居場所
一応はリアル準拠の体裁を取ってるはずなのに、まるで怪獣が大戦争しているみたいな絵面のゲームを見ながら、俺——影縫 ミナトは物思いに耽っていた。
いや、この騒がしい場面が感傷的な思考とは不釣り合いなのは自分でもわかっている。
けれど、今の俺にとってはこの騒がしさがなんというか、自分の中の全部を入れ替えた、その証明のように思えたのだ。
そして、自分の内面も今の立ち位置も全てひっくるめて、平穏な日常に立っている気がしたのである。
「どした?影縫くん?おだやかな目なんかしちゃって?」
鞘形さんが「さては今の状況のカオスさに疲れたな?」と言いながら、俺に向かって首をずいと伸ばしてくる。
鞘形さんの言葉に、本能寺くんは「そりゃ疲れますって……」と苦笑した。
俺はそれに対して小さく首を横に振った。
「いや、ライバーズっていいなぁって思っただけだよ」
返すと、二人は顔を見合わせてた後、満月みたいに目を丸くしながら俺の顔を見つめる。
「大丈夫?熱中症?」
「もう10月ですよ。普通に考えて精神磨耗でしょ」
「二人ともライバーズのことめちゃくちゃ言うね!?」
「そりゃそうだろ!?配信画面見てみ?植物使いとヤク中がドンパチやってるの見てどこが『いいなぁ』ってなるん?」
「いや別にそこ見て『いいなぁ』ってなったわけじゃないですからね!?」
慌てて訂正をするが、鞘形さんは「ほんとぉ?」と何やら疑心を持ったまま様子だ。
なんでこんなに疑われるんだ。
少しばかり不服に思っていると、彼は茶化すように言った。
「いやだって、突拍子もなく消えるような奴じゃん?また何かあって精神ダメージ食らってるかもじゃん」
「その節は本当に申し訳ありませんでした……」
「まぁ影縫くん元から抱え込むというか、元の使い方とは違うけど、腹に一物持ってるタチだからなぁ……」
頭を下げる俺の肩を、ニヤニヤと笑いながら突く二人。
恥ずかしさから頬を染めるのを見られたくなくて、俺は三角座りの膝に顔を埋めた。
二人のつんつん攻撃を受けながら、そのまま話を続けた。
「ほれへもへふね」
「「ごめん顔あげてくれないと何言ってんのかわかんない」」
「……それでもですね。ライバーズっていいなって思った訳ですよ。心底!」
若干拗ねが入ってるかもしれない。二人から顔を背けるような体勢をしながらそう言った。
語気を若干強めて、話題を打ち切ったつもりだったのだが、二人はどうやらまだ先が気になるようで、「そんでそんで?結局どこがいいのさ?」とさらに問いかけてくる。
その表情はおちょくっていた時のそれとは違っていたって真面目で、それを見て俺は微笑んだ。
「そういうところ、だよ!」
拗れている間に、俺にとっていつしか優しい居場所なっていたライバーズと、その仲間に向かって俺はそう言ったのである。
◆◇◆◇◆
後半戦も無事終わり、俺達はトラッキング用のスーツを脱いで片付けに入っていた。
因みに後半戦の結果であるが、かぐやま先輩の優勝で幕を閉じた。つまり美納葉は上位のスペックを持ちながら、かぐやま先輩に敗北したという訳である。
視聴者が言うには、勝利の要因はパワーでゴリ押しの戦術の美納葉に対して、先輩が小手先の技術で差をつけてきたこと……らしい。
正直な所、あんまり試合を見てなかった。
俺はスタッフさんに紛れつつ、機材を倉庫へ運び込む道すがらにさっきの会話を思い出していた。
『そういうところ、だよ!』
結局のところ、どういう意図だったのか分からずじまいな影縫くんの言葉。
俺は眉間に皺を寄せながら、荷物を規定の位置に配置する。
こういう頭がごちゃごちゃしている時は、小声で口に出して考えると案外考えが纏まる。
そんな考えのもと、周りに聞こえない程度で俺は呟く。
「そういうところ?俺達あん時何かしたっけ?どういうことだ?」
「ねー?」
刹那。いつの間にやら隣に立っていた美納葉が同意の意思を示してきた。
その出立ちは何故か、頭頂に機材を乗っけて両手を自由にした、所謂アフリカ人ルックである。
「うわっ!?いつものことだけどいつの間に」
「へっへっへ。天下の美納葉ちゃんからは逃れられないですぜ?」
「なんでそうホラーテイストなんだよ……」
美納葉はワカメのようにゆらゆらと全身を揺らしながら、両腕でポーズを決める。頭上の荷物の存在など無いようなその動きに、俺はため息混じりに美納葉に問いかけた。
「そういえばお前さっき俺の全力の小声に同意示してなかった?なんで聞こえてんの?我ながらモスキート音ぐらいにはボリューム落としたつもりなんだけど」
「美納葉イヤーは地獄耳なのさ!」
「そんな悪魔の力手に入れたヒーローみたいな……」
俺は腰に手を当てドヤ顔の美納葉に呆れ声でそう言いつつ、あれ?と幼馴染の発言に違和感を感じた。
「……おいちょっと待て。お前もしかして会話全部聞いてた感じか?」
「そりゃそうよ」
「お前対戦してたよな?」
「あたぼうよ」
「一回耳鼻科行こうぜ。お前の耳を解剖したら割と現代科学の役に立つ気がする」
「一介の耳鼻科に任せる規模感かなそれ?」
少しボケてみる俺にツッコミを入れる美納葉。
いやでも真面目に美納葉の身体の構造とか気になる。絶対普通の人間と組成違うでしょ。
応用したらなんかすごい義体とかできたりしないかな?
そんなアホなことを考えはさておくとして、俺は美納葉に質問を投げかけた。
「聞いてたらわかると思うけど、影縫くんの考えてたこと、なんだと思う?」
「うーん……とりあえずネガティブでは無いよね」
「そりゃそうだ。マイナス感情ならあんなお手本みたいな破顔したりしないだろ」
「……だったら私達が前と変わらずずっといたから安心したとか!?」
「自意識過剰が過ぎるわ。……俺は。そうだな。やっぱり地元でなんか考えが改まった、とかじゃないか?今の影縫くん、なんか憑き物が落ちた感あるし」
「でもでもライバーズっていいなぁって言葉が出てくるんならそれ関係なくない!?」
「確かに……なんだ?」
二人して腕を組んでうんうん唸りながら、首を捻る。
そうしていると、俺達の背後から聞き馴染みしかない声が聞こえてきた。
「おうおうお二人さん。まだ全部運び終わってないのにこんなとこで井戸端会議とはいいご身分ですなぁ?靴の中に時限爆弾でも仕込んであげようか?」
「やめろ夕。お前が言うと洒落にならん」
「火薬マシマシ範囲チョモランマ破片カタメでお願いします」
「二郎系ラーメンみたいな勢いで大規模テロを注文するな」
「はいよ!世界一臭い缶詰!」
「テロはテロでもバイオテロの方かよ!?」
「踏んづけたら周りの連中誰も幸せにならないぜ☆」
「時限爆弾の起動スイッチが自分の足なのがタチが悪過ぎる」
「お褒めに預かり光栄です」
「こいつぅ……あ、そうだ」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる夕。
俺はこんな性根がナナメ45度を向いてそうな奴でも、意見ぐらいは聞けるだろうと思って、さっきまで美納葉と話していた内容をそっくりそのまま夕に伝えた。
夕は途端に表情を変えると、話し始める。
「私はそれ聞いてないからよく分からないけど、多分これはあれだね。一種の悟りみたいな。俯瞰状態で自分を見て、安心したとかそこら辺じゃないかな?」
「……夕、お前」
「どうしたの?」
至極真面目な表情で答える幼馴染、俺は彼女の回答よりも、それを見て驚きを感じていた。
「人のこといつもおちょくり倒してるのに、こういう時はいっつもちゃんとした答え出すよな」
「うんうん!」
「千隼も美納葉ちゃんも、シンプルに失礼だねぇ!?」
夕は俺達の反応を見て目を剥く。
そして次に、気恥ずかしそうにそっぽを向きながら続けた。
「……そりゃあね?私だっておちょくる相手や場所がなくなったら困る訳ですよ。だからいっぱい人のこと見るぐらいはしますとも!」
俺は夕のそんな言葉で浮かんだ疑問が氷解していく感覚を覚えた。
「はぁ〜成程。……だからお前いつも新人Vtuberの配信に出張るのな」
「……はい?!」
「だってそういうことだろ。俺たちの時みたく、新人のところに出張るのって、大荒れの業界の中新人の様子を確認するためだろ?」
「うぐ」
言葉に詰まる夕。それに美納葉が追い打ち?をかけた。
「あーなるほど!だからラリアーさんの時、普通交流のないはずの他企業のライバーとパスが繋がってたのか!」
美納葉の言葉を聞くと、夕は何も言わないまま踵を返し、早足で部屋を出て行った。
俺と美納葉は顔を見合わせる。
「アイツって案外ちゃんとしてるとこあるのは知ってるけど、思ったより人情派だったな」
「人の心あったねぇ……」
「それをお前が言うかね?」
俺達はそんな風に雑談を終えると、機材の片付け作業に戻るのであった。
◆◇◆◇◆
ハロウィンのイベントから一週間が過ぎた頃。
ライバーズの面々は招集を受けて全員事務所へと集まっていた。
理由はいつも通り聞かされていない。
ただ、啞我凪さんが「ジュンヌルブフフゥエッヘェ……」と変な言語で笑っているのを見るに、どうやら碌なことではないだろう。
しばらくすると、いつも通りにやつれた皆山さんがライバーズの面々の前へとその姿を見せた。
皆山はマイクを手に持ち、こほんと咳払いをした後、主題を簡潔に放り投げた。
「えー。ライバーズに新しく3期生が誕生します」
それは、ライバーズの面々の表情を動かすには十分な一言であった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今回で『影縫編』は完結となります!
次回は箸休め回を予定しています!




