完璧
あれから、二日が過ぎた。
これは、作戦決行の日であった。
私は目的地へ向かうその日、ラリアーさんの運転する車に揺られる道すがら、記憶を辿っていた。
これは、少し前の出来事。
というより、件の二日前の、千隼の部屋での出来事だ。
それは、未だに私にちょっとした爪痕を残していた。
◆◇◆◇◆
私は激怒した。
とある作家の言葉、メロスの一文、借りるならば、このようになるだろう。
確かに、耳に挟んだ内容で作られた感情で、衝動的に走り出す様はメロスそのものだ。
しかし、その感情は本物だろうか、疑念を持った。
私はその感情を振り払うように、幼馴染の部屋の窓をかち割り侵入する。
千隼は無防備にもベッドに突っ伏し、奇声を上げていた。
私は彼の横に座り様子を伺っていると、彼は腰を上げ何やらぶつくさと呟き始める。いや、よくよく考えれば、それは呟きと言えるほど小さな声ではなかったか。
「————————何にも作戦が思いつかねぇじゃねぇか!?」
千隼は、ラリアーさんの事について作戦が思いつかないのだと言う。
やりようは意外とあるように思えるのだが。
頭を抱え、ベッドに座って貧乏ゆすりをしている千隼。未だ気付かれていないらしい、私は少しからかってやろうかと声を掛けた。
「いや〜ままならないねぇ〜」
その後の千隼の顔はとても傑作だった。
◆◇◆◇◆
その後、千隼と話してみると彼は「できない」、そう言った。
「••••俺達はシング&ライドとは他企業、そもそも中にすら入れて貰えねぇ。けど、ラリアーさん達をなんとかするにはそれを突破しないと」
妙に後ろ向きな彼の言葉が腑に落ちず、私は詰め寄る。
すると、
「突破するには出来る、出来るけれど。それはやっちゃいけないことをしなけりゃあならない」
だの。
「••••分かってるのか?法を越えなきゃならないんだぞ!」
だの。
うじうじとした言葉を彼は並べ立てた。
私は胸の奥の方で、煙がむかむかと湧き出ている気分になった。
むかむかは私が思うより大きく広がって、そのまま口から飛び出した。
「それで何か変わるの?」
それは千隼に向けたものか、誰に向けた言葉か、それすらもわからず宙を漂った。
千隼に放った言葉のはずなのに、肝心の千隼の反応なんて私には届いていなかった。
私は千隼を鏡にしていたのだろう。
実際は自分の感情を信じれなくて、疑惑に満ちていて、うじうじしていて••••そんな私の内面を表すような、千隼の様を。
「『けど』『ない』『しかし』ばかりだ。それじゃあ前・と何も変わってないよ」
「千隼は変わったんでしょ。法?常識?規則?••••出来るでしょ。ラリアーさんの時の感情は偽物?それとも本物?」
私はさらに私に詰め寄った。
外面上は千隼にぶつける振りして、私は私に攻撃する。
そうだ。先程感じたむかむかは、私に対してのものだ。
前向きなフリして、踏ん切りのつかないまま進もうとする私に対してのむかむかだ。
自分が成長してるなんて信じてないのに、感じた怒りが本物なのかすら分かっていないのに進もうとする私に鳴らした警鐘だ。
それでいいのか。
このまま進んでいいのか。
と。
ただ自分の思うまま進むことがここまで苦しいとは思わなかった。
前はここまで考えることもなかったのに。
ふと眼前の千隼を見てみた。
それは自分でも何の意図か分かっていなかった。
今となってはそれは、彼に無意識に頼っていたのだろうか。
答えを、彼に求めたのだろうか。
視線の先の千隼は何か、何かを決意したような、理解したような表情をしていた。
未だ私にしか目が向かっていない私に、千隼は口を開く。
そして。
彼はその時の私には思いもよらぬ一言を放った。
彼は、千隼は、
「俺達の感情はニセモンだ。薄っぺらの紙屑だ」
そう言ったのだ。
••••••ちがう。
ちがうんだ。
私が欲しい言葉はそんな言葉じゃないんだ。
千隼の発したその台詞に、私は目の前が水色に歪むのを感じた。
こういう時は、「本物だ」と嘘でもいいから信じさせて欲しかった。せめて千隼には完璧に理解して欲しかった。そんな、エゴイスティックにも程がある思いを抱えてしまった。
私はそんな身勝手な感情を思うと同時、気付いてしまった。
やっぱり成長なんてしていなかったのだと。
私は相も変わらず、自分の感情だけで動いたんだ。
この期に及んで「欲しい言葉」などと馬鹿げた妄言を思いつくぐらいだ。底が知れる。
確かに共感はできるようになったのかもしれない。けれど、そこから生まれた感情はラリアーさんのものでは無くて私のものだ。私の身勝手な意志だ。
ラリアーさんが話したのはごく一部で、それを勝手に分かった気になって。
そして、分かった気になって生まれた感情なんて偽物なんだ。
やっぱり、信用できない。私の成長なんて。
何もかも分からなくなる。私の心はぐちゃぐちゃで、そしてその壁はひびまみれになっていた。
そこまで来ると、私の崩れた心の壁の隙間から、『疑惑』という名の鎖はするりするりと入り込んできて、途端に雁字搦めになる。
私はいよいよどうにかなりそうだった。
そんな時だった、千隼が口火を切ったのは。
「けどな、それを本物にしたい気持ちは本物だ」
本物にしたいという気持ち•••••••。
確かにそうだ。
私が今自分に対して怒っているのも、自分がこの感情が偽物なのを許せないからだ。
本物を望んでいるからだ。
他者の感情を全部受け止めて、そして身勝手な意思ではなく、完璧に、そう完璧に本物の意思を私が望んでいるからだ。
千隼の言う通りだ。
この気持ちは本物だ。
私は自分に向けていた視線を、千隼に移した。
千隼は力強い視線でこちらを覗き込んでいる。
多分考えている事は同じだろう。
進むんだ。真っ直ぐに。
私の、私達のこの感情を本物にするために。
私は少し頷く。
そして二人して同じことを叫んだ。
「「行こうぜ!全部ぶっ飛ばしてよ!なぁ、相棒!」」
◆◇◆◇◆
こうして、私は今ここにいる。
私は後ろの助手席を見た。
流れる景色を見ている夕と、窓に頭をもたれさせ眠りこけている千隼がいた。
確か千隼はここ二日、寝ずに準備をしていたんだっけ。疲れて眠るわけだ。
視線を前へ戻す。
すると、隣でずっと黙りながら運転をしているラリアーさんが口を開いた。
「••••そろそろ着きますよ。駐車場に停めますね」
車はとあるビルの前に設置してある駐車場に入り、隅の方の場所に停止する。
「ほら、起きて。到着だよ」
夕が千隼を揺り起こす。
「ん••••ふぁぁ••••••••」
千隼は寝惚け眼を擦り、一つ伸びをした。
私達四人は車から降りる。
降りるや否や、千隼は説明を始めた。
「後は美納葉と俺、私とラリアーで行動する」
「分かった」
「••••はい」
「ラリアーさん、建物の裏手はこっちだよね••••あとビルって何階までがシンライのテナント?」
「••••そうです。••••一応、このビルの全部がシンライの事務所です」
私はビルを見上げた。
8階ほどの高さの灰色のそれは曇天を背にして建っていて。その色のせいか妙に希薄に見える。
千隼は頷くと、私の方を向いた。
「行くぞ」
その顔を見つめると、私ははっきりと言った。
「おう!任せろ!」
かくして作戦は始まったのだった。
最後まで読んでいただき、感謝です!
美納葉と千隼が「自身の感情は偽物」、なぜそう判断したのか、考察してみてください!




