特典
俺がプレイしていたギャルゲーのシステムである転生ボーナス。
ギャルゲーのルートをクリアした際、主人公のレベルに応じて得られるポイントで、そのポイントは強力な武器や獲得経験値増加など様々な特典と交換できる。
交換した特典はまた新しくゲームを始める際に適応できる、いわゆる『強くてニューゲーム』の要素だ。
もちろん、転生ボーナスで得られる特典は通常ゲーム中では決して得ることはできないし、唯一無二の性能を誇っている。
到着したこの森は、ゲーム内で転生ボーナスの特典が得られるイベントがあった場所だった。
少しの休憩をはさんだ俺は、茂みの影の合間などを縫って、邪魔な枝や草などを短剣で払いながら青臭い森の中を進んでいる。
時折モンスターが通りかかるたびに、息をひそめて通り過ぎるのを待った。
一筋の汗が頬を伝う。
デコボコとした地面はとても歩きづらく、またモンスターと会うたびに、緊張感で精神がすり減っていくのを感じていた。
「体鍛えといてよかった」
肉体的につらい道のり。
もし鍛錬をサボっていれば、目的のものを探すまでもなく俺はここで無様に野垂れ死に、誰かが笑うことになっただろう。
周囲を見渡す。
とにかく森の深部を目指しているのだが、開発の進んでいない獣道は大人が歩くにも一苦労で、しかもあとどのくらい歩けばいいのかも分からない。
辺りは既に真っ暗。目を凝らしてようやく周りが確認できている状態。
この視界の悪さも相まって、かけた苦労の割にあまり先に進めていないのが現状だ。
「……戻った方が賢明だったかな」
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
しかし、既に森林の深部に来てしまっている上に、この場所は人里から遠く離れた地点にある。
そもそも俺がここに馬車で来たように、人が徒歩で来ることができる位置ではないのだ。
今の体力を鑑みても、歩いて帰ろうとするのは無謀だった。
だが、目的の“あれ”が手に入りさえすれば状況を打開できるだろう。
だから、細心の注意を払って先に進む。
方向さえ合っていれば、いずれ目的の場所にたどり着くと確信していた。
大きなリスクは孕んでいるが、アイツを見つければ―――。
「……いた」
その場にうつ伏せになり、身を潜める。
息を殺し、近くを通る敵が去るのを待つ。
敵とは先ほどの、辛うじて俺でも相手できたようなモンスターではない。
中世の騎士を思わせる全身鎧が、黒い霧をまき散らしながら一寸先を通過した。
二メートル近くあるその鎧の中には、魔物が入っているのか、それとも何も入っていないのか。
奴の左手には、同じく黒い霧を纏う大剣が握られている。
地面に這いつくばり、見つからないように祈った。
やがて全身鎧は通り過ぎていき、俺はゆっくりと森の奥へと向かう。
先ほどまでのモンスターとは違い、この全身鎧は見つかった時点で終わりだ。
あのギャルゲーでもこのイベントをクリアするとき何度か見つかって殺されたんだっけ。
特典を得るのに見つかったら即死のかくれんぼを組み込むゲームがどこにあるんだよ。
「……でも、アイツらがいるってことは進む方向は合ってるな」
あの全身鎧たちは、この先の特別なアイテムを守っている。
警戒しながら先へ進むと、全身鎧たちと鉢合う頻度が増えてきた。
だが、それは俺が進む方向が間違っていないことを示している。
全身鎧と鉢合うたびに見つからないように隠れ、通り過ぎるまで待つ。それを何度か繰り返す。
そのまま何時間か進んだところで、俺は開けた場所に出た。
蔦が絡まり、木々の間から差し込む月の光に照らされた石碑。
周囲に全身鎧はいない。
こんな開けた場所では隠れることはできないから、いたらさすがに終わりだった。
……ゲーム内ではポツンとマップの中心にあるただの石だったが、実際に見ると神聖な雰囲気すら感じられた。
「……ホントにあったんだな」
この世界が、ただあのギャルゲーと共通点が多いだけの世界という可能性もあった。
だが、もしこの当てが外れていれば俺は確実に無事に家へ帰ることはできなかっただろう。
この世界をあのギャルゲーの世界と同一視するのも考え物だと感じた。
石碑の蔦を払い、石碑の文字を見る。
何を書いているのかは分からないが、愛言葉があったはずだ。
「確か……『あなたは世界を愛したが、世界があなたを愛することはない』」
俺がそう囁くと地面が揺れ、土を割って地下の遺跡へと続く階段が現れる。
ゲームのクリア後、たった一行だけ現れるこの愛言葉の意味を俺は知らない。
特にここ以外で愛言葉は使わなかったし、それっぽい言葉を選んだだけなのかね、と考えつつ、俺は地下への階段を下った。
遺跡の中も壁や床などは蔦が覆われていて、なんとも薄暗い。
壁に埋め込まれた淡く光る四角い石が、辛うじて光源の役割を果たしていた。
石の床は砂埃に覆われていて、人が通った形跡はなかった。
「……俺が初めての来訪者ってことか」
あのギャルゲーをクリアした人しか知らない愛言葉がカギになっているのだから当然か。
そういえば、俺と同じようにこの世界があのギャルゲーと同じだと気付いている人間はいるのだろうか。
俺という前例がいる手前、いないとは言い切れない。
だが、今考えても詮無いことだ。
通路を進んでいくと、半開きの状態の広いドアがあった。
ドアの先に進むと、目的の部屋に到着する。
「……これも、ゲーム通りか」
進んだ部屋の先にあったのは、巨大な樹の根が絡まるまたも巨大な部屋だった。
石畳の道を歩く。
道の途中、半ば土に埋まった状態の人骨が木の根に背を預けるようにして転がっていた。
ゲーム中はただのオブジェとしか見ていなかったので気にならなかったが、実際に人骨を見ると背筋がヒヤリと凍るような感覚がする。
「なんで、ここで人が死んでるのかな」
ゲーム中は気にならなかったが、あの全身鎧たちの正体も結局分からないままだ。
なんとも不気味だが、早く目的のものを回収しなければ。
そうして樹木の根本、その中心部へと到達した。
黒い瘴気を吸い込みながら、その魔剣は石の上に突き立っていた。
「あった……!」
駆け足で階段を上る。
転生ボーナスで手に入る特典。
これを回収することが俺の目的だった。
こんな武器の形はしているが、味方サイドで唯一の使い魔だ。
本来は二週目以降の主人公が手に入れる武器だが、どうせ主人公がいたとしても今は一週目。早い者勝ちだ。
剣を手に取ると、ほのかに温かい。
力の限り上に引っ張ると、剣は思いのほかスルリと抜けた。
「意外と軽いな」
手に持ってみると、子供の俺でも十分に扱える程度には軽い。
相変わらず装飾はやたらと凝っており、呪いの魔剣といった風貌だ。
「でもこれで、魔法も覚えやすくなるはず……」
ゲーム内で使い魔は持ち主のステータスを向上させたり、また追加攻撃を行ってくれたりする。
この剣は最初の方こそただの武器として使っていたが、使い魔として扱うようになってからは浮遊して攻撃してくれてたんだっけ。
二週目以降の攻略ではよくお世話になった。
この剣を握っていると、確かにエネルギーみたいなものが流れ込んできて、力がみなぎってくる気がする。
いつもより体が軽い。
使い魔としての機能はちゃんとあるみたいだ。
「さて、帰るか……」
そうして剣を構える。
確かゲーム内では、剣を振ったら空間が割れて、その割れ目を通ったら元の場所に戻れたはずだ。
いかにも規格外な力だが、あくまでこの能力は帰り道の時間を短縮する目的だけに設定されたのか、ゲーム中でその能力が使えたのはここの一回きり。
俺の狙いを察しているかのように、剣も呼応して赤黒く光っていた。
このまま剣を振れば、ゲーム通りワープできるんだろう。
「……?」
剣を構えている傍ら、何か違和感を感じた。
俺が引き抜く前、剣に吸い込まれていた黒い瘴気が消えている。
周囲を見渡すと黒い瘴気は俺の背後を回り込むように、別のところに吸い込まれている。
瘴気の中心には、全身鎧がいた。
「……っ!」
背筋をヒヤリとした悪寒が駆け巡る。
咄嗟に背後に下がると、空ぶった剣刃が前髪を掠めた。
気が付くと、全身鎧は目の前で剣を振り抜いている。
生物の生存本能というべきか。
神懸かった悪寒と使い魔で上がった身体能力がなければ、反射でよけることもできず確実に命を落としていた。
「なんだこいつ……!」
ゆっくりと顔を上げる全身鎧は、三メートルほどの大きさだろう。続けて俺に振り下ろしてきた剣を、俺は転がるようにしてよける。
「《粉砕》!!」
覚えたての初級攻撃魔法、衝撃波を放ち、当たれば石も粉砕する威力の魔法を唱える。
初級魔法は基礎魔法の一つ上位に位置する魔法で、俺が今のところ扱える最高位の魔法だ。
普段なら時間を掛けてようやく発動できる魔法だったが、使い魔の補正のおかげか、基礎呪文とほとんど同じ発動時間で発動出来た。
だが、俺の魔法は鈍い音とともに鎧に弾かれる。
「そりゃ、効かねえよな」
全身鎧は黒い瘴気を纏っている。順当に考えれば、俺が隠れてやりすごしていた外の鎧たちの親玉。
使い魔である剣を得た今でさえ普通サイズのあいつらには勝てない。
なのに、こいつに俺の魔法ごときが効くわけないか。
「くそ……強制負けイベとか、さすがに冗談にならねえ……」
少なくとも、ゲーム内でこんなイベントは起こらなかった。
俺が主人公じゃないから?
剣の力でここから逃げたいのはやまやまだが、おそらくワープにはチャージする時間が必要だ。その間無防備になるのは自殺行為だろう。
『侵入者……我らに害成すもの……駆逐する……』
掌にありったけの魔力を込めて基礎呪文を連発する。
多少動きが鈍くなるかと思ったが、全身鎧はほとんど意に介していなかった。
「そりゃそうか!」
ベルトに挿した短剣を投げつけると、敵は軽く剣を振ってそれを叩き落す。
大きな体躯のせいか、少し動きが大振りに見える。
小回りの良さを生かして逃げる手もあるか、と思ったがスピードはあちらが上だ。期待はできない。
『あなたは……わたしが……』
「《拘束蔦》ッ!!」
蔦を使って敵を拘束する初級魔法を使う。
この空間は蔦に覆われている分魔法の発動は早く、全身鎧はみるみる蔦に絡まっていたが、ブチブチと音を立てすぐにその拘束を破ろうとしていた。
逃げられないなら、少しでも攻めに転じるほかない。
特典であるこの剣なら、多少はこいつにも通じるはずだ。
「はあああああっ!」
蔦で足場を作り、鎧の頭頂部まで駆け上がる。
剣を鎧の頭に振り下ろすと、刃が兜にめり込み、黒い瘴気が溢れ出た。
「しゃあ、どうだ!」
手応えがあったことに喜んでいると、拘束していた蔦の隙間から勢いよく手が伸びて俺は捕まる。
幸い剣を手放すことはなかったが、必死に剣を鎧に突き立てても勢いが足りず、大したダメージにはなっていないようだった。
敵の兜は大きく裂けていたが、黒い瘴気が晴れるとその傷は元通りに埋まっていた。
巨大な両手で胴体を強く締め付けられ、骨が軋む。
「ぐ、離せよ、このポンコツ……」
『守る……あなたは、わたしが……』
「なにが守るだ……そう思うなら今すぐはな……せ……あ、がぁっ!」
拘束を解こうとするが、子供程度の筋力で敗れる拘束ではない。
全身鎧はブツブツとつぶやきながら、より拳に力を入れて俺を握りつぶそうとしていた。
バキッ、と体のどこかが折れた音がする。
兜の奥は紫に光っていて、どこを見ているのかわからない、虚ろな瞳のようだ。
「……はっ、これが、子供にすることかよ……」
『……子供』
一瞬、ほんの少しだけ拘束が緩まる。
こいつも、家族愛とか、子供を愛でる心とかがあったんだろうか。
だが、こいつはそれでは止まらない。偶然一瞬だけ時間ができたものの、こいつはすぐに俺を殺そうとすると確信していた。
力が入るようになった右手で、赤黒いオーラを纏った刃を敵に向ける。
そして―――。
「どっか行っちまえ。化け物」
そのまま剣を振り下ろすと、俺と鎧の間の空間に裂け目ができ、ソレに触れた鎧は抵抗することも出来ず吸い込まれていった。
拘束が解けた俺は地面に落ちる。床に落ちた痛みとようやく息苦しさから解放されて、しばらくの間床にうつ伏せになっていた。
息を整えて、剣を回収する。
アドレナリンで感覚がおかしくなっているのか、どこかの骨が折れているはずなのに痛みはそこまで感じなかった。
「そうだ……帰らないと……」
剣を持ち、適当に振り回してみるが、やはり一度きりの力だったのか、空間に裂け目はできない。
周囲を見ても、俺が入ってきた場所以外に出口はない。
剣を放り投げ、仰向けになって寝転がる。
「はぁ……帰り道はスキップなし……か……」
自分の服を確認すると、随分ズタボロになっていた。
体も傷だらけで、のどもカラカラ。お腹も空いている。十中八九、ここから戻って帰るなんて無理な話だ。
「使い魔は手に入ったのに、なぁ……」
それで命を落としているようじゃ本末転倒だ。
そういえば、あの全身鎧はどこに送られたんだろう。
どこかへ強制的に転送したのは間違いないのだが、直接的な解決法ではない。
「……って、俺もしかしてアイツを家に送っちまったのか!?」
「安心しなさい。あなたの家は無事だから」
声がした方向を見ると、しゃがみ込んだ黒髪の少女が仰向けの俺を上からのぞき込んでいた。
年は十二といったところか。髪色と同じく黒い瞳は丸っこく無感情そうで、浮世離れした印象を受ける。黒い布地に白いフリルのあしらわれたゴシック調のスカートが特徴的だった。
「……誰?」
急に現れた少女に、思わず疑問符が浮かぶ。
今までどこにいたのかとか、なぜここにいるのかとか、そもそも誰なのかとか。
それはそれとしてお人形さんみたいだ、と感想が浮かんだ。
「まったく、粗末に扱ってくれちゃって。あんたみたいなのが主人なのも、考え物ね」
「主人って……」
まるで自分を道具みたいに言うんだな、と苦笑いを浮かべようとしたところで固まる。
先ほど放り出したあの剣が消えていた。
「さ、家に帰りましょ。主人」
「か、帰るって、どうやって……?」
頼みの綱だったあの剣はない。誰かが迎えに来てくれるとも思えない。
それに、なんでこの子が俺の家を知っているのか。
そう疑問を浮かべながら立ち上がると、少女が空間に手をかざす。
―――直後、空間に裂け目ができていた。
「―――」
唖然とした様子の俺に、少女は笑いかけた。
「さ、行こう」
手を引かれ、潜り抜けた先は家の前。
草原は月明かりに照らされ、穏やかな風が吹いていた。
「―――?」
少女に手を引かれ、帰路を辿りながら俺は妙な既視感を感じている。
そういえば、昔、こんなことがあったような。
月明かりをバックにほほ笑む黒髪の少女。
限界だったのか体がゆっくり倒れていくと、声が聞こえた。
「―――やっと会えた」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。




