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124粒目

木の枝で砂浜にお絵描きをし、

「のの?」

「フーン?」

砂浜の小さな穴に首を傾げる。

「貝の……?」

蟹だろうか?

煙草を吹かしていた男がやってきた。

「そろそろ行こうか」

「の」

狸擬きは、ギリギリまで濡れた砂浜に自分の足跡を付けてから、満足そうにこちらへ走ってきた。

島の真ん中はオリーブの木が一面に植えられ、島の反対側をまたぐるりと歩き出すと、掘っ立て小屋に土産用のオリーブの鉢植えが売られている。

気にはなるものの。

(旅には一番向かぬものの)

いや、案外植物を育てながらの旅人もいるのだろうか。

掘っ立て小屋がおんぼろなのは、

「塩害だろうな」

「のの、塩は強いの」

建物の先もオリーブの木が生え、その先は数メートル程度の崖。

先刻お舟で見上げた場所だと思われる。

狸擬きは、

「フーン」

テコテコと1匹、オリーブの木々の中へ散策へ向かう。

男が、島のスケッチをしたいと鞄から少し大きめの写生帳、スケッチブックを取り出したため、やはり塩害のためか酷く草臥(くたび)れた木のベンチに並んで座る。

潮風を感じながら息を吸い込むと、離れたオリーブの木々の間を、スンスンと匂いを嗅ぎながら歩く狸擬き。

たまに飛んで来た虫にビクッとしつつ、こちらを振り返っては、またキョロキョロと辺りを見回し、土をふみふみし、木に身体を擦り付けている。

(忙しいの)

そして落ちたオリーブに気付き、前足で転がしていたけれど、

「……」

ピクリと動きを止めた。

そして、じっと何か気に留めたように、そちらを見ている。

「……?」

つられて視線を向けると、

(のの……)

我等が来た方角とは逆回りから、

(のぉ……)

白く、しかし毛先だけは濃い群青色した見目麗しい狼が、若い女と共に歩いてきた。

かなり大型の、ミルラーマを出てすぐの村で初めて会った青年と一緒にいた狼くらいの大きさだろうか。

一緒にいる若い女は、明らかに旅行客といった体で、長い髪は首の後ろで一纏めにし、明るい色のタンクトップに、デニムと思われる膝丈のパンツ姿。

女は楽しげに島を見回しているけれど、狼は足を止めて、オリーブの木の中にいる狸擬きに気付き、じっと視線を向けている。

すぐに若い女も、狼の視線の先に狸擬きがいることに気付き、

「……!?」

はしゃいだ声を上げ、おいでおいでと手と振っている。

狸擬きは、娘の呼びかけではなく、狼の存在にテコテコと近付いて行く。

狼も、緩く尻尾を振りながら、おずおずと狸擬きに足を進めかけたけれど。

耳をピクリとこちらに動かし、唐突に、何かに気付いたように動きを止め、ギクリと顔だけをこちらに向けると。

「……!?」

身体を強張らせ、そのまま硬直した。

若い娘が、怪訝そうな顔で、

「どうしたの?」

的なことを訊ねながら固まる狼の隣で、若い女もこちらに視線を向けてきた。

肌に焼けた肌が健康的な色気を醸し出しており、浅緑色の瞳が陽にきらりと反射している。

固まる狼と違い、目が合えば好奇心旺盛な眼差しで上から下までまじまじと見つめられる。

隣の男は真剣にスケッチしており、けれど我が男の腕の裾を摘まむと、

「ん?」

ふっと柔らかな笑みを見せてくれる。

「の」

我が狼に視線を向けると、

「あぁ」

大きな狼だなと呟き、隣に立つ若い女にも、仕事用の笑みを浮かべる。

若い女も、ハァイ♪といった様に片手を上げたけれど、なかなかその場から動かない狼に、

「……?」

不思議そうに狼の顔を覗き込んでいる。

すると狸擬きがテッテコとやって来て、若い女に並ぶように狼の前に立った。

女は、驚いて狸擬きをまじまじと眺めている。

狸擬きは、構わず狼にスンスンと鼻を鳴らして、何か話している。

「……」

狼がちらとこちらを見て少し顔を上げると、狸擬きがテテテとこちらに駆けてきた。

「あやつは何を言っておる?」

「フーン」

狸擬きが言うには。

あの狼は、とても臆病な性格らしく、

『何か恐ろしく強い獣の気配がし、それだけでも怖いのに、なぜかそれは人間の幼女の姿をし、得体の知れない化け物として目の前に存在している』

と。

「……成る程の」

化け物とはまさに的を得ている。

狸擬きは、

「フーンフンフン」

なので、

『失礼な、あの方はわたくめの心服する主様でございます』

と伝えました、と胸を張っている。

(心服……)

普段からその心意気を見せて欲しいものだ。

せいぜい我のことは、

「一緒にいると美味な飯にありつける変な生き物」

程度にしか思っていないだろうの。

若い女と、その女に毛を引っ張られるように引き摺られてやってきた狼は。

耳と尻尾だけでなく、腰まで落とし、屠殺場に連れて来られた家畜の有り様。

(今までの狼たちとは、まただいぶ違うの……)

個性、というものなのだろうけれど。

しかし、こちらは少なくとも、見た目だけは小さく弱い幼子なのだから、それ相応の対応をして欲しいものである。

若い女が男にフランクに話し掛け、男もさらりと返事をしている。

通訳する程の会話ではなさそうで、狸擬きは、相変わらず逃げ腰な狼に、フンフンと何か話し掛けている。

それに対し、ポソポソと返事をしているらしい狼。

若い女が我にも話し掛けて来たため、せいぜい幼子らしく男の腕にしがみついてみれば、男はスケッチブックを脇に置くと、我を膝に抱き上げ、若い女に、この子は言葉は通じないと伝えている様子。

若い女はあっさり頷くと、今度は男に何か誘いのようなものをしている。

(なんぞ……)

「旅の人なら是非話をしたい、食事を一緒にどうかと誘われたよ」

ぬぬ。

「この者はどこから来たと?」

「海を越えた国からだと言ってるよ」

「ふぬ」

良いのと頷くと、狸擬きと話す狼がピクリと跳ねる。

のの?

(言葉は通じているらしいの……)


先にある、修繕のあとが帯びたしい木造の食堂に入ると、いかにも島の娘といった感じの、麻のワンピース姿の日焼けした若い娘が、変わった客にも慣れっこな様子でメニューを置いていく。

厚手の紙が1枚。

あまり上手でない絵のメニューではいまいち分からないけれど、品数が少ないため、全部頼んでシェアしようとなったらしい。

狼は、若い女の後ろでじっとしている。

その若い女は、

「狸と言うものは皆こんな風に、人と食事を共にするのか」

と若い女の隣に座り、おとなしく食事を待つ狸擬きをまじまじと見て、男に問い掛けている模様。

男は、苦笑いして分からないと答えている。

給仕の娘が運んできたのは、歪な陶器のグラスの中に、濃く黄みがかった飲み物。

何も考えずに、微かな干し草の様な香りのするお茶をごくりと飲んでみたけれど。

「……ぐぬっ!?」

渋苦い。

口いっぱいに広がる渋みと苦味。

「オリーブ茶だそうだよ」

男も苦笑いし、

「観光客へのサービスで、渋みを抜かずに淹れたお茶だそうだ」

なんと無用なサービスを。

若い女も舌を出して、けれど笑っているし、狸擬きはコップを前足で持ったまま、ない白眼を剥いて固まっている。

島の人間の茶目っ気なのだろうけれど。

(こんな不味いものは……)

いつ以来であろうか。

あの遠い遠い小さな組合のための村、あそこの宿で出された薬草の様な汁物以来か。

笑いながら店の娘が運んできた2杯目のお茶は、

「ふぬ?」

さらりと飲みやすく癖も少ない。

こちらが本来のオリーブ茶だと。

とんだ島の洗礼を受けた気分。

若い女は、土産話ができたと笑っている。

何とも逞しい。

女が男になにやら訊ねているけれど、やはりどこから来たのか、仕事かと他愛ない問い掛け。

男が如才なく答え、狸擬きは、さすさすと腹を擦っている。

が、スンスンと鼻を鳴らすと、すぐに芳ばしい香りと、ジュワジュワと小気味いい音が聞こえてきた。

「……の?」

運ばれて来たそれは、分厚い鍋のようなフライパンに熱い油が注がれ、そこにオリーブににんにく、白い輪っかやら何やらが、所狭しとグツグツ煮られている。

「アヒージョだそうだよ」

「のぅ?」

アヒージョとな。

「この輪っかはなんの?」

「これはイカだな」

「ほほぅ」

確か犬が腰を抜かすとか。

狸擬きは大丈夫なのだろうか。

当の本人、本獣は、早速、前足で持っていた大きなフォークでズブリと白い輪っかを刺すと、そのままあーんと口に運び、咀嚼しながら、

「……?」

少し不可解な顔をしている。

我は、男が取り皿で小さくしてくれてから口に運ばれ、

「あむぬ」

(……ぬん、淡白の)

きゅむきゅむする不思議な食感。

まとわりつく油とにんにくの風味は美味しい。

「海老は我も知っているの」

尻尾が付いた丸まったフォルムと色が愛らしい。

「食べたことは?」

「ないの」

また口に運ばれ、じみじみと甘やかされているのと思いつつ口を開くと。

(のの、イカより噛みやすいの)

そして美味しい。

狸擬きは、イカが気に入ったらしく、

「♪」

ご機嫌でフォークを伸ばしている。

若い女は、自分で食べるよりも狸擬きの食事姿に興味津々で、狼は、娘の影から、我が何か共食いでもしているかのような怯えた視線を向けてくる。

(ぬ……?)

もしや狼自身が、自分が我の捕食対象だと思い込んで怯えているのだろうか。

狼の肉は、筋張ってるイメージで、あまり美味しそうではないけれど、まぁそう考えれば、怯えられる理由も納得できる。

今のところ食べる気はないけれど。

「……の、これは何の?」

「あぁ、タコだよ」

「タコ?」

小さく切られたそれは、確かに片面に少し色が付き、確かに吸盤のようなものが見える。

「あむぬ」

ふぬ、きゅもきゅもしている。

(イカもタコも食感に全振りしていて味はこう、淡白の)

幾分、タコの方が好みかもしれぬ。

また分厚いフライパンに、大きな魚が2匹分、どんと乗ってやってきた。

パリパリの皮に、給仕の娘が瓶からオイルを滴し、ジュカジュカと音を立てている。

「ののぅ」

ダイナミックな仕上げ。

若い女が目を輝かせ、やっと積極的にフォークとナイフを手にしている。

男が、大皿ごとどうぞと勧めている。

女は目を輝かせて頷くけれど、男が、女の後ろで涎を垂らしかねない顔で鼻を近付ける狼を指差していることに気付き、慌てたように振り返って、仕方なさそうに笑う。

狸擬きは、

「フーン」

フォークを持ったまま不満そうにしているけれど、

「追加の魚を頼んだから」

狼の、我への視線も怯えの含まれたほの暗い興味も、呆気なく目の前の魚に移り、取り皿に乗せられた魚が床に置かれると、夢中でかぶり付いている。

少しして運ばれてきたのは、追加の魚と、大皿にたっぷり積まれた厚切りの豚肉、山盛りに添えられたものは。

「焼いた野菜のマリネだそうだよ」

茄子やらトマトやら、小さな冬瓜に似たものは、

「ズッキーニだな」

どれも浸けやすくするためか長細く切られており、

「ぬん、良いの」

シンプルにオイルで焼かれた塩焼きの豚と良く合う。

若い女は、そのまま魚にかぶりつく勢いで唇をテラテラさせ、豚肉を狼の皿に置いてやっている。

どれも大変に美味しいけれど、どれもこれもオイルまみれの料理は。

「肌がテカテカになりそうの」

若い女は、魚を綺麗に細い骨までこそげると、履いていたデニム地のパンツに油まみれの指を擦り付け、何か話してくれる。

自分の住んでいる国はとかく獣の多い国で、それは歴代の国の偉い人が、動物が大好きだったからだそう。

私は、今は学校に通いつつ両親の経営するカフェでウエイトレスをやっている。

幼い頃から、両親の経営しているカフェを継ぐことは決めていたけれど、同時に旅にも憧れがあり、それを両親に話すと、同じタイミングで近くの家の狼が子供を産み、両親がそのうちの1匹をもらい受けたと。

それはいつか旅をする娘の護衛のためのお供であり、狼とは姉弟のように育ててくれていたけれど。

「姉の私の方がね、何倍も気が強いの」

とあっけらかんと笑う。

確かに、よく旅に付いて来たと思う気弱さ。

今は少しだけリラックスして、ぺたりと床に座り込んでいる。

男に頼み、

「とても綺麗な毛並みと色の」

と伝えてもらうと、若い女は、うんうんと目一杯頷き、

「そうなの!白い母親と薄い水色の毛をした父親から生まれたのに、薄くなるんじゃなくて深い群青色って不思議!」

と教えてくれる。

狸擬きは、自分の腹辺りを見下ろし、深い土色の毛を引っ張り、

「……」

何か考えている。

「やっとお金も貯まって、暖かくなったから、旅に出てみたの」

とは言え、

「ここが終点。決めてた日数も半分になったから、のんびり帰る予定」

だと。

「どんな国か?そうね、やっぱり動物が多いわ、でもこの狸は見たことない、他の国は動物用の店がなくて驚いた、お店によっては一角が全部動物用の櫛で埋められてたりするの」

おおぅ。

狸擬きがフンッ!?と反応する。

「あれよ、風魔法応用して吸い取る機械もあるわよ」

吸い取る?

「毛よ」

のの、掃除機、とやらか。

狸擬きは毛が抜けぬから全く頭になかった。

我も狸擬きも、時が止まっているのだとしみじみ思わされる。

けれど。

「それがあれば、荷台の掃除も捗るかの」

「いや、荷物が多すぎて無理だな。はたきと箒が精一杯だ」

ぬぬん、確かに。

男が煙草に火を点け、若い女に箱を見せると、ちらと笑い1本抜いていく。

男が、旅はどうだったと訊ねると、

「凄く楽しい、またお金貯めて遊びに来たい、でも他の国にも行ってみたいから悩む」

と笑い、慣れた様子で紫煙をふーと顔を逸らして吐き出す。

狸擬きが椅子から降りると、寝そべる狼の前にぽてりと座り、何か話しかけている。

若い女に、この子はどこに生息しているのかと聞かれ、男が、青のミルラーマ辺りにいたらしい、と伝えたけれど、やはり地名も場所もさっぱり分からないと。

そもそも花の国ですら、この国に来てちらと名前を聞いただけだと言う。

狸擬きは、前足を振り回し、フンフン話しているけれど、誇張した冒険譚でも聞かせているのだろうか。

(まぁ、実際は何とも締まりのない旅だからの……)

会計はレディに財布を出させるわけにはいかないため男が済ませ、店から出ると

、若い女が海風に靡く2つ結びの我の髪を見て何か訊ねて来た。

「その綺麗な髪色、素敵なドレスも、ミルラーマの人間の特徴かって聞かれているよ」

ううぬ。

そうでもないと曖昧に返事をすると、狸擬きが、もう少し砂浜で遊びたいとフンフン尻尾を振ってきた。

どうやら狼と遊びたいらしい。

若い女に訊ねると、行っておいでと狼を撫で、2匹が元気よく駆けていく。


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