作戦決行、そして逃避先
前半トンチキ、後半シリアスで風邪引きそうです。
俺と美納葉は、ラリアーさんと夕の二人と別れると、ビルの裏口の前へと進んだ。
建物が密集しているせいか、薄暗い。人気がないのに荒らされた様子が見当たらないのは、用務員さんがちゃんと掃除をしている証拠だろう。
俺は裏口の扉の前に立ち、ドアノブを握る。
かちり、と音が響く。案の定鍵がかかっていた。
それを確認し、俺は腰に取り付けてあるウエストバックから解錠道具を取り出した。
それを差し込もうとする俺に、美納葉が声を掛けた。
「正面突破って何?」
どうやら俺が自室で呟いた一言を覚えていたらしい。
「あー、まぁ真正面から暴れても成功すると思うけど••••こっちの方が楽だからさ。••••おっ!これディスクシリンダーか?ラッキー!案外古いビルなのかもな」
「••••解錠するよりぶっ壊す方が早くない?」
「あほか。音がでかいだろう」
言葉を発するや、俺はピッキングを始める。
「でもさー、社長拉致るには、ちんたらピッキングしてたら間に合わないよ?」
「まぁ、拉致るだけならそれでもいいけど、一番の問題はそれを社員さんに知られる事だからな」
「あー••••拉致られた事を知ってるのが社長だけなら後々何とかできるもんね••••けどさ、それは分かるんだけどこう、ね?」
「なるべく早くしたい気持ちは分かるけどこれが最善だし抑えてくれ」
拉致。俺と美納葉の口から飛び出た言葉は偽りではない。これこそが今回の作戦である。
概要は、迅速に、隠密を行いながら社長室に辿り着き、彼を拉致、そして拉致した先で直談判をするというものだ。
こんな法なんて完全無視のトンチキな作戦だが、それには理由がある。
俺達は最初、先程美納葉が言ったように真正面から会社に突撃する方法で、社長と直談判する予定だったのだが、それを夕に相談したところ「いやアホか。警備員に捕まるのがオチだよ。まぁあんたら二人なら警備員如き塵芥だけど、どのみち警察呼ばれてジ・エンド」と冷静に突っ込まれたのだ。
ならばバレずに拉致って直談判だ、とあうことで今のような作戦になったのである。
因みにこの作戦、後々分かった事だが意外と理に適っているのである。
車でラリアーさんから聞いた話では、社長である一 環太は8階にある社長室から滅多に出る事はなく、出たとしても社内に据え置きのドリンクバーに寄るぐらいなのだと。そして、社員もそこまでいないし、出会っても用務員に化たら何とかなるだろうとのことだった。
という事で、まずは用務員室を目指し服を拝借、そして社長室を目指す手筈だ。
「よし。開いた!美納葉、くれぐれも音を立てるなy••••」
「はいドーン!!!!」
「馬鹿やろテメェ!?」
美納葉が扉を蹴り開けた。
ばしゃーん、と盛大な音が鳴り響く。
早速作戦が破綻しそうである。
「いやさ?堂々と言った方が目立たないかなぁって、」
「堂々にも限度があるわ!?完全に不審者だろこれおい!?」
俺は美納葉を外に押し出し、ビル内を見渡す。••••どうやら人は見ていないようだ。一先ず安心である。
「兎に角だ、静かに。し・ず・か・に!進むぞ!」
「りょーかい!」
••••幸先不安で「これインポッシブルでは?」と思いかけたが、とりあえず作戦が始まったのであった。
◆◇◆◇◆
俺と美納葉は物音を立てないように、廊下を全力疾走する。「静か」と「全力疾走」、同居しないだろと思うかもしれないが、裸足になれば足跡などは案外なくなるものである。
「で、千隼。用務員室って何処?」
「ラリアーさんから事前に聞いた話だと、確か一階の隅の方の部屋。この入り口の廊下を真っ直ぐ進んだすぐ右にある筈」
「おっけ!」
俺達はすぐに廊下の突き当たりに差し掛かる。
T字型の通路になっている為、慎重に左右を見回し、そこに人の気配がないことを確認してから、俺は右に曲がった。
ラリアーさんの言う通り、すぐに扉が設置されている。俺はそこに耳を当て、中にいる人物のの気配の数を数えると、美納葉にその数を小声で伝える。
「二人いる」
「よっしゃ!先ず中にいる人全員昏倒させよう!」
「うーんバイオレンス。てか流石に落とされる前の記憶あるだろ」
「その時は記憶がなくなるまで拳よ拳。••••けどその言い方からするに他のやり方があるって顔だね?」
「おうともさ。ちょっと待ってろ」
俺は美納葉に告げると、音を立てないようにドアを小さくスライドさせる。
そこから中を覗くと、青い作業着を着ている用務員が二名、椅子に座って休憩している。
そしてさらに見渡すと用務員さんが使うと思しきロッカーやら、テーブルやらがチラリと顔を見せた。
俺はテーブルの上に視線を向ける。
「ビンゴ」
「何が?」
「見てみ?テーブルの上に紙コップがあるだろ?これ多分、ドリンクバーから貰えるジュースとかだ」
俺は美納葉にそれを見るように促す間に、腰のウエストバッグから、透明な袋に錠剤が数個入っているものを取り出した。ぱっと見はあぶない薬物であるが、でもちゃんと合法の薬なので安心してくれ。携行のし易さのために袋に入れただけだから。
美納葉は紙コップを見ると、こっちに視線を戻した。
「で、あれが何なの?」
「あそこにこの錠剤を放り込む」
俺は手の錠剤を美納葉に見せると、美納葉はきょとんとした顔でそれを覗き込んだ。
「その薬は?」
「睡眠薬と下剤。睡眠薬の方は30分以内に効く超短時間型のやつで、下剤はそれより少し後に効き始めるやつ」
「ほう。つまり?」
「下剤で眠ったところで作業着を剥いで、トイレに放り込む。起きても腹が痛くてそれどころじゃない筈だ」
「••••割と悪魔の所業じゃない?」
ちょっと引き気味な美納葉をスルーして、俺は朗報とばかりに笑った。
「いやー、本当にビンゴ!この会社、一つの階につき2台ぐらい無料のドリンクバーが設置されてるんだ。だから、わざわざお金出してペットボトルの飲み物買ってきたり、水筒を持ってくる必要がないだろ?それに今は夏場だから十中八九ドリンクバー使ってると思ってたんだよ」
「あー確かに、夏場なら飲み物を口に入れる頻度も高いから、より短い時間にできるね」
「それに作業員、つまり清掃員は肉体労働で疲れてるからな。自然に水分を欲するのさ!」
「•••••••••やっぱり悪魔じゃない?」
「意識落とされた後、記憶飛ぶほどぶん殴られるよりマシだろ」
「それもそっか」
俺を悪魔と言った美納葉だが、もっと鬼畜な戦法を考えていたのはお前である。俺の方がよっぽど平和的じゃ。
ひと段落。
美納葉は紙コップと錠剤を交互に見ながら、俺に問い掛ける。
「さて、コップにこの錠剤を投げ込むって言ってたけど、どうするの?」
「あの、こう、指でピンって弾いて、ひょいと」
俺は親指で錠剤を弾くジェスチャーをする。
それを見ると美納葉は珍しく目を剥いた。
「指弾じゃん!?」
「お前ならできるでしょ」
「いや出来るけどさ?千隼がそんなロマンみたいなやり方を作戦にするとは思わなかったから」
「気配消しても接近することに変わり無いし、それなら、こっちの方がマシだろ。••••あと、前にお前が指弾で飛ばした埃で、BB弾を打ち返したことあったの思い出したから」
「あー••••そんなことあったね。あの後、飛ばした埃が扇風機のプロペラ壊したんだっけ」
「修理するの大変だったんだぞ?••••さて、じゃ、頼む。••••あっ!紙コップ貫通とかはしないでくれよ!」
過去を思い出して遠い目をしそうになるが、今とは関係ないと振り切って、美納葉に錠剤を渡した。
「任せたまへ!」
そして美納葉は睡眠薬と下剤をパシュンと撃ち出し、無事に着弾させた。流石のコントロールだ。こいつにとっちゃあ、こんな事わけないらしい。
「お見事!」
後は用務員が眠るのを待つだけである。
数十分して、微かな寝息が聞こえてきた。
俺達は顔を見合わせると、互いに頷き、気配を消しながら中へ入る。
勿論二人の用務員さんは眠っていて、まるで真っ白に燃え尽きた某ボクサーみたいな体勢で椅子に腰掛けていた。
俺達は二人の身につけているつなぎを速やかに取っ払い、身につける。
「よっし!これで堂々と社長室まで行けるね!さぁ行くぞ!」
「おい待てこの人らをトイレの便座に座らせるのが先だ。このままじゃ用務員室が肥溜めになっちまう」
「清掃する側が清掃される側に••••何とも運がない••••」
「ウン○だけにかよ。汚いしやかましいな。てかその言い方だと見捨てる気マンマンじゃねぇか。さっき俺に悪魔って言ったの撤回しやがれ」
「さて、それはさておき、清掃道具とこの人達持って先ずトイレに向かうんだよね?」
美納葉はそう言うと、両手にモップと箒、バケツを持ち、右肩に用務員さんを乗せた。扱いが米俵である。
「あっ、肩に乗せれるならこっちの人も乗せてくれ、もう片方空いてるだろ?」
「任せろ!」
俺はそれを見て抱えようとしていたもう一人の用務員さんを、美納葉の左肩に引っ下げる。
それでも美納葉は全然余裕のようでその場でひょいと跳ねてみせる。相変わらずの化け物っぷりで安心した。
「うっし!出発!行くよ!千隼!」
「了解」
こうして、俺達は順調に作戦を続けるのだった。
◆◇◆◇◆
8階。社長室。
俺はデスクに置いてあるパソコンと睨めっこをしていた。
「••••はぁ」
堪らずため息を溢す。
何に対して耐え難さを感じたのかは正直分からない。要因が多すぎるのだ。
全く分からないエンタメのこと?全然進まない作業のこと?主導権を握ろうとしている株主のこと?
それとも、
頭にちらつく、社員達の曇り顔?
「•••••••••••••••はぁぁ••••」
また堪えられなかった。
自分には、彼らの顔が親父と被って仕方ないのだ。
普段馬鹿みたいに笑っているその顔が、曇ったあの時の顔と被さってしまっているのだ。
箱に放り込まれて、灼熱の中に転がっていった、親父の顔と。
それ程、彼らには生気がないように思えたのだ。
何の気無しに、窓の外を覗いてみた。
逃避だ。ただの逃避だ。
曇りという名の現実から目を背けたのだ。
けれど、窓の外にある大地には灰色のコンクリートが地に足を伸ばし、天にはこれまた灰色の積乱雲が線香から立ち昇る煙の如くほっそりと浮かんでいる。
その癖どちらもどっしりとした重みで周囲を曇らせるのだ。積乱雲に発奮興起されたように集まってくる雨雲がその証拠である。
逃避先も逃避ではなかったのだ。
これがもし、雨でも降って晴れて仕舞えば多少は逃避になるのだろうかと思った。
しかし、それは今の曇りとは違うのだ。願望なのだ。
逃げ場などはないのだ、と囁くようだった。
またデスクに向き直った。
灰色の、無駄も余分もない、熱もないコンピータがそこにあった。
難解なエンタメも、難解なスケジュールも、何もかもあった。難解なこの世を俺に見せつけていた。
画面に俺の顔が映った。それは親父のそれと同じく、正気の消え失せた幽鬼のようなものとおんなじであった。
こんな事は烏滸がましいのだろうが。
彼らと、おんなじであった。
夏の暑さか、苦しみかは知らない。
次なる逃避先は紙コップだった。
灰色のコンピータの裾に置かれていた真っ白の紙の筒。いやに鮮烈に見えた。
—————中に何淹れたっけ。
そう思いながら覗き込むと、これまた鮮烈な緑が瞳を指した。
メロンソーダだ。
丁度いい。その中身が珈琲だったならば、また逃避出来なかったであろうから。
じっと見つめた。
透き抜けるような緑に、炭酸の泡がぷつりぷつりと浮かんでは爆ぜて、消えていった。
それは、逃避する私の末路のようで、目を背けた。
結局、鮮烈な色も逃避にはならないのだと思った。
ならばとそれをを唇につけ、一息に飲み干した。
やけにケミカルで甘ったるいそれを飲み込んだ。
甘ったるい、筈だったのだが。
そこまで、甘いとは感じれなかった。
俺は、また新たなる逃避先となりうる飲料はないかと、ドリンクバーへと足を進めた。
そういえば、このドリンクバーも親父がどうしてもと設置したものだったっけ。
最後まで読んでいただき、感謝です!
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