、燃えない程度に火を付けて欲しいの」

「ん?」

手紙を広げて、男に少し炙って貰ったけれど、特に何か浮かび上がることもなく。

「?」

「フーン?」

狸擬きも首を傾げてこちらを見てくる。

「我の世界では、特殊な、こうやって炙ると浮き出てくる文字の伝え方もあるの」

のだけれど、穿ち過ぎだった。

「そんな事をするのか」

「秘密の話をする時に使うの」

「秘密、……恋文か?」

平和な世界に相応しい回答。

「くふふ、そうの」

雨はやんだけれど、鳥が起きない。

「君の朝食もあるし、今日はここで一晩過ごそうか」

「の」

確かに、あの不安定な朝食の下準備を抱えての移動は危険極まりない。

「フーン」

「の?」

折り紙で、鳥を折って欲しいと狸擬き。

「ふぬ、良いの」

小さいし、そう難しくもないだろう。

男が、外で煙草を吸ってくるよと小雨にも関わらず荷台から降りて行き。

小さな嘴、羽、下腹部に重心を置いた、ヒヨコのような折り紙を折り、下の小さな隙間から、

「ふっ」

と吹いて膨らませると。

「フーン♪」

小さな小鳥を嬉しそうに前足で掬う狸擬き。

男が顔を覗かせている。

「見るの」

「フンフン♪」

「あぁ、可愛い小鳥だ」

その言葉に、生きた小鳥が

「ピチッ?」

と目を覚まし、瓶から飛び出てきた。

狸擬きの持つ折り紙の小鳥を、不思議そうに眺めている。

すっかり星が見えた夜は、少し久々に荷台の外で、骨付きのラム肉を焼いたもの、トマトのスープ、甘い卵焼きに赤飯おにぎり。

鳥は、仕事の終わったご褒美デーなのでと、甘い卵焼きのみを無心につついている。

食後の珈琲と紅茶を淹れると、小鳥は小さな器に、頭痛のしそうな量の砂糖が注がれた甘いカフェオレを飲みながら、鼻がいいと言わるけれど、実際はその匂いと気配が、太い線のように見えるため、それを追っていると教えてくれる。

「主様は気配を追いやすいと」

いいのか悪いのか。

「追いやすいため、遠くても最速で辿り着けた」

「ここまで長距離は初めて、とてもいい経験になった」

とも。

それはよかった。

この小鳥は、明日には発つと言うため、返事を託すために、今日中に返事を欠かなくてはならない。

男が荷台に上がり机代わりの箱に向かうも、我は旅人には特に伝えることもなく。

それでも。

草原の岩に置いた桃の木は、しっかり根付いているようで良かった。

それを教えてくれた旅人には、

(感謝しなくてはの)


翌日は早朝。

「フレンチトースト、の」

本物の味は知らぬが、それっぽくはきっとあるだろう。

少なくとも見た目は、適度な焼き色が付いて美味しそうに見える。

隣のコンロで盛大に跳ねて小鳥を驚かせたカラメルをかけてやれば。

「♪」

狸擬きは目を輝かせて、まだかまだかと自分の皿に置かれるのを、フォークをナイフを片手にそわそわし。

隣の小鳥の前にも小さめの一切れ置いてやる。

ナイフで切り分け、口に運ぶ狸擬きは、

「フゥゥン……♪」

咀嚼しながら、恍惚の表情を晒している。

小鳥も、尻を振りながら喜んで食べているし。

満足頂けたなら何より。

二度目を焼きつつ、紅茶を用意する。

二度目に焼いたものを、男と半分こ。

男はフォークのみで器用に切り分け、好奇心いっぱいの目で口に運んだけれど。

「んん?……うんうん、初めての食感だ」

ニコニコしているところを見ると嫌いではないらしい。

「ふぬ」

我もと、フォークの先にふにゅりとした手応えのある黄色い、水分を吸ったそれを口に含めば。

「ぬ、ぬんぬん♪」

もにゅりとして、甘い卵の風味が口に広がる。

(ふぬふぬ、ふわとろ美味の)

正解か、これが本物かは分からないけれど、

「美味しいな」

「フーン♪」

「ピチチッ」

これが成功でいいだろう。

「とても美味の♪」

食べ終わると、鳥がそろそろ旅立つと言う。

せわしないと思うけれど、これが普通なのだろう。

「少し待つの」

箱から刺繍糸を取り出して切り、唇で食み、糸に舌先を滑らせてから、その紐で金具の筒にリボンの様に結ぶ。

「旅人の元へ届く頃に効果は切れるの」

気休めでも、ないよりましだろう。

男には、じっと見つめられたまま。

小鳥には、少しでも軽い方がいいだろうと、紙で蓋付きの小さな箱を作り、中に小さなビスケットを忍ばせて、糸で包み、首から掛けてやる。

「ピチチッ」

感謝の言葉と共に、荷台の外で小鳥がホバリングをした時。

「……のの?」

「ピチッ!?」

狸擬きが木箱の上に飾っていた折り紙の小鳥が、小さな羽をパタパタ動かし、浮いた。

「フンッ!?」

「ピチッ!?」

小鳥が驚きつつも、どうやら仲間と認識したらしく、嬉しそうにその場でくるくる回っている。

(あぁ……)

小さな紙鳥は。

「長旅でもあるし、ほんの途中までお供をしますと言っておるの」

そう伝わってくる。

(あえて力は込めたつもりはないのだけれど……)

「フーン……」

当然、とかく寂しそうにしている狸擬きを宥め、風に乗り飛んで行く2匹の鳥を見送り、我等も出発する。

男はもう慣れっこなのか、無駄に驚くこともなく、抱っこした我をベンチに座らせてくれる。

「……ふぬん」

しかし。

あの折り紙たちが意思を持つ、

(発動条件はなんの……?)

あれだけ集中して折った、3頭の龍も九尾の狐も蓮の鶴も、微動だにしない。

したのは。

(あの湖畔の自称主に遭遇した時からの……)

しかし、全てが動くわけではない。

狸擬きも隣に飛び乗って来た。

「フーン」

「お主には、また折るのの」

「フゥン」

それも楽しみですけれども、あのにゅわりとした甘い卵パンがまた食べたいと。

そっちかの。

「良いの、また作ろうの」

「フーン♪」

進む道にはオリーブ畑があったり、

「のの、あっちは蒲萄畑の?」

「あぁ、実がつくのはこれからかな」

大きな蒲萄畑を越えると、

「のの」

少し標高が下がり街が見えてきた。

そして、人の姿もちらほらと見えてきたけれど。

(ののぅ……)

「の」

「ん?」

「あの牧場村で本を売っていた小柄な老人が着ていた服に、似ているものを着ている人間が混じっているの」

「あぁ、船でこちらに来た人たちだろうな」

ほほぅ。

気温が高いせいか、薄着ではあるものの、シャツに薄茶のチョッキを合わせたり、焦げ茶のジャケットを手に掛けていたり、カチリとしたやはり茶色の靴を合わせ、なんと言うか。

(小洒落ておるの……)

女性も、特に一目で分かる。

共通点は、薄茶と茶色、かっちりとしたシルエット。

髪を丁寧にまとめていたり、流していても艶があり手入れがなされていたり。

ノースリーブのシャツにタイトスカートと、ヒールだったり、細身のパンツルック。

「ふぬ、よいの」

「好きか?」

「ふぬ。我はラフな格好より、きちりとした服が好きらしいの」

花の国の山の屋敷の執事のおじじの、隙のない、あれは燕尾服だったか、あれも好みではあった。

「君のその服も、動きやすそうなのに、どこか厳かに感じるな」

「のの?」

そこいらの民家から貴重であろう着物をちょろまかすよりは、際限なく慈悲深いであろう神社から拝借する方が、遥かに罪悪感が少なかっただけの代物だけれど。

「ぬふん♪」

褒められるのは、やぶさかでない。

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