夫婦仲はよろしく、頭はおかしく
私、この二人のてぇてぇが書きたかったんだ••••!
翌日、俺は自身に忍び寄る、ごく小さな気配で目が覚めた。
例えるなら音もなく飛ぶ蝿だろうか。
「何奴ッ!?」
俺は気配の方向へ布団を放り投げ、賊へ対応する為に後方へ飛び退く。
「ちょっと千隼!何するの!?」
賊は美納葉だった。いつもの事だ。
俺は全力で奴を睨み付け、じりじりと距離を取る。基本的に、余程の相手ではない限り、距離さえあれば対応が容易になるからだ。まぁ美納葉の場合、気休めにもならないが。
「貴様••••何を企んでいる••••!」
「千隼を起こそうとしただけだって!」
「なら何故気配を消した••••!?」
「••••な、何のことかな?」
「おいなんだ今の間!?」
「べ、別に寝てる千隼に悪戯をしようと思った訳じゃないんだからね!」
「悪戯はマジでやめろ!?下手したらこのアパートが吹っ飛ぶ!」
「流石にそこまではしないよ!?」
「中学の頃、俺の家を吹き飛ばしたのは誰だっけ?」
俺の部屋のある二階は、過去に何度も美納葉の手によって破壊されている。いつだったか、美納葉が寝ながら俺の部屋を粉砕した時もあったな。あれは酷かった。夢の中で戦ってたのか何なのかは知らず存ぜずだが、一体全体、なんだって俺の部屋をわざわざ戦場に選ぶんだ。俺の家は関ヶ原じゃねぇんだぞ。
「いいか、美納葉。今すぐに手を挙げて長座するんだ••••!抵抗はするなよ••••!」
美納葉といえど手を使わずに長座で立ち上がるのは流石に難しいだろ••••。
「え、やだ!」
••••冷静に考えたらコイツが俺の言うことをまともに聞く訳がなかった。
美納葉が物凄い速度で接近してくる。
最早これまで、俺は目を閉じて、衝撃に耐えるため、構えを取る。
その時である。
「あれ、二人とも起きたの?」
何ともいい匂いを香らせながら、赤上さんが顔を出した。
美納葉はその声に反応して動きを止める。地獄に仏とはこのことか。
「あっ身バレさん!」
「身バレさん!?」
赤上さんは驚愕に表情を染める。
美納葉は最初こそ「赤上さん」と名前で呼んでいたが、少ししたら「身バレさん」になっていた。なんかすみません。その呼び方で定着しちゃって。
そんな感じでやり取りをしていると、玄関先でガチャリと扉が開く音がした。
「あ、三人とも起きた?」
ランニングウェア姿のうたてさんだった。
「よく寝たよー」
「透まで泊まる必要なかったのに」
「初対面の相手が家に泊まるんだ。万が一があったら困るだろ。••••ほれ、スポドリとタオル」
「ありがと」
彼女はさらっと差し出されるスポドリとタオルを受け取り、俺達の方へ向かってくる。
「喉、大丈夫?」
恐らく、これから歌うから喉の調子は大丈夫か聞きたいのだろう。
俺と美納葉は首に手を当てたり、軽く喉に空気を通したりして様子を伺う。••••うん。特に大きな問題はないみたいだな。
「いつでも行けるぜ!」
「大丈夫です」
「分かった。じゃあ早速••••」
「待て待て」
再度玄関先へ向おうとするうたてさんを止める赤上さん。
「何?」
「何と言われましても••••ご飯ぐらい食ってけ」
赤上さんは視線で食卓を指し示す。
そこには湯気と良い香りが立ち上る食事達が鎮座している。
「あ」
それを見たうたてさんは「食事のこと忘れてた」みたいな空気を醸し出していた。
◆◇◆◇◆
俺と美納葉はテーブルを囲んで座っていた。
食事は既に終わり、赤上さんとうたてさんはキッチンで皿洗いをしている。
手伝おうと思ったのだが、「いいよいいよ」、「二人の方が効率がいい。キッチン狭いし」というか二人の言葉に甘えて、俺達は休ませて貰っている。
「ご飯美味しかったね!」
「そんな台詞の少ないNPCのテンプレートみたいな••••」
「え、でも美味しかったよね?」
「それはそう」
赤上さんの料理は非常に美味だった。ふかふかの玉子焼きや、じゃがいもがほくほくの味噌汁、艶々としたご飯は、お腹の底からじんわりと温まるような満足感を与えてくれた。
「それはそうとさ、あの二人見てよ」
「ん?」
美納葉が急に話を転換させ、身を寄せて来る。
美納葉が指し示した先を見やると、そこはキッチン。あぁ、成程。
「あ、透それとって」
「ほい。タオル」
「ありがと」
「あ、ご飯の余り、タッパー入れとくから!冷めたら蓋して冷蔵庫に入れろよー」
「おっけー」
俺が見たその先では、二人がこんな感じのやり取りをしていた。夫婦かな?
何故か今回は美納葉が言わんとしていることがはっきり分かった。
「あの二人、付き合ってないってあり得ないでしよ!?」
「珍しく完全同意だわ」
赤上さんが皿を洗い、うたてさんがそれを拭く。その二工程で構成される作業は、始めて見た俺達でさえも「この二人はよく一緒に作業してるんだろうな」と感じされる。そう思う程に連携が取れていた。
因みに赤上さん、皿を洗う前に「うたての手が荒れるかもしれないから俺が洗う」とさらっと言ってるのである。
料理もできて、人のカバーも考えられる。スパダリにも程があるぞ赤上さん。
某動画サイトなら『新婚熟年夫婦(未婚)』だったり、『夫婦以上恋人未満』とかいうタグがついていそうである。
◆◇◆◇◆
あれから少し過ぎ、俺と美納葉はうたてさんに連れられ、倉庫••••••••••特訓場に着いていた。
驚いたことに、そこはうたてさんのアパートの隣の部屋だった。
俺はてっきり、アパートとは別の場所に倉庫が置いてあるのかと思っていたが、全然違っていた。道理で話が食い違う訳だ。
「アパートの部屋を複数借りてるんですね!これもある意味ロマンだ!」
「千隼が珍しくわくわくしてる」
「いやさ、なんか秘密基地っぽくてさ?」
「それを言うなら千隼の部屋も基地っぽいじゃん」
「あれは要塞化って言うんだよ」
◆◇◆◇◆
「じゃあ二人とも。歌ってみて。••••部屋は一応全面防音だから気にしなくていいよ」
「あ、分かりました」
「じゃあ先に私やる!」
録音するマイクやら何やらが置いてある場所に連れられ、俺達はうたてさんに歌うように指示される。
うたてさんは音の入らないよう、少し離れたところで椅子に座っている。
曲は何でもいいらしい。ここは判断がしやすいように共通の曲を選ぶとかするもんだと思った。けれど彼女が言うには、「好きな曲の傾向やら得意な曲の傾向が分かるから」だそうだ。
「♪♪♪♪〜♪♪♪〜!」
美納葉が歌い、
「♪♪♪♪〜♪♪〜」
俺が歌う。
特に何も考えず、いつも通りに歌った。
歌が上手いとか下手とかはあまり考えたことがない。••••まぁVtuberになってからするようになったとはいえ、俺はあんまりボイトレとかしてないし、多分下手なんだろうな。
「うーん••••」
うたてさんは俺達の歌を録音していたみたいで、何度か繰り返し聴いていた。
そして彼女はうん、と軽く頷くと、椅子から立ち上がり、俺達の方へ歩いてくる。
「••••先ず、二人ともVOMKではオリジナル曲で出て」
「••••まぁ、はい。最初からそのつもりです」
「うん。だからその判断は英断」
英断?オリジナル曲にすることが?
俺が疑問符を空に飛ばしていると、
「二人の選ぶ曲が真反対すぎるの。これじゃあ魅力を出すことが既存曲じゃ難し過ぎる」
「真反対?」
「そう。••••さっき、二人に好きな曲を選んでもらったでしょ?」
「はい」
「うん!」
「本能寺くんがマイナスな曲、延暦寺ちゃんがプラスな曲だったの。••••あーマイナス、プラスっていうのは私が勝手に考えたことなんだけど••••まぁ要するに明るい曲と暗い曲みたいな?」
「なんとなく分かります」
恐らく俺が暗い曲調が得意で、美納葉が明るい曲調が得意、二人の分野が真反対だから既存の曲では表現が大変、ということだろう。
「あとはこれからなんだけど、プラスマイナスはとりあえず置いておく。二人にはとにかくボイトレとか表現力とかの練習が足りない••••!」
うたてさんが腕組みをして俺達の方を見る。何故だろう。うたてさんからめらめらと炎が上がっているように見える。
「だから••••!」
「「は、はい」」
若干気圧されながらも、俺達は頷く。
「これから二週間。ひたすらにボイトレと表現力を鍛えてもらう••••!」
うたてさんの口調は相変わらず棒読みだったけれど、圧と熱量が桁違いだった。
かくして、地獄は始まるのである。
◆◇◆◇◆
「うう••••まさか朝から夕方までぶっ続けで特訓させられるとは思わなかった••••!」
「ははは!うたての音楽に対する熱量はおかしいからな。••••でも、喉を酷使するやり方はしてないだろ?」
「まぁ•••••••確かに」
少し••••いやかなり猫背気味な俺に対し、赤上さんが笑う。
夕方。俺は赤上さんと夕飯の買い出しに出掛けていた。
うたてさんの"特訓"は生半可なものではなかった。"練習"とか考えていた自分が甘過ぎた。
ボイトレだけで四時間、表現力のために歌詞の朗読を三時間程。歌い出したのはそのあとからだ。
••••けど赤上さんの言う通り、スパルタだがしっかり休憩はとってくれるし、喉を酷使しないように調整もしてくれる。この上なく素晴らしい教師だ。
「所で、今日は何を買うんです?」
「めんつゆはあったはずだから、うどんと、昆布、鰹節に梅干しかな」
「夕飯はうどんですか?」
「そうだね。暑いから冷やしうどんとかにしようと思ってる」
「いいですね」
他愛のない会話を繰り返しながら、俺と赤上さんは近所のスーパーに歩いて行く。
当たり前のことなんだが、その間で通路でいくつかの人とすれ違った。数十名程だろうか。
すると、
「よ!透!元気?」
「おっ!ヤスヒロ!俺が元気じゃないときがあったか?」
「彼女が風邪ひいた時は••••」
「おいやめてくれ!?ていうかそもそも彼女じゃねぇし」
「はぁ••••」
「と、透くん!」
「ん〜?あ、ナナヤか!」
「ひ、久しぶり」
「大学はどんな感じだ?」
「と、透くんのお陰でいい感じだよ!」
「そりゃあなにより!」
「透!次のパーティーいつだ?」
「ココヤか!••••うーん少なくともこの二週間は出来そうにないな?」
「珍しいな二週間も開けるなんて?」
「野暮用って奴だ」
「彼女でもできたか?」
「それはない」
「はぁ••••」
こんな感じで見事に全員に声を掛けられた。
まともに数えたら20から30人近く居るはずだ。
いやおかしいだろ!?
流石に変だと思いながら俺は赤上さんに聞いてみる。
「あの?今さっき声を掛けてきた人達は?」
「あー俺のリア友?」
リア友か••••流石に多すぎる気もしたが、ま、まぁ友達が多いことはいいことだろう。
「へe「そしてリスナー」
相槌を打とうとした俺の言葉に被せて赤上さんが驚愕の発言をした。
「リスナーぁぁぁぁっ!?」
「おう!」
「いや『おう!』じゃないですよ!?何さらっと身バレしてんですか!?」
「いやまぁ近所に引っ越してきたし」
「実家の住所も実家暮らしってこともバレてるからだ!?」
「リスナーの内、20万人はこの街にいるな。引っ越してきたから」
「ハーメルンの笛吹き男かよ!?」
「あいつらを呼んで週一ぐらいでパーティーするんだよ。それが楽しくてな?まぁここ二週間はしないけど」
「最早Vtuberである必要性皆無じゃないか!?」
駄目だこの人。やっぱり頭おかしいよ。身バレについては聞いた事あったけど、近隣地域までリスナーが引っ越してくる、は本当に意味が分からない。
特に週一でリスナーとパーティーって••••想像の埒外すぎて怖い。
俺はとんでもない人と関わってしまったと、遠い目をするのであった。
最後まで読んでいただき、感謝です!




