身バレと音狂のてぇてぇ
これからの流れは通常回がかなり続く予定です。
あれから何時間か歩き、うたてさん宅が見えてきた。
うたてさん宅といっても、一戸建ての建物という訳ではなく、ただのアパートである。
見た所、影縫くんの住むアパートよりかは新しくて設備も良さそうだった。••••影縫くんのアパート、エアコン無かったしな。
俺はあの後、美納葉に荷物を押し付けられた所為で二人からだいぶ引き離されていた。なんて理不尽なんだ。ちくせう。
時刻はとっくに18時を過ぎていて、日が長い夏といえども、雲の隙間に紅粉が差している。
「はぁ••••やっと着いた」
「遅いよ千隼!」
「テメェが荷物全部持たせるからだろ••••」
「そんな荷物で何をへばってるのさ。軽いじゃん」
「25キロはあるぞこのスーツケース!?」
「軽いじゃん」
嘘だろ!?飛行機なら追加料金がかかる重さだぞ••••!?
愕然としているとうたてさんが労いの言葉をかけてきた。
「お疲れ様••••よく持てたね?それ」
「分かってくれて有り難いです」
そう返す俺をよそに、うたてさんは言いたいことは言った、とばかりにくるりと反転し、アパートの階段をコカココンッ、とリズムよく登って行った。
彼女はある一室の前で足を止めると、俺達の方を振り向いて、手の指をくいくいと曲げる仕草をした。どうやら、早く来い、との事らしい。
「お邪魔します!!!!!」
「お邪魔します」
「••••いらっしゃい」
カチャリと鍵穴が回る音と、ガチャと玄関が開く音が鳴る。
それは、また新しい出来事に巻き込まれた証明とも言える音であった。
◆◇◆◇◆
「あ〜!千隼うたてさんの部屋めちゃめちゃ見てる〜!変態だぁ〜!」
「変態な訳ないだろうが馬鹿が」
「そうだよね〜!千隼は私一筋だもんね!」
「確かにお前への殺意に関しては一筋だな」
「やったぁ!」
「••••こいつは殺意を愛情とでも考えてるのだろうか••••?」
度し難い。
「で、結局なんで部屋見てたの?」
確かに男性が女性の部屋をじろじろと不躾な視線で見るのは変態ちっくかも知れないな。
だが断じて俺はそんな視線を向けてないと誓おう。
『何かを見ていてそれを女性に追求される』というこの状況、ライトノベルの主人公とかなら「え、えっと」とかしどろもどろになるかもだが、俺は違う。••••ていうか、ライトノベルの主人公は絶対やましいこと考えてると思う。そうじゃないとあんな態度にならないもん。本当に別の理由があるなら断固とした態度を取れよ。
俺は勿論キッパリとした態度を取るぞ。曖昧な態度で勘違いされて、美納葉に玄関のコンクリートを文字通り粉みたいに粉砕されたことがあるんだから。二度とあんな目は御免だ。
「いや、うたてさんの部屋がちょっと意外だと思ってな」
俺は部屋を再度見渡す。
整頓されつつも絶妙に生活感のあるそれらが目に映る。
鞄を置く所、時期はずれのコートやら上着やらが纏めて吊るされている壁、半開きの窓から覗くベランダに、そこに干される服達。
なんてことない風景だ。けれど、どことなく変なのだ。
「••••意外?」
うたてさんが話に食いついてきた。
「うたてさんって音楽をメインコンテンツにしてるのに、部屋に楽器が見当たらないんですよ」
そう。楽器がないのである。
うたてさんについて調べた際、彼女は途方もない量の楽器を保有しているらしい事が分かった。結構頻繁に配信でも使うようだし、一々レンタルしている線はまぁないだろう。
そもそも、オーケストラや雅楽を自分だけで行うような人なのだ。
しかしそんな彼女の部屋には楽器が一つもない。
これは一体どういう訳だろうか。
それに対して、うたてさんはこともなげに言う。
「楽器は別の所に置いてるよ?あの量の楽器アパートに入る訳ないし」
「あ、確かに?」
「もしかして、私が楽器を持ってないと思った?」
「いやまぁ、配信は家でするでしょうし、そうなると楽器を持ってないのは変なので」
「一応家?には置いてる。ここじゃないけど」
「もしかして、倉庫とかですか?それなら結構ロマンですね!」
「うーん••••倉庫?なのかな?」
冷静になって考えたら、オーケストラレベルの量の楽器がアパートに入るわけが無いのだ。倉庫を買ったりして別の場所に置くのが妥当という所だろう。
「じゃあ明日からその倉庫のある場所に行って練習って形になるんですかね?」
「いや、今から特訓するけど」
「え?」
「やった〜!!!!!」
いやいや待て待て。機材も無しに練習••••いや、ボイトレぐらいなら出来るのか?いやでも流石にこの時間帯は駄目だろ。近所迷惑になるだろ。
アパートまでの道のりには倉庫らしき建物はなかった筈だし••••••••••ああ駄目だ。何が何だか全く分からん。
何かが食い違っている時特有の、靄が湧くような感覚が走った。
俺が混乱していると、うたてさんがくるりと反転して歩き出す。
「ちょっと!?うたてさん!?」
声をかけるも、うたてさんは無言でずんずんと進んでいく。それでもうたては止まりません、ってやつだ。
「ほら、千隼!行くよ!」
俺は美納葉になす術なく引き摺られる。くそっ!何時間もスーツケースを持って歩いた所為で体力を消耗してるからだ。本来なら、いまのような無様な戦いはしない!
そうやっている間にも、彼女は玄関に到着し、靴を履く為にしゃがみ込む。
おいおい。こんな時間からマジでやる気なのか••••?
近所迷惑とかほざいてたけど、本音を言えばただ体力が持たないだけなんだが。
「さ、いくよ?」
「アッハイ」
「わーい!」
その時。
チャリンとドアチャイムが鳴り響いた。
◆◇◆◇◆
ドアチャイムが鳴ると同時、男性の声が聞こえてきた。
「おーい?来たぞー?」
「あー、透?鍵開いてるよ」
「あっそうなの?」
ドアノブが回り、声の主が玄関に入って来る。
出てきたのは随分と背の高い人だった。
「お、その子達が新しいブートキャンプ参加者?」
「そう。••••というか透もその呼び方するんだ」
「これに名称をつけないお前が悪い」
「そうかな?」
随分仲が良さそうな雰囲気である。
透と呼ばれた男性は筋骨隆々とまではいかないが鍛えられた身体に、190cmはありそうな高身長という体型だった。所謂、ワイルド系というものなのだろうか?
しかし、ワイルド系とはなにか根本的な所で違うような気がする。そんな不思議な人物だった。
服装はTシャツにダメージジーンズとひたすらにシンプルだ。
男性は俺達に向かって話しかけて来る。
「災難だったね。多分、無理矢理参加させられたんだろ?」
「え、あ、はい?」
「まぁ、なんだ。明日から大変かもだけどさ。頑張ってな」
「え、そんなに厳しいんですか?」
「厳しい、というより長い?かな」
「へぇ〜」
あれ?俺、意外とスムーズに会話してるな。
もっと圧迫感のあるのを想像していたんだけど。見た目的に。
「心外。私そんなに大変なことをさせた事ない」
「食事と喉を休める時以外、朝から夜まで歌わせたのはどこのどいつだ?」
「でも無茶はさせてない」
「だめだこりゃ••••。所で、今から何する気だったんだ?晩飯。作りに来るって言ってたろ」
「特訓」
「••••今日ぐらいは休ませてあげろ。長旅で絶対疲れてるから」
「えー••••」
「えー、じゃないよ」
「仕方ない。透が言うなら」
話は終わったのか、うたてさんは靴をしまって、部屋に入って行ってしまった。
俺は男性に問い掛ける。
「あの••••?貴方は?」
その問いに対して、男性はハッとした表情を浮かべると、
「ああごめん!挨拶がまだだったな!俺は赤上 透。青下 不透ってVtuberをやってるよ」
そう言って、屈託のない笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
「Vtuber?」
「そう。Vtuber。聞いた事あるかな?」
「赤上 透••••••••••あ!身バレ!」
どうやら美納葉は赤上さんの事を知っているようで、目を丸くしていた。それにしても身バレって••••なんとも不穏な響きだなぁ。
と、思っていると。
「延暦寺ちゃん!?青下 不透がVtuber名なんだけど!?赤上 透は本名!」
美納葉の言葉に対して、目をひん剥く赤上さん。
え、ちょっと待って?本名?美納葉がなんで彼の本名知ってるの?え?もしかしてネット本名がさらされてるの?中々やばくない?
疑問符を浮かべている俺を他所に、二人は会話を続ける。
「あれ?私達の名前知ってるんですね?」
「そりゃまぁ。うたてから聞いてたしね。『見込みのあるVtuber見つけた!』って嬉々として教えてくれたよ」
「へぇ〜!」
「そっちの男の子が本能寺くんだよね」
「そうそう!」
いやなに和やかに会話してんだよ。
俺は二人の間に割り込んだ。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。いまいち何が何だか分からないんですけど?」
赤上さんは軽く頷くと、
「うーん••••じゃあ玄関で話すのも何だし、中でしようか?互いに自己紹介」
と言った。
◆◇◆◇◆
結論。場所を移し、赤上さんの話を聞いてみると、余計に訳が分からなくなった。
どうやら彼は青下 不透という名前で活動しているVtuberで、顔や本名が視聴者に知られている••••まぁ俗に言う身バレ系Vtuberだそうだ。
うん。この時点で全く訳が分からない。
身バレ系Vtuberって何だ。顔出し、本名出しをしないが前提条件のVtuber業界で身バレとか頭がおかしいんじゃないだろうか。
しかもこの人、中々に上位のVtuberなのである。何でも、登録者は50万を超えているらしい。この世界は狂ってる。
「落ち着いて。私もはじめは驚いた」
「いやだって!?うたてさん!?流石におかしいでしょ!?」
「うーん?そうかな?」
「美納葉。お前の感性はおかしい」
「だってさ別に実名出しても良くない?」
「Vtuberの定義よ。最早それ顔出し配信者だろ」
俺と美納葉とうたてさんはテーブルを囲んで話をしていた。
「ねぇねぇうたてさん!赤上さんとは付き合ってるの?」
「付き合ってないけど」
美納葉が話題を変えてきた。手慣れた会話の急カーブ。相変わらず脈絡もかけらもないのである。
•••••でもまぁ美納葉の考えも尤もである。
赤上さんは、自己紹介を終えると、うたてさんの家のキッチンで夕食を作っていた。
調理器具を取り出す手には迷いが全く無く、まるでうたてさんの家を熟知しているかのようである。
そんな手際を見ると、うたてさんと赤上さんとの間に何らかの繋がりがあるのを疑っても仕方ないだろう。特に俺みたいな男では無く、"一応"年頃の女子の美納葉だ。恋バナには飢えているのではないのだろうか。
「じゃあ結婚してるの?」
「してないけど」
「うっそだぁ!さらっと下の名前で読んでたじゃないですか!」
「?」
うたてさんは心底不思議そうな顔をする。
美納葉は埒が明かないと思ったのか、料理中の赤上さんに話題を振った。俺?俺は静観の構えだ。恋バナは分からない。
「赤上さんも何か言ってくださいよ!」
「ん〜?あー俺達は付き合ってもないし、結婚してもないよ?」
「うっそだぁ!」
「本当だよ。ただ毎日晩御飯を一緒に食べたり、よく一緒に出掛けたりするだけの友人だし」
「そうそう」
「それで友人って無理がありません?」
同感である。というか、毎晩一緒に夕食って。それ事実婚じゃないですかね?
因みに、美納葉がそう言っている間にもこの二人、「お皿新しくした?」「ちょっとね」というやり取りをしているのである。
俺達は顔を見合わせて、同時に溜息を吐いた。
「「これがてぇてぇってやつか」」
あまり知らない人のてぇてぇに需要があるかは正直分からない。けれど、これを配信すればもれなくカップル系Vtuberって存在にされる事は容易に想像がついた。••••いやカップル系Vtuberって何だ?そもそも存在するのか?男性接触絶対拒否マン、通称ユニコーンが常駐しているこの業界に。
因みに二人とも「「?」」という反応をしていた。なんともライトノベルのようである。
それから、全員で食卓を囲み、本日は練習をする事なく過ぎ去ったのであった。それに関しては本当に赤上さんに感謝である。
あ、赤上さんのご飯は美味しかったです。
これからの展開は、赤上の身バレにドン引き、うたての特訓、赤上うたててぇてぇで構成されると思います。
最後まで読んでいただき、感謝です!




