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114粒目

逆上せて部屋に戻ると、男に慌ててベッドに寝かされた。

ベッドで男に、うちわ代わりの盆で扇がれながら、アイスクリームの運搬費と万能石の消費量、それに掛かる費用の話をしつつ、自分たちでアイスクリームを作る対費用効果の話をしていると。

「わかったわかった、作り方を調べないとな」

我の隣に横たわった男がくっくっと笑い、ベッドが揺れる。

(頭がぼんやりするの)

そして。

(我の身体は今、茹で小豆であるの)

「の……」

「ん?」

「今、我を食べたら、美味しいかもしれぬの……」

軽口を叩いたつもりが、男がピシッと固まる。

「……の?」

おかしなことを言ったか?

「あ、あぁ……そうかもな」

ぬぬ、なぜ目を逸らす。

「あー、そうだ、夕食はどうだ?食べられそうか?」

夕食。

そうの。

風呂にも入ったせいか、何だか眠い。

男の作る食事なら飛び付くけれど、食堂はお察しでしかない。

「我は遠慮するの」

食事を断ったせいか、

「フーン……?」

力なく鼻を鳴らす狸擬きが、ベッドの下から鼻先を覗かせている。

「お主は食べてくるの」

後で男達の話も聞きたい。

食堂からは、こちらの部屋も見えるため心配もないだろう。

男と狸擬きをベッドから送り出すと、目を閉じる。

(狸擬きもいないベッド、1人で寝るのは初めてかの……)

とても広い。

今夜の休憩所は、客は我等とあの兄弟だけ。

大爪鳥がどこかから飛んできた気配。

夜は少しばかり晴れそうで、薄い霧が少しずつ風に乗って霧散していくのを感じる。

「……」

どれくらい経ったか、うとうとと、しばし眠っていたらしい。

酒に酔ってご機嫌な狸擬きの、多分我にしか聞こえない、小さな小さなトテトテと歩く足音と、少し足早な男の足音。

ドアの開く音に、

「のの……」

無意識に両手を伸ばすと、

「あぁ、お待たせ」

抱き上げられる。

しがみつけば、視界の端で酒に酔った狸擬きが、フラフラとベッドに飛び乗り、横たわると、途端にスースー寝息を立て始めた。

「の」

「ん?」

「星が見たいの」

少し風を浴びたい。

「あぁ、外へ行こうか」

大爪鳥も馬も眠り、山からは知らぬ虫の鳴き声。

淡く灯りが照る村の中を、薄紫の殻を被ったカタツムリが3匹並んで横断している。

今夜も、メルヘンなパステルカラーの星が散らばる夜空。


「よき話は聞けたかの?」

「君の事を聞かれて困った」

なんと。

「何も知らないと答えたよ」

肩の髪を背中に払われる。

「のの」

「本当に何も知らない」

「そうの」

我も男も、互いのことは何も。

「でも、教えられないことは、少しずつ知っている」

ほぅ。

「例えば、どんなことの?」

「そうだな、……唾液が甘い、とか」

「くふふ」

確かに教えられない。

男が黙って敷地をのんびり歩き出す。

生温い春の風から、早くも新緑の初夏の匂いに変わり始めている。

大きく息を吸い込むと、

グー……

と鳴るのは我の腹部。

「……の」

そう言えば空腹だった。

男が声を出さずに笑い、腕に抱かれる我の身体も揺れる。

「何か食べるものがあったかな」

「ケーキが良いの」

まだチーズケーキが残っていたはず。

「んん……」

昼間にアイスクリームを2つ食べたせいか、男は部屋に戻りながら眉を寄せる。

「たまのことだから良いの」

「そうだな」

男は仕方なさそうに笑い、チーズケーキは荷台に積めたままなため、部屋ではなく荷台に向かい明かりを灯し、お茶を用意する。

チーズケーキなら、狸擬きもそう文句は言わぬだろう。

「の、我もナイフ投げか弓の練習をしたいの」

チーズケーキを食べながら、木箱を挟んで向かいに座り、幌の外に向かって煙草の煙を吐き出す男に提案をしてみる。

「んん?」

「これから人も多くなりそうであるしの、何かあった時に小豆では不審がられることがあるやもしれぬしの」

「……何をするつもりだ」

硬くなる、低い声。

「何もしないの、万一の時のための」

そんな男を見つめながらむぐむぐとチーズケーキを咀嚼すると、

「……そうか」

立てた片膝に煙草を挟む指を置いていた男は、何か諦めたように溜め息を吐かれる。

「ぬ、なんの?」

「姫を守る騎士より、お姫様が更に強くなる」

そんなことか。

「姫が騎士を守って何が悪い」

紅茶を啜れば、顔を上げた男はちらと眉を上げ、

「そうだな」

可笑しそうに身体を揺らして笑うと、また大きく煙を吐き出した。


翌朝。

仰向けのまま、4本足をピクピクさせている狸擬きが、水、水と訴えてきたため、

「懲りないの……」

口を開く狸擬きに、コップに注いだ水を流し込んでやると、ゴブゴブ飲みながら、酒は懲りるものでない、と訴えてくる。

(どうでもいいの)

今朝はまた曇り空。

食堂はやはり大したものはないと言うため、食事の支度をしているとノックの音。

足音からして兄弟の1人。

檸檬を5つも差し入れてくれた。

「檸檬水が二日酔いに効くらしいからと」

昨夜は、我と言う主の目がないせいか、翌朝にこの兄弟たちに気遣われる程度には、あやつは酒を煽っていたらしい。

「ほほぅの」

とりあえず何か礼をと思ったけれど、

「昨日、旅の話を聞かせてくれたお礼だそうだよ」

兄弟の1人はニコリと笑い、手を振って帰っていく。

「何を話したのの?」

「あの人たちが知らない国の話だ」

ふぬ。

男の作ったスープと、卵サンドにレモネード。

狸擬きがのったらのったらやってきたため、甘さを強くしたレモネードを出してやれば、

「フーン♪」

喜んで飲んでいる。

兄弟たちは、やはり建築や土木作業系を得意とし、そういう仕事があるたびに東へ西へと出向き、最近は依頼されて向かうこともあるそうだと。

ふぬぬ。

「我も石を拾ってばかりでなく、何かするかの」

卵サンドにかぶりついてはみるものの。

まずまともに会話ができない。

例え出来たとしても、男のように話術もなければ、狸擬きのように多芸でもない。

そもそも、まず働き手ではなく、保護対象として見なされるこの見た目。

(ぬん……)

「何も出来ぬの」

「君は狩りも出来るじゃないか」

男には呆れた顔で呟かれたけれど。

「解体はまだまだの。それに獣がいない場所だと、何の役にも立てぬ」

どこぞの狸擬きの様に、タダ飯ぐらいになってしまう、と嘯けば。

「フーンッ!?」

狸擬きが椅子の上で、短い足を振り回して憤慨している。

男は笑いながら、

「大丈夫だよ、石はとても貴重だし価値が安定しているものの1つなんだ」

石を見付けるのも才能の一つだ、と手を伸ばした男に頭を撫でられ、

「ならばよいの」

気は上がる。

「それに、まだまだ白い花の瓶も、酒もある」

そういえばそうだ。


「のの」

食べながら思い出した。

まだプンスコしながらレモネードを飲む狸擬きに、

「山にいる間に狸擬き、お主に仕事の」

と頼めば。

「フーン?」

「この山の中で、一番固い木を教えて欲しいの」

「フン?」

「菜箸を作りたいの」

「さいばし?」

男が繰り返す。

「箸、と言うものの。我のいた場所で使われていた、このフォークやナイフに代わるものの」

「木のフォークやスプーンか」

「いや、棒の」

「棒?」

「フーン?」

理解が及ばない顔が2つ。

「2本で1膳、……いや、違うの、菜箸は食事に使わないから1組になるのかの」

「???」

「フーン?」

更に不可解な顔をする1人と1匹。

「くふふ、見れば解るの」

二日酔いにから早々に回復した狸擬きがすったか山へ向かい、我は男に抱っこされて、馬車で抜けてきた山へ入る。

狸擬きはしばらくキョロキョロしていたけれど、

「フンフーン」

馬車では到底無理な位置に生える木の前で、こちらを呼ぶ。

「よっと」

男が我を片手で抱き、片手で木の枝を掴むため。

「降りるの?」

「大丈夫」

我を抱いたまま、山のでこぼこ道を上がった男は、

「栗の木か」

少し驚いている。

まだこの木は若い葉が生え始めたばかり。

「この山の中では、硬い方なのだろうの」

(枝で良いのかの)

試しに適当に数本、予備の分もそこそこにナイフで切り落として宿へ戻る。

(漆とかそういうのは解らぬの……)

記憶も曖昧である。

とりあえず箸の形態が取れていればよしとする。

宿に戻りテーブルで、先端と端をナイフで削り、形を整えていく。

多少硬い節も我の力ならするりと削れる。

狸擬きが、

「フーフン」

自分もやりたいと前足を伸ばして来たため、小さなナイフを譲ると、男が普段足に付けている小型のナイフを借りて削る。

その男は、また我等のスケッチを始めている。

所詮は素人の仕事のため、均一な太さにはならずかなり歪みもあるし不恰好だけれど、2本並べれば菜箸に見えるし十分に使えはしそうだ。

むしろ狸擬きの方が拘り、我の欲しい形を理解したらしく、木を視線と垂直に合わせて眺め、慎重に削いでいる。

意外にも、職人気質狸。

(……削ぐのは狸擬きに任せるかの)

狸擬きが削いだものを、ヤスリで削っていく。

「太い串だな」

「そうの」

それでも、男は、どう使うのかはまだ分からないらしく、スケッチの手も弛めない。

引っ掛かりもなくなり、

(これで完成の……?)

記憶の中のページを捲れば。

ぬぬん、確か、油を染みさせる、だったかの。

まだ終わりではなかった。

ベタベタしないのだろうか。

盆をテーブルに置いて、そこに箸になる棒を並べて油を垂らして染みさせると。

男が、今度はスケッチにメモを書き加えている。

窓の外から声がし、どうやらあの兄弟たちは、早くも出発するらしい。

馬の小さな鳴き声も聞こえ、外に出ると、もう兄弟は馬車に乗り、こちらに気付くと手を振ってきた。

あっさりなものだ。

狸擬きへの興味もあっさりかと思ったら、酒と引き換えに、昨晩のうちに散々撫でられたらしい。


組合の事務所の隣、職員用の宿舎から、やっと若い娘が現れ、あくびをしながら挨拶してきた。

我等は男に、

「午後からゆっくり出発しよう」

と言われているため、のんびりと箸などを作っているのだけれど。

鳥舎から、

「ピチチッ」

と鳥の鳴き声。

身体に似合わない可憐な鳴き声で、

「あの大爪鳥のメスが我を呼んでいる」

と狸擬き。

男と手を繋いで鳥舎へ向かうと、

「数日ぶりの」

『えぇ。聞いて、お陰さまでお見合いが決まったの』

おやの。

「それはめでたいの」

『ふふ、まだ婚姻が成立したわけではないわ』

「お主ならば、すぐに良き伴侶が見付かるであろうの」

『そうかしら?でも、ちゃんと子供が出来たら、あなたの事を伝えておくわね』

何を伝えるのだろう。

大爪鳥は、これから村へ戻り食事をすると言う。

『こっちで会えてよかったわ、またそのうちに会いましょ』

「の。街の方で空を飛ぶお主を、こちらからは眺められそうであるの」

『気付いたら手を振ってね』

「約束するの」

村に帰る大爪鳥を、またひっくり返った狸擬きと見送り、宿に戻り、油を垂らした箸を拭き上げれば。

「ふぬふぬ」

狸擬きのお陰で、充分に箸らしくなった。

後は練習あるのみ。

皿に小豆を出し、

「ぬ、ぬぬぬ……」

「……何をしている?」

男の怪訝な顔。

「この箸の先で、小豆を摘まむのの」

記憶の通りに箸を何とか右手に持たせて、

「ぬ、ぬぬ、ぬぬぬ」

箸が落ちバッテンになり小豆が転がり。

「ぬーん」

当然うまく行かない。

けれど。

(ま、そのうち持てるようになるの……)

気長に頑張ればよいだけ。

狸擬きは、何とか肉球と爪で持とうとしていたけれど、

「フーンッ!」

とうとう癇癪を起こしている。

「お主にはそもそも太いし長すぎるの、しかもこれは調理用の」

「調理用?」

「フーン?」

頬杖を付いて煙草を吹かしながら、楽しげに我の悪戦苦闘を見ていた男も、ちらと首を傾げる。

「の、先刻も話したけれど、食事用はもっと短いの、これは熱避けと鍋底にも届くように、長めの」

「食事用は作らないのか?」

「食事は今まで通りが良いの」

特に箸を使う理由もない。

我の言葉に、狸擬きも大人しく箸を置き、すんすん皿の小豆の匂いを嗅ぎ、

「フーン……」

空腹を訴えてきた。

そう言えば狸擬きは朝は食べていない。

水場の棚に鎮座している炊飯器のスイッチを押すと、ご機嫌で頭を左右に振っている。

しかし、こんなのんびりしているけれど。

「今日中に街に着くの?」

「あぁ、道は整備されているらしいから大丈夫だ」

山沿いに降りて、折り返し折り返しで降りて行くと。

数時間もしないで着くと聞かされたため、懲りずに赤飯が炊けるまで箸の練習をし、赤飯おにぎりを握ると、男も手を伸ばしてくる。

茶屋の若い娘に、暇なのでお茶でも飲みに来て下さいと迎えに来られて、甘いカフェオレを飲み。

午後もとうに過ぎた頃。


壁に留められた古ぼけた手紙を、男ですら文字すら分からないものを選び纏めると、若い娘には感謝された。

届けなくても、同じ文字がある場所に組合があれば、そこに預けてくれて構わないからと。

端からそのつもりだ。

「そろそろ行こうか」

宿を後にして、若い娘と、遅い昼でたまたま食堂にいた若い男も、おじじも見送ってくれた。

街への道は、ゆっくりと下り坂で山の道なりとは言え曲線の道も非常に緩やかであり幅もある。

「山道で柵があるなんて初めての」

「街が大きいと珍しくないな」

「ほほぅ」

そうなのか。

我の隣で馬の手綱を引く男は、どこか楽しげで。

いつも楽しげではあるけれど、何かそれとはまた違う空気。

「……?」

何かいいことでもあったのか、と訊ねようとした時。

山の影から見えてきたのは。

「のの?」

海岸線に沿って、家が建っているらしい。

驚くのはその家々が、全て白く塗られていること。

それは誠、

「見事の……」

感嘆の吐息が漏れる。

階段で言う踊り場に馬車が辿り着き、ぐるりと向きが代わり、またゆっくりと坂を下っていく。

すると白い家たちが少しずつ視界を遮り始め、潮風が鼻腔に届くも、建物に遮られ、海は見えず。

空をカモメ、ではなく海猫らしき鳥が飛んでいるけれど、猫は存在しないため、名は違うのだろう。

もしくは越冬せずに、年中街にいるカモメなのかもしれない。

街は、花の街も大きかったけれど、こちらは土地が限られているためか家が断然密集して建ち、人口密度もこちらの方が高そうだ。

「坂と階段が多いらしくてな、馬車は道を選ばないと、立ち往生してしまうそうだ」

「ふぬふぬ」

建物と建物の隙間から海風が抜け、髪を浮き上がらせる。

人の声やざわめきも、徐々に聞こえて来た。

建物との距離が縮まり、白い家々の間から、少し夕陽が眩しくなって頃。

「もう少しだ」

緩い坂道は、街中へと続くようにカーブを描き。

「……?」

段々畑の様に所狭しと建てられた、白いはずの建物は、今は鮮やかな橙色に色を変え始め。

視界が開けた時。

「夕陽の……」

大きな大きな海に、今にもその海に溶け出しそうな大きな夕陽が、白い街を、橙色に染め上げていた。

「のの……」

「あぁ、想像以上に綺麗だな」

降りてみようかと、男が馬たちを停めてベンチから降り、こちらに両腕を伸ばす男も、今は橙色に染められている。

狸擬きも、ポンと降りると、海を眺め、

「フーン?」

これが海ですか?

と男に抱かれる我を見上げてきた。

「そうの、これが海の」

あぁ、そうか。

「お主は、海を見るのも初めてだったの」

「フゥン」

とても大きくて驚きました、とゆらりゆらりと尻尾を振っている。

それにしても。

「お主は、知っていたのの?」

この景色を。

「いや、話に聞いていたんだ。……この景色を君と見たくて、時間を遅らせていた」

「……ぬ」

どうりで、不自然にのんびりしていたわけだ。

休憩所の霧も雲も、海が見えず好都合だったのだろう。

しかし。

「夕陽は、あまり良くないのではないか?」

男のお父上曰く。

「んん?たまには平気だ」

よく覚えているな、と男。

「ふぬ」

「それに」

「ぬ?」

「君がいるから、大丈夫だ」

「……の」

我を胸に抱く男に強くしがみつき、海に溶けていく夕陽に、瞳を囚われつつも。

「……」

我は。

なぜか、今。

この男を手放したくないと、強く思う。

「の……」

「ん?」

「お主は、我とずっと一緒の」

気が付けば口にしていた。

「あぁ……」

男も、夕陽に目を向けたまま、

「ずっと一緒だ」

我の髪に頬を寄せ、我を抱く腕に、力を込めた。

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