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使い魔

 視線を向けられた少女はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。


「随分慕われてるのね」


「話を逸らすなよ」


 不愛想に返事を返したが、少女のニヤニヤ顔は消えない。


「いつからそこにいたんだ?」


「ずっとだけど。あなたにしか見えない透明人間状態、って言えばわかるかしら?」


 だからアリスはこいつに気づかなかったのか。


「霊体みたいなもんか?」


「まあ、そんなとこかしらね。とはいっても実体はあるから、物に触れたりはできるけど」


 そう言って少女はテーブルの上の果物の果梗を掴み、プラプラと揺らして見せる。


 少女の見た目自体は俺とそこまで離れていないのに、まるで人生経験豊富な老婆と会話しているかのような人柄の掴めなさを感じた。


「老婆、って……失礼ね。女の子に向かって」


「……当然のように人の心を読んでくるな、プライバシーって言葉、知ってるか?」


()()()()()()。少なくとも私に関しては、あなたのプレイバシーの権利なんてものはないと思った方がいいわね」


 あっけらかんと言った少女だが、心を読んだということは否定してこなかった。


 そして、『プライバシー』という言葉とその概念は奴隷も存在するファンタジーなこの世界では存在しない。


 少女はその言葉の意味を、まるで俺から知ったように話していた。


「お前、あの剣か」


「あら、驚いてはないのね」


 少し残念そうにおどけた様子の少女。見せびらかすように少女が構えた貫手は、形を変え黒い剣に代わっている。


 この少女と初めて会った時床に転がっていたはずの剣が消えていたから、ある程度は予想していた。


 普通であれば剣が女の子になるなんて常軌を逸しているが、ギャルゲー的に考えれば不思議なことではない。


 ゲーム中で使い魔がただの剣ということもずっと違和感は感じていたから、むしろ腑に落ちた。


 ただ、俺はあのギャルゲーを何周もプレイしたが、使い魔が女の子になるなんてゲームでは一度もなかった。


 ゲームと今とでは何が違う?


 あの巨大な騎士といい、ゲームでは起きなかった様々なイレギュラーがこの世界では起きている。


 何か特別な条件があって、それを知らず知らずのうちにクリアしていた?


 だが、そんなことは今は知りようがない。


 考えを巡らせる俺に、少女はにやっとした笑みを浮かべ、こう言った。


「―――それか、その前世の記憶ってのがあなたの妄想だったりね」


「っ!? お前、なんで俺の記憶のことを……」


 いや、でも心が読めるんだからある意味当然か。


 でもこれに関してはご都合的な力で知られることはないかと思ってた。


「面白いこと考えるわよねー。この世界がげーむ? の世界だなんて。仮に妄想だったらあなた、偉大な小説家になれるんじゃないかしら」


「でも、その妄想を手掛かりに俺はお前を見つけたんだから、一概に妄想とは切り捨てられないだろ?」


「まあ、そうね。自分がげーむとやらのキャラクターなんだとしたら、正直誰かの掌の上で踊らされてる感じで気に食わないけど」


 少女は唇を尖らせながら机に指を這わせる。


「そういえば、体感的にはあなたは50歳を超えてるのかしらね? おじ様って呼んだ方がいいかしら。おじ様?」


「お、おじさんじゃねえし……」


 悪戯っぽく微笑みかけてくる少女にしどろもどろに反論する。


 一方、この少女がどこまで俺の記憶を読めるのか内心びくびくしていた。


「まあとにかく……お前は俺の使い魔ってことでいいのか?」


「使い魔、って何それ? わたし、いつの間におじ様の使い走りになんかなったのかしら」


「おじ様呼びは決定なのな。別にいいけど……確かに使い魔呼ばわりはあんまりか、悪い」


「まあいいけど」


「いいのかよ」


 思わずツッコミを入れる。


「こうやっておじ様の心が読めてるのも、たぶん私がおじ様の使い魔っぽい何かになったからだろうし。それに、おじ様って変だから。わたし、変な人が好きなのよね」


「ひどい言い草だな?」


「変な人じゃない。特におじ様の前世。ほら、14の時なんかなんか同じ教室の女の子の頭を撫でて悦に入ったり……気持ち悪がられることに特別感を見出して調子に乗ったり、」


「やめろ。……ホントに、よくない」


 少女の言葉をさえぎって耳をふさぐ。


 それは正直忘れたい過去って奴だ。


 まさか異世界に来てその頃の黒歴史を掘り返されると思っていなかった。


 いっそのこと物言わぬ剣のままでいてくれた方が良かったかもしれない。


 これ以上黒歴史を掘り返されても困るので、急いで話題を変える。


「そういえば、お前の名前聞いてなかったな。なんて言うんだ?」


 少女は、少し考えた後。


「名前……名乗るような名前はないわ。そもそも、私記憶ないしね」


 あっけらかんと言った。


「……え、記憶ないの?」


「記憶があったらおじ様の使い魔になんかなってなかったかもね」


 たしかに、ゲーム中ではこいつはただの剣だったから、使い魔というより道具としての認識が強い。


 そもそも使い魔という概念自体あいまいな部分がある。ゲームとは違ってこいつには自由意思がある分、使い魔ではなくなったり、最悪敵になる可能性もあるわけか。


「……覚えてるのは、おじ様が私をあの場所から引き抜いてから。その前の記憶は、綺麗さっぱりなくなってるわ」


「……そうか」


 もしかしたらゲームとの展開が違うことへのヒントが得られるかと思ったが、そう上手い話ではないらしい。


「私自身は女の子の形を取っただけの剣なのか、それとも剣に変わった女なのか自分でも分かんないけど……まあ、そういうことで自分の名前なんてわかんないから、おじ様が私の名前を考えてよ」


「名前、か……」


 まさか、この少女の名前を考える羽目になるとは。デフォルトの名前もあったと思うんだが、あれは『魔剣〇〇』みたいな名前で、女の子に付ける名前としては正直どうかと思う。


 ……黒い髪だし、日本人っぽい名前の方がしっくりくるな。


「……リナ、とか」


「……」


 少女は少し考え込んで、


「……初恋の女の子の名前ね」


「人の記憶を引っ張り出してくるのやめて!?」


 なんだか開けてほしくない思い出の扉を無理やり蹴破られているような気分だ。


 やっぱりこいつは目覚めない方がよかったのかもしれない。



     ◇



 幸い怪我はそこまで深刻なものではなかったようで、治癒魔術なども存在するこの世界では尚更傷の治りは早く、一週間ほどで俺の怪我は完治した。


 怪我の間、父が様子を見に来ることはなかった。とはいえ俺はいないのと同じような子だし、わざわざ見舞いに来て時間を浪費させるのも申し訳ない。


 そもそも家を出るなんて言い出したのは俺だったから、怪我をしたのも俺の責任としてそのまま追い出される可能性も十分にあった。


 多少なりとも父が手を回してくれていたのだろう。


 次の父との面会ではいろいろお礼を言わなければならない。


 そして、傷の完治に合わせて俺は毎日の鍛錬を再開していた。


 一週間。傷を治すまでにかかった時間は、体を衰えさせるには十分過ぎる時間だ。


 しかし、一度命の危機を経験したせいか、以前より感覚が鋭敏になっているのを感じていた。


 家の近くにある一本の木。


 俺はそこで、魔法の練習をしていた。


「《拘束蔦(アイヴィー・バインド)》」


 蔦を生やし敵を拘束する初級魔法。蔦が木に伸び幹を締め付ける。しかし周囲に蔦が生えていないからか、遺跡で使ったときより蔦の伸びは悪く、蔦自体も細くて貧弱な強度だった。


 それでも……。


「やっぱり、蔦の強度も展開速度も前より段違いだ」


「まあ、私がいるしね」


 すぐ近くの原っぱに寝転がり本を読んでいたリナが得意げに顔を上げる。


 前は勝手にちぎれてしまいそうなほどに細い蔦がちょろっと伸びるだけだった。


 しかしリナが使い魔となってから、明らかに調子がいい。遺跡のときも思ったが、リナから力が送られているような感覚がある。


 ゲームでの使い魔と同様に、持ち主へのステータス補正みたいな機能は健在であるようだ。


 現実的にどういうプロセスでこうなっているのかとリナに聞いてみたところ、彼女にもよくわかっていないらしい。


 いわく、あの遺跡に封印されている間彼女がため込んでいた魔力的なものが、パスを通じて俺に流れ込んでいるからかもしれないとか。


 しかし、少し前までからっきしだった魔法がこうも劇的に扱えるようになると、なかなか感慨深いものがある。


 成長速度も以前とは段違い。少しずつではあるものの、日々俺の魔法が進歩しているのを感じていた。


「それでも私の機能含め、おじ様の魔法の才能は中の上、ってとこかしらね。おじ様、私抜きだとホントに魔法の才能ないみたいだから」


「まあ、そうだよな……」


 俺の今の年は十二。この世界の常識はまだよく知らないが、まだ子供だからと目を逸らしていた。


 しかし、独学で魔法を学び始めて五年ほどたつ。師匠と呼べる存在がいないとはいえ、まだ初級魔法すら満足に使えなかったとなると、やはり俺には魔法の才能がなかったのだろう。


 とはいえ、リナのおかげでこれからは更なる成長を見込めるはずだ。


 あれだけの危険を冒して手に入れた甲斐がある。


 その後しばらく魔法の練習を行い、次は剣術の練習をすることにした。


「リナ、また頼む」


「はぁい、おじ様」


 本を読むのをやめたリナが俺の腕を握ると、リナは黒く変形していく。


 変化が終わると、俺の手には黒い長剣が握られていた。


 あの時と同じ、禍々しい装飾の施された魔剣とも形容すべき剣だ。


「やっぱり、ちょうどいい重さだな」


「だって、おじ様の体に合わせてるからね」


 ためしに剣を一振り二振りしてみたが、特に軽いとも重いとも感じない、ちょうどいい重さだった。


「それはありがたいことで。……あとおじ様呼びやめろ」


「いやよ。人生的におじ様はおじ様だし」


「いやそうだけど」


 それでも今生きてる俺は十二歳の少年そのものなんだよ。


 前世の精神に多少引っ張られてるから、精神的年齢はもう少し高いかもしれないが。


 周囲に何か障害物がないか確認してから、剣を自由に振ってみる。


 いつも鍛錬に使っている木剣と比べ剣が格段に振りやすいというのはあるが、身体能力が格段に上がっているためか以前より早く動けた。


 一週間休みに専念していて、この動き。


 ブランクを取り戻せば俺は前より遥かに強くなっているだろう。


「リナ、もういいよ」


「あら、もういいの?」


「ああ、お前切れ味良すぎて危なっかしいし」


 リナは大人しく少女の姿に戻る。


 こいつの切れ味は先の戦いで実証済みだ。とても普段の鍛錬で振れるものじゃない。少なくとも、子供が持っていい武器でないことは確かだ。


 ゲームでも序盤は最強の武器だったな。


「最初の方は最強って、なかなか尺ね」


「まあ最初から最強の武器が手に入るのもつまらないだろ?」


「ふぅん、げーむってそういうものなのね」


 リナはいまいち納得しきれていない様子だった。


「でも、おじ様は早く強くなりたいんでしょ?」


「……でも焦っても仕方ないだろ?」


 この世界はゲームとは違う。命は一つしかない。


 焦って動けば強くはなれるかもしれないが、身の危険がどうしても生じる。


 そもそも俺の最終的な目標はこの殺伐とした世界で平和に暮らすこと。


 鍛錬や勉強はその過程に過ぎない。


「ふーん……」


「そういえばアリスが言ってたけど、俺が二週間家にいなかったってどういうことだ? 俺が家に戻るまで、一日も経ってなかったはずだけど」


「ああ、それはね」


 そう言ってリナが後方に手をかざすと、空間に裂け目ができる。


「……やっぱり、お前使えるのか」


「あら、私がいつ使えないなんて言ったのかしら?」


 あの巨大な騎士をどこかへ飛ばしたワープ能力。


 ゲーム中ではチート過ぎて一度こっきりの能力だったが、リナが目覚めた影響か、再び使うことができるようだ。


「やっぱり、俺を家まで帰してくれたのもお前だったんだな」


「逆に私以外誰が送ってあげたのかしら。察しの悪いおじ様ね。まあでも、能力に多少の制限があるのはあなたの世界では『おやくそく』っていうのかしら?」


 そう言ってリナは人差し指を立てる。


「まず私のこの能力はわーぷっていうんでしょうけど、距離を省略できるものであって、本来その距離を移動するのに掛かる時間は省略できない。あなたの言う時間の齟齬はここから生まれてるものでしょう」


「なるほど……」


 確かに、あの遺跡から敵や睡眠などの障害もなく家に戻ろうとすれば大体二週間くらいかかる。


 同様にあの空間の裂け目を通った一瞬で、実は二週間もの時間が経っていたのか。


「そして、私とその持ち主自身を転移させるのには特別力が必要になるわ。それ以外のやつは転移させるのに大して力も使わないけれど。……そうね。次私たちを移動させるのに数年単位で時間が必要になる」


「もう二度とあんなとこには行きたくないし、行くつもりもないからいいよ……」


 ただ確かに、ああいった緊急離脱がもうできないのは少し心残りかもしれない。


「最後に、転移できるのは一度行ったことのある場所だけ。特に、多少なりとも思い入れのある場所じゃないとだめね」


「お決まりの制限だな」


 とはいえゲームで一度しか使えなかったあのチートすぎる能力を複数回使えると分かっただけでもうれしいニュースだ。


 俺たち以外を転移させるのに大して力を使わないなら、物とかも転移させ放題なんじゃなかろうか。


 宅配業とかやったら一儲けできるか? ……いや、時間かかるから大変かも……。


「とまあ、制限に関してはこんなとこね」


「なるほどなぁ。随分便利な能力だ」


 俺が感心していると突然、リナがニマァァァ、と邪悪な笑みを浮かべる。


 それと同時に俺はリナが開いた次元の扉が閉じていないことに気が付いた。


「……リナ? あの、その扉は……?」


「おじ様、早く強くなりたいのよね?」


「いやまあ、強くはなりたいけど、あまり危ない目には合いたくないというか……。というか、それどこにつながってるの?」


 嫌な予感がして冷汗が垂れる。


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、いやこいつは確実に知っている。


 リナはニコッと笑みを浮かべて、呟いた。


「……二週間」


「……え?」


「二週間後、ここから魔物が出てきます」


「二週間って……」


 ちょうど、あの森から俺たちが戻るまでにかかった時間。


 それって、あの死にかけるほどの思いをした森とこの扉が、繋がってる……?


 となると、ここから出てくる魔物は。


「あ、あの弱い魔物たちだよな? やっぱり多少の実戦は必要って……」


 恐る恐る訪ねる俺に、リナはペロッと舌を出して、茶目っ気たっぷりに。


「じゃ、小さいほうの全身鎧が二週間後に出てくるから。頑張って強くなってね、おじ様!」


「こんの、くそったれがぁあああ!!」


 木剣を拾い、死ぬ気で振りまくる。


 それから俺は、より鍛錬に時間を費やすようになった。


 使い魔がけしかけてくる魔物から、家と従者を守るために……!

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