1/1
音のない部屋の中で(1)
ーー序章ーー
本当に、
愛おしい……。
甘酸っぱく転がり落ちてく林檎のようにーー。
1、
天瀬海羽、十七歳。これは、神経過敏症のため二ヶ月間病室で眠り続けた少女のお話である。
二日前ーー。
海羽は、恋人のセルと一緒に地下鉄新中野駅のホームに立っていた。
「オレ、ちょっとトイレに行ってくる」
海羽は不安な面持ちで頷いた。
「ごめんな、一人にして。じゃ」
海羽を後方に、セルは足早にトイレに向かう。海羽はなんとなく壁のボスターを見やった。
ガーーーッ!! シュウゥゥゥ!!
暗い背後を電車が流れ込んできた。
海羽は耳から心をつんざくその音に、オソロシー!! オソロシー!! と思い、気を失って倒れてしまった。
トイレから戻ってきたセルは、海羽の周囲にニ、三人集まっていた人だかりを見て駆け寄った。「海羽!!」、「ちょっとアナタ、動かさないで!!」肩を揺すっていた老婦に、声を荒らげた。