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103粒目

(手紙)

噂をすれば、の。

オーブンから鉄板を出して、焼けたものを広げて冷ましている間、姉はドアの前に立ったまま、手紙を広げていた。

2枚に大きめに書かれた文字は、片仮名に近い単純なもの。

二度ほど目を通した姉は、フーッと目を閉じて大きく息を吐き、ふとこちらに気付き、慌てた様子で謝ってきたのは身振りと表情で伝わる。

多分、ポルボローネ作りを忘れて手紙を開いたことだろう。

数年ぶりの家族の安否の知らせなのだから、気を取られるのも当然だ。

大丈夫の、とかぶりを振ってやると、姉は微苦笑し、礼の言葉の後に何か呟いた。

「フーン」

狸擬きが鼻を鳴らし、

『村の祭りの時くらいに、帰れると書いてあった』

だそうです、と甘い香りにすっと目を細め鼻を鳴らす。

それは喜ばしいことである。

ほぼ人の善意で届けられる手紙と、本人たちの到着が重なるのも珍しくはなさそうだ。

しばらくして、我を迎えに来た男に、姉が家族の帰宅を告げ。

「我等はどうしようの」

「そうだな、山の手前の草むら辺りに馬車を止めさせて貰って、そこで一晩は明かそうか」

「の」

住人が帰ってくるなら、家を明け渡さなくてはならない。

姉は、帰ってくるまではどうぞ居て下さいと酷く申し訳なさそうにしていたけれど、こちらは間借りの身。

姉も、姉の家族も何も悪くない。

けれど。

「お主は自分だけの部屋がなくなりガッカリの」

狸擬きは名残惜しいのではと思ったけれど。

「フーン」

狸擬きは、そうでもないと、お昼ご飯で作った、少し不格好なオムレツを、

「フーン♪」

美味しそうに食べてくれる。

オムレツはこちらでも別に珍しい食べ物でもないけれど、

「食べる機会がなかったから、でもとても美味しい」

「フンフン♪」

形はだいぶ歪なのだけれど、気にならないらしい。

我の焼いたオムレツに、男の作った野菜と燻製肉の蒸し鍋、豆のポタージュにパン。

デザートにアイスを食べたい、と姉の実家を出て、先に集会所に向かい。

男が村長に事情を話し、一晩あの草むら辺りで寝泊まりさせて欲しいと頼むと、

「そんなことを言わずに、我が家に泊まって欲しい」

と提案されたと。

村長は、(とても珍しく)若くして両親が亡くなり、今もほどほどの広さの家に1人で住んでいると言う。

村長のお言葉に甘えることにした。

村の中心はますます賑わい、店の外にも物が並び初め、行商人たちが店を開くスペースも、道の合間だったり真ん中だったりと、配置は決まっている模様。

「俺たちも店を出さないのかと、期待してる声が大きいと言われたよ」

見慣れぬ風貌の男に物珍しい格好の幼女、狸擬きと言う珍集団。

「ふぬ、確かに珍しいものを持ってそうとは勘繰られるの」

来て早々に物々交換はしたから、もう出す気はないけれど。

アイスクリーム屋は、珍しく若い男女が目立つ。

男が連日来てくれてありがとう的なことを店長に言われている。

(もしや、皆勤賞ではないのか?)

今日は外のベンチで並んでアイスクリームを食べていると、

(の……)

賑やかな音が声が、村の外れからしてきた。

花の国で見たあの大道芸の規模からしたらだいぶ小規模だけれども、馬車からして少しばかり華やかな集団がぞろぞろとやってくるのが見えた。

山を超えてやってきたのだろう。

艶やかで華やかなボリュームのあるドレス姿の若い女が、馬車から降りて先頭を歩いている。

祭りの当日に着飾るのではなく、もう村に入る所からパフォーマンスは始まっているらしい。

(ほほぅ、玄人の)

華やかで可憐な顔立ち、ボリュームのあるキラキラとした金粉か何かをまぶされた陽にきらめく金髪。

レースの手袋で、にこやかに手を振っている。

後ろを歩く馬を引く男も、水色の何とも目立つタキシードの様な服を身に纏い、足許だけは非常に厚底の靴を履いている。

(のの、良くあれで歩くことができるの)

馬も頭に花などを乗せられて、誇らしげに闊歩し、狸擬きが投げ出した後ろ足を、謎にピーンと伸ばしている。

なぜ馬と張り合う。

幌を外した荷台から、演者たちが手を振り、村人も拍手や歓声で応え、先頭の女が、我の隣に座る男に気付き、あらと言った顔でにこりと微笑み、投げキッスをしてきた。

我は大人なので、

「ぬ、……抱っこの」

別に何を思うことはない。

「んん?」

男は気付いていないのか、いや、そんなわけはないだろうに、

「おいで」

我を抱き上げ、今日はお団子にした髪のリボンを結び直してくれる。

一座は宿へ向かうらしい。

(なるほど、宿が満室になるわけだ)

こんな端っこの村まで来てくれるのだから、村も宿も無下には出来ないのは理解できる。

通り過ぎる一座には、馬以外の獣の気配はなし。

少し遠くから、大爪鳥の鳴き声がした。

「……?」

顔を上げると、狸擬きも振り返っている。

「どうした?」

「大爪鳥に呼ばれたの」

器を娘に返すと、狸擬きも娘に前足で器を返して、テコテコ付いてくる。

「お主、あまり芸達者だと曲芸の一員として間違われるの」

「フーン?」

満更でもない顔をするな。

「……使える獣として、連れ去られるかもしれぬの」

「フーンッ!?」

狸擬きはその場で飛び上がると、後ろを振り返りつつ、歩く男の足に身体を引っ付け、男が歩きにくそうにしている。

村人はそうでもなかったけれど、あの曲芸の人間たちは、ベンチに座り前足でアイスクリームを食べる狸擬きに興味津々だった。

そこそこに色々な場所を巡業をする人間たちが珍しがっているのだから、狸擬きの存在が希少か、類いまれに器用な狸擬きが希少なのか。

そのどちらもか。

村人は、村で遭遇する生き物しか知らないから、

「こういう獣もいるのだな」

で済ませてくれていたけれど。

「お主はどうやっても強くなれないのの?」

村の中心の道から外れ、大爪鳥の鳥舎のある南側へ向かうと、

『私たち狸に与えられたものは、逃げ足の速さだけです』

人がいないせいか狸擬きが声を出した。

「立派な食い意地もだろうの」

『否定は致しません』

何もないとは思うけれど。

「少しばかり気を付けるの」

人よりも、獣は拐うための柵が枷が低い。

「……まぁ、芸で身を立てていきたいと言うなら、止めはせぬけれど」

『いえ、わたくしめは自慢できる芸など、1つも持ち合わせておりませぬ故』

はは、面白い冗談の。

広い柵の中で、メスの大爪鳥が待っていた。

『こんにちは、今日も仲良しね』

残りの2羽は不在。

仲良しとは我と男のことか、我と狸擬きのことか。

「何の?」

「あの狼舎の世話をしている家族が、山の中原まで来ているわ、あなたたち、あの人間の家で寝泊まりしているのでしょう?」

それはそれは。

「思ったより早いの」

それにも驚くけれど。

わざわざ教えてくれるとは。

『寝床を探すのは誰しも大変なものだから』

確かに。

「大変に助かったの、すぐに移動をするのの」

『えぇ。出発前には、また挨拶に来てね』

鳥はこれから仕事だと言う。

「必ず」

男に鳥からの報告を告げ、まずは馬を連れて来て荷台を移動させなくてはならない。

荷は積めておくから、馬を頼むのと、姉の実家の前で抱っこから下ろして貰い。

ほどほどに希少な薬も乗せているし、荷台のお守りは、考えなしのなんとなし、だったけれど、案外悪くない気がしてきた。

主に台所の小物を纏めていると、何やら声がし、姉が開いたドアからノックと共に入ってきた。

片付き始めている部屋を見回し、何か慌てた顔で言葉を放たれるけれど。

「……何を言っているのかわからぬの」

狸擬きも荷台へ折り紙を仕舞いに行ってるし。

荷物を抱え姉を見上げると、

「……、……」

姉は、困ったような、少し慌てたような顔で我を見下ろしてくる。

どうやら、

「もう出ていくの?」

と問われている模様。

外から馬の低い鳴き声がし、男が馬を引いてやってくると、姉がそれに気付き外へ出て行く。

(おっとり姉にしては、珍しくせわしないの)

残り少ない荷を持って外に出ると、男から事情を聞いた姉は、家族が帰って来るのに、しかしそう嬉しそうでもなく、我を見て少し悲しそうに何か呟いている。

「……の?」

狸擬きが、

「家族が帰ってくるのは嬉しいけれど、私達が出ていくのも悲しいらしいです」

と教えてくれる。

なんと。

「それは贅沢の」

『2種類のアイスクリームの、どちらかを選ばなくてはならないと言えば解りますか』

「ぬ、ぬぬぅ……」

それは何とかならぬものなのか。

『そういう気持ちです』

「なるほどの」

無情である。

荷台に最後の荷物を積めて、踏み台代わりにしていた箱を男に乗せて貰う。

ベンチに乗ると、姉もよいしょと言わんばかりに乗り、

「?」

狸擬きが、あまり馬車には乗る機会がないから、乗ってみたいそうだと通訳してきた。

そうなのか。

姉、狸擬き、我、男の並びで馬車が動き出す。

祭りは明日。

春先の恒例行事、そして宿が小さいため、毎年来る行商人たちは、あの食器屋のお爺のように、付き合いのある村人の家に泊まらせて貰うことも珍しくないらしい。

村長の家は、ホットドッグが美味しい食堂の近くで、家の庭には、祭りに使うのであろうけれども、まだ残っている、飾りや謎のお面、小物の入った木箱が積まれている。

元の世界で見た、あの平たい能面とは違い、凹凸が多く、鼻も西洋の魔女の様に尖っている。

そういえば。

(大昔に、能面を被った人擬きを山の中で見たいことがあるの……)

人などいない山奥で、とうに人であることをやめた者が、するすると深い谷底へ消えていくのを見た。

山の大層歩きにくい、獣道ですらない道なき道を、外套を羽織り、蛇のようにするすると滑らかに歩いていた。

村長がやってくると、姉の姿に気付き笑顔を見せたけれど、姉はにこりと微笑むだけ。

「……」

狸擬きがスン、と小さく鼻を鳴らし。

「みなまで言ってやるなの」

村長の家は、人が住んでいるだけあり掃除の必要はなく、使わせて貰える両親の寝室も掃除は済んでいる。

壁に飾られる夕焼け色のグラデーションになった大きな布なども飾られ、居心地は悪くない。

客間も空いていると言われ、狸擬きがそちらへ向かい、

「フーン♪」

頭に乗せていた折り紙を、早速ベッド脇の棚の上に飾っている。

村長は折り紙の竜に興味津々だ。

姉も、手伝えることがあればといった体で来てくれたけれど、村長の家を物珍しげに眺め、村長と、帰ってくる自分達の家族のことを話している様子。

村長はすぐに村人に呼ばれ、祭りのことだけでなく、草原への組合設立のことでも忙しそうだ。

男も祭りの屋台の組み立ての手伝いに呼ばれたらしく、ここにいなさい、と念押しされて行ってしまう。

「村の中なら良かろうにの」

狸擬きに、むーっとしがみつくと、

『曲芸団だけでなく、見知らぬ行商人や旅人も増えていますから』

解ってはいるけれど。

大通りに近いせいか窓は小さく、脚の長い木の椅子を窓際に運び、乗って窓を開くと。

『あぁ。こちらでしたか』

茶鳥がやったきた。

「の、そう言えば鳥舎にいなかったの」

『国へ帰っておりました』

「のの」

羽があると自由さが桁違いだ。

村の賑わいを、窓に頬杖を付いて眺める。

『外には行かれません?』

「男に止められておるの」

『……外からの人も増えていますからね』

「人攫いも混じるの?」

『それは、ううん、どうでしょうか』

鳥にも解らないらしい。

庭の前の道を通る顔見知りの村人が、両手で頬杖を付く我に気づき、手を振って通り過ぎていく。

手を振り返していると、今度は子供たちが駆けていく。

子供たちも聡く、我が、特に自分達とは絡みたくないと事はとうに察しており、こちらに気付くと、しかし速度を弛め、遠慮がちに手を振ってくれる。

「あれの、こちらには悪餓鬼が滅法少ないの」

また手を振り返しながら呟くと、

『わるがき、ですか』

鳥が片眼の視線だけ向けてくる。

「悪童、よの。あれがいないから、尚更この世界は心地好い」

『……思った以上に、とても遠くから来られたご様子』

「どうだろうの、遠くと思っていたけれど、案外反転した程度の距離なのかもしれぬの」

『とても難しいお話です』

「くふふ、出鱈目を言ってるだけの」

通り過ぎていく村人、大きな馬車、小さな馬車。

様々な音。

散々色々な場所を通り過ぎて来たけれど、通り過ぎて行くのを眺めるのは新鮮で、しばらく狸擬きと鳥と共に、ぼんやりと、村の中を眺めていた。

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