とある男の過去と今
夢を見ていた。
それは幼き日の思い出だった。
◆◇◆◇◆
俺の親父、一 巌は変な人だった。
「ここは我々の星だ。我々の大地だ。•••その赤い血を見るまでは」、「たかがメインカメラをやられただけだ」、「デデン!」、「龍神の弓、天馬の矢」、「私が不思議」、「あんまりソワソワしないで」、「撃龍変身」、「ウィンダーム!」••••そんな訳のわからない言葉をよく口に出していた。
のちに知った事だったが、俗に言う『オタク』という奴なのだ。親父は。
俺は家に籠るより、外でサッカーをする方が好きだった為、その文化や何やら全部、何もかもが興味の埒外にあった。
それは大人になった今もだ。
だから体育の教師として就職したし••••いや、それは今はどうでもいいか。
兎に角、そんな変な親父の元、俺は育った。
親父の身体は弱かった。
けれど妙にその背中は広かった。誰にでも自由を許すように。優しかった。
親父との思い出は多くない。さっきの通り、親父は身体が弱く、よくベッドにくるまっては動けないことが多かった。
そんなのだから、ボールを投げ合ったり、蹴り合ったり、そんなものはなかった。
けれど、そんな乏しい思い出でも。妙に印象が深いものがある。
彼の言葉だった。
それは彼の得意としている分野のものかはさておき、だ。
確か、その言葉は俺の頭を撫でながら言ってたっけ••••。
その手の平の感触はもう殆ど覚えてはいないけれど、こんな風だったっけ。
▲▽▲▽▲▽▲
親父が体調を崩した。いつもの事だ。
俺はまたサッカーでもしようかと、玄関に向かう。幸い、ウチはお金持ちらしく、お手伝いさんがいる。頼んだら多分相手になってくれるだろう。
外靴を履こうとスリッパを脱いでいると、チラリと親父の部屋の中が見えた。
親父の部屋は玄関の一番近くに位置している。
脱ぎかけのスリッパを少し乱雑に履いて、その部屋に入った。
理由は覚えてないけど、多分好奇心だ。
親父はゆったりとした椅子に、毛布にくるまって、何をするでなく座っていた。
「ん?」
親父がこちらに気付いた。
手をちょちょいと動かし、おいで、と招いている。
「よっ!どした?」
「親父。ベッドで寝てたら?体調悪いんだろ?」
「俺がそこまで貧弱に見えるか?」
「見える。なんなら老人にすら見える」
「いくら老け顔だからって酷くない!?」
そして親父は「ショックだわ••••愛で空が落ちてくるぐらいショックだわ••••」とまた意味のわからない事を言った。
そして、不意に、俺の頭に手を伸ばした。
くしゃりと俺の髪の毛が歪み、親父の妙に熱い手が押し当てられる。
「ごめんな?」
訳が分からなかった。
けれどそれには、色んな意味が込められてる気がした。幼心にそう思った。
どう答えたらいいかも分からない、気恥ずかしい、そんな気持ちだったから、俺は、
「別に••••」
としか返せなかった。
けれど親父はにこりと笑う。
「ありがとう。お前は優しいな。けど。謝らせてくれ。お前を自由にさせてやれない事を」
「••••俺、自由だよ。自分でやりたい事やってるし」
「いや俺が、俺達親がお前の自由を狭めてる。お母さんも逝っちまったし、本当は俺がお前のやりたいこと叶えてやりたいんだけどな」
親父は頭を撫でながら謝り続ける。
「懐古厨みたいで嫌だけど••••いや懐古厨とはちょっと違うか。まぁ兎に角、俺は子供の時、今よりちぃっとばかしひでぇ病気でさ。今じゃマシだけど、当時は俺のせいで俺の親父と母さん、お前のじいちゃんとばあちゃんの自由を狭めてた。今もだ。••••ごめんな。俺はなんも変わってないや」
いつも変で、おかしくて、愉快で、飄々としていた親父の本音はこんなにも弱かったのか。当時、子供心に驚いたものだ。
そして親父は弱音を振り解くように、ぐしゃぐしゃと俺の頭をかき混ぜた。
「あーあ!俺もどこぞの主人公みたいに機械の身体を探しにいけたらな!!」
「なんだよ、それ」
「ん?あーお前アニメとか全然興味ないもんな。特撮とか、ゲームとかから入って見たらどうだ?」
そう言うと、親父はからからと笑った。
その後の言葉が今もずっと覚えている。
「ま、なんだ。お前は俺みたいに自由だったり••••まぁ人を抑え込むな」
「けど、お前は分からないことに関してはとことん流されるから、失敗する時もあるだろう」
「そんときゃ」
「俺とかに頼れ。引っ叩いて正気に治してやる!」
▲▽▲▽▲▽▲
それから、親父の体調は徐々に良くなり、会社を作るぐらいまでになった。
ぶいちゅーばー、というものの会社らしい。
やっぱり俺には何が何だか分からなくて••••いや、というより分かろうとしなかったの方が正しいのだろうか。
兎も角、俺は親父とは関係ない場所にいると思っていた。
少し前までは。
◆◇◆◇◆
親父が死んだ。
急に持病が悪化して死んだ。
あっさりと。
数日前までアニメの全話を一気に見ていたぐらい元気だったのに。
親父の棺はとっくに流れて、その身体は骨になって、今、仏壇の横にいる。
実感も湧かないままに、俺の元に連絡が届いた。
『株式会社 シング&ライド』
親父の会社からだ。
というより、親父の友人だった人からだ。
どうやら俺に親父の後を継いで、社長になって欲しいらしい。
無理だ。反射的に思った。
俺にはこの分野は何も分からない。何も知らない。知ろうとしていない。
俺なんかより、もっと適任な人が居るはずだ。
そのことを伝えると、向こうの人は「それでもいいから頼む。このままでは困る」との事だった。
俺のせいで人に迷惑がかかる。
抑え込んでしまう。
だったら••••••••••。
俺は社長になった。
◆◇◆◇◆
社長になってみたはいいものの、何をすればいいか分からない。
当たり前である。今の今まで俺は親父の会社で働いてもいないし、そもそもジャンルが違った。
俺に出来るのは精々、人災やら病気やらについて授業したり、スポーツを教えることぐらいだ。
そんなものは、ここでは塵芥以下だ。役になど立ちはしない。
分からないものは分からないのだ、仕方ないと開き直れたらどれほど良かったか。
けれども社長という重しはそれを許してはくれなかった。
◆◇◆◇◆
臨時株主総会が開かれた。
社長を決める為の株主総会、その数日後だった。
総会の議題は今後の会社の方針についてだ。
新社長決めと、方針決め、それを同時に行わなかったのは、何時間も会議を繰り返すより何度かに分けたほうがいいだろうとの采配だった。
とはいえ、株主の方達は俺が二代目の社長になる事には快く同意、というよりひどく推奨してきたため、会議は左程時間のかかる事はなかった。別に連続して会議をしてもいいだろうと、俺が思った程には。
かくして、会議は始まった。
▲▽▲▽▲▽▲
「それでは全員出席なさったようなので、始めましょう」
第一声を発したのは、この会社が出来た頃から株主として協力をしてくれていた人だった。確か、親父の友人で••••能登川とかいう名前だったか。
「今回、まだ代表取締役兼社長の一 環太さんから議長を頼まれた、能登川 多蔵です」
通常、株主総会では、代表取締役兼社長である俺が議長をするべきではあるが、何分、このような場の経験がない為、彼に頼んだ。
「今回の株主総会は、前回の続きとなる形になりますので、詳細な説明は省かせて頂きます」
そうして彼は軽く解説を入れる。
今回、この会社の大きな柱であった俺の親父、一 巌が急死したこと。そして、その後釜に俺が入ったこと。親父の方針のまま、俺が事業を進めていくと、混乱によるミスやいずれ行き詰まる可能性が発生する為、新たな方針を決める必要があること。
それらを述べたのち、彼は「方針について意見をしていってください」と放った。
議会が始まった。
◆◇◆◇◆
その議会は、奇妙だった。
「私は方針はそのままでもいいと思うのですが••••」
「ふむ。続けて下さい」
「少なくとも、今現在ではうまくやっていけています。一時の痛手はありましたが、収益的に無事ではありました」
「••••当時はシング&ライドが始まって直ぐの時だった為、資金が潤沢だっただけです。現在ならば何処まで揺らぐかは分かりません」
「しかし現在、収益は伸びています!」
「あの痛手は、たった一人によって引き起こされました。そんな不安定な状態なのに、その意見は無謀としか思えないですね。却下といたします」
「では、元会社であるインテグラルを頼るというのは?」
「論外です。向こうに会社の方針の舵取りをさせるおつもりか?」
「社員の収益からの取り分の増加、またはグッズ展開などで••••」
「却下です。企業が潰れます」
「『ライバーの自由活動』これを保持し、更なる場の提供で••••」
「却下」
本来、進行だけの役割であるはずの能登川さんは、何故か出された意見を次々と却下していった。
それはまるで、そう。野菜を食べたがらない子供。嫌いなものを拒絶し、自身の好むもののみを得ようとする駄々っ子のようだった。
しまいには、
「仕方ありません。埒があきませんので、私も意見を出させていただきましょう」
この始末であった。
今思えば、異様だった。本当に異様だった。
少し調べれば分かることだった。
進行の放棄も、司会自身での意見の発表も。
そして、気付くはずだった。
意見をしていたのは比較的新参の株主で、古参の株主が目配せし合っていたことも。
しかし、俺は。
そんな事には意識を微塵もやらず、ただ、ぼうっと見ているしかなかった。
能登川が、口を開いた。
◆◇◆◇◆
「私の意見です」
能登川はそう言うと、何やら資料を取り出して、この場にいる全員に配り始めた。
紙には、グラフやら何やらよく分からないが細かいことが記載されていた。
俺には、よく分からなかった。
能登川はそれを配り終えると朗々と語っていく。
「まず、私が提唱するのはシング&ライドの社員、そのアイドル化です」
「アイドル化•••••••」
譫言のように呟く。
「ええ。このエンタメ業界、アイドルという方式は収益源として有効です。現に、毎週のようにテレビの一席を獲得しているではありませんか。また、資料を見て下さい。••••アイドルではファンによる活動が盛んになる傾向にあります。これはシング&ライドをさらに大きくすることでしょう!」
声高に、能登川がいい終わる。
古参の株主が鷹揚と頷くのは、見えなかった。
••••分からない。
何の話をしているんだ。何が何だか、分からない。分からない。わからない。わからない。
わからない。
俺は視界が歪むような気がしていた。
アイドル?Vtuber?エンタメ業界?ファン?収益?何なんだ?どういうことだ?
自身にはそのどれもが縁遠かった。その時、自分の知るエンタメなんて、スポーツの観戦ぐらいだった。
新参の株主が、反論意見を述べた。
「しかしアイドルにはストーカーなどもつくのでは?」
「ネットです。ストーカーなどはあり得ないでしょう」
「最近ではネットストーカーなども起きています!危険性が!」
「こちらは二次元の世界を写すのです。危険性も何もあるまい。他には?」
「では、ライバーの自由は?アイドル化を強制するなら、現在の方針とはかけ離れます。この方針だからこそ近づいてくれたライバーも居るのでは?」
「勿論社員には自由に配信活動に勤しんでいただきます。いつ何処で配信していただいても結構。それにアイドルとしての義務がつくだけです」
「それが自由とはかけ離れte「社長。もう良いですか?投票を始めても?」
「••••え?」
能登川さんがこちらを向いた。
え、あ、俺か?俺が、決めるのか?
思考回路が真っ白に染まる。
アイドル?Vtuber?関係性が分からない。
そもそもこの二つがどんなものかも分からない。前者が歌って踊る人達ってことしかわからない。
なんなんだっけ?
なにが正解なんだっけ?
どうすればいいんだっけ?
何も分からない。話が掴めない。
それしか頭にない俺に、一言、過去の言葉が流れる。
『お前は俺みたいに自由だったり••••まぁ人を抑え込むな」』
親父はそう言ってた。
確か、能登川さんも、「自由にハイシンカツドウ」って言ってたっけ?
ハイシンカツドウ。分からない。分からないけど、それが自由なら••••?
「分かりました。投票して下さい」
俺は、流された。
流されてしまった。
▲▽▲▽▲▽▲
かくして、投票が行われた。
能登川さんの意見が可決した。
議会は特別議会だったので、賛成数が3分の1以上ないといけなかったが。問題はなかった。
何故か古参の株主がみんな賛成入れていたのは奇妙だったが、決まってしまった手前、今更取り返しがつくまい。
俺は、アイドル化に向けた方針を社員に、マネージャーとやらに伝えた。
「これからはこの方針で行きます。ハイシンシャの皆さんにも伝えてください」
何故か、暗い表情をされたが、どうしてだろう。その時はそう思った。
あの後、能登川さんがこうすればいいと、プランを提出してくれた。
ダンスレッスンにボイスレッスン、3Dトラッキングに、グッズ販売、アイドル衣装。
ありがたかった。渡りに船だった。なんていい人だろう。その時は思った。
そう、その時は。
◆◇◆◇◆
ライバーや社員の様子がおかしい。
そう気付いたのは、アイドル化を初めて一週間が過ぎた頃だったか。
事務所に入ってくる時の顔が妙に暗く、陰鬱としていた。
プログラマー陣営の作業の効率も下がっているように見えた。
愚痴も聞こえてきた。
「何でこうなっちゃったんだろ」
「前の社長の方が••••」
••••これは、自由な方法の筈なんだ。
••••••••抑えてないはずなんだ。
俺は自分にそう言い聞かせていた。
◆◇◆◇◆
また別の日、ライバー達がレッスンをする場所へ視察に行った。
誰にも告げずに。
そこでは雨もない屋内なのに、どんよりとした空気があった。言い換えれば、生気がなかった。
「何で俺達これしてるんだろう••••」
「配信したい••••」
「したいことができない••••」
「私の路線はこんなんじゃなかったのに••••!」
「「「全然自由じゃない••••!!!!」」」
「•••••••••••••••!」
その場から、走って帰った。
◆◇◆◇◆
調べた。
図書館、書籍、ネットサーフィン。
ありったけの、自分の持てるだけのことを使って全部を調べた。
そして。
「••••全部••••間違えじゃないか••••••!?」
目を背けたくなった。
不自由は現実だった。
自分のした事は、親父の真反対だ。
自由も何もない。抑圧でしかなかった。
俺のせいだ。
俺がただ楽な方、楽な方に逃げたせいだ。
あの時、何で調べなかったんだ。
後悔しても、もう遅かった。
全部、決まった後だったから。撤回も出来なかった。
逃げたくなった。
逃げてしまいたかった。
逃げる他なかった。
けれど、逃げられなかった。
どうにもならない事をした。それだけが頭の中をぐるぐると回っていた。
逃避したい。逃避したい。そんな思考に駆られて、様々なものに「逃げ」を求めた。
自分の全手段で調べた情報も、遅過ぎた。そして、この場を撤回するには、弱過ぎた。
調べても調べても調べても。弱過ぎた。
何日寝ていないか、覚えていない。
ブルーライトを浴びながら、起きていた。
けれどまだ、足りなかった。
分からなかった。
吐き気を催した。
自分への吐き気だ。
いつもいつも、口の中に酸っぱい味がした。
自分の罰だと思って飲み込んだ。
いつしか、「逃げたい」という感情は薄まった。罰したくなった。
無知な自分に、分からないことには全部他人に流される自分に、決断力のない自分を。
そして、殺意を覚えた。
けれど、それは「逃げ」だ。
自分だけ自由になってしまう。
だめだ。
こんな感情も生まれた。
誰か。
助けて欲しい。
全部壊して。
引っ叩いて欲しい。
ちょっと補足を!
ep73とep79で「逃避」を求めている社長は、ほぼ同じ時間と考えて下さい。
そのシーンは時系列的に、千隼と美納葉が作戦を開始する何日も前の出来事になっています。
今回「あれ?この人逃げようとしてたんじゃ?」って思ってた皆さんは、そう考えていただくと分かりやすいかもです。
まとめると、『社長「逃げたい」と思う→千隼と美納葉、ラリアーから話を聞く→社長「逃げてはダメ」と思う→千隼と美納葉、作戦開始』
という流れになります。
分かりづらくて申し訳ございません!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




