揺れる影法師と水面下
うたてブートキャンプも三日目に突入し、特訓内容も幾分か変化してきた。
表現力を重視したものが、滑舌、歌唱法などの技術を重視したものが多くなってきたのだ。もちろんのことだが、表現力の特訓を欠かしている、といったことはない。
「チェストボイスはしっかりと。特に延暦寺ちゃん」
「はい!」
「本能寺くんは声が小さい」
「そんなに!?」
体育館全面に声を響かせられるぐらいにはしてるつもりなんだが。
鼻白む俺にうたてさんは続ける。
「東京ドームでマイクなしでも声を届けられるレベルまで上げて」
「ご近所に迷惑••••••」
「大丈夫。それぐらいなら防音できる」
「どんな改造したんです!?」
魔改造にも程があると思う。
◆◇◆◇◆
うたてさんは壁にかけてある時計を見て頷く。釣られて彼女の視線の方向を向くと、時計の短針は「6」を指していた。
もう夕方かと思っていると、うたてさんは振り帰り、発声を繰り返す俺達に向かって言う。
「••••うん。二人共今日の特訓は終わり。ご飯にしよう?」
「あ、はい!」
「お腹すいた〜!ってあれ、身バレさんは?」
美納葉がきょろきょろと辺りを見渡す。
そういえば、赤上さんの姿が見えないな。
いつもなら、朝の7時頃からずっといたはずだ。
『いつもなら』といっても俺達が赤上さんと出会って三日程しか経っていないのだが。
「透は学校」
「学校?」
「そう。大学院」
「赤上さんって頭いいんだ〜!」
「んー?多分賢いんだと思う」
美納葉が目を輝かせ言うと、うたてさんは首を傾げる。
「多分って?」
「私は透のテストの点数を知らないしね。そもそも出会ったのも一年前だし」
「へぇ〜!馴れ初めはどんな感じだったんですか?」
「ちょっ!おい!?」
頼むから人と人との関係性にずけずけと首を突っ込まないでくれ。
俺はそう狼狽えるが、幸いな事にうたてさんは何事も無いように言った。
「透ってフィールドワークばっかりしてるからね地域の伝承を調べてるんだって」
「大学院ってことは将来の夢は学者とかですか?」
「正解。考古学者か民俗学者になりたいんだって」
「それ、研究で移住とかした時、人口の流入とかえぐいことなりません?」
俺は知っている。赤上さんの住んでいる地域、もしくはその地域に近い場所にわざわざ引っ越してくる彼のリスナーが割といる事を。
そしてその人数が40万人を優に超す事を。
••••いやおかしいにも程があるだろ。アヒルの一家の引っ越しじゃないんだぞ。
「人口流入って言っても20万人くらいでしよ?」
「同じ街で考えないで下さい?県の規模で考えて下さいね?」
街を単位にして考えるのなら、以前赤上さんが言った様に20万人で相違ないのだが。
「透は人望があるからね」
少し誇らしげに胸を張るうたてさん。
「人望の域で済ませていいのか」
「まぁいいじゃん!それよりご飯にしようよ!」
まぁいい、の一言で済ませていいのか些か疑問が残るところではあるが、空腹の美納葉を野放しにすると何が起こるか分からない。だから、俺はそれを渋々と飲み込む。
俺が黙り込むのを見ると、うたてさんは玄関に向かいながら言った。
「じゃあ二人とも買い出しのじゃんけんしておいて。私は楽器とかの片付けしてるから」
「あ、はい」
「了解!」
◆◇◆◇◆
スーパーマーケットまで繋がる街道、そこを歩いていた。
もう夕方だというのに、昼間熱されたアスファルトは未だジリジリとした熱気を感じさせる。その熱の所為か、蜃気楼がゆらゆらと立ち上り、茜色を歪ませた。
その時、そんな歪みのカーテンの向こう側から、声が掛かる。
「あ、透くんと一緒にいた人!」
「うん?」
目を凝らしてみると、猫背気味のシルエットが見える。
「き、今日は一人なんだ?」
「あ、はい」
「か、買い出し?」
「そうですね」
あ、だめだ。会話が続かない。
まぁ、片方だけが話す気力を持っていて、もう片方がないならそれも当たり前か。
「あ、き、急に話しかけられても困るよね。ぼ、僕のことも覚えてないと思うし」
あー•••••確かに知らない相手だ。赤上さんと買い出しに行った時に出会った内の一人だとは思うのだが。
「え、えーと。僕はナナヤです。あ、な、なんか変だな。ぼ、僕の名前はナナヤです、の方が良かったかな?」
「どっちでもいいですよ?」
「そ、そっか。ありがとう」
「ところで、何か用ですか?」
「うん、まぁ。と、透くんの様子が聞きたくて。か、彼女とうまくやっているかとか」
彼女っていうと••••あ!うたてさんの事か。というか、赤上さんの友達••••というか視聴者も二人の関係性をそんな風に感じてるんだ。
「あー、俺達も二人が付き合ってるのかを聞いたんですけど、付き合って無いって言ってましたね」
「はぁ、やっぱりかぁ」
溜息を吐くナナヤさん。反応を見る限り、大分前から二人の仲は膠着しているらしい。
「あ、あの空気で付き合って無いとか。ほ、ほんとになんなんだろ」
「めっちゃわかります」
「こ、こっちがやきもきするよね」
急に会話の歯車が噛み合ってきた。共通の話題が出来たからだろうか?
人間、話題の構築さえ出来れば、案外楽に会話が出来るものである。
それからの会話は、少し前と比べると意外な程にスムーズに進んだ。
会話は専ら、うたてさんと赤上さんの進展についてだったのだが、その過程でまた別の話題に移った。
「そういえば、ナナヤさんはなんで赤上さんの視聴者になったんです?」
「う、うーん。ちょっと重めな話だけど、聞いてくれる?」
俺が頷くと、ナナヤさんはどこか安堵したかの様な表情で言う。
「ぼ、僕ってさ。み、見ての通り吃音症でしょ?」
あぁ•••••どことなく喋り方が独特だなと思っていたけれど、そうだったのか。
「だ、だからさ?ば、馬鹿にされるわけでも無いのに勝手にコンプレックスに感じてたんだ」
経緯は略させてもらうけどね?、と前置きをした後、彼の独白は続く。
「け、けど透くんはね『お前が辛いのは分かるけど、俺は吃音症、スキャ○トマンみたいで格好いいと思うぜ!』って笑ってくれたんだよね。し、正直さ、わ、笑い飛ばしてくれたことがかなり嬉しかったんだよね」
「捉え方は人次第ですもんね」
「そ、そうなんだよ。じ、自身の悩みが他人から見るとちっぽけで、それを知ったらなんか悩み自体もちっぽけに思えてきちゃって」
そこまで言うと、ナナヤさんは背を伸ばし、しゃっきりとした姿勢になり、「い、今ではこの口も、舌も、全部。ぼ、僕のネタにしてるよ」と溢した。
◆◇◆◇◆
俺はナナヤさんと別れると、買い出しを済ませ、帰路を辿っていた。
頭の中では未だに彼の言葉が反響している。
けれど、彼の話は俺には全く響かなかった。
というのも、赤上さんの『お前が辛いのは分かるけど』という台詞を同情としか捉えられなかったからだ。
人は全ての感情を個人で完結させる。
そこに他人は繋がらない。
個人が他人の言葉を捉えることはあっても、他人の感情が個人に侵食することはない。
だからこそ、共感という言葉は現実には存在しなく、そこには同情しかない。
結局のところ人間はエゴなのだ。
他者に迷惑をかけないのも自分のため、美納葉を止めるのも自分のため。
『俺は人を理解し得ない。だから人は人の為に喜怒哀楽を用いることはない』
俺はそんな考え方で生きてきた。
美納葉の様な価値観がおかしい人間が幼馴染だっからだろうか?いやこれは責任転嫁か?
今となっては何が元なのかすら分からない。
けれど今日、ついさっき分かった。
俺は何処かおかしいのではないだろうか。
と。
夏は日が長く、影法師が短い。
当たり前のことだけれど、そんな事をわざわざ深く考える機会はあんまりない。
それと同じく、長年自身を深く振り返る事がなかったが為に生成され、そうして凝り固まった考えはどうやら治癒する見込みはないらしい。
他人の言葉を聞いたとて、なにも湧かないのだから。
◆◇◆◇◆
<配信が始まりました>
「よっ!皆!青下 不透だ!予告もせずに始めてごめんな?けど急ぎの用なんだ。配信タイトルに書いた様に、本当に15分しか枠をしないからよろしくな!」
『よー透〜!』
『配信意外と久しぶりだな!』
『街でも見なくなったし、もしかして家に籠ったんか?』
『体壊すなよ〜』
『タイトルにアーカイブ残さないってのも書いてるな』
『枠短っ!?意図的に見せないようにしてんのか?』
『時間的に名前呼びはなしかな』
「おっリュウジ大正解!そう!誰にも見せない様にするためだ!えーっと、名前読み••••そうだなぁ、いかんせん時間がないからな!名前呼びもなし!」
『メン限やってないしな』
『なんの配信なんだ?』
「予定決めだな!」
『予定?』
『もしかして前ツイートしたフォームのやつか?』
『皆のかk••••おっと他言無用だった』
『↑あぶねぇw』
「勘が鋭くない?大正解!ちょっと前にツイートした奴の話。今から」
そこまで告げると、青下は息を吸い、溜める。
「パーティーの準備と行こうぜ?」




