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9/12

四年後

 エルルファード王国アレクサンダー侯爵家屋敷で、領主であるクレイグは執務室で書類を眺めていた。


 書類の内容は聖アーヴァ学園への入学書類計三枚。


 書類には正妻との子である次男ヒューバートと長女シャーロット、そして妾の子であるエドワードの名前が書いてあった。


「ついに、このときがきたのか……」


 クレイグは感慨深げに書類を眺める。


 エドワードが生まれて実に十六年。王国では一般に成人扱いされる年齢である。


 一か月に一度の面会のみがエドワードと触れ合う唯一の機会だったが、クレイグのエドワードに対する親心が薄れたことはない。


 ヒューバートやシャーロットと同様に、クレイグはエドワードも彼自身の正統な息子だと考えている。


 しかし、この中世観の強いファンタジー世界では彼の考えは甘いと言われざるを得ない。


 本来、娼婦との息子が貴族の正統な血筋だと公的に認められることは少ないからだ。特に貴族の中でも位の高い侯爵家ともなれば猶更である。


 しかし、周囲の反対も強い中でクレイグは強行的にエドワードを育て切った。


 態度こそ冷たく振る舞っているつもりだが、クレイグはエドワードが健やかに育つよう努力してきたのだ。


 だからこそ、四年前のエドワードの失踪はクレイグを動揺させた。ダンジョンに挑むと聞いていたのに、森の中で行方不明。


 特にその森は、王国の騎士に匹敵するほどの強さを持つ亡者鎧(リビングアーマー)が徘徊しているという噂もある。


 しかも行き先自体は本人の意思だと聞いてひどく混乱したものだ。


 ただ、恐らくエドワードの母をよく思わない勢力の仕業―――ロージーあたりが手を回したのだろう―――だということは察しがついていた。


 それに気が付くと同時に、あれだけエドワードに安心するように声を掛けておきながら、ほんの少しの用心しかできなかった自分を悔いた。


 あの時、本当は今すぐ屋敷を出てエドワードを探しに出たかったが、そんなことは領主である自分にとって、責任そのものを放棄する行いだ。


 だからこそエドワードが自力で帰ってきたと聞いたときは、ロージーの悔しそうな表情が痛快に感じたほどだ。


 次の面会でエドワードはどうやって帰ってくることができたのか問いただしたが、上手くはぐらかされてしまった。


 当然だ。あの聡明なエドワードからすれば、あの失踪は屋敷の人間が起こしたものだと容易に察しが付く。


 屋敷の中心人物たる自分が警戒されるのは必然だった。


 故にあの時からクレイグは、よりエドワードの安全を考えるようになった。


 エドワードがあれから外出しないようになったこと、そしてそれが幸いしてか、あれからロージーがエドワードに危害を加えるような素振りは見せなくなった。


 ただエドワードが成人した今、ここからは彼自身の力で人生を歩んでいかなかければならない。


 アリスからエドワードの経過報告は聞いていたものの、クレイグは内心不安だった。


 しかし……。


「……どうやら杞憂に終わりそうだな」


 一か月に一度の面会。学園への入学の話もあり、先ほどまでエドワードと会話していたクレイグだが、成長した彼を思い出して笑みがこぼれる。


 気を取り直し、一先ずヒューバートとシャーロットの学園への入学手続きを手配しようと手を動かしていると、バタバタと音を立ててロージーが執務室に入ってきた。


「どういうことですか、あなた!」


「おお、ロージー。どうしたんだ?」


「とぼけないで!」


 ロージーは声を荒げる。


 やがて、その視線はクレイグの手元にある入学書類に向けられていた。


 入学書類にエドワードの名が見えると、ロージーは皴の増えた顔をさらに歪める。


「なぜ、あの娼婦の息子の入学書類があるのです? しかも、それはあの聖アーヴァ学園への入学書類。優秀な貴族でなければ入学できないあの名門校に、あの卑しい血筋を入学させるおつもり? それに入学費用だって……」


「昔から、優秀であれば道を用意するとエドワードに伝えていたのでな」


「所詮口約束でしょう!」


 ロージーはクレイグを睨む。


「そもそも、アレは今年で成人。今までは情けで面倒を見てやっていたかもしれませんが、もうそんな義理はないはずです。まさか、侯爵家の一員としてあの穢れた血筋を入学させるなどというわけではございませんわよね?」


 ロージーの言葉に、クレイグは頷く。


「ああ、もちろん侯爵家としてエドワードを扱うことはない」


「よろしい。ヒューバートやシャーロットと同じ学年で入学させるなんて、とても許されがたいことですからね」


 クレイグの返事に、ロージーも安心したように扇子を仰いだ。


 だが、そこでふと思い疑問が浮かぶ。


「……それなら、なぜアレの入学書類があるんです? 聖アーヴァ学園には貴族でしか入学できない。しかも、平民の推薦枠も今年分は既に埋まっているでしょう」


「ああ、エドワードも推薦枠は必要ないと言っていた」


「……まあいいでしょう。では、アレはどうにかして聖アーヴァ学園へ入学するつもりなのですね? いったいどうやって……」


 ロージーがそう疑問を投げかけたところで、クレイグは新たな書類を机から引き出す。


 その書類を見てロージーは、ひどく狼狽した。


「ま、まさか、アレを……」


「この国は実力主義だ。そうだろうロージー? ……特に最近、魔物たちの活動が活発になっている。聖樹のバリアも弱体化しているという話も出ているくらいだ」


 ズズ、と落ちついた様子で紅茶を啜るクレイグ。


「し、しかし、一体どうやってあいつが……」


「エドワードは、あの森に向かったよ。四年前あいつが消えた、あの森に」


「ふ、ふん。どうせ失敗して死ぬに決まってるでしょう!」


「ああ、俺も最初はそう思ったよ。だが、あいつは聡い。そんなあいつが勝算あり、と命を賭けたんだ。栄えある侯爵家の当主として、応えないわけにはいくまい?」


「ちぃっ……!」


 どこか慌てた様子で、ロージーは執務室から出ていった。


 そんな彼女を見送りながら、クレイグは窓の外を見て思いを馳せる。


「……死ぬなよ、息子」


 彼の小さな呟きは、壁に吸い込まれて消えていった。



     ◇



「いや~。まさかまたここに戻ってくることになるとはなぁ」


 太陽の光が差す森の中。感慨深げに呟きながら、遺跡の入り口のある石碑の前に立つ。


 四年前、リナを見つけた森林地帯に俺は再び訪れていた。


「リナとここで会って、大体四年くらいか? やっぱり、子供の頃の四年って長いよな~」


「あら、前世を持つおじ様が言うと納得できるけど、何も知らない人が聞いたらただの意気がった餓鬼って感じね。……失礼、おじ様は元々そういう性格だったわね」


「お前はホントに失礼だなっ!」


 辛口なリナに思わずツッコミを入れる。


 俺は今年で十六歳。


 四年前より遥かに背は伸び、日々の鍛錬によって体も筋肉質で引き締まっていた。また、顔つきも父に似たのか、少し大人っぽい感じになっている。


 一方、リナは四年前と何ら変わらない、少女の姿のままだ。


「変わらなくて悪かったわね。……おじ様も、人のこと失礼って言えないんじゃない?」


「心の中で思ってるのはどうしようもないだろっ。どうしろってんだ」


「……私が傷つかないように心を壊す」


「怖いなっ!? でもそれだと褒めることも出来なくなるんじゃないか?」


「別に、おじ様に褒められてもいいことないし」


 リナはぷいっとそっぽを向いた。


「そうか。俺をここまで強くしてくれたお礼を言おうとしてたんだけど……」


「それは、当り前よ。私の思いやりに満ちた鍛錬の日々を思い出しながら、感謝の涙を流して私に跪くことね」


「何が思いやりに満ちた、だ。俺が死にそうになるたびに笑ってたくせに」


 誇らしげに胸を張るリナを恨めしそうに見る。


 あの日から二週間に一回、リナの次元扉(ゲート)から出てくる全身鎧の相手をするようになった。


 あの三メートル台の化け物ではないとはいえ元々戦闘を避けていた相手。


 そんな化け物相手に、リナは力を貸してくれなかった。


『自分の力で相手しなきゃ意味ないでしょ』


 結局、俺は木剣片手に格上の化け物を相手することになり、俺が必死に逃げ回っている間リナは少し離れたところで笑い転げていた。


 本当に命の危険が迫った時はリナがゲートを開いて全身鎧をもとの場所に戻していたが、そんな時はもう大抵骨の一本や二本持っていかれている。


 そうして負けて、また死ぬ気で鍛錬を続けて、また二週間後全身鎧の相手をして、そんな日々を繰り返して四年。


 まさしく命のやり取りに近い鍛錬をしていたが、その日々は俺をぐんぐんと強くしてくれた。


「おかげで、こんな傷だらけになって」


「あら、傷は頑張った証拠よ? 立派なものじゃない」


「馬鹿言え、アリスの目を誤魔化すのにどれだけ大変だったことか」


「まあ、見られそうになったら証拠ごと私のゲートで飛ばすだけだったし?」


「ほんとチートだよなその能力……」


 はぁ、とため息をつく。


 帰ったら、今までのお礼も含めてアリスに謝らなくてはならない。


 アリスには全身鎧のことは伏せていたから、かなり心配をかけただろう。


 二週間に一度、鍛錬から帰ってきた主人が骨の折れたボロボロの姿で帰ってくるのだ。いくら俺が大丈夫と言っていても、さすがに怪しまれる。


 何度か心配したアリスが俺の鍛錬についてきたこともあったが、そういう時は大概リナの能力で誤魔化していた。


「さすがに、誤魔化し切れてはいなかったけどね。わたしには傷を治す能力なんてないし、トレーニングで骨が折れるなんて明らかに違和感しかないから」


「ああ、だからこれが終わったら謝ろう」


「ふふ、なんか……おじ様、死にそうね」


「縁起でもないこというなよ」


 確かに、死亡フラグっぽい発言だとは思ったが。


 石碑を前にしばらく感傷に浸っていた俺たちだが、リナは険しい表情を浮かべる。


 同時に、俺の背筋をヒヤリとした感覚が廻った。


「……来るわよ」


「……ああ」


 気配のした方向に視線を向けると、茂みをかき分け森の中から全身鎧が出てきた。


 三メートルほどの大きさ。同じく巨大な大剣を抱えている。


 四年前、俺が殺されかけた全身鎧の親玉だ。


 ……そして、こいつこそがリナの設定した俺の鍛錬の最終目標。


「ここに飛ばしたんだな」


「だっておじ様の行動範囲狭すぎて、ここしか飛ばせなかったんだもの」


「まあ仕方ないけど。……リナ、頼む」


「はぁい、おじ様」


 剣に変わったリナを握りしめる。伸びた背のおかげか、目の前の全身鎧は以前より小さく感じた。


「じゃあ、やろうぜ」


『―――』


 全身鎧が獣の咆哮にも似た叫び声をあげる。


 震える足を押さえながら、突進してくる全身鎧に向けて俺は剣を構えた。

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