シンライ崩壊
夕からの電話の後、数十分後。
俺と美納葉は全速力で道路を疾走していた。
その表情はそれぞれ対照的だ。
「千隼ぁ〜!急ぐよ〜っ!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!!!」
美納葉は目は爛々と、顔は上気させ、ひたすらに、ただひたすらに新しい何かに楽しみを求めて走っていた。
俺はというと、『ついさっき起こった出来事』に対して覚えた絶望と、そして不安感、そんなままならさを混ぜこぜに、真っ青な顔で疾走していた。
つまり何かというと、様々なマイナスの感情がその個性を無くすことなく共存するという地獄のサラダボウル論が出来上がっている訳である。
とはいえ、『ついさっき起こった出来事』と藪から棒に言い出されても、何が何だか分からないだろう。
そこでこの魔法の言葉だ。
時はほんの少し前に遡る—————————、
◆◇◆◇◆
<配信の途中>
「今すぐ公園に来てっていわれてもなぁ••••今配信中だし••••」
「いいじゃん!行こうよ!そろそろ千隼を爆散させるのも飽きてきたし」
「自分から始めておいて何を言ってやがる!?」
≪頼むよ••••!≫
夕が電波の向こうで頭を下げている空気を感じる。
とはいえ、それで配信を閉じるかといえば、それは別問題だ。
数時間、美納葉にずっと爆殺されるゲーム画面を、繰り返しているだけではあるが、配信は配信だ。ある程度までは続けたい。
≪頼むよ••••兎に角今は早くに対応したいんだ••••二人が必要なんだ••••≫
夕の言葉の尻が萎んでいく。
「だからさ、まず何の用なのかを説明してくれよ••••」
俺はそう問いかけると、夕は頑なに否定する。
≪••••ごめん。それは出来ない。もし何かがあってこれが電波に乗ったら、とんでもない事になるから≫
俺は息を呑んだ。
夕にそこまで言わせるほどの出来事なのだろうかと。
正直、行きたい。何がそこまで夕を駆り立てるのかを。
夕は何かをコントロールすることがひどく上手い。別に俺達の力を借りなくとも問題ないのだ。けれど、その夕が「必要だ」と言う。一体何なんだ。
少しの間、黙考。
その末、決断する。
「••••わかった。行くよ」
≪良かった••••!ありがとう••••!≫
夕の声のトーンが一段階上がった。
さて、行くとなっては別の問題が発生する。
どうやって配信を閉じるかだ。
「急用が入った」?、「体調が」?••••いやいや露骨だ。
ついさっき配信中に新しいクエストを入れたばかりだ。
そんなタイミングで配信を閉じたらどうだ?流石に不自然すぎる。ネットの民は恐ろしく察しがいい。侮るなかれ、だ。
一瞬、パソコンの画面に目を向けた。
『本能寺たち、どうした?』
『電話取ったにしては長くね?』
『どしたん話聞こか?』
『↑おいなんか変なの沸いてるぞ』
『↑夏で湿気が多いから生えてきたんだろ』
『↑ブナシメジの妖精さんだ。お引き取り願おう』
『↑どっちかというとエノキタケ』
『夏だからか?なんかヌメヌメしてきたなぁ?』
『↑それはナメコや』
夕からの電話に出ている間、ミュートになっている画面、その隅っこでコメントが妙に早い速度で動き回る。俺はちらりとしか見られなかったが、どうやら何かにツッコミを入れている様子だ。
今は遊んでいるだけのようだが、そのうちに「何の通話だ?」なんて会話になればジ・エンド。しまいである。
さて、どうするか。
俺は再び熟考状態に入り込もうとした、その刹那。
「ん?」
先程まで無言だった美納葉が、唐突にゆらりと動き出した。
何だ何だ何事だ?と俺が気を抜いた一瞬••••その一瞬で、美納葉は一瞬でパソコンのすぐ手前に接近する。
胸の中にぼやりと嫌な予感が広がった。
もしやと思いつつも、俺は美納葉に制止の声を掛ける。
「おい美納葉何やらかす気だ!?おい待て止まれ!?待て待て待て待て!頼む配信止めるからその振り上げた左手を下げろ!?」
案の定ではあるが、勿論美納葉は止まらない。
振り上げられた拳は、恐ろしい速度で降ろされる。
自室には美納葉の左腕が千手観音のような残像を起こし、それと同時、ソニックブームのような衝撃波が発生した。
俺はその衝撃波に吹き飛ばされそうになりながらも、奴を止めるべく、なおも手を伸ばす。
しかし、その手は届かず、あえなく美納葉の左はパソコンに命中する。
画面のど真ん中、液晶にジャストミートした美納葉の拳はそれを貫通。••••それのみならず部屋の壁にめり込んだ。
風穴を開けられ、もくもくと煙、びちばちと火花を放出する瀕死、••••いや致死のパソコンとは対照的に、美納葉の腕はそれはもう綺麗な、完璧と言っていいほどの無傷であった。
俺はというと。
「ああぁあぁぁあ••••あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?••••な゛ん゛て゛っ゛••••こ゛と゛を゛っ゛••••!?!?!?」
膝からフローリングへ崩れ落ちていた。
何処ぞのディスプレイを破壊する外国人のような絵面を間近で見れてラッキー••••という訳では勿論なく、圧倒的なまでの絶望に身体を震わせていた。例えるならば、ブルーベリー色の化け物が現れる、どこぞのフリーホラーゲームの登場人物のような震えようである。ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ。
それから、脱力しながら人間バイブレーションと化していた俺は、美納葉によって窓に放り投げられ、そのまま公園に走っている状態の、今現在に繋がる。
••••因みに窓に投げられた際にガラスが2枚ほどキルされたのは別の話。
◆◇◆◇◆
ややあって、近所の公園に辿り着いた。
山に面し、カブトムシを模した遊具が設置してある公園で、近所の子供から安直ながら「カブトムシ公園」と呼ばれている。
茂みに塗れるように立ち並ぶ遊具の数々、その隙間で俺達は顔を突き合わせていた。
山に面しているのがポイントで、隠し話をするにはうってつけである。
「••••で、夕、結局は何の用事なんだ?また炎上でもしてメンタルブレイクしたのか?」
幼馴染ならではだろうか、毒舌塗れの言葉のジャブを夕に投げつける。
「酷い!?あれは影縫くんがオーディション仲間だったのもあるし!それに、あの時ははじめての炎上だったから!」
「炎上をどこぞのキテレツな大百科の曲みたいに言うなよ」
「♪I will give you all backlash 〜(私は貴方に全ての炎上を与えます)」
「おいさりげなく炎上をなすりつけてくんな。最低な歌詞変更だな••••」
俺は溜息をこぼしつつ、本題であろう内容に触れる。
「••••で、その横の人は誰?多分、そっちが本命だろ?」
夕は、途端にふざけた表情から神妙な顔つきになり、自身の横にいる女性に顔を向けた。
その視線に合わせて、俺と美納葉も視線をずらす。
木陰の下、木製ベンチに座るその女性は、ひどくこじんまりした印象だった。
実際に小柄な訳ではない。むしろ、女性の中では比較的背丈が大きい方ではなかろうか。
その印象を持たせる訳は恐らく、その俯いた頭と、暗い表情からだろう。
暗いと言っても、恐らく元来の表情ではなさそうだ。
夕は続ける。
「この子、私の友達でVtuberの子なの。••••この子って言っても、私達よりよっぽど年上なんだけどね。さっきの電話はこの子の相談を受けて二人が必要だと思ったからしたの。••••ほら」
夕は女性の肩に手を添え、促す。
女性はぐっと頷く。
そして顔を上げ、ぽつりと口を開いた。
「私、株式会社シング&ライドで活動してます。活動名はラリアー・ルルディリアです。大学一年ですけど、畏まらないでください」
はっきり、聞き取りやすい声だった。
通りやすいほど明瞭な声、というよりは、長年の努力の賜物、そういった風であった。
美納葉が口を開いた。
「ラリアーさん!私、延暦寺 小町をやってる天野宮 美納葉!こっちのは本能寺 我炎をやってる涼森 千隼!そして私の未来の旦那!••••で、何の相談かな!」
「未来の旦那は撤回しておいてくれ、ラリアーさん。あ、紹介された後者の方です」
「あ、はい。••••よろしくお願いします」
こちらが瞳を見ながら挨拶を交わすと、ラリアーさんは、こちらの瞳をはっきりと見返してきた。
さっき推測した通り。やはり、暗い表情は仮初なのだろう。
服装や持ち物を見る限り、元は割と活発な人物とみた。
彼女はそのまま、俺達から視線を逸らすことなく、はきはきと口火を切った。
「今回、夕ちゃんに相談事••••いえ助けを求めたところ、『私だけなら無理だけど、あいつらとならできる』と言われました。••••力を、貸してください」
夕の方を見やると、うんと頷いて、肯定を示している。
助け。
力を貸す。
今までなら、頭ごなしに否定から入っていたであろうそんな話題。
けれど今ならどうしてだろう。こうも引き寄せられる。
彼女の訴える視線や、先程の暗雲のような表情。それらが否定を引き止める。
それは美納葉も同様だったようで。
俺らの台詞が同時に、同じように被さる。
「「聞かせて(よ!)」」
その言葉を聞いたラリアーさんは、口を開く。
◆◇◆◇◆
◆◇◆◇◆
彼女の放った内容に、俺と美納葉は震えていた。
別に恐怖ではない。悲しみでもない。哀れみ、同情なんてもってのほか。
怒りである。
いや••••怒りなのだろうか?
これは自身が勝手に生んだものだ。
エゴと自己中心性によって生まれたものだ。
怒りではない。
そうか。
義憤だ。
夕の炎上騒ぎの時に感じたそれと同じである。
••••いや、前回は身内だったのに対し、今回は他人である。
俺達がなぜゆえここまでの激情に駆られていたのか。それはラリアーさんの言葉によるものであることだけは確かだ。
詳細は言わない。俺達は彼女ではないから。
概要は言おう。それは知って然るべきものだ。
非常に大まかならば、こうなる。
▲▽▲▽▲▽▲
彼女はシング&ライドに所属している••••つまりは企業Vtuberだ。
そして彼女の活動の方向性は主に雑談、トークである。ある程度の固定客もいたそうな。
そんな中、とあるきっかけでその会社の社長が代わり、唐突に企業方針が変更される事となった。
それはアイドル系Vtuberというものだった。
再度言うが、彼女の活動方針はトークである。
絶対的に方向性がそぐわないのだ。
シング&ライドは30人以上のライバーを抱える事務所だ。他にも彼女の様な者はいた。
しかし会社はその方針を強行した。
過酷なレッスン、相性の悪い活動の強制行為の結果、彼女の配信頻度は激減。
挙げ句、好きであったはずのトークすら楽しく感じれなくなってきていた。
▲▽▲▽▲▽▲
という訳である。
再度言おう。俺は彼女ではない。
しかし、ここまでを聞いて、なにも感じないほど心無い人間ではない。
むしろ、流れる衝動に身を任せてしまいたくなるぐらいである。
俺は美納葉と顔を合わせ、互いに頷く。
そして先程と同じ様に声を合わせ、
「「任せて!」」
騒動に顔を突っ込んだ。
◆◇◆◇◆
とあるコンクリートジャングルの一角。ビルの八階。そしてとある部屋。
そこにはとある男が座りながら作業をしていた。
男は、シング&ライドの社長であった。
今日もライバー達の様子がまとめられた書類に目を通し、溜息をこぼす。
「••••本当に、これで良かったのだろうか」
シング&ライドは崩壊していると言って等しい。男は思った。
男の目には大きな隈があり、一目で疲れが溜まっているのだろうと推測できる。
「鵜呑み、鵜呑み、鵜呑みに鵜呑み、••••俺はとんだ鳥頭だな。鶏にも馬鹿にされるだろう」
いや、鶏ですらもっと賢い。アホウドリだな、俺は。男はそう自嘲する。
男は不意に立ち上がり、窓際まで行くと、夏ならではの積乱雲が空を覆っていた。
分厚い雲は空の一切を見せんとばかりにそこに鎮座している。
男は、再度溜息を吐いた。
「なぁ、親父••••これでいいのか••••?」
雲は何も答えてはくれなかった。
ただ、嵐が来ることを仄めかすのみだった。
最後まで読んでいただき、感謝です!
これにて、「信頼崩壊編」改めて「シンライ崩壊編」が終幕となります。
そして次回は箸休め回となります。




