狂気響く事務所
≪ヌベベアギッチョンアベルベベベルバハナカサタウバァァァァブナバラシュナハタカサハボハバァァァゥエェザナベェァウベザェァ!!!!≫
俺はスマートフォンの通話終了ボタンをそっと押した。
スマートフォンから雪崩れ込んできたのは、女性の声だった。しかも、謎の言語———いや、言語なのかすら分からない叫び声であった。
スピーカーにしなくてよかった。危うく、ご近所さんに「何事!?」って言われる所だった。
で、どうしよう。常軌を逸しすぎて反応に困る。
というかこの声、どっかで聞いたことあるぞ。どこだっけ?
首を傾げる俺の傍ら、美納葉がスマートフォンの画面を覗き込んできた。
「何で切ったの?わざわざ電話かけたのに?」
「明らかに言語不安定な人が返答してきたんだ」
俺は自分からスマートフォンを遠ざけるように机に置いた。
「何それ面白そう!」
「そこは『なにそれこわい』って返すべき場所だろ。TPO弁えなよ」
「そんなネット民のTPO要らないんだけど!?」
やらかした。妙にネットに染まってきた所為か、変なことを口走ってしまった。
うん。今後から気を付けよう。
ぶぶぶぶぶぶっ。
••••机に置いたスマートフォンが再び震え始めた。木製の机にかたかたかた、と振動が伝わる。
液晶画面をチラリと見やると、先程見たばかりの「トワイライトプロダクション ライバーズ事務所」の文字。
••••••••どうしよう。死ぬ程この電話に出たくない。
いやいやもしかしたら、まともな社員の人が出てくるかもしれないし••••いやしかしまともじゃない可能性もあるし••••••••うん。ロシアンルーレットかな?
「千隼、電話鳴ってるよ?」
「待ってくれ。俺には今、心の準備が必要なんだ」
「さっきの電話に何があったの!?めちゃくちゃ楽しそうなんだけど!?」
「あれを楽しいと思えるのはお前だけだと思うよ」
言語が通じない相手の恐ろしさといったらない。それは美納葉然り、件の電話の主も然りだ。
「じゃ、私が出る!」
「ちょ、待て!?」
美納葉が俺の上半身を押しのけ、スマートフォンに手を伸ばす。
咄嗟に通話拒否にしようと俺も手を伸ばすが、相手は美納葉。圧倒的な速度の差に勝ち目はない。
「頼む美納葉!スピーカーだけは!?スピーカーだけはやめてくれ!?」
「だが断る!」
美納葉が通話開始ボタンと、スピーカーボタンを押した。
「ああ••••やっちゃったぁ••••」
俺は神に祈るような気持ちになった。
願わくば、あの言語不明絶叫人が電話に出ないことを•••••••••!
≪アガガナラバナラヤマネムヤユネノユクネヌノマユカナガニッサゾョンナバヌヨムアガガナバジビルハジクタハツネナバガッジュァガァァッッ!!!!≫
神は死んだ。
スマートフォンから流れる地獄のような奇声は、俺の部屋、いや部屋どころか近所にも響き渡りそうな勢いで轟く。
「わぁ〜お。めちゃめちゃやばいねこりゃ」
「やばいの一言で済ませられるレベルじゃないだろ」
「例えるなら亡者の断末魔ぐらいやばい」
「あーそりゃあえげつない」
成程、死後も地獄で死に続けて、断末魔を上げ続けると。可哀想に。
••••というか、こう、発狂する人の声を聞き続けたからか、妙に慣れて来た。••••ああ、俺、とうとうバグったか。
俺は、変な境地に達したことに喜んでいいか否か分からず唸る。
そうしている間にも奇声が発されるスマートフォンだったが、向こう側の音が変わって来た。どうやら、様子が変わって来たらしい。
≪シャバナラヌヌヌベ?••••••••••••••アッ!••••••••••≫
≪バタッ!≫
≪••••すいません!電話代わりました皆山です!啞我凪さんが数日前からあの様子で、全然連絡ができませんでした!••••••••いや、これは言い訳ですね。本当に面目ないです≫
スピーカーからは、いつぞや会社で顔を合わせたことのある皆山さんの声が聞こえて来た。
「大丈夫!」
「ああ、全然大丈夫ですよ。まぁ、正直なところ、大丈夫じゃなかったですけど。ご近所的に」
≪••••ははは。本当にすみません。啞我凪さんのことにつきましては以前も迷惑をかけてしまいましたね••••≫
「以前••••?」
確かにあの叫び声は聞いたことあったような気はするな。
うーん••••ライバーズ事務所••••叫び声••••••••あっ!
「受付の人!?」
≪正確には受付の真似事をしていた人、ですね。一応あの人、私と同じマネージャーなんですよ≫
ハッとする俺に、皆山さんは苦笑い気味に訂正する。
へぇ••••あの時の受付の人、マネージャーだったのか。••••あんな叫び声を上げる人がマネージャーでいいのか••••••••?????
甚だ疑問で首を捻っていると、皆山さんが真剣な声音を出した。
≪本題に入ってもいいですか?≫
「全然大丈夫ですよ」
≪ありがとうございます。連絡が遅れてしまい本当に申し訳ないのですが、明日事務所に来ていただくということは••••可能ですか?≫
「え、はい?多分••••はい。大丈夫です」
咄嗟にカレンダーを見やる。
明日か••••まぁ休日だし。大丈夫だろう。••••そういえば、頭では日付が分かってるのに、ついカレンダーを見てしまう現象ってなんなのだろう。
≪よかったです。••••本当に助かりました。では、明日の午前10時頃に、事務所の会議室まで来ていただけると。あ、時間的に食事が必要だと思いますが、こちらで用意しますので安心してください≫
皆山さんは安心したような息を吐いた。
張り詰めた肩を下ろしたような、そんな空気を感じる。
≪それでは、失礼します≫
つつッ。と電話が切れる。
そのノイズを皮切りに、俺達は再び曲の確認に戻るのであった。
◆◇◆◇◆
翌日。
俺達は来るのはこれで二度目となるライバーズ事務所の入り口にいた。
美納葉は腰に腕を組み、仁王立ちの状態で口を開いた。
「いやー!とうとう来たね!」
「そんな大層なもんじゃねぇだろ。早く入るぞ」
俺はスルーし、事務所のドアを通り抜ける。
すると、
「シャベベヌガシボベカヌラジュベヤガラジュノアキェェェッレクメルアッッァァェッ!!!!」
「主の名の元に!貴様の名を言え!言え!」
「祓え給い、清め給え、神ながら、 守り給い、幸せ給え••••」
「かんじーざいぼーさつ ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー。しょうけんごーうん かいくう。どいっさいくやく••••」
「早くエナドリを!」
「元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、害気を攘払し、四柱神を鎮護し、五神開衢、悪鬼を逐い、奇動霊光四隅に衝徹し、元柱固具、安鎮を得んことを、慎みて五陽霊神に願い奉る••••!」
「悪魔め!名を名乗れぇぇぇぇっ!」
呪文と奇声が入り乱れる世紀末な光景が広がっていた。
うん。以前見たことあるな。奇声出してる人——啞我凪さんとそれを抑えるべくいろんな呪文を唱える社員さん達。••••いやよく考えたらなんで色んな呪文を詠むことのできる社員がいるんだ?
••••••••••••••••••••••••••うん。深くは考えないことにしよう!そうしよう!
「私もやりたい!行ってくる!」
••••••••••••••••••••••••••••••••••。
俺は何食わぬ顔をして会議室へ向かうのだった。
その後、事務所の玄関先で聞こえる、世紀末のような声がひとつ増えたのだった。
••••勿論。呪文ではなく、奇声の方が。
◆◇◆◇◆
数刻後。
玄関先の騒動に皆山さんも混じっていたみたいで、会議室に集合する時間がズレた。••••多分、必死に食い止めていたのだろう。ご愁傷様です。
ひどく簡素な会議室には驚いたことにライバーズの面々とそのマネージャーと思しき人が集まっていた。
ライバーズの面々は••••一期生のふたりと影縫くん。二期生は、夕を除いて全員がいた。つまりはほぼ全員だ。••••というか夕は何でいないんだ。夏風邪を引くタマでもないだろうに。
とはいっても、そこまで大所帯じゃない。マネージャーの数も、一期生を担当する皆山さんに、二期生を担当する二人だけだ。
皆山さんはこの場を仕切る役割をしていたらしく、パソコンを片手に口火を開いた。
「それではこれからの方針についての説明会を始めます。先にご連絡から。••••今回の説明会ですが、諸事情により神凪 ハマ様が来れなくなっていますのでよろしくお願いします。今回の内容については後ほど連絡をします」
かぐやま先輩や、頭上から薔薇の花弁を降らせる山田先輩を筆頭に次々と頷いていく。
◆◇◆◇◆
それから説明会は滞りなく続いて行った。
それは、昨年の大引退の影響や、最近のライバーズの炎上を鑑みた結果、今年の夏休みに予定していた大規模イベントを中止にする旨や、その分、イベントはハロウィンやクリスマスに増やして行こうという旨だった。
「以上で、これからの方針についての説明会を終わりたいと思いますが、質問はないでしょうか?」
全員が首を横に振った。
俺がスマートフォン時計をみると、意外と時間が経っていたようで、時計の短い針が二、三個程移動していた。
これにて、今回の説明会は特に大きな出来事もなく、平和にお開きになった••••••••••わけでは勿論なく。
「影縫さん、延暦寺さん、本能寺さんは会議室に残っていただけますか?」
皆山さんに呼び出されてしまった。
分かってましたよ。ああ分かってましたとも!何かがあるって!そうじゃなかったら俺達みたいに事務所で隔離されてる奴ら呼ばないもんな!?
◆◇◆◇◆
俺達はこれから何が起こるのか戦々恐々としていた。••••まぁ美納葉はビクビクしている俺と影縫くんとは対照的に、ワクワクとした様子だったが。
皆山さんは「少ししたら戻ります」と俺達を残して去ってしまった。
そんなに準備とかが必要なものなのだろうか?
「すみません!少々遅れました!」
そうして、皆山さんが二人の社員を連れて戻って来た。
片方は初めて見る人で、もう片方はなんと先程まで玄関先で奇声を上げていた啞我凪さんだった。
もうこの時点で嫌な予感がする。
俺はこの場から逃げ出したい気持ちで一杯なのであった。
最後まで読んでいただき、感謝です!




