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人生には何の役にも立たない知識・思考をつらつらと書くエッセイ集

東はしとしと、西はざあざあ、雨と梅の話

作者: 大狼 太郎

誤字報告していただいた方、ありがとうございます!

10回以上見直しても誤字は無くならないのですね……

 東はしとしと、西はざあざあ。梅雨の時期は、東の国はしとしとと穏やかな雨が降り、西の国はざあざあとたくさんの雨が降る。そんな東西の梅雨の違いを表す言葉だ。



 子供は、雨が降る事も楽しめる。


 子供用の新しい傘。黄色や赤の派手な雨合羽あまがっぱ。歩くとキュ・キュ・キュと音が鳴るカエルの長靴。そんな装備をそろえた子供は雨の中で濡れるのもいとわず走っていくものだ。


 子供は、雨でれるとあとで困るなんて事は考えない。水たまりにダイブしたりしないのはあとで親に怒られるからで、禁止されなければ泥だらけの水浸しになってでもキャッキャと遊ぶ事だろう。


 ただそれも、雨に濡れると風邪を引いてあとでうんうん苦しむことになるという、当たり前の経験をまだしていないからなのかもしれない。



 ひるがえって、人生経験を積んだ大人になると、雨がうっとおしくなるものだ。


 雨の中を歩くと大事な革靴が痛むとか、ズボンのすそが濡れてしまうぞとか、体が冷えて風邪を引いたらどうしようか、などど色々と考えてしまう。


 そんな事を考えているうちに、雨の日は嫌だな、れるくらいなら外に出ないでおこう、家にこもっておこうなどと考え出す。テレビかスマホで某動画サイトや有料放送のドラマでも流しだしてしまえば、休みの日に夜までゴロゴロする、梅雨引きこもりの完成である。


 雨の音を聞いていると、人間は自然と積極性を発揮しにくくなるそうだ。そうだとすると、雨が降ると家にこもっていようと考えるのも本能であるという事になる。太古の昔の我々のご先祖も、雨が降ったら外に出ないでおこう、などと考えていた証左しょうさなのだろう。


 なろうで小説を読むような読者の方は、私と同じく家にこもってる方が好きなインドア派が多いと思う。我々は数年前まで、外に出ないのは健康に悪いだの、やれスポーツでもやれだのなんだのと言われたものだった。


 ところが、コロナ過で引きこもってるのがつらくない人種の方がずいぶん有利となり、立場が逆転したのはいささか面白かった。面白かった、などというとコロナで困った人に失礼だと言われそうだが、いつも被差別側に回されていた我々が、アウトドア派が困っている様子に少々溜飲りゅういんが下がった(※1)としても許してもらいたいところである。


 そんな今でも、雨ばかりの梅雨時つゆどきは老若男女みな家にこもりだすわけで、これも自然現象による行動制限のようなものだ。我々インドア派は梅雨時は雨が嫌などと言わず、自宅にこもっていても口実が立つことをありがたがって、梅雨に感謝すべきなのかもしれない。



 雨と言えば、ドイツ人はあまり傘を差さないと言われている。

 ドイツ在住の人の手記なんかを読んでみると、窓から外を(のぞいてみたら誰も傘を差していないので、まだ雨は降っていないのだろうと思って家を出てみたらなんと相当に降っていて驚いた、などと書いてある。


 ドイツ人は傘の代わりに、レインウェアに金をかけるらしい。良いものを買うので使い込んだレインウェアをわざわざ修理に出し、大事に使う。冬のスーツコートならば筆者もクリーニングに出したり修理して使った事はあるが、レインウェアにも手入れをおこたらないところに、ドイツ人のこだわりを感じる。


 さらに、彼らは自宅でレインウェアに撥水はっすい加工処理をしたりする。ドイツの洗濯機にはその名もずばり「撥水はっすい加工モード」という機能があって、レインウェアを入れてそれ専用の洗剤を使って洗う事で、撥水はっすい加工を施してくれるようになっているそうだ。そんな機能を洗濯機にわざわざ付けようとなどと考えるくらいだから、レインウェアのメンテナンスはドイツではごく普通の事なのだろう。


 しかし何もそこまで頑張って雨の日に備えなくても、傘の一本も持っていれば良いではないかと思ってしまう。でも、そこが国民性という事か。そういえばドイツ人はそうじて背が高く大柄おおがらだ。日本人のように傘を差しただけでは体全体を守れないので、それならレインウェアを着ようという事なのかもしれない。


 人間に限らず、大型動物という物は気温の変化に強くなるので、寒い国には大柄おおがらな動物が多い。シカやクマも北方に住むものは大きく、南方になると小さくなる。これをベルクマンの法則(※2)というのだが、それを唱えたベルクマンはドイツ人だ。ベルクマンも、同郷どうきょうの体のでかいドイツ人たちが雨に濡れても気にしない事を見て、やはりデカい奴は寒さや冷えに強いぞと思っていたに違いない。


 ドイツのことわざにはこんな言葉がある。


「雨に濡れても砂糖じゃないんだから、溶けたりしないよ」



 日本は雨の多い国なので、雨を指す言葉が沢山ある。一説には400種類以上もあるらしい。


 春雨は菜種なたね梅雨ともいって、麻婆まーぼーからめるほうではなくもちろん春の雨の事だ。

 五月雨は「さみだれ」と読み、五月と書くが旧暦なので実際には梅雨の6月頃の事。

 洗車雨は「せんしゃう」と読んで、七夕の前日に降る雨を指し、彦星が織姫に会うために乗る牛車を綺麗に洗う雨とされる。女性に会う前には乗る車も自分も身ぎれいにするのが昔からのならわしであるという事か。


 梅雨つゆ、という言葉は我々が普段からあまりにも使用されすぎて、耳に入ってきても何とも思わない単語であるが、よく考えると「梅に雨」とはみやびな単語である。これは梅の実を収穫する頃に降る雨を指す。

 確かに梅雨時にスーパーに行くと、青い梅の実と並んで紫蘇しそ氷砂糖こおりざとう、ホワイトリカ―に例の大きな赤いふたの容器(※3)などが売られている。そろそろ皆さん梅干しや梅酒を漬けませんかと言われているようだ。



 その青梅あおうめには毒がある。まさに青梅の青の名にふさわしく、青酸せいさん化合物の一種だ。青酸せいさんカリ(※4)なんてのは古典的な探偵もので使われる毒物の典型的なものであるが、熟した青梅あおうめは大人なら百個単位で食べないと命に関わらない程度の毒らしい。


 但し、毒があると知らずに食べたらめまいや吐き気、腹痛を起こすぞという話はネットでもちらほら見かけるので、食べるのはもちろんお勧めしない。特に枝に出来たばかりの小さい梅は、その実がじゅくすまで食べられないようにだろう、特に青酸せいさん化合物が多く含まれており、危険だそうだ。


 そんな梅も、塩や酒に漬けるとその青酸せいさん化合物も分解されて無くなるので、ハレて梅は食用に耐えるものになる。梅酒に漬かってる梅を見ると、普段青梅など食べたいとも思わないのに何となく食べたくなるもので、試しにかじってみるとやっぱり梅酒の味がする。梅干しや梅酒には、何とか実った梅を食ってやりたいという日本人の食い物への情念が詰まっているのだ。



 梅干しは和歌山県が生産量の60%を作る一大産地である。梅干と言えば南高梅なんこううめが有名で、スーパーの梅干しのパッケージには「南高梅使用」と大きく書いてあったりする。大きな粒で種が小さく実が多く、梅干しにするのにとても適した品種だそうだ。


 この南高梅なんこううめというネーミングは、今の和歌山県みなべ町にある南部みなべ高校(※5)の園芸科が関わった事からこの名がついた事はあまり知られていない。南部みなべ高校、略して南高の梅という事である。


 これを知らない人には「紀州は南、高く梅ありとは、風流な名前でございますね。奈良時代ごろからあるものでしょうか」などと言われそうな風格の名であるが、高校の話でも分かる通り品種発見されたのは明治時代、南高梅の名がついたのは昭和の頃で近代である。



 梅干しは抗菌作用があるとされ、弁当に一つ入れると食中毒になる菌の増殖ぞうしょくを防いでくれる。梅に含まれるクエン酸や、梅の風味の元となる香り成分が微生物の繁殖はんしょくを抑えるらしい。6月の梅雨に仕込んだ梅干しが、ちょうど漬かった頃には夏になり、食中毒を防ぐ活躍をするというのは実に合理的に感じる。梅干しの日の丸弁当は理にかなっているのだ。


 梅干しと言えばしょっぱく酸っぱい紫蘇しそ漬けが定番だが、近年は低塩分漬けや蜂蜜漬けなどが出てきて、大分食べやすくなった。塩分過多は悪だと言われる時代に、梅干しも変化してきている。


 その延長で、近年は加工にこだわった高級な梅干しも売られている。なんと一粒一粒が和紙の袋で丁寧に包まれており、12粒で3600円もの値段で売られているものである。


 一度だけ、頂き物のおすそ分けを頂いた。ご飯のお供になる梅干しのようにしょっぱくはなく、甘味と酸味が程よく美味しくて、お茶うけにえると良いような味であった。但し一粒300円もすると聞かされたので、勝手に舌が高級感を感じてしまったのかもしれない。



 夏の入道雲(にゅうどうぐもが雷を鳴らすと梅雨が明ける。そしたらインドア派の私も、たまには公園で日差しを浴びにいこうか。その時は、赤く酸っぱい梅干しをおにぎりに入れて、持っていこう。

(※1)溜飲が下がる

 恨みや不満を解消してすっきりする、胸のつかえがとれる様をいう。溜飲とは、胃酸などがのど等に上がってきて気分がむかむかしている事で、その胃酸が下りるとすっきりする事から。本来は溜飲と書くが、新聞などでは溜は常用漢字ではないため留飲と書く。自然と生じた事で胸のつかえがとれた場合は溜飲が下がる、自分の行動によってすっきりした場合は溜飲を下げるという。


(※2)ベルクマンの法則

哺乳類などの恒温動物は寒い地域と温かい地域のどちらに住むかで体の大きさが変化するという論である。例えば北の国に住むヒグマは大きいと3メートル近い。一方、南の国のマレーグマの体は平均1メートル強。逆に、変温動物であるカエルや蛇は南方の方が大きくなり、北に行くにつれて小さい個体になる。これはアレンの法則という。


(※3)ホワイトリカ―に赤い蓋の容器

自宅で梅酒を付ける際に使われる。ホワイトリカ―は焼酎つまり蒸留酒の事で、飲む酒としての焼酎は蒸留を1回で終わらせるが、こちらは何度も蒸留する。そうすると雑味が無くなって癖のない焼酎になる。梅酒のように、果実の香りや味を引き立たせたい場合はホワイトリカーが良いとされる。赤い蓋の容器は、梅酒や梅干しを付けるときの定番商品。台所のシンク下に置かれて保存されることが多い。


(※4)青酸カリ

シアン化カリウム。致死量は0.2グラムとごく少量で死に至る。高度成長期は町中に工場が溢れており、そこで金属加工に使うシアン化カリウムが必要だった。そしてその頃は劇物の管理が甘く、ずさんな管理の工場に忍び込んで減ったと分からないほどごく少量を手に入れて毒殺に使う、というのが昭和のミステリーの定番である。


(※5)南部みなべ高校

なんぶ、ではなくみなべ。県立高校だが、甲子園出場回数は通算6回を誇る。というように和歌山県は野球王国である。智辯和歌山が全国的に有名だが、市立県立の高校が甲子園に出てくる事は今でもままある。界隈では有名な簑島高校も県立で、こちらは2023年WBCの投手コーチを務めた吉井理人の出身校である。みなべ町は梅の花の季節に行くと梅林が綺麗に咲き並び、なかなかの景色だ。その横でおばあちゃんがプラの大樽に入った大量の梅干しをキロ単位で売っていて、販売所付近は梅干しの香りに包まれてしまい、歩いているだけで口が酸っぱくなる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 梅酒の梅が食べたくなりました。 [気になる点] 1粒300円の梅干。 いやでも、自分で買うことは絶対にないだろうなあ。 [一言] アイスランド人も傘を差しませんね。雨が降っていても平気で歩…
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