進む当事者と完璧主義な部外者
パタリ。
開始の音を奏でる扉と共に現れたシルエットはこちらにぺこりと頭を下げる。
「少々遅くなりました!」
その人が顔を上げるや否や、ラリアーさんが駆け寄っていく。
「マイ!••••来てくれてありがとう!••••あと、ごめんね」
「大丈夫。それよりありがとう。色々準備してくれたんでしょ?」
マイと呼ばれた女性は微笑み、頭を下げたラリアーさんの顔を起こす。
恐らく、彼女がラリアーさんの話で出てきた『群雀蘭 マイ』さんだろう。
風体はストリートカジュアルとパンクの中間、タボっとした服装に黒と藍色を基調としている。全体的に「格好いい」系統で統一されており、ラリアーさんの話に出てきた「ダンスが上手」という言葉と照らし合わせると、成程、フリースタイルやストリート、ロックダンス辺りに籍を置いているのだろう。
しかし、そういった系統に属する者にしては顔や表情が妙に可愛らしく、女性的に思えた。
そんな『可愛い』と『格好いい』の二面性、奇妙なちぐはぐが第一印象になる人だった。
群雀蘭さんは尚も頭を下げようとするラリアーさんを宥め、彼女を伴って椅子に向かう。
樹脂製の椅子はカランと軽い音を鳴らしながら引かれて、その座面に腰が降ろされると、きしりと唸った。
群雀蘭さんは俺達と一 環太さんの双方の顔をしっかりと見ると、ごくりと唾を飲み込む。その後、彼女は口を開いた。
「それでは、お願いできますか?」
空気がぴしりと膠着するような気がした。
とうとう始まるのだ。
◆◇◆◇◆
始めにアクションを起こしたのは、思いもよらぬことに一 環太さんだった。
彼は空調が効いているのにも関わらず、流れる汗を拭きながら、しかし暑さとは違う青白い顔で口火を切った。
「••••私の責任だ。本当に申し訳ない」
彼は机に額がつく程頭を下げ、その際に机につけた両腕は、大きく震えていた。
「••••どうとでも、してくれ」
怒り、悔しさ、というよりは本心からの後悔、懺悔、そのような謝罪だった。
「「「••••!」」」
俺と美納葉、夕は驚いた。まさか彼がここまで後悔していたとは思ってもみなかったからだ。
俺たちにとっては一 環太とは、「安定していて、ライバーに合った活動」というものだった方針を「収益優先」に変え、あまつさえ「ライバーの心を酷く害した」人物だ。端的に言えば悪者に過ぎない。
しかし対面してみたらどうだ?彼は大いに悔やみ、悩み、憂いている様子だ。
それを見て、俺達三人は二の句が告げなくなる。
一 環太が悪びれず、自分がしたことは間違っていなかったなどと宣っていたらこうはならなかっただろう。しかし現実は違ったのだ。
彼の態度やその表情の前に、俺達が持つ文句は雲母のように軽く薄っぺらな存在に成り果ててしまった。
そんな中、ラリアーさんと群雀蘭さんが口を開く。
「頭を上げて下さい!」
「ですが••••」
「私達が聞きたいのは謝罪ではなくて、何故こうなったのかです」
「そ、そうです!あとこれからどうするのかも!」
群雀蘭さんが静かに一 環太を見据えて言った。
ラリアーさんは緊張からか、軽くどもりながらもはっきりと発声していた。
そのあと、ラリアーさんは突然俺と美納葉の方を向く。
「••••ごめんね。二人とも、ここからは私たちだけですべきところだから、お願い」
手を合わせ、暗に出ていって欲しいという旨を伝えてくる彼女。
俺達が反対することなどできるはずもない。勿論、これ以上俺達がいたって無駄だということは分かっている。だから、二人して頷いて席を立ち、部屋の扉を押して廊下へ出た。
夕も一緒に出て行こうとしていたが、「流石に少し心細いからさ••••ゆーちゃんはいてくれないかな?••••お願い」というラリアーさんの言葉で立ちかけの膝を折り、椅子に腰を下ろした。
ここからは、彼女達の場所だ。俺達が水を差す所じゃない。
俺達はこの会議室に来た道を遡り、少し頭を冷やそうと、玄関へ、外へと歩を進めた。
◆◇◆◇◆
対面に社長さん、左隣にマイ、右隣にゆーちゃん。この会議室は今、こんな形で配置されていた。
向かい合う社長さんは、顔色が悪くて、心の底から苦悩しているのが見てとれた。苦しんでたのは私たちライバーだけじゃなかった。そのことに今更ながら気付いて、情けなくなった。
千隼くんと美納葉ちゃん、二人にはこの場から去って貰った。
二人にそう頼んだ理由は、今更だけど、これ以上関わらせたくないから。
この会議で必ずしも良い結果になるとは限らないし、それでもし悪い結果になってしまって、二人が自分を責めてしまったら、私が罪悪感で潰れそうになる。
それに、二人は私の為にここまで付き添ってくれた優しい子達だ。ここで失敗してしまったら、きっと自分を責めるだろう。
けれど、ゆーちゃんには残って貰った。ゆーちゃんだって本来は部外者なのに。自分でも情け無いけれど、今はただ少しでも心の支えが欲しかったから、そう頼んでしまった。
ゆーちゃんは「分かってる」と言わんばかりに頷いてくれた。私より若いのに、私よりよっぽどしっかりしている。
ゆーちゃんとは反対の隣を見る。
マイがこっちを見つめている。
マイはついさっき、私が呼んだ。
いきなりで何も状況もよく分からないはずなのに、マイは来てくれた。
本当に良い友達だ。
私は心の中で呟く。本当にごめん、と。
言葉での謝罪は、さっき断られてしまったから。
レッスンの日に見たあの光景がまた脳裏に浮かぶ。
••••ごめん。
私にはマイの事情は分からないけど、辛いこと、それだけは分かる。だから、貴女をまた傷付けるかもしれないこの場所に連れ出してしまって、本当にごめんなさい。
そして。
さっき口にしたよりも、謝罪よりも、心を込めて言うね。
ありがとう。
◆◇◆◇◆
マイが口を開く。
「もう大丈夫ですよね。じゃあ、環太社長。事情を教えてください」
そう言ったマイの手は膝の上、少し震えていた。
やっぱり怖いんだなぁ。私とおんなじだ。
少しホッとした気になって、私の方は緊張が解けていく。
私は再び強張ってしまわないうちにと、マイの手に自身の手を被せた。大丈夫だという意を込めて。
一瞬、マイは驚いたような顔をしたけれど、少ししたら彼女はこっちを向いて微笑んだ。
そんな私達とは対照的で、社長は相変わらず曇り空のような表情のまま、口を開いた。
「実は——————————————」
◆◇◆◇◆
外は曇りだった。
今にも雨粒が降ってきそうなぐらい分厚い雨だった。
まぁ、作戦を始めた頃からそんなに良い天気ではなかったけれど。
俺と美納葉は事務所の玄関を少し出て、玄関扉の横にあるコンリートの外壁に、二人して背を寄せていた。
俺は横にいる美納葉の顔も見ずに声を掛ける。
「••••なぁ」
「••••••••どうしたの?」
美納葉はただ静かに返した。
その声は俺と同じような感じだった。
なんというか無力感というか、虚無感というか、そんなものに満ちていた気がした。
俺は続ける。
「••••俺達ってさ。結局何も出来なかったな」
「••••そうだね。何にも変われなかったね」
「だな」
ぽつり。ぽつり。
雨が降ってきた。
だんだん強くなるだろう。
いや、強くなって欲しい。今は。
情け無い俺達の言葉なんて、かき消して欲しい。
「••••何が義憤だよ。相手のことも分かってないくせに」
「分かろうとしなかったんだよ。千隼」
「••••そうかもな。完璧には程遠いや」
「相手のことを完璧に理解する。それが感情移入なのに。人の心がわかるってことなのに」
「俺達には出来なかった。やっぱりさ、自分の感情がそこにはあるんだよ。そんなんじゃ駄目だ」
ざぁ。ざぁ。ざぁ。ざぁ。
強くなってきた。
これで後顧の憂いもくそもない。
思う存分。自分を嫌悪できる。
こんな聞いている人が病むような言葉、轟音の中でしか叫べない。
「••••俺はやっぱり駄目な奴だ!勝手に成長した気になっているだけのクズだ!」
「••••私もそうだ!完璧になんてなれやしない!ただの欠落者だ!」
ざあぁ!ざあぁ!ざあぁ!ざあぁ!ざあぁ!
轟々と唸る土砂降りの中叫んだ。
めいいっぱい自分を罵倒した。
何度も繰り返した。
嫌になった。
胸に何か染みができたみたいだった。
そんな時だった。
「おいおい••••そりゃあ違うよ後輩クン」
「そうだね。大間違いだ」
二つの人影が目の前に現れた。
「「••••へ?」」
その二人は惚ける俺達に不敵に笑いながら、
「「さぁ朝焼けだ。トワイライトプロダクション」」
そう言った。
最後まで読んでいただき、感謝です!
千隼と美納葉の考え方に共感できなくて「?」ってなっている方、正常ですのでご安心ください。異常なのは彼らです。




